堤 佑介Ⅹの3

 

一夜明けた。

さいわい今日も休日だ。昨日の楽しかった余韻が心の底のほうでずっと後を引いていた。しかし、そうそう乙女チックな気分に浸っているわけにもいかない。昨日、手に取って読みかけた『国富と戦争』に、初めから挑戦してみようと決めた。

だが、1時間ほど読んだものの、苦手な経済の本である。どうも気が散ってしまう。目は文字面を追いかけていながら、いつの間にか心は、昨日の玲子さんの可愛いイメージを思い浮かべてしまったりしていた。

これではいけないと思い、ぐっと抑えて、何とか読み進んでいった。すると、ここで説かれていることが大学で習った経済学とはまったく違うということが漠然とわかってきた。

もともとあまり関心を持って聴講していたわけではないが、あのころ大学で鳴り物入りで教えられていた経済学は、誰もが利益最大化という目標に向かって合理的にふるまう経済人であるという仮定の上に成り立っていたように思う。だから世界規模の自由市場の維持を至高のものと考える思想的立場だった。

著者の中山さんは、この仮定を認めていない。人間の経済行動の不確実性をまず前提にしている。その上で、戦争や制度や地勢などが、経済動向に大きな影響を与えると説いていた。しかも戦争のような世界史的な大事件は、平和になってからも、その「型」のようなものが残り続けるという。

これは、あのころアカデミズムから放逐されたケインズの考えを復活・継承するもののように思われた。

たしかケインズもそうだったと思うが、中山さんは、モノやカネの動きにかかわる人間の経済合理的な行動だけに限定する「経済学」という学問の限界を見極め、それ以外の人間行動の要因を幅広く視野に入れようとしている。

大著なので、なかなか読み切れそうもないが、印象としては、こういうとらえ方のほうが大学で今も教えられている「経済学」なんかより、はるかに現実をとらえるのに適している感じがした。

午後遅くまで頑張って300ページくらいまでこぎつけた。

19世紀後半に、自由貿易主義を採っていたイギリスが不況にあえぎ、保護主義を採っていた大陸ヨーロッパのほうが、自国の経済を繁栄させ、かえって貿易を拡大させたと書いてあった。これも新鮮な指摘だ。

しかしここらが限界だった。

 

あきらめてネットサーフィンに切り替えたら、いつの間にか、「フェルメール展」のサイトに行っていた。今回は、これまでで最大点数で、10点、途中で1点入れ替えるという。それ以外にも、17世紀オランダの画家たちの宗教画や風景画や静物画が集められている。

フェルメールの作品は32点しか残っていなくて、ほとんどが上流家庭の室内を描いている。以前、7年くらい前だろうか、フェルメールを中心とした展覧会が渋谷で開かれ、ひとりで行ったことがある。その時、「地理学者」という絵にとても感動した。

窓からの差し込む光と、机の手前に寄せられた絨毯の襞、地図や本や地球儀などに囲まれて青いガウンを着た壮年の学者が、右手にコンパスを持ち、左手で机の角をしっかり押さえている。

何よりも私はこの学者の姿勢と表情に、知へのあくなき情熱を見出して、できれば自分もこんなふうにありたいと思ったものだ。空しい願いではあったが。

「地理学者」は、今回は残念ながら来ていない。でも今度は、二人で「牛乳を注ぐ女」や「赤い帽子の女」などが見られるのだ。その時のことを考えただけで楽しくなる。

終わった後、時間が取れるだろうか。8時半に美術館を出るとして、彼女の都合を聞いて、もしOKなら、1時間くらいは大丈夫だろう。

あまり強いてはいけない。近くで一緒に軽く一杯やりながら感想を話し合う――そんな埒もないことを空想して、心が早くも浮き立ってきた。

それはそうと、と、われに返った。そろそろ夕飯の時間だ。冷蔵庫を開けてみた。

ホッケの干物と豆腐で済ませることにした。豆腐にはネギのみじん切りとショウガのすりおろし、それに上等の鰹節をたっぷりかける。飯は冷凍しておいたのをチン。

日本酒の買い置きがあるので、それを、飯を食べ終わった後に冷で一杯。

 

そういえば。明日は、本部からの出向社員を初めて迎える日だ。先日、事前に本人から連絡があった。前園と名乗った。若い元気な声で、はきはきと予定日の調整について相談してきた。これならうまく運ぶかもしれない。

まずは岡田と一緒に蒲田に行ってもらうよう手はずを整えておいた。

街を歩いて雰囲気を感じ取り、事情をよく知る現地の不動産屋を訪ねて現況をつかむ。蒲田地区での空き家状況や世帯構成を正確に把握するために、区役所での調査も必要になるだろう。役人がうまく話に応じてくれるかどうか。

なかなか実を上げにくいプロジェクトだ。二つ返事で引き受けてくれた岡田に、頭が下がる思いだった。

しかし、あまり取り越し苦労はしないようにしよう。前園君と岡田の報告を聞いてから、新たにチーム編成を考えてもいいかもしれない。

 

また感傷的な気分に浸りたくなった。パールマンのクライスラー名曲集をかけ、ベッドに寝っ転がって、目を瞑った。

「愛の喜び」にさしかかったところで、心が躍り、玲子さんとの昨日の楽しい会話がほうふつとしてきた。弾むようなハーモニーが、そのまま彼女と私の共感の時を表現してくれているように思った。

ところが「愛の悲しみ」に続くと、その単音に終始する沈んだメロディのシンプルな流れが、ひとりになった時のはかない気分を掻き立てる。

 

いまの自分の恋も、やがてこのようにはかなく終わるのかもしれない、いままでそうだったように。そう思うと、いつの間にか、反省的で思索的になっている自分を見出した。

これまで何度もこういう感覚に襲われてきた。

私のなかでは、三つの異なる時間がせめぎ合っていた。

ひとつは、自分のとりあえずの身の上と直接関係のない「観念世界」、たとえば日本の危機について読んだり考えたり話題にしたりしている時。

二つ目は、日々の生活や仕事上の問題に意識を集中させて余裕をなくしている時。

そして、ちょうどさっき玲子さんへの思いに耽ったり美にあこがれたりしていたように、ロマンティックな空想のなかに自分を自由に遊ばせている時。

この三つの時は、まるで三人の役者のように心の舞台にかわるがわる登場するのだ。

私の意識は、いつもこの三人の役者を相手にして流れている。若い頃からそうだった。そして、どの役者と一番親しくなったらよいのか、わからない。

前に、この感じを、観念と実存との矛盾の意識ととらえたけれど、実際は、もっと複雑で、そこに、現実に裏付けられた空想が侵入してくるのだ。

思えば、誰でもそんなふうに生きているのではないか。日常的現実と非日常的な空想とか、観念世界と実存とかいったように、二元論で考えただけでは、生にかかわる意識の全体をとらえそこなってしまうような気がする。

観念は日常的現実を通して現れるし、空想の中でリアルな感覚が生き生きと躍動したりする。また日常的現実にしても、いつも過去や未来のように、いまここにない世界と不可分にかかわっているので、容易に追憶や郷愁や夢や空想に結びついていく。

私は、この意識の多面性に翻弄されている。

いま玲子さんに恋をしている。できればそこに全神経を集中させたいと思っている。でも青春時代と違って、これまでの人生経験で否応なく培ってしまったけち臭い「知恵」や、日々の生活への配慮、残された命数への見通しなど、さまざまな夾雑物が、それを邪魔する。

それでも、愛しく思える人と出会えたという幸運を壊さないように、できるかぎりこの運命の女神の導きに忠実につきしたがって行こうと思った。

 

11/15  20:23

半澤玲子様

昨日は楽しい一日を、ほんとにありがとうございました。

めったにないことに出会えたのだ、と本気で思っています。つい浮かれてしまって、ややこしい話を一方的にしてしまいました。でも、熱心に聞いていただいたので、私としてはとてもうれしかったです。

今日は、朝から、昨日紹介した中山武志の大著に挑戦したのですが、半澤さんのことが気にかかり、午後遅くまでかかって、半分ほどでダウンしてしまいました(笑)。

それから後は、フェルメールについて調べて、お約束した日のことをあれこれ想像していました。実は7年前にも一度、フェルメールとフランドル絵画展というのがあって、その時、『地理学者』という絵に深く感動した覚えがあります。今度は『地理学者』は来ていないようですが、その代わり、『手紙を書く婦人と召使い』がありますね!

何はともあれ、20日が待ち遠しいです。

今日は、お疲れではなかったですか。

どうぞ今夜は、ゆっくりお休みください。

 

11/15  20:51

堤 佑介さま

いまちょうどメールしようと思っていたところです。

こちらこそ、楽しくてためになるお話、ありがとうございました。

政治の話はむずかしかったですけど、さっき、一生懸命思い出して、メモを取っておきました。この次、また機会がありましたら、教えてください。

それと、是吉監督についてのお話がとても印象的でした。検索してみたら、もともとドキュメンタリーを撮っていたんですね。あの緻密なリアリティは、そこからきているのかもしれないと思いました。

「地理学者」の本物は、わたしは見損なってしまいましたが、堤さんがあれに感動されたというの、とてもわかるような気がします。いい絵ですね。

わたしも20日を、首を長くして待ちます。何よりも、お会いできるのがうれしい!

 

今日は、長年の上司が転勤になったので、新しい課長が赴任しました。鋭い目つきをしていて、怖そうです。慣れるまでは緊張の日が続くかもしれません。

それでは、堤さんも、ごゆっくりお休みくださいませ。♡

 

堤 佑介Ⅹの2

 

「ハイ!」と彼女が手を挙げた。またまた可愛いと思ってしまった。私は笑いながら、講演者が質問を受けるように、「どうぞ!」と手を差し出した。

「あの、いま聞いてて、よくわかったとは言えないんですけど、でも、そんなに難しい話とも思えないんですね。それなのに、どうして政治家やマスコミって、反対のことばっかり言ってきたんですか」

「いい質問ですね」

私は、彼女の振舞いに便乗して、先生然とした風を装って、答えた。

「それは、要するに、その難しくないはずのことがわかってないんですよ。ちゃんとマクロ経済のことを勉強しないからです。みんな財務省の財政破綻論に騙されちゃってるんですよ。自分のお財布の中身から類推しちゃうんでしょうね。でも私たちは政府と違って通貨は発行できませんよね。自分の財布と同じように、政府も財源に限りがあると思ってる」

「政治家って、政治のプロなのに、そんなに頭が悪いんですか」

「そうとしか言えないですね。私たちだって、国家の経済がどうなっているかなんて、普段考えないでしょう。そのレベルと同じなんですよ。頭が悪いだけじゃなくて、国民の代表なのに、すごく怠慢」

私は、玲子さんのズバリとした言い方に痛快な感じを覚えた。その通りなのだ。

「それと、ほんとはわかってるくせに、財務省の御用学者を務めている経済学者がいます。いろんな理屈をつけて、消費増税はどうしても必要だってね。財務省は、繰り返し繰り返し学者やエコノミストに財政破綻危機を吹き込んで、彼らを篭絡してきたんですよ。私たちも、偉い学者さんが言うことだから正しいんだろう、と何となく思ってしまう。それをうまく利用して、国民に負担を押し付けるんです。実際、2014年に5%から8%に増税されましたよね。その結果は、消費が落ち込んで、民間の投資活動も不活発になって、いまだに悪影響を及ぼしてます」

「財務省は、国民を苦しめてやろうと思ってるわけじゃないでしょう」

「それは思ってませんよ。だけど、ほら、官僚って、一度、ケチケチ路線が正しいって信じ込むと、それを宗教みたいに固く守って、絶対変えようとしないじゃないですか。もちろん彼らは善意でやってるつもりなんです。でも『地獄への道は善意で敷き詰められている』って言葉もありますしね」

「そうなんですか」

玲子さんはしばらく黙って考えるふうだった。

それから、

「……わたしたちどうすればいいんでしょうね」

「夕凪」のアキちゃんと同じ疑問だ。中央政府がやってることが間違いだとわかったとして、次は、誰でも「ではどうすればいいのか」と考えるだろう。

「そこですよね、問題は。たとえ正しい認識を持ったからって、権力が間違った政策をやって居座ってたら、どう動かしようもないですもんね。他にも阿川政権になってから、国民を苦しめるような政策をどんどん進めてます。あれは一言で言うと、巨大な多国籍企業と株主の利益のためだけの政権ですね」

「野党には期待できないんですか」

「いまの野党には全然期待できませんね。彼らも財政破綻論を信じ込んでます。それに阿川政権を倒すことだけに執着して、自分たちがどういう政権を作りたいのかっていうヴィジョンが何もないから、、与党や閣僚の失言とか、スキャンダルとか、枝葉末節なことばかりほじくり返しているでしょう」

「そうですね。国会中継って、テレビ番組の中で一番つまらないですね」

「ハハ……。ほんとに困ったことですね。さっきの話で言えば、私たちとしては、日本には財政問題なんてないんだっていう認識を少しでも広げていくしかないと思いますよ」

「だけど、わたしたち、ふだん会話してて、政治の話なんかできませんよね。下手なこと言うと人間関係壊すでしょう」

鋭い。優等生的な答えで満足しないところがいい。

「その通りですね。それはやめた方がいいと私も思います。だから社会的発言力を持ってる人で、信頼できる人を探し出して、その人たちの発言をたとえばSNSでハンドルネーム使ってシェアするとかね。絶えずその人たちの言動を追跡するとか。それくらいしかできないですね」

「堤さんは、どんな人を信頼してるんですか」

「まずは、例の篠原っていう社会学者の友人ですね。でもあいつはあんまり社会的発言力はないな。彼から紹介された中山武志とか、三石貴之とか、内閣官房参与の藤川悟とかは、頑張ってますね」

「あ、その藤川さんて、聞いたことあります。よくテレビとかネットに出てませんか。関西弁ですごく雄弁な」

「ええ、でも彼らは、残念なことに、まだ圧倒的な少数派なんですよ。そうだ、それと、最近買った本で、国際ジャーナリストの鶴見未菜さんという人の『売られゆく日本』というのがあります。これは今の日本がどんなにグローバル資本に浸食されているかが具体的に説かれていてとても参考になりますよ。すぐ読めますから、よかったら読んでみてください」

「はい、読んでみます」

そういって彼女は、著者名と書名をノートした。

「こういう人たちが中心になって、多くの人がうまく結集するといいですね」

「いや、じつは僕もそれを願ってるんですけどね。失礼、ちょっとトイレへ」

 

ここらあたりで、政治話はもう限界だと感じた。これ以上やると、せっかくの場が白けてしまうだろう。それにしても、玲子さんは、よく聞いてくれたものだ。私は自分を変人として紹介したけれど、この人も少しばかり変人かもしれない。

しかし一方で私は思った。政治思想を仲立ちにして男と女が仲良くなるとしたら、それって、何となく邪道じゃないだろうか。

できればその部分はなるべく棚上げにしておいて、もっと純粋にエロスの次元で惹かれあうようになりたい。政治の話なんかしなくたって、そうなれるはずだし、この人となら、なれそうだ。そっちで頑張ろう。

 

トイレから戻って、好きな画家の話をした。酔いも手伝ってか、佐伯祐三はユトリロなんかよりずっといいと言ってしまった。彼女はうれしそうに微笑んだ。

加山又造という人は、西陣織の図案家の息子だそうだ。スマホで、彼の絵を見せてもらった。いかにもその血を引いていて、しかも現代風で華やか。玲子さんが活け花をたしなむのと関係がありそうに思えた。

それから旅行の話。

青荷温泉というのは、前もってネットで調べておいたのだが、秘湯として有名らしい。数年前、親友と行ったのだという。夜はランプだけになり、テレビもないし、携帯も通じないという。彼女と一緒に行ってみたいとちょっとエッチな空想がよぎったが、もちろんそれは言わなかった。

映画の話。

是吉作品について花が咲いた。偉そうに蘊蓄を傾けてしまった。

あっという間に二時間が過ぎ、帰り際にフェルメール展に誘ったら、快く応じてくれた。とてもうれしかった。

地下鉄のホームで別れる時、彼女の電車が発車してホームを去るまで、窓越しに手を振り合っていた。こんなことするの、何年ぶりだろう、と思った。初デートで、恋の実感が深まったのを確実に感じた。

堤 佑介Ⅹの1

                                  2018年11月15日(木)

 

昨日の夜、玲子さんに初めて会った。休日だったので、時間が来るのがもどかしかった。

こういう時は、何かにかまけるに限る。洗濯と掃除と、昼飯づくりと、買い物。それでも時間が余るので、本の整理をした。これが一番集中できていい。

だいぶ要らない本がたまってきたので、それらをまとめたら、けっこうな量になった。「捨てないで本舗」にメールしたら、すぐ返事が来て、今日中に段ボールを届けてもらえることになった。

積読本もけっこうあった。篠原から教わって、こないだ買った中山武志の『国富と戦争』もその一つだ。

そうだ、玲子さんに会ったら経済について説明しなくちゃならないかもしれない。しかしこの大著を今から読むわけにもいくまいと思った。

目次を見てから、本文をパラパラめくってみた。次のようなくだりが目に飛び込んできた。

 

しばしば、日本政府が巨額の債務を累積しているにもかかわらず、財政破綻を免れているのは、民間部門が多額の金融資産を抱えており、これらの金融資産が銀行などの金融機関を通じて国債の購入に充てられているからだと言われてきた。……しかし、この議論は、銀行が預金を元手にして国債を購入するという、現実の信用創造の過程を転倒させた見方を前提にしている。実際には、内生的貨幣供給理論が示すように、銀行の国債購入が預金を創造するのである。したがって、民間金融資産の総額は、政府債務の制約にはならない。……個人や企業といった民間主体とは異なり、政府は通貨発行の権限を有する。それゆえ、政府が自国通貨建ての国債の返済ができなくなることは、政府がその政治的意志によって返済を拒否でもしない限り、あり得ない。……自国通貨建てで国債を発行している政府には、個人や企業のような返済能力の制約が存在しない。その限りにおいて、政府には、財政収支を均衡させる必要性は皆無なのである。

 

これだ、篠原が言ってたのは。

しばらくその前後に書かれていることにくぎ付けになっていた。すべてを読みたくなったが、そんな暇はない。それに、こんな鮮やかな理屈を初デートの女性に説いたりするのは、限りなく野暮な話だ。口で言ったってすぐにはわかってもらえるわけでもないし。

それにしても、篠原という奴は、普通の社会学の枠をはみ出して、よくこんな経済理論の領域にまで羽を伸ばしてるな。あいつもやっぱりタダモノじゃない。

ふと時計を見ると、五時半近くになっていた。女性を待たせてはいけない。本の整理ですっかり手が汚れてしまったし、汗もかいた。あわてて本を閉じて、シャワーを浴びることにした。

 

約束より10分ほど早く着いた。予約した席は奥のほうだった。入り口のほうを見つめていると、やがてそれらしき女性が現れた。少しあたりを探すようにしながら、ゆっくりこちらに近づいてくる。しゃれた服装をしている。

私は手招きした。彼女はにこっと笑い、足を速めてテーブルのそばまでやってきた。

立ち上がって型通りの挨拶をし、二人一緒に席に就いた。

ほんとに若く見えるな、これで47歳? と内心びっくりしていた。

白ワインで乾杯した。カチンという心地よい音。

私が先に口火を切った。

「お仕事は忙しいですか」

「いえ、それほどでも。経理ですからやることは毎日決まっていますし。堤さんはお忙しいでしょう?」

「ええ。僕はやっぱりそこそこ忙しいですね。それに今度、本社のほうから新しいプロジェクトを命じられて、その分忙しくなりそうです」

「どんなお仕事?」

「下町コンセプト」について簡単に説明した。

「いろいろと気もお遣いにならなくちゃなりませんね」

「そうなんですよ。でも、本来は営業が仕事ですから」

「不動産業は何年やってらっしゃるんですか」

「もう20年以上、かな。その前は友人と塾を経営してたんですよ」

「あら、そうなんですか。わたしも学生時代は塾でバイト続けてました。教えるのって難しいですね」

「子どももいろいろですからね。熱心になればなるほど難しくなります。でも何でも一つの道って難しいですよ。特に最近は、サービス業が多くなって、生身の人間を相手にするでしょう。コミュニケーションが苦手な人にとってはつらい時代ですよね」

「ほんとですね。その点、わたしなんか数字相手だから、少しは気楽かも」

私はこれを聞いて、ちょっと違うんじゃないかなと思った。もしかして謙遜している?

「いや、でもやっぱりその数字も人に差し出すわけですから、相当神経使うんじゃないですか」

理屈っぽいことを言ってしまった。ボトルから彼女のグラスにワインを継ぎ足す。あわてて彼女が今度はボトルを取ろうとした。それを手で制した。

「あ、いいです、いいです。独酌で……」

「そういえば、わたし、こないだ計算間違いしちゃって、冷や汗かきました。若い子が手伝ってくれて、深夜までかかって何とか修正しましたけど」

「そうですか。それはたいへんだったですね。おとがめなし?」

「ええ、さいわい」

「それはよかった」

 

店内はかなり混んでいた。店員が店の広さに比べて少ない。あっちこっち、走り回るようにして客に対応している。最近はどこでも感じるが、雇用者を減らして安い給料でこき使っているのだろう。デフレが続いている証拠だ。

彼女のほうに目を移すと、丸首のセーターの上の白い肌にぽっと赤みがさしていた。可愛い、と思った。いつも私をいら立たせている、いまの社会に対するいろいろな不満をいっとき忘れることができた。

彼女が言った。

「そうだ、覚書って相当たまってるんですか。わたし読んでみたいです」

「いやあ、思いついたことをまとまりもなくパソコンに打ち込んでるだけで、ただの書き散らしのようなものです。とてもお見せできるような代物じゃないですよ。まったく自分のため。ただ時々読み返して、現代社会のおかしな現象に対して、憤りをそのつど復活させたりしてるわけです。精神衛生上、あまりよくないですね。でも好奇心だけは旺盛で、理屈屋だからやめられないんです」

「わたしも、堤さんほどじゃないですけど、女には珍しく理屈屋だって、この頃気づきました。好奇心もけっこう旺盛なほうです」

「そう言えば、消費増税のからくりについて知りたがっていましたね」

「あ、そうそう、あれはどういうことなんでしょう」

「僕もこないだ知ったばかりで、友人の受け売りで、うまく説明できるかどうかわからないんですけど……」

「かまいません。聞きます」

ナイフとフォークを皿に置き、濃い眉の下のクリッとした目を見開いて、生徒のような真面目な顔で私を見つめた。また可愛いと思ってしまった。

「国の借金が1000兆円を超えて、このままでは国家財政が破綻するって報じられているでしょう? でも、あれは財務省が税金の収入だけで支出を賄うべきだと考えていて、国債をこれ以上増発させないようにしているからなんですよ」

「阿川首相じゃなくて、財務省がですか」

「そう、財務省の力はものすごいみたいですよ。阿川首相といえども抵抗できない。いわば国家権力内部の抗争ですね」

「でも経理の観点からすると、負債は増やさない方が健全ですよね」

さすが経理だけあって、そこを突いてきた。でもそれは、企業や家計と政府とを同一視しているからだ。みんなこのトリックに引っかかっている。わたしもこの前まで引っかかっていたのだ。

そこで、日本の国債は100%円建てで、政府は通貨発行権を持っているので、原則としていくら負債を増やしても、返済の必要などないこと、また、国債を発行することで政府の負債が増えれば、それはそのまま民間の貯蓄になるし、政府が民間に仕事を発注するわけだから、その分だけ需要が発生して、経済活動がかえって活発になること、などをゆっくり説明した。

玲子さんは、初めわかったようなわからないような顔をしていたが、やがて、だんだん

呑み込んでくるふうだった。私のつたない説明を一つ一つ心の中でかみしめるように、軽いうなずきを繰り返していた。

半澤玲子Ⅹの3

 

そして今日。

快適な気分で目が覚めた。ここのところあまりなかったことだ。顔を洗ってメイクしていると、下地やファンデーションのノリも悪くない。やっぱりねえ、と自分をからかうような気持ちになった。

だいぶ朝が冷えるようになった。でも青空が広がっているので、日中はかなり気温が上がるという。さあ、ともかく今日は張り切って出社しよう。

 

オフィスに入ってしばらくすると、新任の課長が部長と一緒に入室して、挨拶した。静岡支社から本社に戻ってきたという。

中田さんはどちらかと言えば温厚で不器用なタイプだったけど、今度の安岡課長は、いかにもシャープで有能なイメージだった。わたしより五つくらい年下か。これから経理は厳しくなるかもしれないと直感的に思った。

そういえば、この三日間、課長席が空席で、時々、藤堂さんが座って事務処理をしていた。

後で聞くと、藤堂さんにも新課長昇進の声がかかったのだけれど、受験期の子どもを抱えて重責を負いたくないので、お断りしたのだという。

わたし自身は、初めから総合職志望ではなく入社したので、この歳になっても役職にはついていない。

 

9日の送別会では、中田さんは、何となく固い表情をしていた。藤堂さんを含む何人かが送辞を述べ、わたしが花束を渡す役を仰せつかった。渡すときに目が合った。彼はわたしをちょっと長く見つめ、それから目を伏せた。

会が終わってしばらく経って、彼が廊下を急ぎ足に通り過ぎていくタイミングをとらえて、あの懸案事項について思い切って聞いてみた。

「課長。ちょっとすみません」

「え?」

「これまでいろいろお世話になりました。京都に行かれても、どうぞお体を大切にされて……」

「ああ、いやいや、こちらこそ。半澤さんも……」

「それで、ちょっと確かめておきたいことがあるんですが」

「何でしょう」

「今度のご転勤の件なんですけど、わたしが計算間違いして失敗したことがありましたよね。その責任を取られて今度の人事が……」

「え? ああ、そんなことがあったね。ありゃ、何の関係もありませんよ。だってちゃんと努力されて収拾できたんだし、それに支社とはいえ、昇進ですからね」

中田さんは、笑いながら手を振って、もう歩き始めていた。

「そうですか。よかった。それと、もう一つ……」

「ん?」

「申し上げにくいことなんですけど……課長がわたしを誘ってくださったことがあったでしょう」

「ん?……ああ、あれね……いや、お恥ずかしい。あの時はヘンなことをして申し訳ない」

「いえ、ヘンなことじゃないです。でももしかして、あのことを気にされてて、同じ職場に居づらくて自己申告されたのかななんて、わたし、勝手に気まわしちゃったんです」

中田さんは、今度はわたしのほうに向きなおって、しばらくこっちを見つめていた。言葉を探しているふうだった。それからはっきりと答えた。

「いやいや、そんなことありませんよ。自己申告なんて。ウチの人事がそんなこと聞き入れるはずがない」

中田さんは、わたしからまだ目を離さなかった。心なしか、うっすらと涙をにじませているように見えた。

「半澤さん……あなた、優しい人ですね。どうもありがとう」

そう言って、静かに頭を下げた。

やはりこの人は可愛い人だ、と改めて思った。いい人が見つかるといいのに。

「京都に行ったらいい人を見つけてください」とうっかり言おうとしたが、振っておきながらそれは大きなお世話だ。危うく踏みとどまった。

そのとき、わたしの立っている位置の斜め後ろのドアが開きかけた。中田さんはあわてて、「じゃ、これで」と言って足早に過ぎ去った。後姿が何となく寂しげだった。

少し出過ぎかと思ったけれど、とにかくしこりが取れたような気がした。

中田さんと私と二人だけで、短い送別会をやったわけだ。そっとしておけばいいのにと思って、相当躊躇したけれど、やっぱりやってよかったと思った。

中田さん、どうぞお仕合せに。

半澤玲子Ⅹの2

 

鏡の中の自分を見つめた。ワインとおしゃべりのせいで、頬がだいぶ上気している。わたしは口紅をなおしながら、彼の目にどう映ったかしらと思った。勝手なことしゃべってアホな女だと思われなかったかしら。

でも初めてにしては、お互いそんなに固くならずに、いろんなことを話せたなと思った。歳のせいもあるのかもしれないけれど、これまでのやり取りで、何となく気心が知れているところがあったからだろう。

政治の話では、彼は慎重に、ゆっくり言葉を選んでいた。

途中、知らない経済用語や疑問も出てきたので、その時は質問した。ていねいに説明してくれた。

一回聞いただけでは呑み込めなかったけれど、でも、消費税の増税が、緊縮財政にこだわるケチな財務省のデマによるのだという点だけはよくわかった。

ほんとに、みんな騙されてるんだ。知り合いに広く伝えたい気がしたけれど、政治運動をするんでもないのに、それはよくない。堤さんも、どうすればいいかについては、ちょっと困惑気味だったようだ。

トイレから出て、テーブルに戻ると、彼はにこにこしながら座っていた。

「そろそろ出ましょうか」

「はい」

わたしたちは立ち上がって出口に向かった。堤さんのうしろ姿を目で追いかける。背筋のすっきり通ったひとだ。

レジの前でハンドバッグに手を入れた。

彼がそのまま出ようとするので、わたしは声をかけた。

「あの……おいくら」

「あ、もう済ませましたから」

「え?……そんな。よろしいんですか?」

「プロフィールに書いてなかったですか? 初デートは全額こちら持ちだって」

彼は振り返って、にこにこ顔を崩さずに言った。

「はあ……ではお言葉に甘えさせていただきます。ごちそうさま」

岩倉さんは何と書いていたっけ、と、とっさに思ったが、それは忘れた、というか、気にしてなかった。もうどうでもいいことだ。

 

外はだいぶ冷えていた。四つ辻の向こうに大学の大きな建物の壁がそびえている。私の母校だ。でもあまりいい思い出はない。別れた夫と最初に出会ったのもあそこだからだ。

帰りは途中まで同じ方向である。地下鉄の乗り換えですぐ違う路線に別れてしまうのだけれど、その一緒にいられる短い時間がいとおしかった。そのせいか、かえって緊張して何も話せなかった。

堤さんは、わたしが乗り換えるホームまで送ってくれた。

電車が来た。別れ際に、彼が「もしどうしても都合がつかなくなったら、なるべく早く連絡入れます」と早口で言った。

「そうしてください。お仕事大切ですから」

そうならないように、と祈っている自分がいた。乗り込んでから窓の外を見ると、堤さんは、ホームに立って手を振って微笑んでいる。わたしも見えなくなるまで手を振っていた。

 

帰宅は10時。シャワーを浴びながら、今日の出会いを思い起こした。シャワーのお湯のように、わたしのからだに幸福感が降り注いだ。

フェルメール展の話が出た時に、エリはどうしているだろうとすぐに連想した。電話してみようかと思った。しかし、こっちがいい調子になっている時に、もし向こうがやばいことになっていたら?――そう気づいて、やっぱり思いとどまった。

岩倉さんとのことも含めて、これまでのいきさつを話さないわけにはいかない。また、彼女のその後について聞かないわけにもいかない。もし慰めなくてはならない立場に立たされたら、こちらとしては、どういう言葉をかけたらいいかわからなくなる。

その距離感をうまく埋められるほど、わたしは世故に長けていないし、彼女との間では、わざとらしいことを言ってもすぐに気づかれてしまうだろう。気まずい空気には絶対したくない。

いまは、堤さんと会ってきた余韻を静かに胸のなかで温めながら、寝ることにしよう。

 

ベッドに入りながら考えた。

彼はまじめな人。それはたしかだ。

そして優しい。わたしのことを思いやってくれる。だれかさんとは大違い。でもこれは、いま、わたしをゲットしようと考えているからだけかもしれない。誰にでも優しいとは限らない。

よく、どんな男の人が理想ですかと聞かれて、「優しい人」と答えるケースが多いけれど、「優しい」って、いったい何だろう。誰にでも優しければ、それがいいことなんだろうか。自分に対して優しさを持続できる人が、その人にとっていい人なんじゃないだろうか。

堤さんはそういう人だろうか。もしかしたら、あのジェントルマンシップは、女の扱いになれてるってこととそんなに変わらない可能性だってある。

それに単に「優しくしてくれる」と言ったって、人は状況次第でいくらでも変わるものだ。こっちに気があるうちは極力いいところを見せるだろうけれど、飽きられてしまったら優しさも消えるだろう。また、もし深い付き合いになったら、これまで見えていなかったところが飛び出すかもしれない。まだそこまでは見えない。

でも、それは考えてみればお互いさまのところがある。人は他人のことを批評する時、自分だけは完全人格みたいな位置からものを言うけれど、そういう時はむしろ自分自身が見えていない時だ。相手に優しさを求める前に、自分がよりよくあろうとするのでなくては。

彼はかっこいい。それはただわたしがそう感じてるってこと。他の人はそう感じないかもしれない。でもそれはそれで全然かまわない。

彼は頭がよくて話題豊富だ。わたしの知らないこと、知った方がいいことをたくさん知ってる。

 

わたしは彼が好き? ……たぶん。だって、彼のことを考えると、かすかに胸がときめくもの。

彼とうまく付き合っていけそう? ……たぶん。少なくともここしばらくは。だって、会って話してるときの雰囲気がすごくいいもの……。

半澤玲子Ⅹの1

                                  2018年11月15日(木)

 

日曜日に、久しぶりに美容院に行って髪を整えてきた。だいぶ長くなって乱れてきたので、少しだけカットしてもらった。美容師が黒髪の濃いのをほめてくれた。

昨日はよく晴れたさわやかな一日だった。

堤さんに初めて会うので、お化粧も念入りにしてマンションを出た。

数日前まで妙に暖かく、秋の初めに戻ったようだった。でもさすがに少し冷えてきた。寒いかなと思ったが、せっかくの日なので、ボタンデザインの入った白の丸首セーターにモスグリーンのロングスカートとしゃれてみた。ハーフコートははおったけれど。

席に就くなり、隣の藤堂さんが「あら半澤さん、今日は素敵じゃない。もしかして?」と聞いてきたが、「うふふ……別にそんなんじゃないのよ」と言ってごまかした。

じつは仕事のほうはちょっと気もそぞろ。でもちゃんとやりましたよ。

 

7時ちょっと前にカフェ・グラナダに着いた。ここは前にコーヒーを飲みに寄ったことがある。夜来たのは初めてだった。夜景がぎらぎらしていなくて落ち着きがある。

細長い店なので、最初ちょっと戸惑ったが、堤さんは、奥のほうに来ていて、手を挙げて招いてくれた。

ラフな茶色のジャケットを着こなしよく身につけていた。衿の少し大きめな真っ白のワイシャツがよく似合っている。面長でプロフィール写真で見たのと同じ丸い眼鏡をかけている。気さくな印象だけど、ちょっとデリケートかな。

でも想像したのとほとんど違っていなかった。まだわからないけれど、少なくとも見た目には素敵な感じだった。

「初めまして。半澤です。よろしくお願いいたします」

「初めまして。堤です。こちらこそよろしく」

やや高めだが、よく通る声だった。

「お食事はまだなんでしょう?」

「はい。お腹すいてます」

はっきり言ってしまった。

「僕もです」

彼もはっきり言った。思わず二人から同時に笑いがこぼれた。

堤さんは、メニューを差し出しながら、「どうします? 一品ずつ頼みますか。それともディナーコースで」と聞いた。

「ではコースで」

「飲み物は何にしますか」

「じゃ、グラスワインの白を」

「あ、それじゃ、ボトルをとりましょうか。飲みきれるかな」

「わたし、あんまり強くないんですけど」

「残ったら私が片付けますよ」

堤さんはにっこり笑って、ワインメニューを示し、わたしに選ぶように促した。わたしはよくわからないままに、適当にフランスワインを指さした。

メインディッシュは、堤さん、国産サーロインのタリアータ、わたし、真鯛のグリル トラパニ風。

 

「ニックネームが変わってましたね」

わたしのグラスにワインを注ぎながら、堤さんが言った。

「ワレモコウは、前に実家に帰った時に、母が活けてたんですよ。それが印象に残ってたので、何となくつけちゃったんです」

「そうだったんですか。もしかしたら、お人柄をあらわしてるのかななんて、勝手に想像しちゃいました」

「フフ……わたし、あんなに逞しくありません。それに自分で自分の性格にちなんでニックネーム選ぶなんて、ヘンじゃありません?」

「ハハ……ほんとですね。逞しい野草と言えば、僕は子どものころからアザミが好きなんです。アザミを活けることなんてあります?」

「ああ、写真で見たことはありますが、わたしはまだないです。でもあの野性味のある強さ、わたしも好きです。活け花では使っていけない素材ってないんですね。でも何と組み合わせるかが難しそう。アザミはあんまり独り立ちしすぎてる感じがして」

「なるほど。僕は、そこが気に入ってるんですけど、ちょっと怖い感じもありますね。よくわかりませんけど、挑戦してみるのも面白いと思いますよ」

「そうですね。やってみようかしら」

「それにしても、あのお花の写真、素晴らしかったですね。白とピンクと濃い緑。色も形の釣り合いもとても決まってると思いました」

「ありがとうございます」

「あれは、ハクチョウゲ、ですか。枝が横にうねるように伸びて」

「そうです。よくお分かりになりましたね」

「昔、実家の裏手に生えていたように思います。よく覚えてないんですが」

「ご実家は横浜、でしたっけ」

「ええ」

「私の妹一家も横浜なんです」

「あ、そうですか。どのあたり?」

「北部です。都筑区。結婚して武蔵野の実家から引っ越したんですよ」

「ああ、それじゃ、東京に近くていいですね。僕は真ん中のほうですから」

「でも浜っ子って、なんかすてきですね。おしゃれで開かれた感じで」

「うん、まあ、けっこうみんなにあこがれられますけどね。でも生まれ育った土地って、本人からすると、愛憎両面ありますね。親兄弟との関係もからまってるし」

わたしはそこで、「ああ」と相槌を打ったきり、その後が継げなかった。誰にでもある翳り。わたしもじつは妹とあまり仲が良くなかった。いまでもそのしこりが残っている。

それからしばらく、わたしが質問した政治の話、好きだと言った画家の話、過去の旅行の話などをした。

奥入瀬は若い頃、自分も友人と歩いたたことがあると彼は言った。やはり夏の夕暮れ時で、生い茂った森のなかにせせらぎの音を聞きながら、時々滝に出会うと、そのたびに心が洗われるようだったことを覚えている、と。

そのうち映画の話に移った。

「『広い世界の端っこで』はご覧になりました? アニメですけど」

「ああ、見てないです。アニメはちょっと弱いですね」

「おススメですよ。悲しい話ですけど、救いもあります」

「そうですか。DVDになってますか」

「たぶんなってると思います」

「じゃ、買いますね」

それから話題はやっぱり『万引きファミリー』になった。

堤さんが言った。

「是吉監督の映画は何本か見ましたよ。あの人の映画って、どれもけっこう重いですよね。はじめ、それがいかにもリアルな『あるある感』みたいに迫ってくるんで、正直、ちょっと見ていて苦しかったです。でもいろいろ見ていくうちに、だんだん慣れてきて、やっぱりこういう撮り方しないと、こういうテーマは描けないんだなってのがわかるようになりました」

堤さんも、是吉映画みたいに、つらい体験をしてきたのかしら、とちょっと想像した。そういえば、彼もバツイチで、しかもお嬢さんがいるわけだから、あの『海の底の深みへ』と似たような経験があるのかもしれない。

彼の話が続いた。

「『万引きファミリー』はそれが全部詰まってる感じでしたね。あれは、ちょっとカッコつけた言い方になりますけど、家族が難しくなってる時代に、ゼロから家族を作り上げてく現代の創造神話みたいです。結局、ほんとにうまくできかかる直前で、失楽園と同じように壊されちゃうんですけどね」

現代家族の創造神話。なるほどうまい言い方だ。でも違法行為で楽園作ってるから、結局、いつか破綻してしまうのね。わたしはふだん感じていたことを言ってみた。

「是吉監督の映画って、みんな家族関係が複雑ですね。あれ、何かこだわりがあるんでしょうか」

「さあ、監督自身の育ち方に関係あるのかもしれませんね。それと、父性愛に執着しているのがけっこう多いでしょう」

「ああ、ほんとに。もしかしたら自分が父親から愛されなかったのかもしれませんね。それと、悠木果林が出てるのがみんないいですね」

「あの人の存在感はすごい。惜しい人を亡くしました」

「あの人の遺作、ご覧になりました?」

「えーと、たしかお茶がテーマの。ああ、見てないです」

「ええ。『喫茶去』ね。あれ、わたし、お花に少し心得があるんで、興味があって、見たんですね。悠木果林、重要な役をすごくうまくこなしてますけど、映画はあんまりおもしろくありませんでした。別世界のきれいなところだけ見せているようで」

「あ、そうですか。そうだとすると、やっぱり監督次第ってところも大きいんですね。コラボレーションの問題ですね」

「ええ、そう思います」

こんな話、誰ともしたことがなかった。何よりも、自由にものが言える雰囲気だった。ほかにもいろんな話題が出た。家族の話、仕事の話。堤さんは顔にあらわさないけど、仕事のほうは相当たいへんそうだった。

 

気がつくと、あっという間に二時間が経っていた。

「また会っていただけますか」

彼が小さな声で言った。

「はい」

わたしも小さな声で答えた。

「そうだ。フェルメール展、ご一緒しませんか」

今度は語調がすこし強くなっていた。

わたしは喜びを押し隠しながら言った。

「ええぜひ。でもうまく時間がとれるかしら」

「あれ、たしか予約制だったでしょう。けっこう遅くまで入場できたと思うんですけど」

「あ、そうですね。調べてみます」

スマホで見ると、入場時間が6つに分かれていて、最終枠が7時から8時、閉館が8時半になっていた。

「これなら、最終枠で予約して……」

「行けそうですね。僕は、そうだな、来週の火曜だったら、遅くとも7時半には行けると思います。半澤さんは?」

「はい。わたしも大丈夫です」

「じゃ、火曜日、7時半に会場入り口で待ち合わせることにしましょうか。1時間あればじゅうぶん見れるでしょう」

「そうですね。じゃ、今度はわたしが予約しておきます」

「どうもありがとう。お願いします。今日はほんとにありがとうございました。これからもよろしく」

「こちらこそ。……わたし、ちょっと化粧室に」

堤 佑介Ⅸの3

 

私は玲子さんのメールを読んで、ある種の心地よい幻惑の中にいた。財政破綻のウソなどを、いまメールで説明する気になどなれなかった。それをするなら、口でゆっくり説明した方がいい。

しかしそんなことより、彼女にじかに会って話したいという気持ちが強くこみあげてきた。政治経済の話なんかじゃなく、モネについて、佐伯祐三について、バッハやショパンについて、是吉監督の作品について、悠木果林について、フェルメールについて!

まずは日程をなんとか調整して、喫茶店で会うことにしよう。もうかなりの情報をお互いに交換はしたけれど、やはり直接会ってみなければ、本当の人となりはわからない。そう考えて、メールで質問に答えることはせずに、ダイレクトに誘いのメールを書いた。

 

半澤玲子様

メール、ありがとうございます。先ほど、帰宅してから開きました。お花の写真、素敵

ですね! こんな作品を作れる半澤さんにあこがれてしまいます。

じつは今日、午前中、私も仕事で渋谷にいたんですよ。残念ながらすれ違いでしたけれど。でも、また少しお近づきになれたような気がして、うれしくなりました。

 

ハローウィーンの騒ぎのこと、まったくおっしゃる通りと思います。若者たちのこの空気は、明らかにいまの政治のまずさとつながっているでしょう。

消費増税が、政府の国民騙しである理由についてお尋ねですが、これはなかなか簡単には説明できません。私も、この前友人から聞いた話を自分の中で咀嚼し直して、もう少し勉強する必要がありそうです。時期が熟したらお話ししましょう。

 

マティス、佐伯祐三、フェルメール、どれも好きです。私の勝手な思い込みかもしれませんが、美術についても気が合いそうです。美しいものへ傾倒されるお気持ちと、お花を活ける趣味とがつながっていらっしゃるのでしょうね。私のほうはあこがればかりで、なにもできませんが。

 

でも、そのこととは別に、一度、お会いできないでしょうか。やはりこうして情報交換をしているだけでは、お互いに誤解の余地を残すかもしれませんので、じかに顔を合わせて明確な印象をつかんだ方がいいように思います。それでうまく行かないようでしたら、その時点でまた考えましょう。

性急なお誘いをして申し訳ありません。

 

ただ、私は普通のサラリーマンのように、土日を休めませんので、スケジュール調整が難しいですね。勝手なことを申し上げて恐縮ですが、もし水曜か第三木曜の夜7時以降、ご都合がよろしい日がありましたら、一時間でも二時間でも会っていただけるととてもうれしく存じます。あるいは、土日でも、こちらが比較的早く仕事を終えられれば、お会いすることはできます。

お会いすることに躊躇がなければ、その旨、お知らせいただければ幸いです。

 

時計を見ると10時40分。風呂に入ることにした。湧いてからゆっくり入って、出てきたのが11時25分。

メールを見ると11時13分に、早くも返事が入っていた。

 

堤 佑介さま

こんばんは。早速のお返事、ありがとうございます。

そうだったんですね。わたしもうれしくなりました。

お会いできていれば、お話が聞けましたのに。

ひとりでの食事は、慣れてはいるものの、やはり寂しいものがあります。

                                                                                       

お会いする件、同意いたします。

近いところで、再来週の14日(水)か、15日(木)の7時ではいかがでしょうか。少したまっている仕事がありますので、それまでに頑張って、一段落させておきます。

わたしは浅草の近くに住んでおりますので、場所は都心近辺であればどこでもけっこうです。お任せいたしますので、どうぞご指定下さいませ。

 

申し遅れましたが、わたしのつたない活け花をあんなにほめていただきまして、まことに光栄です。たいへん勇気を与えていただきました。この次も力を込めて挑戦してみようと思います。

 

明日はお休みですので、今夜はまだ起きております。堤さんのほうでお差し支えなければ、お返事いただければ幸いです。

 

やった。向こうから乗り気な様子がはっきりわかる。小躍りする気分で、すぐに返事を書く。

 

半澤玲子様

さっそく申し出を受け入れていただき、ありがとうございます。

それでは、14日の7時に、四谷駅のカトレ2階、カフェ・グラナダでお待ちします。

予約は私のほうで入れておきます。

お会いできるのを楽しみにしております。

どうぞゆっくりお休みください。明日はお寝坊ができますね(笑)

 

堤 佑介さま

承知いたしました。

わたしも、心待ちにしております。

堤さんも、明日のお仕事に備えて、どうぞゆっくりお休みくださいませ♡

 

 さあ、どういうことになるのだろうか。

たとえうまく行かなくても、それはそれ、しかたのないことだ。俺は若くないんだから、たとえ振られても、そんなに傷つくこともあるまい、と、自分に言いきかせながら、ベッドに入った。でも心は何やら中学生か高校生のような気分になっていて、なかなか寝付かれなかった。

 ほんとにこんなことで何かが始まるのだろうか。亜弥がどこかで今の私を覗いていたら、やっぱりあのクスクス笑いをこらえようとするだろうか……。

堤 佑介Ⅸの2

 

昼飯の後、本屋に寄って、鶴見未菜という国際ジャーナリストの評判の本『売られゆく日本』を買う。目次を見ただけで、これはたいへんなことが書いてあると直感した。電車の中で始めの水道民営化の部分をざっと読む。

朝尾財務大臣がアメリカ講演で「日本のすべての水道を民営化します」と宣言したことは知っていた。こいつは何てバカなことを言っているのだと当時思ったが、それがいかに国民を愚弄したものであるかについては、それほど意識していなかった。

ところがこの本を少し読み進めるうちに、怒りが込み上げてきた。

水道民営化は、不動産取得と同じで、例によって外資規制がない。しかもコンセッション方式といって、施設の所有者は自治体で、参入企業は運営だけやればよいことになっている。だから災害による断水や修理に関して、企業が責任を負わなくてもよいそうだ。

しかもほかの商品と違って、水には消費者の選択権がない。したがって、国際的な水メジャーが運営権を買い取れば、競争が成立せず、水道料金は高騰する。

現にパリ、ベルリン、アトランタなど、民営化の失敗に懲りて、たいへんなコストを覚悟しながら再公営化に踏み切った都市が、200を超えるそうだ。撤退した水メジャーは、免疫のない、うぶな日本をこれ幸いとばかり狙っている。その動きを政府はなんと自ら歓迎しようというのである。

そこまで読んだとき、また、けやきが丘駅を乗り過ごしそうになった。

この前、篠原と会った後にも感じたが、こんなに政治や経済の問題に入れ込んでしまっては、肝心の仕事がおろそかになってしまう。しょせん、政治や経済の話は、いま自分の目の前に迫っているのではない観念の世界の話だ。

私にとってはどちらも大事だが、さしあたり私に何ができるわけでもない。足元を忘れてはいけない。それにしても水道は日々の生活に直結してるからなあ……。

改札をくぐって社にまで歩く道すがら、考えた。

ともかく今日の会議の結果をみんなに報告したあと、どういうふうに今月半ば以降の職務配分を決めていけばいいかを話し合わなくてはならない。本部からのスタッフが来てからでは遅いのだ。

もちろん実際にはどうなるか未知の部分が多いが、アウトラインだけでも合意しておく必要がある。その方針をまず私なりに設計し、みんながオフィスに戻ってから、少し残ってもらって説明する。それが私の今日の午後の仕事。

 

欠けたメンバーもあったが、大半は退社時刻前に戻っていたので、「悪いが大事な話なので残ってほしい」と伝えて、今日の会議の結果とこれからの対応方針について説明した。

考えられる仕事。

 

①本部から出向してくる社員を温かく迎えて、円滑に仕事が進むようにすること。

②モデル地区に選ばれた大田区の町の状況を事前になるべく正確に把握すること。

③派遣された社員との協同体制を作ること。

④その主な担当者をだれにするか。

⑤他の仕事に支障をきたさないように、タイムスケジュールをそのつどうまく作ること。

⑥プロジェクトが始まってから、定期的に進捗状況をチェックし、今後の見通しについてきちんと判断できるようにすること。

 

6項目のうち、①については、山下から、出向社員の頻度と人数について質問があった。それは今日の段階では未定だった。追って連絡が来るだろうが、こちらからも聞いてみることにすると答えておいた。

②については、岡田から、これは出向社員が来る前から、こちらで事前にスタートしておく必要があるのではないかという意見が出た。できることならそれが望ましいと答えた。

④と⑤と⑥は連動しているので、私が、社員の諸事情を配慮しながら、役割分担のたたき台を示した。ほとんど異議は出なかった。しかし、これも始まってみなくてはわからないので、臨機応変に対応しようということになった。

八木沢が手を挙げた。

「持ち家を売って、賃貸に代えて、そこにそのまま元のオーナーが住み続けるっていう手法がありますよね。あれなんかも、このプロジェクトでは考えられますか」

「いいこと言ってくれたね。それはもちろんありです。あれって、けっこうメリットあるんだよね」

川越が聞いた。

「どんなメリットですか」

岡田が説明する。

「つまりさ、いちばんのメリットは、オーナーの老後の財産が現金で残ること、それから、もしローンが残っていれば払い切れる。あと、引っ越ししなくていいでしょ。老人にとって引っ越しはたいへんだからね。もう一つは不動産だと遺産相続問題でもつれやすいけど、現金ならわかりやすい」

「なるほど。よくわかりました」

私が付け足した。

「これからは、年取ったら賃貸のほうにシフトしていくだろうね」

みんなの表情をうかがいながら、少しずつ話を進めていったのだが、だれもあまりうれしそうではなかった。それはそうに違いない。しかしここはわたしを信頼して、頑張ってもらわなければ困る。

「たいへんになって申し訳ないが、それぞれうまく繰り合わせてしっかりやって行こう」

そのほかにも、オフィスから該当地域までかなり距離があることなども交え、これから予想される苦労に対して、ねぎらいの言葉をボソボソとしゃべった。それでも谷内や本田、川越など、若手陣は、目を見開いて意欲を示してくれた。8時を少し回っていた。

 

外で夕食を済ませ、帰宅したら9時半過ぎだった。

テレビをつけると、韓国の大法院が4人の徴用工に計4億ウォンの賠償金を払うように判決を出した問題のその後を報じていた。

韓国の反日態度にはあきれてものが言えない。

しかしもとはといえば、毅然と対応しない日本政府が悪いと思う。3年前の日韓合意からして間違っていたのだ。

あれでは、軍による慰安婦の強制連行があったかのように受け取られ、それに対して謝罪しているという、以前とまったく変わらない構図だ。何よりも国際社会に、そういう認識がますます定着してしまう。

これで韓国はこれさいわいとばかりつけあがるだろうと思っていたら、案の定そうなった。聞くも不愉快なので、消してしまった。

すでに一杯ひっかけているのだが、このままでは何か物足りない。例によって、オンザロックを作った。

このところ、CDをかけるのが日課のようになっている。疲れを癒すため、だけではなく、何かを期待しているのだ。何か? それは決まっている。自分の心をその何かにシンクロできるステージに持っていくためだ。

ヨーロピアンジャズトリオの『SONATA』――オランダのジャズトリオが、クラシックの名曲をいいセンスでアレンジしている。なかでもショパンの「雨だれ」が好きだ。

 

11/2 19:44で玲子さんからメールが届いていた。

書き出しが昔の手紙のようだった。

しかもさっきまで渋谷にいたのだという。

本部での会議が午後まで延びていれば、終わった段階でメールを入れて、どこかで会うこともできたかもしれない。そう思うと、残念と思うより、彼女の言葉が急に身近に感じられて、むしろ慕わしさが増してくるようだった。

でもそれをやったら、オフィスでの会議はできなかったわけだ。やはり早く社に戻って事をてきぱきと済ませたのがよかった。職業人としての誇りを失ったら終わりだからな。

メールには、ハロウィーンのことが詳しく書かれていた。

彼女の言っていることは、まったくその通りだと思った。あの空虚なバカ騒ぎは、政府の経済政策による若者の貧困化に大いに関係がある。でも彼らは、それが政治の悪に由来することを自覚していない。

バイトテロなども同じだろう。これらの若者現象に見られるアパシーの気分が、ただ自分の置かれた個人的な環境のせいではなく、もっと大きな社会背景を持っていることに、みんなが気付くといいのだけれど、「ヘイワニッポン」では難しいだろう。

また玲子さんは、消費増税が国民騙しである理由を訪ねていた。これにはきちんと答えないといけない。

それと活け花の素敵な写真。『万引きファミリー』の的確な感想。

会社のエントランスに飾る役なんて、すごく名誉なことじゃないか。しかもとても周囲の雰囲気にマッチしている。

ハクチョウゲというのだったっけ、小さな白い花がたくさん、残り雪のように散っている。それが左にぐっと伸びて主枝を作り、中間枝というのか、中央にも立っている。右に濃い緑色をした短めのシダが三本、元のところに赤いバラがやはり三つ、これを客枝というのだろうか。

活け花のことはよくわからないけれど、色合いといい、構成といい、とてもバランスが取れていて美しいと思った。

胃の中に静かに沁みていくウィスキー、軽快なテンポの「雨だれ」、そして目の前に心を落ち着かせてくれるきれいにしつらえられた活け花。疲れが一気に癒されていくのを感じた。こういう芸のある人が羨ましかった。

そういえば、半澤さんのお母さんは、お花のお師匠さんだと書いてあった。時間さえあったら、習ってみたい。

そう、そんな時間が必要なのだ。というより、作らなくてはならない。みんな暇がない、暇がないというけれど、忙しい時ほど暇を作りたいという欲求が高まり、そして事実、その欲求によって暇が作られるものなのだ。

堤 佑介Ⅸの1

 

                                     2018年11月2日(金)

 

朝が急に冷えるようになった。薄手のコートを着て、マンションの玄関を出ると、向かいのビルの壁を、角度の鋭くなった光が照らし、路面に長い影を作っていた。私はやや物憂げな気分で、駅に向かった。

半澤玲子さんという女性がいま私の生活圏に入り込みかけている。そのことが心理的な救いだった。

例の中国人・陳秀洪さんは、私が篠原と会った翌日、木曜の夜に契約を成立させ、28日の日曜日にはもう引っ越してきた。午後になってゲイカップルの引っ越し車も到着した。かちあってしまったのだ。

そういえば、こちらも契約までがスピーディだった。細かいチェックを要求しない分だけ早かったのかもしれない。

しばらくして、ゲイカップルのひとり、笹森さんから苦情電話がはいった。陳さんの車が前を塞いでいるので、その奥にある笹森さんの部屋の近くまで車を寄せられないという。

少し動かしてくれれば通れないことはないと思うんで、何とかなりませんか、と電話に出たパート社員が応じると、陳さんのほうが積み下ろしでてんやわんやしているので、しばらく動かせないとのこと。

そんなはずはないと思ってさらに事情を聞くと、何でも表には本人以外に若い男が一人いるが、二人で荷物運びに熱中していて、てんで取り合ってくれない。これを下ろしてしまうまで待ってほしいと言い張るのだという。

引っ越し会社の人ならすぐ心得て動かしてくれるはずだ。さらに聞いてみると、陳さんの会社の車らしく、男も彼の部下のようで、陳さんが家の中に入ってしまうと、言葉が通じない。奥さんは中の整理と子どもの世話で忙しい。

そういえば、彼はリサイクルの輸出を扱っている会社だったな、と思い出した。それなら大きなトラックがあるわけだ。

笹森さんのほうは到着が遅れたので、日が短くなってきたこの頃のこと、早く積み下ろしにかからないと、日が暮れてしまうので焦っている。

つまりは陳さんは、引っ越し代を節約して自分と仲間だけで済ませようというのだろう。いまどき、と思ったが、そこが文化の違いかもしれない。

しかしそんなのんきなことは言っていられないので、たまたま手の空いていた岡田に現地に行ってもらうことにした。彼ならうまく処理してくれるだろう。

 

岡田はかなり経ってから戻ってきた。どうだったと聞くと、「いやいや、何とか」と答えて経緯を説明した。

「陳さんは夢中になってるので、ご苦労さん、少し休んだ方がいいですよと声掛けして、買ってきたポラリスウェット三本を差し出しました。私もちょっと荷物運びを手伝ったんですよ。それで、少しコミュニケーションの時間が取れました。一緒に運びながら『後ろも引っ越しで、日が暮れるのが早いから、何とか動かしてくれないか』ってていねいに談判したら、ようやく納得して、若い男に命じてくれました。あそこの取り付け道路もあんまり広くないですから、切り返しやバックで相当苦労してました」

「さすがは岡田君。ポラリスウェット買ってくなんて、よく気づいたね。それで笹森さんのほうは」

「ええ。引っ越しトラックの後から二人乗用車で入ってきて、憮然としてにらみつけてましたね。。あとで立ち話したら、こっちに連絡する前に車から降りて直談判したって言ってました。『それでも言うこと聞かないんですよ』ってね。腕なんか筋骨隆々で、もしかしたら一戦交えてたかもしれません。なかなか不気味な光景でした」

岡田が面白そうに話すので、私は思わず笑ってしまったが、でも、幸先が悪い。これからが思いやられるかもしれない。

「それで筋肉オネエのほうは片付きそうなの」」

「ええ、まあ引っ越し屋のほうは夜までかかってもやるでしょう」

「いやあ、そりゃ、岡田君こそご苦労さん。今日は一杯おごるよ」

「ありがとうございます」

それから昨日の木曜日に若夫婦が引っ越してきた。これで残るは、真ん中の老夫婦だけとなった。こちらはのんびりしていて、今月下旬くらいになりそうだという。トラブルが絡まり合わなければいいが。

 

そして今日は、以前、渋谷本部で話し合った「下町コンセプト」の原案がまとまったので、もう一度会議を開きたいからと、本部に呼び出された。

本部では、ほぼこの前と同じメンバーが集まった。一人だけ、あの時の若い女性が来ていなかった。顔見知りの二人の女性が並んで座っていた。まだ開始時間まで間があったので、彼女たちの隣に腰を下ろして、試しに聞いてみた。

「この前いらした若い女性は今日はお休み?」

「ああ、原さんね。急にやめちゃったんですよ」

「え? そうなんですか」

これ以上詳しく聞くわけにいかない。関心を抱いているみたいに、ヘンに疑われるかもしれないからだ。すると二人が小声で話し合うのが聞こえた。

「彼女、ちょっと根性ないわよね」

「あの程度でパワハラなんてね。若い人はこれだから困る」

「わたしたちの時なんか、あんなのざらだったわよ」

「そこが困るのよね。だって私たちはしごかれるのが当たり前だったでしょう。そいでこっちが若い人を指導しなくちゃならない立場になったら、同じことを言ったりしたりすると、パワハラだって騒がれるんだものね」

「ほんと、ほんと。どうやって対応していいか、戸惑っちゃうわね」

なるほど、そういうことがあるのか、と、私は聞いていて、とても参考になった。

この人たちだって、まだ30代前半くらいだろう。こっちから見れば見分けがつかないくらい若く見える。いつか亜弥が言っていた、25と18の違いのことを思い出した。

所長としての業務に追われて、なかなか若い人たちの心理的な扱い方にまで気が回らない。ウチで言えば、八木沢と川越、谷内と本田の関係みたいなものか。彼らの顔を思い浮かべながら、そういうことって彼らの間にもあるんだろうなあと思った。

それはそうだ。上から目線で、ウチは和気藹藹でやっておりますなんて自惚れてたら、思わぬ内部トラブルに出くわすかもしれない。余裕があったら、これから少し気をつけてみようと自戒の念を新たにした。

それにしてもパワハラ――もちろん、あの某大学アメフト部事件のように、なかには許しがたいパワハラが、この企業の世界にはごろごろあるに違いない。あんなのは氷山の一角で、たまたま体育会系だったのでその体質が露呈したけれど、じつは普通の企業でも陰湿なかたちで日々行われているのだろう。

それはそれで告発されてしかるべきだ。しかしいま、この女性たちが話しているような問題は、どうしたらいいのだろう。わずか十年足らずの年齢差で、立場が逆転し、上司のほうが、新人にどう対応していいかわからなくなっているという問題。

仕事を覚えてもらうためには、ある程度ビシビシ鍛えなくてはならない。それでなければ戦力にならない。時にはぼんやり者に対して荒っぽい叱責も必要なことがある。でも、そうしようと思うと、「パワハラ」という言葉があるために、その言葉に怯えなくてはならない。

男性の「セクハラ」レッテル恐怖症と同じように、女性の間にも「パワハラ」レッテル恐怖症があるのか。

これもまた、繊細な個人主義化がいっそう進んだ一つの表れだろう。たぶんその背景には、不況が関係しているだろうし、また、コミュニケーション能力が過剰なほど要求される第三次産業化も関係しているに違いない。だとすると、なかなか解決は難しいな。

と、ここまで考えた時、会議の開始時刻になった。

 

社長以下、役員も入室した。このプロジェクトを重視している証拠だ。デフレ不況の折から、相当、エネルギーを注ぐ気なのかもしれない。

「下町コンセプト」の概要と、開発重点地域について書かれた資料が配られた。ウチの営業所は、本部以外に、中野、浅草、横浜、それに、けやきが丘の四か所。それぞれの営業所に比較的近い地域が開発候補地として選ばれていた。

本部は、渋谷区内と新宿区内の二か所が候補地、中野は中野区内、浅草は台東区内、横浜は中区と西区内、そしてけやきが丘は多摩川を越して都内の大田区内。それぞれ町レベルまで特定されていた。ウチが一番遠くてワリを食ってる感じだな。

もっともこれはとりあえず選定されたモデル地区で、プロジェクトがうまく進めば、これから先も他の地区の開発に乗り出していくということだった。

これらの地区を選定した基準とその評価が一覧表にしてあった。年齢構成、家族構成とくに単身者の割合、空室率(戸建て、賃貸マンション、アパート別)、図書館などの公共機関、医療機関、寺社、下町商店街の有無、町全体の雰囲気、自治会組織。

商店街や街並みについては、何枚もの写真が添えられている。

いくつかの地域を調べ、比較検討した結果、これらの地区を選定した、と事業開発部の主任が説明した。

今回分譲マンションを対象に入れなかったのは、管理会社や管理組合が統率していて、たとえ空室があったとしても、そこを新たな開発の対象にすることには困難が伴うからだという。

大田区といえば私の住んでいるところだ。ただし、指定されている町は蒲田で、だいぶ海寄りのほうだった。あのあたりは少しごみごみした地域が多い。しかもけやきが丘のオフィスからは、さらに遠くなる。二回乗り換えが必要だ。

基本的な構想は、これらの地区にある戸建て空き家を買い取り、リフォームした上で売りに出すか賃貸する。また、空室率の高いアパートも場合によっては買い取り、リフォームして賃貸する。土地の場合は、借りるか買い取ったうえでアパートかシェアハウスを建設し、管理運営する。オーナーに売る気がない場合は、管理業務を引き受けたり、オーナーに積極的に働きかけて、入室率を高める活動をする。図書館や医療機関へのパイプ作りなども手掛ける。

あとは、適切な物件の探索と画定の仕事が残っていた。

 

疑問に思ったことが二つあった。該当地域の平均所得水準がどれくらいかという点と、予算をどれくらい見込んでいるかという点である。

初めの質問は私がしたが、これは指定地区単位では、残念ながらまだ正確にはつかんでいないとのことだった。

二番目の質問は、別の営業所の所長がした。最も気にかかる点である。

事業開発部長が、プロジェクトの進行具合にもよるが、初めから十数億は見込んでいると答えた。どこかから、ほう、とため息が漏れた。

別の質問があった。「下町コンセプト」を本当に中身のあるものとするには、単にそれぞれの地区で、単発の開発を進めるだけではなく、行政区の都市計画課との間に何らかのパイプを作る必要があるのではないか。

これは、ウチ程度の事業規模の会社では、なかなか耳の痛い質問である。賄賂を使うわけにはいかないし、特にコネがあるとも思えない。

事業開発部長は、それはたしかに難しい課題だが、すでに同時並行的に考えてはいて、近々、それぞれの地区が属する行政区の都市計画課に、本部から別動隊を送り込む予定だと答えた。

「いいご質問ですね。行政機関との間に、何らかの有機的な連携ができると、こちらの事業も発展させやすくなります。しかしとりあえず、指定地区の状況を我々自身が把握する必要があります。今回の試みは、その意味もあるんです」

最後に副社長が立って、各営業所へは、今月半ばをめどに、本部から頻繁に特別スタッフを派遣して、詳しい調査、実地交渉にあたらせるので、その節はよろしく協力をお願いすると発言した。

これはなかなかたいへんである。業務が増えるうえに、会議に時間を割かれることになろう。私自身も含めて、うちのスタッフを現地に派遣する必要も出てくるだろう。

解散した後、人事課に赴いて、けやきが丘営業所のスタッフの増員を願い出た。これは今までも繰り返し行ってきたのだが、今回は、さらにその必要性が増したのである。

想像はできたが、人事課はあまりいい顔をしなかった。「わかりました。追ってご連絡いたします」と、そっけない返事。おそらくうまく行っても、派遣社員一人がいいところだろう。役割配分から考え直さなくてはならない。

朝の物憂げな気分は、午後になって、ちらほら舞い落ちて来る道端の落葉のように、少しずつ増してきたような気がする。「下町コンセプト」――机上で空想している間は、いいアイデアだと思っていたが、いざ自分の仕事として現実化してくると、重荷になってのしかかってくる。

まあしかし、そんなものだろう。いままでいつもそうだったように。案ずるより産むは易しと決め込んで、しばしはそんな負担感は忘れることにしよう。

半澤玲子Ⅸの3

 

堤 佑介さま

メール、ありがとうございます。ほめていただいて恐縮です。

いま宮益坂のレストランで一人食事しながらこれを書いています。

ついさっき、渋谷駅からここまで歩いてきたのですが、ほんの二日前、ハチ公前広場で例のハロウィーン騒ぎがあったことを思い出しました。それで、あの若者たちの騒ぎの意味は何なんだろうなんて、考えてしまいました。

何かお祭りのようなイベントをするならわかるのですが、そうでもなくただ仮装したりしなかったりする男女が群れてぞろぞろと歩く。みんなが、あそこへ行けば何かがあるんじゃないかって頼りない期待を抱いてやってきて、でも何にもないんですよね。

こんな言い方していいのかどうかわかりませんが、あれって一種の難民じゃないかって思いました。非正規で雇われていて、安月給でこき使われていたり、転職を繰り返していたり、ニートだったりする若者たちが、さしたる目的もなくただ賑わいを求めて集まってくる。なんだか空しいなあ、と、そんな気がしてなりません。

これはやはり、不景気の世相を反映しているのでしょうか。

この前の前のメールで、堤さんは、消費増税の必要などないのに政府が国民を騙しているとおっしゃっていましたね。

あれはどういうことなのか、知りたくなりました。うまく自分の気持ちを説明できないのですが、若者たちがああいう目的のない行動に走る空気と、堤さんのおっしゃるいまの政府の「間違った政策」との間には、マイナスのつながりがあるのではないかという気がして仕方ありません。

お忙しい中、申し訳ありませんが、もしわたしの疑問にお答えいただけるお気持ちになりましたら、お返事、よろしくお願いいたします。けっして急ぎませんので。

 

暗くて難しいい話題になってしまいました。

お仕事のほうはいかがですか。

いろいろとたいへんなこととお察しいたします。

わたしのほうは相変わらずです。

少し前から、社員におだてられて、エントランスに花を活ける役を務めています。3日前、会社のエントランスの花を新しく活けてみました。じつは、その前に活けた花に手を引っかけて、花瓶を割ってしまったのです! お恥ずかしい。

その償いに、自分で水盤を買ってきました。

大原流は、ふつう、水盤と剣山を使いますので、これからは、この水盤で腕を見せることになります。スタイルには大きく分けて、直立型と傾斜型があるのですが(ほかにもいろいろありますが)、わたしはどちらかといえば傾斜型のほうが好きです。今回も左に大きく寄せる形にしてみました。写メお送りしますね。ご笑覧いただければ幸いです。

 

『万引きファミリー』、わたしも見ました。とても重い映画ですね。一家で万引きや略取誘拐まがいの違法行為をやりながら、かえってそのことで疑似家族の絆がだんだんと深まっていくのが印象的でした。彼らに加勢したくなってしまいました。

でも柄川明演じる駄菓子屋のおじさんの優しい忠告も人間味あふれていて、すごくよかったですね。それと、尋問を受ける時の進藤さやかの迫力。

ラストシーンで女の子が実家に戻されてベランダで一人寂しくしていたのがとてもかわいそう。あの子はこれからどうなってしまうのかと思うと、やりきれなくなります。

 

また話題が暗くなってしまいました。ごめんなさい。この次は、もっと楽しいお話をしますね。

今日は急に寒くなりましたけど、くれぐれもお風邪など召しませぬように。

 

そのうち、映画や美術展などご一緒できるといいですね、と書こうと思ったが、やはり相手が誘ってくれるのを待とうと考えなおした。それに、お互いの休日がずれているので、なかなか会えない難しさをどう乗り越えるかが問題だ。

平日、二人ともが早く退けた夜に会うか、そうでなければ、どちらかが有給休暇を取るか。仕事からいえば、わたしのほうが取りやすいだろう。何しろ向こうは、責任ある所長だ。

ひょっとして、旅行だって一緒にする仲になれるかもしれない。そうしたらどう考えても休暇を取るのはわたしのほうだろう。

ここまで考えて、自分がすっかり堤さんと会う気になっていることに気づいた。

あ、旅行だってさ……。また頬がほてるのを感じた。さっきよりも強く。

いつの間にか妄想の世界に飛んでいるのかもしれない。深呼吸しながら、混んできた店内を見回した。ワインをお代わりした。渋味が口の中に広がると、それが浮き立つ自分を引き留めるように思えた。まるで日々の人生のそれのように。

 

帰宅して落ち着いてみたら、岩倉さんからメールが入っていた。

 

お久しぶり。どうしているかなと思ってメールしてみました。

あれから中間テストがあったりして忙しかったので、そのままになってしまいました。

誘ってくれるかなと期待はしていたのですが、催促がましいのもどうかなと思い、こちらから連絡するのは控えていました。

じつは、山好きの仲間で「高山植物研究会」というのをやっていて、明日、文化の日にみんなでで集まることになっています。急なお知らせで申し訳ないけど、もし都合がつくようでしたら、来ませんか。

メンバーは、七、八人で、女性も二人います。山で撮影してきた高山植物の写真をプロジェクターで映して、どの山でいつ撮ったか、本人の説明を聞き、名前を言い当てたり、その時の経験談を話し合ったりします。そのあとみんなで植物図鑑(立派なのがあります)で確認し、その植物にまつわる生態系など、学問的な問題などについて議論を交わします。

こう書くと堅苦しく聞こえるかもしれませんが、けっこう気楽な会です。楽しみながら、自然に知識が身につきます。お花をやっている玲子さんにとって、まんざら無関心でもないだろうと思います。

 終わってから、街へ呑みに繰り出します。よろしかったらこちらもどうぞ

                                                                    

そのあとに、会場と時間が書かれてあった。

それなりに気を遣ってはいるが、なんだか素っ頓狂だ。言葉遣いもぞんざいになっている。いかにもあの人らしい。この前の「心豊か」に誘った時とどこか似ている。やはりわたしのことなど考えていないのだ。

高山植物研究会? そんなところに、山について何の関心もないわたしがのこのこ出かけて行って、どうしようというのか。それとも、一回会っただけで、わたしを恋人気取りで仲間に紹介でもしようというのだろうか。

もし本当にわたしのことを思っているのだったら、むしろなぜ10日以上も連絡してこな

かったのか、なじる調子でもかまわないから、その理由を問い尋ねてくる方が自然だ。1日前になって、自分の仲間の会に引き入れようなんて、強引すぎる。

明日は別に予定がなく、たまった洗濯と掃除を済ませたら、買ってあってまだ見てなかったDVDでも見ようかと思っていた。

そう、まったくそのとおりにしよう。

 

岩倉様

 こんにちは。

 わたしのほうからお誘いするなどと言っておきながら、そのままになってしまい、申し訳ありませんでした。こちらも同じく、仕事が忙しくて、毎日帰宅が10時過ぎでした。

 お誘いいただきありがとうございます。でも残念ですが、明日は予定が入っております。

 またたいへん申し上げにくいことですが、少し考えるところがありまして、これからお付き合いを続けるかどうか、しばらく時間をいただきたく存じます。

 重ねてお詫び申し上げます。