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灰色の街から

九ヶ月間が曇り空。この街を愛して住んで、十五年を超えた。
ほぼ酔っ払ってる時間につぶやきを書いてます。

同じベッドで、今も寝ている。

ただし、SEXも、ハグもキスもない関係。

キングサイズのベッドなので

お互い背を向けあって眠る。

 

実は他にも三室の空きベッドルームとベッドがある。

子供たちの部屋だった二部屋とゲストルーム。

そして、しばしばダル君が逃げ出すリビングのソファ。

 

連れ添った期間が長すぎたのか、

お互いにベッドも部屋も別にしようとしない。

 

それはともかく、

お互いのカウンセラーのアドバイスで

半年間、つらい日々が始まった。

 

私は

彼の浮気が実は本当に許せなく、心の底には怒りが渦巻いていた。

そして不満はたくさんあったことに気づき、

幸せだと思い込もうとしていた自分にショックを与えた。

 

一方のダル君は

壊れた夫婦関係を、指摘され

僕たちはどこに向かっているのだろうと、苦しみだした。

 

眠れない日々が続く。

 

私とダル君は記憶装置に違いがあることに気づいた日々でもある。

私の思い出と彼のそれとは合わない驚き。

 

彼の母親もそうだが

記憶は

彼らの都合よく塗り替えられ、悪者・・・というか

すべてが私の至らなさにすり替わっていた。

 

不毛な争い。

お互いにお互いの記憶の違いをどれだけ訴えても

お互いの記憶は変わらない。

 

ただ、浮気者、不倫者に共通するのは

自分のせいではなく

配偶者が悪いことにすり替え

わが身を反省はしないということ。

 

 

 

コロナの影響は大きい。

もし、この一年半が、

以前のような国境の壁が薄い年だったら

私たちは離婚しなかったと思う。

 

ダル君は、フィリピン、タイ、中国で女遊びを続け

私はそれを横目で見ながらさらに重い鬱に入っていっただろう。

 

去年、

二人それぞれにカウンセラーと会い続け

それぞれの苦しみ

それぞれの本音を

彼らに聞いてもらっていた。

 

ダル君は仕事の不安が強く、それがスタートだったし、

私は、不毛な結婚生活と経済的不安が占めていたと思う。

 

そもそもコロナの始まり(去年の一月)は、その知識もあまりなく。

子供Gちゃんとダル君は中国ツアー。

Gは 1・31にたった一人で帰国(サポートなし、私は心配で苦しいかった)、中国から香港経由で乗り継ぎ。一人でよく帰ってきたと思った。

 

サポートは私が携帯でしていたけど、それでも、まだ18歳だから。(いろんな国や国内には、両親、あるいは片親、または友達同士、一回だけはクラブ活動の海外遠征があって、その時は引率の大人がいたので全く心配しなかった。何度も経験はあってもこの帰りの旅はちょっとハードルが高いと思った。)

 

その間とそのあとは例によって例のごとく

ダル君は、フリッピンへ。

その時は二週間延長で帰国。

 

アメリカ人のマスク事情はまだまだ普及してなくて

私は近所の薬局でマスクを買おうとしたけどその時点ですでに売り切れ。(中国人が買い占めていたそう)

 

空港に迎えに行った私は

警戒モード100%。

 

マスクは飛行機、空港内ではすでに必須だったから

ダル君もマスクしてた。

しかし、

咳もしてるし、くしゃみもしてる。

熱は”今”はないらしいけど、私は警戒。

とんでもないけど、

ダル君とは、同じ空気を吸いたくない・・・・

 

 

 

最大の苦しみだったのは、

彼が私にうそをついてまで、どうしてもやめられなかった女遊び。

 

信頼ももうとっくに失くしているのに、

彼の旅行の計画を聞くと

さらにまた私を傷つける。その繰り返しだった八年余りの日々。

 

なぜ私ではだめなの?

なぜ探し続けるの?

なぜ?なぜ?

 

ないがしろにされ、私を置き去りにしてして

貴方はいったい、どこに行くの?

 

そんな魅力を、引き留めるだけの魅力がない私が

…一番悪いと…

苦しみと、嫉妬と悲しみ、怒りがあふれて止まらず。

 

 

離婚をファイルしてそろそろ二か月。

 

認められるまで、あと一か月から二か月。

 

今もまだ

心の中では葛藤が続いている。

 

私は彼に後悔してほしい。

これこの離婚が間違っていたと言ってほしい。

 

半面、私はわかっている。

彼は一度決めたら、絶対といっていいほど態度は変わらない。

着々と新しい未来に向かって進むだけだろう。

私も、あの苦しい日々よりは

新しい未来に期待はある。

 

 

今日、ダル君はまた新しい計画を始めた。