たまたま観たテレビのインタビューで、

桜木紫乃の顔を知った。

直木賞作家である彼女は、普通の女性だった(に見えた)。


しかし↑に書いたように、


直木賞をとった「ホテルローヤル」は、


彼女の、刺激的な経験を強いられた人生の中から


見たこと聞いたこと、あったこと、の再現と脚色により生まれた作品だった。


そしてインタビューに応える彼女は


スマートな受け答えながら、気取らず、


淡々と、自分の人生の一部を披露していた。


話し方は、「すごい話」をしているのに、


時々、微笑みながら、まとまりの良い話し方で、


すぐに好感を持った。


そして、すぐに本を買った。


ホテルローヤルは「思った通り」面白かったし、


あとの2冊も、久々に


本を読んで、そのストーリーの世界観に浸った、、とでも言ったらいいのか。


昨夜読み終わった「霧(ウラル)」、、


読み終えてから、今まで


目を閉じると、


北海道の果て、オホーツク海と太平洋がぶつかる処から


遥かに見える北方領土や、霧や雪が吹き荒ぶ様子などが


フッと、浮かんでくるような気がしている。


女の作家が本気出して書いた物は面白い。


宮尾登美子などの、アネさん物はやはり


どうかすると芝居を観ているように、細かい描写がものを言うのか、


その場に立っているような、臨場感さえ感じるが、


この「霧(ウラル)」も、


映画か、芝居を観ているようなワクワク感で終始した。


本気を出して書く女は、本気で生きる女を書く。


自分自身が(心が)投影されているはずで、


両足をスックと、地面に突き立てて、


女としてではなく、人間として


甘い考えを抜きで「生きる」、、それだけを読むことが、


こんなにも、自分の力になるものなのかと


改めて思う。


オホーツク海どころか、北海道にも行ったことない私が


その地に立って、このストーリーの一部始終を観ていたような気持ちになった。


誰でもが、この本を読んで、私のように思うかと言えば、


決してそうではないだろうが、


私にとっては、「合点の行く」ストーリー展開であり、


そう書く作者の心を、少しだけ「捕まえた」気持ちであり、


ワタシの心を、作者が「少し捕まえてくれた」みたいな気持ちである。