proudfoster -50ページ目

【最幸ビジネスモデル】必要なモノだけで楽しく暮らせば。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.8.30 No.0691
===========================

数年前、信頼している歯医者さんから
「塩で磨くのが一番いい」と教わり
それ以来、私は毎日歯を塩で磨いている。

また、普通の固形石鹸で
お風呂・洗顔・食器洗い・掃除など事足りる。
茶渋や消臭には重曹があればいい。

それから、私は基礎化粧品も含めて
何も使っていないが特に問題ナシ。
逆に何か塗ってヌルヌル感などは好まないので
何もしないのが一番気持ちがいい(笑)

このように、日用品は
最低限のもの(石けんと重曹とティッシュくらい)
で、十分に豊かで便利な暮らしができている。

本当は必要のないモノまで
広告などで購買意欲を駆り立てられて
様々なものが必要だと思い込んで買ってないか。

 たとえば、
 トイレの洗剤、お風呂の洗剤、台所の洗剤・・・
 などと洗剤だけでも数種類とか。

モノが溢れれば、それだけ経済が回る。
けれどそのために働いて
(お金のために働くという点と、
 その様々なモノを流通させるために働くという
 二つの作用で。)
自分の時間が少なくなる。

本当に生きて行くのに必要なものだけで
シンプルに生きる人が増えて、
その分、
それぞれが創造する楽しみや
心がさらに豊かになるようなサービスが
広まれば面白いなぁと
最近、よく考えている。

もっと楽に掃除ができます。
もっと綺麗になります。

と、いうような
・楽だけど地球を汚すものや
・今のままの自分じゃダメと思わせるものや、
・不安を煽るようなサービス
ではなく。
(今はそれらが主流。
 もちろん素晴らしいサービスもある。)
もっと楽しいサービスを増やしていきたい
と私は感じている。

その考えを突き詰めると、
誰もが自分がしたいことを楽しんで
ただ、それをシェアしあうだけで
お金(経済ルール)の必要がない、
豊かで楽しい社会のできあがり。

たとえば、
キュウリを作りたい人
薬草で薬を作りたい人
遊び場を作りたい人
歌を歌う事が何より好きな人
研究が好きな人



それぞれが、自分の才能を活かして
やりたい事を楽しんで
それを周りの人や必要としている人に
シェアし合えば、
お金という「ツール」を介す必要がない。

うまく伝わるだろうか?
言語化は難しいし、時に誤解を生むが
この感覚は、私は子どもの頃から持っている
私の感覚なので、どうしようもない。

それは何千年後に実現していると
私は感じているが、いまは、そのための
キッカケになれれば、と思い活動している。

___________________________
■今日のまとめ

 誰もが自分がしたいことを楽しんで
 ただ、それをシェアしあうだけで
 お金(経済ルール)の必要がない、
 豊かで楽しい社会のできあがり。

---------------------------

【最幸ビジネスモデル】重要度を重視。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.8.29 No.0690
===========================

日々、やらなくてはいけない事は
誰にでも、たくさんあると思う。

・お金のために働かなきゃ。
・家事、その他いろいろあるし。
・付き合いも大事だし。
・あれもしなきゃ、これもしなきゃ・・・

こういう事柄は
「しなくてはいけないからしている」という
緊急度の高い事柄だと思う。

それらの緊急度が高い事柄を
優先して忙しくしていたら
いつまでたっても重要度が高い事柄に
着手できず、
人生の大切な時間が
緊急度の高い事柄で終わっていってしまう。

重要度が高い事は
それをやらなくても生きてはいける。

けれど、それが自分に人生にとっては
何よりも重要なこと。
もちろん、その内容は人によって異なる。

まずは、
自分にとって重要度が高い事は何かを
明確にする事が先。

もし、それが明確になれば
それを優先する事が、可能になる。

重要度を重視した
時間の使い方を意識すると
毎日がとても充実し、幸せに感じる。
自分の人生のプロセスに生きていることを
感じる事ができる。

このメルマガでも何度かお伝えしているが
今年の1月、
ある夜明けに、
8個の質問が急に降りて来た。
その質問を急いで書とめて答えてみたら
それが、
究極の優先順位を知るための質問だと分かった。

内容はこちら
http://profile.ne.jp/w/c-99435/

 現在は、その質問に二つ足して
 10個の質問になっている。

そして、周りの友人たちにシェアして
友人たちの人生が変わっていった。

先日、その頃一緒に質問に取り組んだ友人と
久しぶりに、また取り組んでみると
「軸」はまったくブレないが
細かい枝葉の部分に微妙な違いが出て来た。

半年に一度くらい
この質問に答えて
自分の重要度を確認するのは
とても楽しいと感じた。

やってみると、
本当に自分の人生にとって重要なことを
明確にし、優先していても
何も困らない事に気付き、
緊急度の高い事柄で忙しくしていた時期は
いったい何だったのだろう?
と今、とても不思議に感じている。

___________________________
■今日のまとめ

 重要度を重視した
 時間の使い方を意識すると
 毎日がとても充実し、幸せに感じる。

---------------------------

【最幸ビジネスモデル】穏やかだけど楽しい。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.8.28 No.0689
===========================

ここのところ、
日々の生活は穏やかだけれど楽しい。

争いや困った事や・・・
逆にエキサイティングな興奮するような事なども
起こらず、とても穏やかな日々。

実は、穏やかだと、
楽しさも、その分ならされて
喜怒哀楽のない平坦な日々になるのでは?
となんとなく感じていた頃もある。

しかし、とんでもない誤解だった。

子どもと毎日
とても些細な事やくだらない事で
大笑いしたり、
道端に咲いている花や虫に感動したり
鼻歌を歌いながら暮らしていると
穏やかなのに
とてもとても楽しい。

そんな日常に比例して
仕事でも、そんな感じ。
穏やかなのに楽しい・・・(笑)

言語化が難しいが・・・。

波風やエキサイティングな事があるから
辛いとか、楽しいと感じられる、
と思い込んでいた。

そして、実際に最近の自分を振り返ると
穏やかなのに、とても満たされていて
感動のある楽しい日々。
生きてるって素晴らしい!と
実感できる事が幸せだなと思う。

もちろん、
辛かったことが多かったから
幸せを感じられるという側面があるが
それをも超えて、
穏やかで楽しい世界があるのだと
日々の中で発見した。

同じようにこれからも、
いろいろな世界を発見して行くのだと思うと
本当に生きているだけで幸せな気分。

そういえば、書いていて思い出したが
30代の頃、
私は、とても頑張っていて
どう休んでいいか分からない状態だった。
まるで赤い靴を履いて
いばらの森を踊り続けているような毎日。

その時に無意識で言っていた口癖が
自分でも理由は分からないが

「生きてるって素晴らしいね!」だった。

きっと、そう思いたい自分が言わせていたのだろう。

友人に真似される程の口癖だった。

その口癖が10年後
腑に落ちている。

ちなみに今の無意識の口癖は・・・

「竜サイコー!
 なんで、こんなに最高な子どもが私のところに
 来てくれたのー!ありがとう!」

息子に真似される程
無意識での口癖。

これは10年後と言うより
いま、この瞬間に実感している(笑)
私は本当に幸せな親だなー、と(爆)

口癖が現実を作っていると
この記事を書きながら、しみじみ感じられた。
そりゃそうだ。
自分の毎日繰り返される言葉は、
脳にダイレクトに影響しますからね。

あなたの無意識レベルの口癖は?

___________________________
■今日のまとめ

・以前は、波風やエキサイティングな事があるから
 辛いとか、楽しいと感じられる、と思い込んでいた。

・そして、穏やかで楽しい世界があるのだと
 日々の中で発見した。

・新しい世界の発見は「口癖」が鍵を
 握っているかもしれない。

---------------------------

【最幸ビジネスモデル】動じなければ。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.8.27 No.0688
===========================

だれでも良くある事かもしれない。
その瞬間はピンチと思える出来事・・・。

最近、小さなそんな事が
いくつか続いたが
「動じなかった」というだけで
まったくなんの問題にもならなかった、
という経験をした。

実はある企業から
高額金額が期日に支払われない事と同時期に
想定できない突発的な出金が重なり
「ピンチー」
と一瞬思う出来事があった。

入金されるはずのお金が入らなかった事と、
予期せぬ出金が重なったのだ。
どうしようもない状況・・・。

まぁ、そのくらいの事は
多かれ少なかれ、誰の身にも起こるだろう。

以前の私だったら
「わーどうしよう?」と動揺してあわてていた。

しかし、なぜか今回は
どうしようもない現実にも関わらず
とても冷静に
「さて、じゃ、どのように乗り越えるかな」
と感じる事ができた。

夜に、その事は起こり、

「いま、あわてても何も出来ないから
 とりあえず、今日はぐっすり眠って
 明日、事実を確認して対処しよう。」

子どもとも楽しい夜を過ごし、朝を迎えた。
その日は、事実確認と、出来る限りの対策やら相談やら。

結局それが、
午前中3時間で見事に解決してしまった。

解決したのは、もちろん
今回に限りたまたまだったかもしれない。

けれど、
「ピンチだと一瞬思えること」に対して
まったく動じなかった、
という事が大きく作用しているように思えてならない。
今までの自分と比較して(笑)

事実確認のときも相談のときも
心の奥底の動揺は少なからず影響すると思う。
まっすぐに動じずに向き合っていれば
いい方向に向かっていくのだと感じた。

なぜ、今までは動揺してしまう私が
今回は動揺しなかったか?

分析すると、ひとつは、

過去の動揺した数々の経験があったにも関わらず
それでも、今、幸せに生きている。
ということは、
その時は、どんなに大変だと
思う事があっても、時間が経てば解決している、
という経験があるからだと思う。

以前に何度かお伝えしている
大好きな友人の格言

「心配するな。どうせ死ぬんだ」

これを私なりに解釈したのが、

「本当に困ったときは死ぬときだから
 生きてさえいれば困った事は何も起こらない。」

この格言に出会ったのは
7-8年前だが、
やっとそれが腑に落ちているのだと思う。

ピンチと一瞬、思える状況が起こっても
動じなければなんとかなる。
なんとかなる事に深く感謝している。

  ・・・なんて言っているが
  動じたときは、助けて下さい(爆)

___________________________
■今日のまとめ

・事実確認のときも相談のときも
 心の奥底の動揺は少なからず影響すると思う。
 まっすぐに動じずに向き合っていれば
 いい方向に向かっていく。

---------------------------

【最幸ビジネスモデル】壁に貼ったら。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.8.26 No.0687
===========================

よく巷で、
欲しいものの写真を貼ったら
それが実現する・・・。という類いの話があるが
少しだけ天の邪鬼な私は
「そんなの依存症がやることだ」などと言って
悪態ついて、やらなかった(爆)

それが先月の始め頃、フッと思いついて
やってみようという気持ちになった。
私は物欲はほとんどないので
「こんな環境になったらいいなー」という
写真をネットで集めて、壁に貼ってみた。

その作業は思いがけず楽しかった(笑)

すると・・・。

貼って2日後、
「こんな人をぜひ紹介したい」
という電話が来て、会ってみると
まさに、壁に貼った写真の環境を提供してくれた。

貼って2日後だったので、
結構、驚いた。

また、別の写真も貼っていた。
それは、
森の中のツリーハウスとかアトリエの写真など
(その中でコミュニティを作りたい)
まさに私の「夢」そのものの写真。

すると、貼って3日後に
「それができる場所はある。
 同じビジョンの人を捜している。」
という方と繋がった。
海外で、英語しか通じない方だが
早速、視察に行く事が決まった。

2日とか3日で
壁に貼ったビジョンに繋がる事が
思いもかけない方向からやってくる。

悪態なんてついてないで
早くやっときゃ良かったと一瞬思ったが、
たぶん、私のベストなタイミングを深い所で自分が
知っていて、そのタイミングにやりたくなるように
自分でコントロールしていたのだろう、と感じた。

思い描く事が実現するための扉が開いていく時は、
自分の深い所と一致しているときだと感じる。

自分の「BE」と一致して生きている友人たちは
確かに、見事にミラクルを起こし続けている。
だから、いつも感謝しているという好循環。

その好循環は
「願う」とか「感謝している」という事もあるが
何よりも、自分と一致しているという土台があっての
話なんだなぁとしみじみ実感している。

「そんなのやりたくないよー」と
悪態をついていた時期は
タイミングじゃなかったと言う事もあるし
私自身がまだブレていたのだろう。

 余談になるが、ブレていると言えば、
 昨日、友人とお茶した時。

 「自分軸が知りたくて、いくらでもお金を払う人たちが
  増えているよね。」という話になった。

 「自分軸って、知るものじゃないし
  ましてやお金を払ってどう、って事でもなくて
  ただ、この瞬間に自分で在ればいいだけなのにね。

  で、自分自身で在るとか、自分らしくって
  考えたとたんに分離して、違っちゃうよねー。」

 という会話で盛り上がった。

自分軸は、探したり、得ようとしていると
どんどん分離してしまうので
もう、ただそうなんだと感じるだけ。
言語化は難しいけれど。

その状態で壁に貼ったら
面白い事が次々に起こるかもしれない(爆)

あなたはどんな体験がありますか?

___________________________
■今日のまとめ

・自分の「BE」と一致して生きている友人たちは
 確かに、見事にミラクルを起こし続けている。
 だから、いつも感謝しているという好循環。

---------------------------

【最幸ビジネスモデル】人参のプロフェッショナル。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.8.23 No.0686
===========================

今、進めているプロジェクトで
人参のプロフェッショナルの方と出会った。

人参一筋。
脇目も振らず、
ひたすら美味しい人参を追求して10年間。

やっと、自分で満足のいく人参ができたという。

 植物の葉っぱをみただけで
 「あ、何の栄養が足りていないな」
 という事が分かるという。
 素人の私からみると、それは大尊敬。

その人参を頂いて
早速、家で食べてみると・・・。

「甘い」

生で食べると塩もマヨネーズもいらず
子どもも、そのままで、どんどん食べてしまう。

茹でた人参は、まるでお菓子のよう。
味付けなしで茹でただけなのに、
ホクホク甘い。

その方曰く、

「子どもが人参嫌いという事が多いけれど
 本当に美味しい人参を食べた事がないだけ。
 子どもたちが美味しいという人参を作りたい。」

その思いだけで10年間。
いやはや、本当に脱帽です!

その方と
ある話になった時に、すごく共感し合えたことをシェア。

「もし誰かから、やり方を教わって作ったら
 きっと、この人参は出来上がっていなかっただろう。
 自分なりに工夫し、模索し、研究して月日を経て
 この人参は出来た。」

実は、同じ事をある偉大な画家の人からも聴いた。

「僕は小学2年生の時から
 ずっと絵を描いている。
 誰もが芸術大学に行く事を勧めたが
 行かなくて本当によかった。
 基本は身に付くだろうが型にはまってしまう。
 もし、その型が身に付いていたら
 いまのこの絵は描けなかっただろう。」

私自身も何もしらずに起業して
試行錯誤の末、自分なりの法則を見つけた。
その法則は他の人に適用できるかというと
その本質は共通していても
まったく同じ事をしてうまくいくとは限らない。

 もちろん!
 教わる事がだめとか
 学校がだめと言っているのではない。

 「守破離」という言葉もある通り
 最初は基本をばっちり身に付け
 それから自分なりに工夫して
 最後にまったく別の素晴らしいものになる。

 というような考えも私は好きだ。

人参の方も、画家の方も、
基本は「そのプロセス」で学んでいるのだと思う。

最初に基本や知識だけを学んでから
さぁ、やってみよう
という順番ではなく、
創意工夫をやって行く中で必要な基本は学んでいて、
学びながらも創意工夫、失敗成功、驚き発見・・・
などを繰り返し、
とことん理想を探求しているのだと私は思う。

私自身もいつも、そう。
ちゃんと教わってから、とか。
しっかり準備が終わってから、という事はできない質だ。

すると、人一倍苦労も多いのだが
人一倍感動も大きい。

いい・悪いではなく
性格とか生き方というだけの話。

私は人参のプロフェッショナルから話を聴いて
人参にも感動したが
その生き様にも深く共感し感動した。

現代社会は
何をするにもお膳立てがされているので
なかなか、この生き方の割合は少ないだろうけれど
私の周りには、とても多いので
いい刺激をしあえ、とても楽しい。

___________________________
■今日のまとめ

・もし誰かから、やり方を教わって作ったら
 きっと、この人参は出来上がっていなかっただろう。
 自分なりに工夫し、模索し、研究して月日を経て
 この人参は出来た。
 
---------------------------

【最幸ビジネスモデル】社員コーチング

 【最幸ビジネスモデル】  2013.8.22 No.0685
===========================

3年程前、
ある経営者の悩みを聴いた。

社員のことで深く悩んでいると言う。
経営者側の視点だけで
いくら話を聴いても見えて来ないので
その社員さんとお話しさせてください、と
提案したのが「社員コーチング」の始まりだった。

私はコーチングに関しては本を読んだ程度で
特別にどこかで勉強をした訳ではない。
けれど、
「コーチング」という名目があれば
きっと社員さんが安心するだろうから、という理由で
名乗ったのが最初だった。

その時に
経営者の悩みも、
社員さんの話す内容も、
一切どちらにも伝えなかった。
(もちろん、当たり前のことだけど)

経営者が期待していることや
社員さんが心から望む事を
相手が喜ぶ言い方を考えて
「私には、そう伝わってきました。」

というメッセージにして伝えた。

私はそのとき、
ほとんど何もしていない。

した事といえば
話をよく聴き、その上で、
何を望んでいるか、適切な質問を繰り返し引き出し、
それを相手が喜ぶだろう言葉に変換し
「私にはそう伝わりました」と、相手に伝えただけ。

結果は想定以上。

人間関係が改善されただけではなく
自発的に動く社員に・・・。
いや、もともとのポテンシャルを発揮できる
環境になったのだろう。

それから、
なぜか、同じような仕事がポツリポツリ入る。

私はコーチングのプロでもないし
それを売っている訳でもないので面白い現象なのだが、
とても喜んでいただけるので
さらに磨きをかけたいと密かにいろいろ勉強中(笑)

先週も
ご縁をいただき、某企業で社員コーチングを
やらせて頂いた。

そんな経験の中で、

40代以上の社員さんは
質問に自分の言葉で答えてくれる方が多いが
20代の若い社員は
周りが喜ぶであろう模範解答を言う人が多いなぁ
と感じている。もちろん全員ではないが。

心を閉ざしていながら、表面では
明るく前向きな人が増えているなぁ。
それは、その若者が悪いのではなく
そういう環境の中で、そうしないと生きて来れなかった
結果なのではないか?と私は感じる事がある。

こうなると手強い。
もはや、コーチングだけでどうのではなく
彼らには、自分を表現して何かを実行する
という「体験」そのものが必要なのだと感じる。

そこまで踏み込んで何か貢献できたら嬉しい。

___________________________
■今日のまとめ

・「こうしたい」「こうなったら嬉しい」
 という自分の気持ちが明確になり、
 それがいい感じで伝わりあうだけで、
 問題のほとんどは消滅する。

・問題は、それが自分でも分からないということ。
 そういう時には、自分を表現して何かを実行するという
 「経験」が不可欠だと私は感じている。
 
---------------------------

【最幸ビジネスモデル】そのまま受け取る

 【最幸ビジネスモデル】  2013.8.21 No.0684
===========================

私は、
「前向きだねー」
「プラス思考だね」
と言われることが非常に多い。

褒めてくれている事に対して
「ありがとうございます。」とは
答えるものの、ちょっと複雑。

というのは・・。

私自身は、前向きとかプラス思考を
まったく意識していないし、
どちらかと言うと
そういう言い方は好きじゃないから。

別に後ろ向きでもいいと思うし
どっぷりマイナス感情で落ちてもいいとさえ
思っている。

ただ、その時に感じている感覚を言葉にすると
それは、わたしにとって
前でも後ろでもないし、
プラスでもマイナスでもない、
いまこの瞬間の感情だったりアイデアだったりする。

それを
「前向き」「プラス思考」という
私の中にはないファイルにおさめられてしまうのが
複雑だな、と感じてしまう原因。

こういう事はそれに限らず

部屋の片付けをしてすっきりした、と言えば
「あー、断捨離ね。」とか
(私、断捨離知らないし)

野菜と大豆が中心のごはんが好き、といえば
「ベジタリアン」とか、「マクロビ」とか・・・
(そんな意識ないし)

様々な分野で
私の瞬間の素直な気持ちは
私の知らないファイルに収納されてしまう。

ただ、
「あー、そうなんだね」

と聴いてくれたらいいのになー。
と純粋に感じる。

もしくは

「それは断捨離と言うものを実行したの?」

とか質問形式で聴いてくれたら

「そういうのがあるの?私は知らない。
 教えてー。」

などと発展するかもしれないのだが
ばちっと決めて収納して、それ以外の何者でもない
くらいの感じで

「前向きだね」とか「あー、断捨離ね」とか
ファイルに収納される事がある。

いや、違う!というほどの事でもないし
せっかく言ってくれたので、
「ありがとうございます。」とか
「そういうようなものなのかな」などと
言って、深入りしないのだが(笑)

相手の言葉をそのまま
「そうなんだー」と聴く事は
重要だと、聴いてくれない経験を通じて気付いた。

また、相手の言葉に対して
自分なりの感覚を言うときは
「それはこういうようなもの?」と
質問してあげたら面白くなるとも。

逆に、それを感じている私自身が
自分の中にあるファイルに収納して
相手の言葉を聞いている事もある。

気付かない事も多いかもしれない。

もしかしたら脳みそは分類上手にできていて
似たようなものを集める事ができる
習性があるのかもしれない。

だから、
なるべくまっさらにして
相手の言葉をそのまま受け取ろうと実践中。

それを意識しただけで
お互いに世界が広がっていく気がしている。

___________________________
■今日のまとめ

・相手の言葉を
 自分が知っていることに結びつけず
 まずは、そのまま受け取ってみよう。

---------------------------

【最幸ビジネスモデル】世界が変わる時ジャッジしなければ。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.8.20 No.0683
===========================

昨日の記事で、
一般的な常識と私の常識にギャップが・・・、
と書いたけれど、
もちろん、
どちらが、いい悪いという話ではありません。

どっちでもいいし、
意識している、していないに関わらず
誰もが自分で選んでいる、
という事なのだと私は感じています。

「どっちがいい、悪い」
「こうすべき、すべきではない」
「どっちが正しい、間違っている」

などという2元思考は
とても深く私たちの習慣に根付いています。
それは、もう無意識レベルにまで
教育されているほどです。

物心つく前から
この概念の中で生きて来たのですから、
それはそれは手強い、という部分もあるし、

対極がないと認識できないという
部分もあると感じています。

そんな根強い習慣の中でも、
「いい、悪い」というジャッジする癖を
意識して減らして行くと、
思った以上に、
自由に楽しく生きられる気がしています。

「いい、悪い」
というジャッジの代わりに
自分にとって
「気持ちがいいか、悪いか」だけで
判断するのです。

それは、自分にとって、
どうなの?と。

いいか悪いか?
すべきかどうか?
という2元思考は頭の中で考えている状態。

自分にとって心地いいかどうか?
楽しいかどうか?
それは、頭で考えるのではなく
感じる世界です。

自分が感じているまま選択すると
対極の人の選択も尊重できるようになります。

正解かどうかではなくて
ただ、その人の感覚だから
正解は人の数だけあって、
全部OKと感じる事ができるから。

頭の中で
「正解・不正解」「いいか悪いか」を
ジャッジすると、どうしても対立の関係になってしまい
それは、私にとっては非常に心地悪い・・・。
どちらの正しさが証明されたとしても
後味が悪い。

けれど感じる世界で
自分を尊重し他の人を尊重できれば
それは、とても居心地がよく平和な世界だと
しみじみ実感中。

その居心地のよさは
ジャッジしないもの同士の特権。

どちらかが、
「こうすべきだ!あなたが間違っている。
 正しいのはこっちだから、即刻正すべき!」
と主張していたら、成り立たない世界。

自分の正しさを押し付けて
やりこめようとする相手に対しては、
その感覚やスタイルを尊重し、
ただ、そっと距離をとる。

 好きなだけ、思う存分、そういう事が
 好きな者同士、やっていただいて(笑)

正しさより、気持ち良さを選ぶ人と
楽しく在ればいいだけなのです。

みんな正解ですから
いっしょにいて辛い人と無理に一緒にいる事は
ないのですからね。

___________________________
■今日のまとめ

・いいか悪いか。正しいかどうか?
 という頭の中のジャッジをしなければ
 居心地良く、楽しく、自由に、生きられる。

---------------------------

【最幸ビジネスモデル】世界が変わる時

 【最幸ビジネスモデル】  2013.8.19 No.0682
===========================

最近の私と数年前の私では
住んでいる世界が変わったと感じています。

単純に意識や考え方の習慣が変わっただけ
だと自分では思うけれど
それによって世界そのものが変わったように
感じられているのです。

言い方を変えれば、
何度かお伝えしているように
天国と地獄は同じ場所というのが
まさにその通りで、
実際にはきっと何も変わっていない。
物事の捉え方の習慣が変わっただけ
なのだろうなぁ、と。

たとえば、
つい最近、こんなことがありました。

とある英会話カフェで30代の男性に

「私は家族が二人です。息子が一人いて
 私はシングルマザーです。」

と言うと、

「えーーー!そんな事言っちゃっていいの?」

と驚かれました。

私は、どうして驚かれたか
チンプンカンプン???

「え、どうして?そういう事は言わないの?」

と、思わず聴いてしまいました。

「い、いやー、あ、でも・・・
 あ、あの。大変ですね・・・。」

と何か同情されているような・・・。

「シングルマザーってすごく楽しいですよ。
 結婚していても、していなくても
 それは関係なくて、今がすごく幸せだし
 結構、自由なんですよー♪
 子どもは超かわいいしー♪
 この先はどうなるか分からないけれど
 今は、シングルマザーの私が居心地がいいの。」

ルンルン気分で答えると、その男性は

「それは、あなたが特別なんですよ。
 そんなシングルマザーはいませんよ!
 大抵は苦労して大変で、だから
 そういう事は隠すんだと思いますよ。」

「そういうものなんですねー。
 友人に・・
 そうですねー、6人くらいシングルマザー
 がいるけど、みんな、すっごく楽しそうに
 イキイキと暮らしているけれど・・・」

男性は、絶句していました・・・。

あぁ、本当に住んでいる世界が違うんだなぁ
と実感したのでした。

実はこういう事は非常に多く、
社会一般的な価値観・世界観と
私の価値観・世界観には大きなギャップがあります。

けれども、身近な友人たちとは
かなり近く、ほとんどギャップは感じません。

また、まったく違う世界観だとしても
それぞれを尊重し合って、
それを楽しんでいるので
違う事に対して絶句という状態は
ほとんどありません。

なので、普段は自分の感覚が「普通」だと
思って暮らしている訳です。
だれでも、きっと
自分が「普通」だと思っているのでしょう。

しかし、よく考えると
この男性が住んでいる世界に私も
昔は住んでいたのです。

たとえば、親と暮らしていた18歳までは
どっぷりと「世間さま」の常識の中で生きていました。
自活してからも
自分の考え癖や行動癖などに無意識でしたから
それこそ、常識を常識と認識することもなく
あたりまえに普通に、周りと同じような
世界観の中で生きていた訳です。

その無意識で当たり前に生きていた場所で、
違和感を持ったり、
自分の意志で「こうしたい」と
変化して、少しづつ習慣が変わり
今の私になっています。

その習慣の変化の積み重ねが
まったく別の世界を生きているという感覚に
なっているのだと、今、分析(笑)

世界はこういうもの、
という教育された概念から
自分自身に素直に生きる感覚に
変化することで、
住んでいる世界が変わるのです。

外からの教育、
外からのコントロールから離れて
自分の魂の声、
内から創造していく在り方に
近づく程、自分にとって居心地のいい
世界が創られていくのだと思います。

___________________________
■今日のまとめ

・世界を変えよう!
 なんてしなくても
 自分の中心と繋がって
 自分に素直に生きるだけで
 世界は変わるのだと私は感じています。

---------------------------