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【最幸ビジネスモデル】金額の一致は偶然?

 【最幸ビジネスモデル】  2013.07.17 No.0662
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昨日の話の続きです。

雷で電車が止まり
全く知らない駅を降りて
タクシーに乗り込んだ私は、
駅での出来事や、踏切のことを
タクシーの運転手さんに話しました。

話がはずみ、
楽しく会話をしている内に
大きな道に出ました。

反対車線は一向に動かない渋滞の長ーい列。

「あー、可哀想に。
 この人たち、踏切が開かない事を知らないで
 もう一時間以上、ずっと待ってるんだー」

と、私が言うと
タクシー運転手仲間が、その列にいたのを
運転手さんが見付けました。

「お客さん、ちょっと止めて知らせてもいい」

私は、

「勿論、知らせて上げて下さい。
 あ、お客さんも乗っている。
 あのお客さんも可哀想に。
 回り道が見つかりますように」

何回か止まって知らせたり
知らない車にも知らせたりしました。

それから、私は恐る恐る
最大の感心事を口にしました。

「2,000円ちょいくらいで
 家まで帰れたらいいんだけど・・」

実はこの日、手持ちがなかったのです。

楽しく会話をしながらも
タクシーのメーターは
どんどん上がっていきます(笑)。

最近のタクシーはカードが使えるので
オーバーしたらカードで、と考えていました。

すると、
2,800円くらいのところで
運転手さんがおもむろに

「おきゃくさん、メーター倒しますよ。
 家までお送りします」

と、急に仰る。

「え!そんな事、して頂いた事ありません。
 本当に、ありがとうございます。
 いいんですか?本当にありがとうございます」

無事に家について

「あ、あのカード使えます?」

と聞くと

「あ!メーターを倒しちゃったら使えないんだよ。
 でも、あるだけで、いいよ。」

なんて言うではありませんか!
さすがに驚き、
この運転手さんには、
「何が何でも料金以上に沢山払いたい」

と私は心底、感じました。

運転手さんは
「あるだけでいいよ」と言い、
お客の私は
「いくらでも払いたい」と思う。

この感覚が天国だなぁって実感したのです。

そして、お財布をあけると
ピッタリ2,800円が入っていたのです。

運転手さんが、おもむろに
意図せずメーターを倒した時の金額と
お財布の金額が
ピッタリ一致しているなんて!

お礼を言う私に

「いいから、
 早く子どもたちのところに行ってあげなー」

と照れたように促す運転手さんの
優しい心が私の心にふわーっと届いたようでした。

この話をすると友人は

「すみちゃんのご機嫌な心が
 そういう素敵な人を引き寄せているし
 ご機嫌な心が
 伝線したんだねー、きっと」

と言ってくれたのですが
運転手さんが、本当に愛情深い
素敵な方だったので、
私の心がほんわか温かくなったのでしたー。

でも、たしかに
駅の中を充満していた「イライラ」に
影響されて、やられていたら
そういう展開にはならなかったようにも思えます。

タクシーに乗り込んで
「電車が止まっちゃって」と文句を言ったら
聞いている方も嫌な気分になるでしょうから。

私は
「電車が止まったお陰で、素敵な街に出会えて
 タクシーにも乗れて、なんてラッキーなんでしょう」
という気分100%で調子よく、
おしゃべりしていましたから(爆)。
 
ところで、
金額の一致という部分。
10代の時にも似たようなことがありました。

お財布に全くお金がなくて
一番安い切符を買って電車に乗った私。

一つだけ空いていた席に座ろうとしたら
切符が置いてあったのです。

周りの人に
「これ、違います?」と聞いても誰のでもありません。

それで、無事に私は家に帰れたのでした。
その切符が置いてあったのも偶然なのでしょうか。

そういう偶然とは思えないことは
日常で、よく起こります。

お陰さまで今まで、
危機は数多くありましたが
一度も本当に困った事は起こらず
こうして今、生きている事に
深く深く感謝しています。

 危機の時に
 危機にフォーカスしないのがいいのかな
 と書いていて、ふと・・・。
 ただのノーテンキかも(爆)。

日常で起こった出来事を
二日間に渡ってシェアでした。

日常の偶然、あなたには
どんなストーリーがありますか。

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■今日のまとめ

・日常には
 偶然とは思えない数々の偶然が
 満ち溢れている。

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【最幸ビジネスモデル】ご機嫌のススメ。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.07.16 No.0661
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電車がストップしたときのエピソードを
2日間連続でお伝えします。

先週、大きな雷の影響で
電車がストップして復旧の目処が立たない
という状況に出くわしました。

1時間以上待って、やっと来た電車に乗ると
すぐに途中駅で乗客は全員降ろされました。

そして、駅員さんと話す為の
長い列を並んで、やっと順番になり、

「自宅のある駅まで、なるべく早く帰りたいのですが、
 バスでもタクシーでも、何か方法はありますか?」

と訊くと、

「踏切が開かないので、バスもタクシーも使えない。
 電車も再開の目処が立たない」

という返事でした。

私と会話している、その最中にも
知らないおじさんが割り込んで、

「おい!踏切を開けろ!
 開けられない?ふざけるな!」

と、怒鳴ったり、

男子中学生が友人に

「お前が押すからだろうっ!」

と、怒ったり、
何だか、すごく「イライラ」の波動が
渦巻いていました。

私自身も、
家に息子と、息子の友達が
子どもだけで待っているという状況で
お腹も空かせているし
早く戻らないといけないという状況ではありました。

けれども、
電車が動かず、踏切も開かないのであれば
仕方がないよね、
と、心の中で思いました。

何だか、イライラしている雰囲気が嫌で
この場を離れようと、降りた事もない駅を出て
私は全く知らない道を直感で歩き始めました。

すると雨上がりの風がとても気持ちよく
知らない街並が面白く
さっきまで殺伐としていた所にいた事なんて
すっかり忘れて鼻歌を謳いながら
お散歩を続けていました。

電話で息子たちに、

「・・・という状況だから帰れないけど
 待ってたら辛いから、工夫して楽しく遊んでてねー」

と伝え、心の赴くまま、歩き続けました。

途中、面白い形をした家や、
素敵なお庭、昔ながらの商店など堪能しながら。

15分も歩いたか、歩かないかすると
前からタクシーが。

私は、さっと手を上げてタクシーに乗り込み

「駅の踏切は閉まっているから
 踏切を避けて、自宅までお願いします」

と、頼み、
とても快適に、そして思ったよりずっと早く
家に帰れたのでした。

私は駅で
そういう状況なんだから
イライラしたり怒ったりしても
何も解決しないばかりか
雰囲気も悪くて、いい事ないじゃん。
そこにいて、陰気くさくなるなら
外に出てノビノビしようー
って感じたのです。

特に解決策がある訳でもありませんでした。

けれども、
雨上がりの風や町並みを堪能して
ご機嫌で楽しんでいたら
あっという間に解決したのです。

そういう事は私の人生には頻繁におきます。
そんな時、友人は

「すみちゃんは、結果を狙ってないからいいんだよね」

と、いつも言ってくれます。

たしかに、言われてみれば
全然、狙ってない(爆)。

ご機嫌でいると、
ご機嫌になる状況が自然に現れる。
そんな感じでしょうか。

もう、起こってしまった事は仕方がない。
そういう状況なんだと受け入れた上で
ご機嫌でいると
結構、困った事って、そうそう起こらない
と思います。

そして、
そのタクシーのおじさんの話も
かなり、凄い話なのですが、
それは次回のお楽しみ。

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■今日のまとめ

・困った状況を嘆いたり、イライラしたりしても
 何も解決しないどころか、嫌な感じ。
 状況を受け入れた上で、純粋にご機嫌でいると
 結果を狙わなくても、何かいい事は起こります。

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【最幸ビジネスモデル】理解されたいと思わない事。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.07.12 No.0660
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先日、中学生のお友達が
家にお泊まりで遊びに来てくれた。

中学生と言っても
感性が鋭く、精神的には
ずっと大人だ。

 この社会は「年齢」ということで
 大人か子どもを判断するが
 私は常々、年齢は全く関係ないと
 感じている。

そのお友達との会話の中で
私がふと話した事。

  実は、私よりずっと年上のお友達は、
  自身がお母さんでもあるが、
  未だにそのことで悩んで苦労している。

「どうしても親に理解されたいと
 考えてしまうかもしれない。
 自分の事や、自分の考え・価値観などを
 理解されたい、と。

 実は、私もそういう時期が長かった。

 けれども今は
 親から愛されているんだから
 理解されなくてもいいじゃん、という
 気持ちになった。

 実は、ずっと愛されているとは
 感じる事が出来なかった。
 特に子どもの頃や若い時には。
 
 自分がして欲しい愛され方はしていないけれど
 親は、親の方法で精一杯、愛してくれている
 と、自分が親になって心から理解できた。

 自分が親になって
 親と言うものが、子どもをどんなに愛しているかが
 よーーーく分かった。

 それに、親は
 子どもに幸せになってもらいたい。
 ただ、その一心という事も、
 自分が親になったから身にしみて分かった。

 だから、価値観が合わなくても
 理解されなくても
 ただ、子どもは自分自身を生きて幸せになればいい。

 親は、子どもが幸せなことは分かるから
 その姿を見せればいい。

 理解されなくても、何も問題ないよ。
 深く愛されているんだから」

私自身が、
こういう意識になってから
親との関係は激変した。

未だに、私の考えもやることも理解はしてくれないが
関係はすこぶる良い。

幼少のころは
毎日が修羅場のような家庭だったが
今は父とも母とも、
楽しい穏やかな時間を過ごせている。

 3ヶ月に1、2度しか会えないが・・。
 本当はもっと頻繁に会いに
 いかないと・・・。

私と親たち、また、
父と母が別々に暮らしているという事も
逆にやり易い。

修羅場の家族が物理的に離れないで
関係を改善するのは、割に大変だと感じるから。

私はいつも、それぞれの家に行って
くつろぎ、楽しい話をして
笑い合い、お互いに
「身体に気を付けて」と言って
ハグして分かれる。

もし、
「親に自分の価値観を理解して欲しい」

と私が思っていたら、きっと
こんな関係は無理だ。

全く違う「枠」を生きているのだから。

でも、親子はお互いに深く愛し合い
お互いに幸せを願い合っているから、
何も問題がないのだ。

父と母はお互いに未だに憎みあっているが
その事も全く気にならなくなった。
子どもの頃は傷付いていたけれど
それは、父と母の問題であって
子どもには関係がない。

理由は2つ。

・憎しみあっているというのは
 お互いに愛されたいのだと思う。
 本当に嫌なら無関心になるはず。
 その課題は父母の課題だから。

・子どもに対して愛情表現が苦手なだけで
 親は、深い所で子どもを愛しているものだから。

その事に気付いたのは
勿論、子どもの存在。
もし、私に子どもがいなければ
きっと未だに、
親に分かって欲しいとか、
親のせいにしていただろう・・。

考えると恐ろしい。
子どもに心から感謝。

  全くの余談だが、
  こういう発信をすると
  愛せない親もいる、だとか
  虐待の問題もある、
  だとか言う方がいらっしゃるが
  それは、また別の問題。

  その人のプロセスの中に要因があるのであって、
  深いところでは、誰もが愛情深いのだ。

  子どもを愛せないと思っている親、
  虐待をしてしまう親などは、
  社会では批判されてしまうが
  きっと本人が一番苦しんでいて
  その苦しみは深いのに
  ないものとされ、悪者にされて
  トリプルパンチな状態だと私は感じている。
  別の問題をクリアしたら
  表面的な部分は解消されるのだが、
  そこにフォーカスしないので
  問題を大きくしている、と
  私は20代の保育士時代から感じていた。

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■今日のまとめ

・理解されなくても愛されているから問題なし。

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【最幸ビジネスモデル】「しくみ」を学ぶなら。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.07.11 No.0659
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この4年程は
とことん、ビジネスの「しくみ」を勉強した。
「しくみ」を知れば知る程、面白く、
実践・検証・実践・検証・・・の日々。

失敗も多くしたが
成功もあった。

そして行き着いたのが
「しくみ」を学ぶなら自然が最高の先生だという事。

人間が考える小手先のノウハウなんて
本当に表層の部分。
小手先のノウハウでうまく行っても、

(ターゲティングを間違えなければ
 かなりの結果が出る)

・・・「つまらない」

それは、ただのマネーゲームなのだ。

その表層のノウハウでさえ
自然界のほんのほんの一部分。

人間の頭で、どう考えても
大自然の「しくみ」には敵わない。

そして、そういう人間もまた自然の一部なのだ。

だから、頭と言う理論だけで
動くと、どうしても・・・片手落ちだ。

自然と繋がる「感性」を開いて
感性でキャッチした事を具現化する為に
頭(理論)を使うといい。

どうも現代社会は、
その順番が逆になったいるか
もしくは、感性を押し殺してしまっているようだ。

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■今日のまとめ

・人間も大自然の一員であり、一部であるのだから
 自然から学び、
 自然に繋がっている感性を開いて
 道を創造していくのが
 一番面白いと、私は感じている。

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【最幸ビジネスモデル】対立から生まれるもの。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.07.10 No.0658
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自分の考えを押し付けない
と主張するS先生は
とにかく反対運動が好き。

そして、
その反対運動に参加しない
あるいは、
そうは思わない
と言う子どもたちに対して
「なんでだ!こうで、こうだろう!」
と、怒鳴りまくる。

  そして、口癖は「権利」

その姿を見させて頂いて
私がしみじみ感じたのは・・・。

・反対運動は
 相手を否定して対立するので
 勝っても負けても疲弊する。
 そして、お互いに
 あまり幸せではない。

・否定・批判・対立のパワーを
 自分が今、出来る事は何かを考えて
 ただ、タンタンとやる力に変換したら
 相当のことは出来るだろう。

・自分の考えを押し付けない、
 といつも言っている先生の、この態度を見て
 子どもたちは良く観察して、
 そして深く理解している。
 子どもたちの洞察力と愛情は素晴らしい!

と、いうこと。
もちろん、S先生は
ご自身が好きでされている事なので
尊重する。
いくらでも頑張って頂きたい。

その姿を見て
改めて自分の感覚を再認識できた事に感謝。

  そして、こういう私もまた、
  自分では気付かない部分を
  子どもたちから見られている。

  いつも大人は
  自分たちは知っていて
  子どもに教えようとしているが
  本当は全く逆なのだ。

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■今日のまとめ

・対立から生まれるのは疲弊だけ。

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【最幸ビジネスモデル】同じニコヤカでも。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.07.09 No.0657
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本当に誰もが愛情深いことを知っていて
相手に対して「ニコヤカ」なのと、
心に楯をもって外面を気にして「ニコヤカ」なのでは
同じ「ニコヤカ」でも、全く違うなーと
しみじみ感じている。

どんなに表面を装っても
どうしても、その人の在り方は
態度や雰囲気などに出る。

心に楯を持って外面を気にして「ニコヤカ」という
人間しか知らなかった時には
違和感はあるものの、その正体は分からなかった。

しかし、
最近、愛情深い人たちに多く出会うようになって
それが、よく分かるようになった。

人間は、何か比較がないと認識できないのだという
いい例でもある。

人生前半は
外面ニコヤカに数多く出会い、
後半は、内側から溢れるニコヤカに
数多く出会うようになった。

そして、
私は多くの愛情深い友人たちと出会う事によって
それを知る事が出来たのだが、
それを知る前は
「ただ、知らないだけ」という状態だった事も
よく理解できる。

殺伐としている世界しか知らなければ
それが宇宙の全てになる。

それが基準になる。

それは、誰でも同じ。

そういう状態は
愛情深い世界を「ただ知らないだけ」

だから、それを知ればいいだけで
「いい・悪い」ではないのだ。

そもそも、誰もが
昔は愛情深い子どもだったのだから、
そういう世界がある事を知りさえすれば
すぐに思い出せる。

そして、きっと
一番いいタイミングで知るのだろう。

殺伐を知っている方が
実は、より愛を深く感じる事が出来る。
人間は比較によって認識する動物だから。

ちなみに、
ここでいう「愛」は恋愛の愛ではなく
広い意味の人間愛のこと。

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■今日のまとめ

・どんなに表面を取り繕っても
 丸見えなのが人間同士。

・どうせ丸見えなんだから
 ありのまま裸で付き合えば、
 何も問題なくなるのでは?

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【最幸ビジネスモデル】出口が決まると。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.07.08 No.0656
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使命が明確になり
この為に命を使うというビジョンがハッキリすると
面白い展開が広がっていく。

お金に関しても然り。
お金の出口が決まると、
その出口の為の道が創られていくようだ。

実は、
自分ではその事に気付かず
先日、友人が電話で、

「寿美ちゃんは、お金の出口が決まったから
 面白いくらい引き寄せてるねー」

の一言で、

「あー成る程ね。」

と気付いた次第。

その出口は
自分の生活などには全く関係のない事、
物欲でもなければ、既存のものでもない。

けれども、
私が実現したい事だから
究極のエゴとも言える。

勿論、生きている間に結果は出ないだろう。
1,000年後の地球の為に、
少しでもお役に立てれば。

敢えて、ここで文章化はしないが、
出口が決まると、自分の命が喜ぶ。
お金もツールとしての使命を全う出来るので
きっと喜んでくれる。

プロセスの中で、同じような感性を引き寄せる。
それは、とても幸せな事だと感じている。

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■今日のまとめ

・お金の出口が決まれば、様々なことが動き出す。

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【最幸ビジネスモデル】方法はいくつもある。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.07.05 No.0655
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自分が望む環境や
自分が望む仕事など。

「こうしたい・こうなりたい」

という願望に対して
方法が一つか、多くて二つくらいしかない
と考える人が、社会にはとても多い。

それは教育の賜物。

先日、中学生のお友達が
先生とのやりとりで、

「あなた、進路はどうするの」の質問に、
就職と答えたら・・・。

「えっ。高校でも専門学校でもサポート校でもない。
 えー。就職?
 そんなに世の中、甘くないのよ。
 だれが中卒の子なんて雇ってくれるの。
 えっ、もう内定とった。
 それ、騙されているかも。
 洗脳じゃないの」

勿論裏を取るのは大事だけれども
大前提が凄い。

選択肢は
どこか学校のような「ちゃんとしたところ」に
所属していること。所属さえしてくれたら◎。

というたった一つ。

それ以外は「悪」になってしまう。

視点というか、社会というか・・・
世界がとても狭いのだが
それが広いと思い込んでいる。

たまたま
全く違う道を通って
成功している人の話をしても

「それは、たまたま」
「その人は運が良かっただけ」
「その人は才能があったんでしょ」

と、チャレンジする事さえ許されない。

みんなと同じように
兎に角、学校にいかないと将来困る。

このように、
うまくいく方法は、一つしかない
と教え込まれて来ている。

面白いのが、
「将来困るのよ。あなたの将来の為よ」
と教え込んでいる、その方法を通った先輩方に
あまり、幸せにしている人がいない、
ということ。

逆に
アウトローで、道から外れた方が
人間として幸せだったりもする場合もある。

最高峰の東大を出たとしても、
困る時には困るし、困らない時には困らない。

自分の考える「こうしたい」という事に
方法は、本当に沢山あるのに
「これしかない」
これをしなければ、もうダメだ。

と教育されている。

お金がなければ智慧を出せばいいだけだし
何もなければ作ればいいだけだし。

方法は大げさではなく
「無限にある」と
私は思うのだが
たった一つや二つの方法がダメだと
もう、ダメだと思ってしまう人が
私の周りには少ないけれど
社会には、あまりに多いと感じている。

それも、教育の賜物だなぁとしみじみ感じる。

息子の小学校でも、
校長・教頭・担任こぞって、
子どもに一生懸命
「こうしないと、困るぞ」と
不安を植え付けている。

「こうしないと困る」よりも、

「どうしたい。
 じゃ、その為に出来る事は何?」

という思考になった方が
可能性は広がるのになぁ、と実感中!

しかし、人は変えられないし
誰が何を信じていても問題ないので
距離を取り、
私たちは自分の道を淡々と進んでいる。

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■今日のまとめ

・方法はいくつもある。

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【最幸ビジネスモデル】言葉は分離する。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.07.04 No.0654
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そもそも、言葉とは
非常に2元的で制約が多い。

どんなに理論的に組み立てようと
言葉で表現できるのは
ほんの一部分だ。

その事に加えて
言葉の定義が
人によって違う。

定義だけでなく、
それを定義付けている背景や体験も
人の数だけある。

だから
私たちは
言葉で分かり合うけれども
言葉で誤解し合う。

そして現代は
言葉に頼り過ぎていると
私は感じている。

私たちは、
誰もがエスパーで
理解し合える能力があるのに
それを封じて
言葉に頼り
多くの誤解を産み出していると
感じることが非常に多い。

悲しい誤解もあれば
都合のいい幸せな誤解もある。

電話などの
便利なツールが発展すればするほど
エスパーな感性は、衰えていく。

私たちは、人間が発明するものより
もっと素晴らしい機能を
誰もが搭載している。

では、何故
言葉を使い、素晴らしい発展進化の道を
行くのか。

それは、最初からそれを体験したいから。
本当は、もう既に進化発展以上のものを
持っているけれど、最初から体験したいから。

これは、私の感覚だから
正しいかどうかは、全く分からない。
ただの感覚のシェア。

違和感でも、反対でも、
共感でも、同感でも、何でも構わない。

何か、この事について
考えるキッカケになれば。

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■今日のまとめ

・本当は誰もがエスパー。
 言葉がなくても、便利なツールがなくても
 お互いに通じ合えるのが私たち人間。
 と・・・、私は感じている。

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【最幸ビジネスモデル】世界はYesと言っている。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.07.03 No.0653
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世界はYesと言っているの例、3パターン。

1.日常で。

自分が妊婦だと街に妊婦が増えたように感じる。
PCをMacに変えたら
カフェで仕事をしているMacユーザーが
やたらと目に入る。
カタログの中で欲しいものだけが
的確に目に飛び込んで来る、など。

2.ある一場面。

数年前に、ある講師が
これから赤い物を部屋の中に見付けて下さい。
と言い、その後
「青い物はありましたか?」と質問していた。
赤い物にフォーカスしていたので、
全く青い物が見えなくなるという実験だった。

3.自分の体験。

子どもの頃から20代まで
意地悪でキツい人が多かった。
けれども、今は、
愛情深い人ばかりが周りに多い。
同じ私なのに、真逆の世界。

例を挙げたらキリがないが
最近、私は心から感じる。

世界には、全てのことが既にあって、
自分がフォーカスしたり、
アンテナを立てたりすることが、
見えるのだと。

最初から、
世界はYesなんだー、と。

辛い現実も、困った事も。
嬉しい事も、素敵なことも。

全てが既に目の前に用意されていて
ただ、自分が何にフォーカスするか?とか
どんなアンテナを立てるかで、
全ての中からチョイスしているのだと。

有名な本では
「思考が現実を作る」とか
「引き寄せの法則」など
色々な表現を見付ける事が出来る。

どの角度や視点から表現しても構わない。
そのどれもが、同じ本質を表現しているのだと
私は感じている。

私自身は、
現実は自分が創っていると表現して来た。
自分の体験を通じて
それを感じているから。

そういう事もひっくるめて
なーんだ、と腑に落ちた言語化が、

 最初からいつでも
 世界はYesと言っている。

ということ。

私たちは、肉体を持って
この社会で「体験」する為に生きている。
体験する、全ての事は
最初から用意されている。

それを、ただ自分で選んでいるだけなのだと
私は、実感している。

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■今日のまとめ

・最初からいつでも
 世界はYesと言っている。

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