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【最幸ビジネスモデル】全てが揃っている。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.9.13 No.0700
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ケガや病気の時に聴く薬草の智慧、
外で寝る時に低体温にならないため知識、
道具がない中で火を起こす技術。
風の向きや雲の動きで天気を知ったり、
鳥たちの様子で災害を知ったり、など。

生きて行く為に必要な叡智(知識+体験)が
身に付いていたら、
私たちが生きる為に必要な事は
全て揃っている。

と、最近感じる。

 けれど、そういう叡智から離れて
 いわゆる学術的な知識を覚えるだけだったり
 必要な何かをお金で手に入れる生活をしていると
 「お金がなくては生きていけない」
 というふうに、思い込んでしまうのではないか?
 とも感じている。

 もちろん、医学などを否定しているのではない。
 私の息子は967gで生まれたので
 現代医学のおかげで命が繋がったという
 経験もしているので。

大自然に必要なものがすべてあり
それに感謝して幸せに生きる為には
必要な叡智(知識+体験)が不可欠なのだ、
と改めて感じた記事を読んだ。

昨日、ご紹介した川口拓さん

http://www.wildandnative.com

の、サイトの中に

「ナイフ1本で過ごす24時間」

「ナイフさえも持たない3日間の
 フルサバイバル・トレーニング」

等が載っている。

その記事の最後に、

 この三日間の全てが本当に「リアル」でした。理屈では
 分かっていたことですが、石、水、竹、植物、枝、落ち
 葉、土、太陽・・・・その他全ての自然の要素が、たと
 え一つでも、ほんの一つでも欠けたとしたら、私達は生
 きられないのでしょう。それを言葉で言うだけでは、何
 て説得力が無いのだろうと本当に思いました。

 最後にシェルターや、竹の水筒(写真)、石のナイフ、
 その他を全て自然に返します。当り前の話ですが・・・
 ゴミがない。本当にゼロ。生活必需品という言葉で連想
 する、何となく金属的なものや電気製品的なものと違い、
 今回の生活必需品は、三日間ずっと、生活必需品であり
 ながら、常に自然の一部、というより自然そのものだっ
 たのです。三日間のフルサバイバルが大変なものかどう
 かは全く別として、「ゴミを出さないで生活するってこ
 んな簡単なのか?」と思いました。

 「10回のビジョンクエストよりも一週間のフルサバイバ
 ルの方がはるかに多くを学べる。」というトムブラウン
 先生の言葉。たった三日間だけだったし、人工物である
 屋根も使っちゃったし・・・ですが、あの三日間は、空
 腹で辛かったけど、あの時の空気がとても恋しいですし、
 どの出来事を思い返してみても、それぞれに果てしなく
 深みがあり、そして果てしなく学びがある気がします。
 そしてその学びは、例えば「教訓」のような、言葉にで
 きるものではなく、全ては「イメージ」とか「雰囲気」
 で襲ってきます。だからこそ、思い返すと、再びそこに
 「学び」があるんだと思います。三日間で我々が学んだ
 事、きっとそれは「三日間の経験そのもの。」なんだと
 思います。

とあり、私は深く共感した。
本当は、この文章は体験記を読んでからのほうが
伝わると思う。
そして、本当に理解する為には「経験する」こと以外
ないのだと思う。
その経験は何によってするのかは人それぞれ。

私も、これまで歩んで来た道のりで
多くの出来事がある。(だれでも同じ)

それらの経験は人に伝えると
「ものすごい経験だ」と言ってくださる。

けれど、本人にとっては、しごく当たり前。
(だれでも自分のことは自分にとっては、当たり前)

ただ、その経験そのものが学びであり、
それによって気付いた新しい世界が、自分にとって
宝で、それは決して言葉で伝えられるものではない。

経験から学ぶと、
他の人がどんなに「悲惨だ」と思える経験も
有り難い宝物になる。

そういう体験を通じて
私には自然の中でのサバイバルは経験していないが
川口さんの体験記に深く共感できた。

叡智(知識+体験)と書いたが
それは伝承される部分もあるが
0から辛い痛い目に合いながらも
工夫を重ねて身に付けることも出来る。
それが無理になるときは死んだときなので
生きてさえいれば、なんとでもなる。
と人生を振り返りつくづく感じている。

それプラス。
私は何度も「あの時死んでもおかしくない」
という経験があり、それでも今、生かされている。
どう考えても、ものすごい「強運」を授けられている。
その強運はたくさんのピンチを経験しなければ
自覚できないので、ピンチは必然だったと感じる。

 いま、大自然の中に放り出されたら
 私はめっちゃ、ヘナチョコだが
 大都会の中では、0から何度でもやり直せると思う。
 そして、その経験があるから、
 大自然の中での試行錯誤もやって行けると思える。

今、生かされていて
これほどまでに「強運」なのだから
私は、私の役割を生きなくてはならないと
心から感じている。
しなやかに軽やかに楽しみながら・・・。

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■今日のまとめ

生きて行く為に必要な叡智(知識+体験)が
身に付いていたら、
私たちが生きる為に必要な事は
全て揃っている。

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【最幸ビジネスモデル】ネイティブナチュラリスト。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.9.12 No.0699
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今年の夏、息子と参加したキャンプの主催者である
川口拓さんのところで、
自然について学ばせていただいている。

川口さんの考えに共感するし、
自身のとても自然体なところが、とってもいい。

なかなか子連れで参加できるのが少ないため
もっぱらネット上での勉強なのだが
「ネイティブナチュラリスト」とは何か、
彼独自の捉え方が素敵だ。

彼は10年以上前に「ネイティブ度テスト」というものを
うける機会があったそう。

・自分の住んでいる場所に生息する鳥を
 何種類思い浮かべられるか?
・家の近くに生えている、
 食べられる野草を5種類挙げなさい。
・軽い切り傷などに効く野草を3種類挙げなさい。
・一番近い湧き水はどこにありますか?
・今、この季節、自分の家の前に出ると、おおむね、
 どんな風がどちらから吹いている事が多いですか?

このような設問が100個ほどあったそう。

このテストはいつも両極端な結果が出るのだそう。
ひどい結果か、満点か。

満点をとった人の反応がたいてい同じで、

「え?みんな100点じゃないの?」

また、同じ質問をカラハリ砂漠のブッシュマンにすると、

「こいつはなぜ、そんな当たり前のことを聞くんだ?」

という顔をするそうです。
もちろんテストは満点。

川口さんが定義する
「ネィティブナチュラリスト」とは、

 自分の住んでいる場所、
 そこにある自然に、今よりももっと、
 関心と感覚を向けるようになること。
 そして感覚を向けるだけでなく、
 その自然と自分の生活をもっとリンクさせる事。
 ある意味、自然に頼る事。

私はその考えや感覚に深く共感している。
どこか特別の場所に行って、体験する事が
自然なのではなく、
いま、自分の周りにある自然と共に生きる事は
いつでも誰でも出来るのだと私は思う。

余談だが、
私は子どもの頃大都会で暮らしていたが
それでも1m四方の草むらの中で
草と風と共に揺らいでいたり
いつまでも雲の動きを眺めていたり
そんな事が大好きだった。
逆に、どんな田舎で育っても、
自然と分離している人もいる。

どこで生きようとも
間違いなく、誰もが大自然の恩恵の中で生きている。
大自然と繋がる事は私たちの幸せと大いに繋がっている。
そして、私たちは
どこにいても、だれといても
いつでも、自然と繋がる事ができるのだと
私は感じている。

自然の勉強は、
少なくても外に出て体験しながら学ぶのが理想だが
私は川口さんのサイトで、
ハーブの見分け方。薬草の作り方など
知っていると便利な事をネットで学んでいる。
興味がある方はぜひ!

http://www.wildandnative.com

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■今日のまとめ

川口さんが定義する「ネィティブナチュラリスト」とは、

 自分の住んでいる場所、そこにある自然に、
 今よりももっと、関心と感覚を向けるようになること。
 そして感覚を向けるだけでなく、
 その自然と自分の生活をもっとリンクさせる事。

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【最幸ビジネスモデル】気持ちを言語化。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.9.11 No.0698
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いじけたり怒ったりしたあと、
息子はいつも、

「さっき、
 『何、そんな事でいじけるの』とお母さんは言ったけど、
 俺、さっき、気を利かして良かれと思ってやったのに、
 お母さんに『何やってんのよー』と
 きつく言われたから、
 それであーいう態度になっちゃったんだよ。」

などと、その時の気持ちを表現してくれる。

「そうだったんだ。よく分かったよ。
 ごめんね。お母さんは、汚れちゃうとか
 そういう事だけ考えてとっさに言ったんだ。」

私も素直に自分の気持ちを表現する。
すでに息子の顔は晴れやかになっている。

自分の気持ちを言語化できる事は
なんて素晴らしいのだろうと
しみじみ感じる。

もちろん、気持ちを100%表現する事はできない。
言語にはあまりにも制約がありすぎる。
それでも、素直にそのまま言葉にすることの
大切さを、私はいつも息子から学んでいる。

「実はお母さん、若い頃は
 気持ちを言葉にする事ができなかったんだ。
 たとえば、すごく悔しい事を言われても
 そのときはヘラヘラしちゃって
 夜になって、やっとムカムカしたり
 あの時、こういえば良かったと悔やんだり。
 3日や一週間たって、やっと自分の感情に気付いたり。
 だから、すぐに素直な気持ちを言葉にできる
 あなたは、本当にすごいね!」

と、心の底から褒めちぎってしまう。

昔の私のように、
その時に、事なかれ主義で
問題を起こさないようにヘラヘラしても
結局、その時に感じた自分の感情は
心の底に沈み、溜まっていく。

けれど、素直な気持ちは
「私は、こう感じる」という自分だけのものだから
誰のことを否定する訳でもないし、
誰も否定できないもの(する人はいるけど・笑)。

だから
「私は、その事についてこう感じたよ。」

と素直に普通に言葉にできれば
心に溜まる事も、変に決めつけられる事もなく
事なかれでやるより、ずっと問題がなくなる。

ほんの少しのキッカケで、
大変な事になってしまう環境に
身を置いていると、
つい人は事なかれ主義になってしまうが、
そうであっても、自分の気持ちを言語化できれば
それだけで、ほとんど問題がない。

たとえ、それを相手に伝えなくても効果がある。

「あー、私はこう言われて
 それは、私が嫌いな事だから決めつけられて
 すごく嫌だと感じているんだ。」

などと自分が納得できれば、
心にたまらない場合もあるから。

素直な気持ちを言語化できる。

と言う事はなんて素晴らしいことだろう、
と、出来なかった自分の過去と比較して
心底感じている。

ちなみに、
このメルマガも、もうすぐ3年目。
その前にも別のメルマガやブログを書いていたので
ここ10年ほどは、
毎日、なにかしらの文章を書き続けている。

こういう事を書きたい!
と思って書き始めても
文章にすると苦戦するときが多い。

 すっと一気に書ける事も多いが。

苦戦するときは、分かっている「つもり」で
実は明確になっていないとき。

それで文章にしていく過程で
どんどん気持ちが明確になり
自分で
「そうそう、これが言いたかった」
と感じることもある。

気持ちは言語化できる事で
明確になり、本当の自分と出会っていける。
そして、本当に気持ちが明確になればなるほど
自分が愛しく感じられる。

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■今日のまとめ

 気持ちを、そのまま素直に言語化することは
 自分も周りも幸せに生きる為に
 とても大切な事。

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【最幸ビジネスモデル】本質は児童文学の中に。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.9.10 No.0697
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私は児童文学が大好き。
特に子どもの頃から大好きなのが
ミヒャエルエンデの「モモ」

大人になっても何度か読み直すほど。

 他にも赤毛のアンが好きで
 独身時代には、とうとう一人で
 プリンスエドワード島を旅したり・・・。
 (日本語だけでファームスティ)

もしかしたら、どの本も同じなのかもしれないが
特に児童文学には
本質がとても自然に、深く面白く
表現されていると私は感じている。

先日、中学生の女の子が

「寿美さん、モモと同じ作者で
 はてしない物語って本があるんですけど
 すっごく面白いですよ!」

と教えてくれた。
それで、さっそく今読んでいる。
まだまだ最初のほうなのだが
もー超やばいくらいに面白い(爆)

何十にも深く、思いをめぐらせる事ができる。
大人は、物語の行間から感じる事を、
自分の体験から得た気づきや視野と
重ねて深く共感できるので、
児童文学はもしかしたら
大人のための物語なのかもしれないとも感じた。

 子どもの頃には、子どもの感動が
 大人になれば、大人の感動が
 また、読む時期によって、その度に
 違うポイントで気づきが・・・
 それも物語の面白さのひとつ。

たとえば、
ちょうど今読んでいる部分は
まさに普段、考え、
メルマガでも何度か書いている事が隠されている。

それが素敵な物語の中で描かれる事が
とても素晴らしい。

 たとえ、すべてを司るもののお印を
 持っていたとしても、
 幸いの竜の命を助けてくれという事を
 頼む権利はない。

 なぜなら、すべてを司るものは
 「あるがままにあらしめてくださる」
 のだから。

これは雑に切り取ったある部分のあらすじだけれど、
正義から見れば悪でも、
悪から見れば正義も悪。
すべては、ただありのまま、ということを
描いていると私は感じた。

正義と悪などとジャッジしたり、
分けたりすることで、
たくさんの問題を生んでいるように
私は感じている。

肯定も否定もなく
正義も悪もなく
すべては、ただありのまま。

それぞれが自分の役割を生き、
それぞれが自分の好き嫌いや感性を尊重し、
同じように相手を尊重していれば
すべては調和して幸せに生きられる。

という事を私が書くと
どんなに体験から得た気づきであっても
つまらない説明になってしまうが
物語の中に隠されると
その表現に命が宿るようだ。

本質的な事は説明では伝わらないし
命が宿らない。
そこに物語の素晴らしさがあると思う。

 余談だが
 私が子どもの頃にはまだ生まれていなかった物語。
 最近出会った児童文学でとてもオススメなのが
 岡田淳さんの作品。
 たくさんあるのだが、一番最初に読んだ
 「不思議な木の実の料理法」は
 じわーっと静かに涙があふれる名作だと感じた。
 まだまだ、素敵な物語は世界中にあるので
 これから出会う事を楽しみにしているし
 そんな物語を私も紡いでいきたい。

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■今日のまとめ

 本質的な事は説明では伝わらないし
 命が宿らない。
 そこに物語の素晴らしさがあると思う。

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【最幸ビジネスモデル】淡水魚が海水で泳いでいただけ。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.9.9 No.0696
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人生前半、私は違和感だらけ。
それが苦しいと言う自覚もない。
比較するものがないので、
ただただ違和感を感じ、孤独を感じ・・・。

たとえば、
私以外のすべての人が
「素晴らしい!」と歓喜していても
私一人が違和感で笑えない。

しかも、その人たちは、とてもいい人たちで
愛すべき人たち。
だから、私がおかしいと一生懸命に合わせていた。

そのくせ、人一倍感動するたちで
青い空を見ても、可愛い子犬を見ても
素敵なメロディを聴いても涙があふれてしまう。

非常に生きづらい性格だ・・・(爆)

こんな事もあった。
10年程前、
大好きな友人たちから勧められた講座の
体験会に参加した。

講師はとてもエンターティナーで
感動話を臨場感に溢れた話し方で
人々を魅了していた。

その時に重い障害の子どもの写真や
笑顔の子どもたちの写真が映し出された。
私はそのエピソードや写真に感動し号泣。
端から見たら、誰よりも感動しているように見える。

しかし、それはそれで
その講師側の意図や矛盾を感じていた。

それで、そこにいた200人程の人たちが
感動して次々に本講座に申し込む間、
講師に挨拶したりするための長い列に並び
感動で泣きながら
「この講座とは全く関係ない
 子どもを使って感動させるのは私は辛いです。」
と言った。
講師には完全無視されたが、
自分の気持ちを伝えられたから良しとして
その場を去った。

 これは10年前の話なので
 今では、まさか、そんな話を伝える為に
 列になど並ばない。
 100%、相手のやる事を
 この人はこれがしたいのね、
 と尊重できるようになったから。

身近な友人たちが
「すごくいいよ」と勧めてくれて
たくさんの人たちが申し込む講座に
私一人が違和感で、
誰とも気持ちを共有できないことが
その時は辛かった。
いや、辛いという意識なく辛かった。

もっと時間を戻して・・・。
私は幼少の頃からずっとそれを繰り返して来た。
クラスの友達が誰も疑問に思わず
当たり前だと思っている事に
一人違和感を覚え、誰とも共有できず。

そんな私が・・・。

40代になり
自分に素直に行動し、
自分が思った事を発信し、
無理せず我慢せず、自然に生きるようになると
不思議な程、似たような価値観の友人ができたり
あれほど、たった一人ぼっちだったのに
その感覚が「何いってるの?あたりまえじゃん」
というほどの人たちに出会っていった。

自分に素直に、自分らしく生きようと
決めたのは、今からちょうど10年前。

この10年は
その切り替えに必要な期間だったが
最近、ようやく

「あぁ、そんな所に住んでいた事もあったねぇ」

と懐かしく思える程になった。

私は淡水魚だったのに
間違えて海に生まれて
海水の中で、それ以外の世界を知らずに
暮らしていたんだなぁ、と今は感じている。

間違えてと書いたが、実はそれも必然で
その両方を体験する必要が私にはあったんだなぁ
とも感じている。

それ以外の世界があることを知らなければ
つい、自分がおかしいとか
周りに合わせるべきと思ってしまうが
その中にあっても、違和感をごまかさずに
生きていれば、いつかきっと自分が居心地のいい
世界に出会えるのだと思う。

海も素晴らしい。
川も素晴らしい。
湖も池も・・・。

どこがいいとか悪いではなく
自分にとっていい場所は必ずあるし
それを創り出す事もできる。

違和感はただ、自分に気付く為の
アンテナであって、違和感を覚えた対象を
どうこういう事ではない。

どんな場所(価値観や行動や常識)も
すべてOK。
ただ、自分に素直に行動し発信し
自分の居心地のいい場所で暮らせばいいだけ。

自分らしく生きようと決めて
10年7ヶ月後の今、
しみじみ、そう感じている。

これから10年後に
自分が何を感じ、何を語るのか
今から楽しみだ。

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■今日のまとめ

自分に素直に行動し、
自分が思った事を発信し、
無理せず我慢せず、自然に生きれば
居心地のいい世界で暮らせるようになっていく。 

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【最幸ビジネスモデル】尊重し合えば平和。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.9.6 No.0695
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対立がスタンダードな社会。
自分が対立している事にすら気付かないくらいに
どっぷりと浸透している。

まるで、
ミヒャエル・エンデの「モモ」に出てくる
時間泥棒のように、
気付かないうちにしっかり根付いている。

私の周りにいる多くの友人たちは
この事に気付いて
対立のむなしさを知り
尊重し合っている天国の住民たちだ。

だから、私自身もとても居心地良く
幸せに暮らしている。

対立の社会から距離を取ったので
どれだけ社会が対立で成り立っているか
よく見えるようになった。

尊重し合うには
たった一つだけ条件がある。

それは「お互いに尊重し合う」という事(笑)

どちらかが、
対立の立ち位置を取ると
その土俵は「正悪」や「勝ち負け」の土俵なので
尊重し合う事は難しくなる。

問題は、対立している事に対して
無意識だと言う事。

だから、

 あなたが言っている事は正解。
 あなたにとっては、それは正解だし
 内容も理解できる。
 そして、私が言っている事は
 私にとって正解だから、
 どちらもOK。

という事を許してくれない。

自分のほうが正解なら
あなたが間違っているのだ。
それが当たり前で、それが分からないんなんて
おかしいんじゃないか?

と言う。
その気持ちもよく分かるし、正解だ。

これはフェーズの違いで起こっている。
どこのフェーズを切り取って話しているか?

このフェーズから見たら、
それは確かにそう見えるね。

という話し。

たった一点の視点から話している相手には
このフェーズの話は、通じない。

だから、そういう相手には
相手のフェーズに合わせて話をする。
フェーズを合わせれば
何も問題なく尊重できる。

それで、その相手は納得し満足する。
その相手は尊重し合ったと感じる。

けれど、それは
こちらのフェーズは
真っ暗闇の死角となっているので
尊重し合ったことにはならない。

ただ、一人にフェーズに合わせて
その人が満足しただけ。

「正悪」「勝ち負け」という対立の立ち位置だと
こちらが尊重する事は出来ても、
「尊重し合う」ことは、とても難しいのだ。

それが論理思考的な話になるとなおさら。
勝つ為にいろいろな証拠を持ち出してみたり
検証してみたり。

そんなふうに、
どっちが正しい、と躍起になるより

「今、この瞬間、嬉しくて笑っている。」

というほうが、私は、ずっといいと感じている。

眉間にしわを寄せて難しい顔して
相手へダメ出しして
論理で勝とうとするよりは

「一緒にいま、生きているね。」

と喜び合った方がずっと幸せだ。
と、私は感じている。
それも、もちろん人それぞれ。

教育(家庭・学校・社会すべての)の賜物か、
大自然との分離した生活の賜物か、
あまりにも
正悪、勝ち負け、という概念が
ばっちり身についている事が
無用な争いを生んでいるなぁという気がしている。

この記事を書くキッカケは、
大好きな友人のFacebookにコメントしたこと。
その友人は、本当に驚く程
誰に対しても尊重しあえる素敵な友人。

内容は割愛するが、

(この友人を間違っていると批判した、
 あるコメントに対して、友人はとても素敵に
 コミュニケーションを取っていた。)

私が

「一人一人が平和に幸せに在ればいい。
 いま、この瞬間、大自然に感謝して笑い合えば、
 何も問題がないね!って言葉にすると、すごく誤解されて
 叩かれてしまうけれど(爆)わははー。だけど、身近な人
 との小さな対立をやめて尊重し合えばいいだけで、
 それはまったく難しい事じゃない。
 そんな小さな対立を続けながら国の事を話すのは難しいね。」

とコメントすると、その友人から

「私たちは楽観主義とか・・・何も考えていないとか・・・
 色々と誤解されてしまうこともあるかもしれないけど、
 決してそうじゃない。すみちゃんの歩んできた重みのある
 人生を思えば、私たちは簡単にその答えにたどり着いたわけ
 ではないんだな・・と思います。」

と書いてくれた。

難しい顔して争って、たとえば、
「こうだから間違っている」と否定したり、
「あなたはこうすべきだ」と決めつけたり、
幸せに笑っている人を
「もっと考えろ」なんて責めなくても、
一人一人が今、この瞬間幸せだと感じて
微笑むだけで、どんなに社会は平和になるだろうと
心から思う。

そういう友達との出会いが増えて
私はとっても幸せ♪

いま、同じこの時代を
同じ地球という星の上で一緒に生き、体験している事に
喜びあえれば、その振動はとても心地がいい。

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■今日のまとめ

 一人一人が今、この瞬間幸せだと感じて
 微笑むだけで、どんなに社会は平和になるだろうと
 心から思う。

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【最幸ビジネスモデル】正しさの対処法。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.9.5 No.0694
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たまに、
「自分だけが正しい」と思っている方に
出会う事はありませんか?

特徴としては、

・本人は自分だけが正しいと思っている事に
 まったく無意識だと言う事(笑)
・自分の中での論理展開は完ぺきだが
 他の視点から見れば死角が多く整合性が悪い。
・論理展開が得意で、論破が大好き。
 (勝ち負けのコミュニケーション)
・人の話を聞かずに自分の意見を通そうとする。
・ダメ出しや否定が非常に多い。
 (人を低めて自分の自尊心をあげている?)

実はあるプロジェクトで
たまたま、このような方と組んだことがある。

その時に、どうしたらプロジェクトが
うまく進むか悩み、
友人に相談したり、Google検索したり(爆)

そのどの答えも
「自分だけが正しいと思っている人からは
 距離を取るのが一番。」というものだった。

プロジェクトのしがらみやら何やら
距離を取るには難しい状況ではあったが
それでも、距離をとってみた。

 「でも」と言っていても仕方がないので
 まずは実行。

すると、プロジェクトは動き出し
様々な心配していた事は起こらず
何も問題がない状態に。

自分だけが正しいとそれを押し付けて
それ以外を否定して「対立」してくる相手への対処法は

「距離を取る」

本当に素晴らしい解決策だ。

・・・ということを
たまたま公開スカイプ対談で話したら、

「でも家族とか、
 絶対に距離をとれない相手だったら
 どうしたらいいの?」

という質問を投げてくれた。
それで、いろんな対話をしたのだが
その質問をくれた方は、その対話を通じて
自分自身で、

「それは自分自身の姿なのかもしれないなぁ。」

とぽつり。

その言葉に深く共感。
私はいつも息子に、

「人に言う事が自分のこと。
 だから、私があなたに何か注意したとしたら
 それはお母さん自身のことで、
 あなたを通じて学んでいるんだよ。」

と言っている。
心からそれを伝えるからなのか、
息子も素直に受け入れて、
自分なりに考え始めたりする。

こうしなさい。こうあるべき。
などと相手をコントロールしようとしたら
反発されるが、お互いに自立したもの同士として
お互いに学び合えば、
いいリレーションシップが生まれることを
息子を通じて私はいつも学んでいる。

周りの人は自分の鏡。
人を通じてしか自分の姿を見る事はできないのだ。

そして、それを受け入れたら
どんな関係であれ、
距離を取るという選択も
距離を保つという選択も
自由にできる。
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■今日のまとめ

 自分だけが正しいと思っている人からは
 距離を取るのが一番。 

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【最幸ビジネスモデル】横須賀体験。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.9.4 No.0693
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先々週、大変お世話になっている
竹下光彦氏のグロービッシュクラス
http://www.amazon.co.jp/苦手な人ほどうまくなる英語-グロービッシュ入門-竹下光彦/dp/4763131753/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1377822536&sr=8-1&keywords=竹下光彦
が横須賀であると言う事で伺った。

実はFacebookに載っていた
横須賀クラスの写真がとても楽しそうだったので、
竹下氏に、

「このクラスは何か他のクラスと違う感じがしますね。」

と感想を伝えると、

「本当に、そうなんだ。
 横須賀クラスは、すごく盛り上がっていて
 楽しいし、それだけじゃなくて
 横須賀という地域がまた面白いよ。」

とのお返事。
これは体験してみたい!と伺った。

京浜急行で行く横須賀は
想像したよりは世田谷から遠かったけれど
街はまるで、外国!

私は去年の夏1ヶ月ほどマレーシアのKLで
暮らしていたが、KLは外国なのに
まるで東京だった。外国にいる気がまったくしなかった。

それに比べて横須賀は・・・。

とても楽しいクラスのあとに
少しだけ横須賀体験をした。
クラスを主催してくださった方が
横須賀っこで、独特の文化やルールを
教えてくれた。

たとえば
「ドブ板のルール」

ご存知の方は多いかもしれないが、
私はドブ板という言葉もルールも
初めて知り、その体験にエキサイト♪

街にも外国の方が多いが
数多くあるバーなどは、外国の人だらけ!
早速、若い男の子に話しかけ(笑)
たまたま日本語が理解できる方だったので
(アメリカから日本に来て3ヶ月という)
英語と日本語チャンポンの
楽しいおしゃべりの時間はあっという間・・。

「そろそろ帰りますよー。
 早速若い男の子、ナンパしちゃってーーー。」

の声で横須賀を後にした。

クラスでグロービッシュを学んだ後に
すぐに生の実地体験ができるのが
横須賀クラスのいいところ。

ドブ板体験・・・。
いやいや、グロービッシュクラス。
ぜひご一緒に♪

PS.
グロービッシュクラス、
インストラクターの先生が増え各地に広がっている。

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■今日のまとめ

 横須賀には独特の文化とルールがある。
 街はまるで外国のようで、とても楽しい♪

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【最幸ビジネスモデル】 離れるだけで見えてくる。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.9.3 No.0692
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つくづく事象は銀河だなぁと思う。

事象の中に入っていたり
近づきすぎていると見えない。

苦しかったりモヤモヤしたり
自分に何か落ち度があるのではと悩んでみたり。

逆に恵まれている事は
当たり前すぎて何も感じなかったり。

その事象から離れると
見事に全体が分かる。

「だから苦しかったんだ。」
「だから繰り返していたんだ。」
「あぁ、なんて深い・・・感謝しかない!」

あまりにシンプルで
苦しいと感じていた自分すらも
また感謝に気付けず傲慢な自分すらも
愛しく感じてくる。

だから何も
嫌だなとか、辛いなという状況の中で
なんとかしようと、もがく事はない。

ただ、そこからそっと離れるだけで
見えてくる事はたくさんある。

けれど、そこから離れられない理由は
たったひとつ「不安」だ。
そこから離れたら、
何か不具合が起こると感じている。

やってみれば、何も問題がない。
それどころか、手放したスペースに
それより数倍もいい何かが舞い込んでくる。

そりゃそうだ。
自分が気持ちよくあれば、
気持ちのいいものがやってくるし
自分が辛かったら、おなじようなものがやってくる。

どこまで行っても「自分次第」

そして、
離れて見える世界は
誰も悪くないし
実は何も問題がない。

 そういう事が好きな人同士で
 好きなだけ、やっていただけばいい。

銀河も、
中に入っていると、自分のすぐ周りしか見えない。
銀河の中の小さな星の中にいれば
銀河すら見えず、周りに見える小さな事だけ
で様々な判断をして一喜一憂する事になる。

銀河から飛び出せば、銀河の全体が見えて
自分がどこに位置していたかが分かる。

また、同じような別の銀河が
数えきれない程たくさんあることも分かる。

それらの銀河の中で一番自分に合う銀河を
探して入る事も可能だし、
もしかしたら、銀河そのものを作る事だって
できるかもしれない。

つくづく
事象とは銀河にそっくりだなぁと
私は感じている。

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■今日のまとめ

嫌だなとか、辛いなという状況の中で
なんとかしようと、もがく事はない。

ただ、そこからそっと離れるだけで
見えてくる事はたくさんある。

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【最幸ビジネスモデル】みや式人狼ゲーム。

 【最幸ビジネスモデル】  2013.9.2 No.0691
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下北沢でとても居心地のいい
カフェを営んでいる友人が、
最近、人狼ゲームを開催している。

カフェの名は「ROOMS(ルームス)」

http://rooms2008.web.fc2.com/index.html

玄関で靴を脱いで上がれば
まるでリビングルーム。

子ども連れもママたちにも人気だが
コンセントもWI-FIも使えるので
密かにパソコン持ち込みのビジネスモンにも人気だし
一人ほっとしにくる老若男女にも人気という
不思議なカフェ。

そのオーナーが、宮川 克己さん(通称みや)。
カフェ激戦区の下北沢で6年目。
ますますお客さんから愛されるカフェに成長中♪

みやが最近、人狼ゲームを自分のカフェで開催し
どんどん人が増えている!

どうも最近「人狼ゲーム」は、
テレビなどでもやっているらしく
巷で流行っているらしい。

しかし、テレビを見ない私はみやから聞くまで
知らなかった。

「話し合いでオオカミを当てるゲームなんだ」

と聞いてもチンプンカンプン。
ものは試しと参加してみたのが、
このゲームを知るキッカケだった。

これは、参加しないと本当の面白さは
分からない、という類いのものだった。

カードゲームと言っても、
カードは最初の配役を決めるのに配られるのみで
あとは全て話し合いによるコミュニケーションで
ゲームが進んで行く。

まったく初めて会う人同士が
たいした自己紹介や話もしないのに
すごく仲良くなれてしまうという面もある。

みや曰く、
このゲームは
・聴く力
・論理思考力
・感情表現力
・プレゼン力
というコミュニケーションスキルが
楽しんでゲームに参加していると身に付く。

と言うが、私もそう感じる。
しかし、どの人狼でも同じかというと
そうではないらしい。

実は、話を聞くまでは
私は人狼ゲームはどこでやっても
同じだと思っていたのだが
みやが開催する人狼は「みや式」だと言う事が判明!

さすが、みやはインプロなどもやっているだけあって
こだわりと工夫が随所に見られる。

たとえば、
・名札をつけてあだ名で呼び合いやすく、覚えやすく。
・かならず、ゲームが終わったあと、
 全員から感想やその他シェアする時間を設ける。
・初めての人がいても、ベテランがいても
 同じ土俵で同じように楽しめる(説明がうまい)
など。

過去2回参加してみたが
朝までやりたくなるほど夢中になった。

まったく初めての人同士で
誰が敵か味方か分からないのに「チーム戦」という
本当に面白いコミュニケーションゲーム。

チームが勝つ為に自分が犠牲になったり、
などの作戦を考えるなど、全体を考えながら
自分の役割を全うするという部分も
面白さのひとつ。

コミュニケーションだけで楽しめる、
なんて健全な遊びだろうと私は思う。

次回(9/16)、私は参加できないが
初めての一人参加の方も多いので
興味がある方はぜひ!

https://www.facebook.com/events/562160540511872/

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■今日のまとめ

 人狼はコミュニケーションだけで楽しむゲーム。
 やるなら「みや式」。

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