用事がなければ外へ出ない。


まあ、それは前からだったけど、


前は、出なきゃならない用事がいっぱいあった。


自分から作らなくても、お呼びもたくさんあったし。


今は、日用品や食料がなくなれば


仕方なしなし、外へ出るくらいで、いっとき散歩に勤しんだのも、


自分らしからぬことだったし、


ともかく暑さ寒さには


それもあっけなく中断するのが、自分らしいっちゃ自分らしいわけで、、。


昨日は、急な雷雨もなさそうだったので、


夕方6時頃になって、久しぶりに外へ出た。


久しぶりなので、空を見上げた。


雲が、「秋」だった。






秋の空と言っても、このところ曇りが多くて


真っ青な空ではない。


また夕焼けも見ていない。


あんなに忙しい人生を送っていた自分なのに、


仕事をやめ、家族がみんな独立してしまうと、


急にジジババが、おとなしく暮らさなくてはならなくなった。


社会参加、、しようと思えば


市の中で、何かやることはあるのだろうが、


そういうことには参加したくない。


仕方ないから、家でテレビ(Netflixなど)を観て、


あとは読書。


掃除も洗濯も調理も、すぐ終わってしまうのでね。


今は下矢印これ。




もうすぐ読み終わる。


女性ながら、なかなか深いミステリー。


その昔、「小説家になりたい!」などと


幼心に抱いていた夢は、


こんな若い女流作家の、しっかりした筋立ての長編を読むと


恥ずかしくなるほどだ。


絵本くらいなら、、と思うが、


どうも、ものごとの裏側にあるドロドロが気になるタチで、


それは、児童文学を編み出すには至らないだろう、、と思う。


そう思うと、100歳近くになっても


絶望せずに、日本画を描いたり習字をやったりしていた(6月に)102才で亡くなった母は


改めて、偉かったなあと思う。


目新しいことがあると、母に聞かせてあげて


目を見張る反応をしてくれたのを思い出す。


こちらも歳とって、頻繁には行けなくなっていたが、


それでも、面会に行って


頭脳や、耳、口の衰えもなかった老母に


話を聞かせたり、


もう何度も聞いたことであっても、話の上手い、面白い母の


昔話や、施設のスタッフの様子などを聞くのが楽しみだった。


思えば、母の姉達は(4人いたが)みんな話がうまかった。


どのオバを思い出しても、それぞれ面白い話をしてくれたことしか思い浮かばない。


母の4人の娘のうち、一人は10年前に亡くなったが


102歳の母にとって、頼りにするのは、


残りの3人の娘だけだったわけだが、


時々、あんなに話をしてみんなで大笑いをするのが好きだった人が


死を前にして、一人で施設にいることはさぞかし寂しかっただろうなと思う。


しかし、どこにいても、誰といても


ひとに親切にして、柔らかい態度で親身になる人だったから


死の当日まで、母の周りは


優しいそよ風のような暖かいものに包まれていたのだと信じている。


老人介護施設に面会に行くのは、


老人がこちらに「会いたいから」、慰めに行く、、と思いがちだが、


母の場合、私たちが


母に会いたいから行っていた。


母と会って、面白い話を聞かせたり、聞いたりするのが楽しみだった。


秋になると、毎年


こんなふうに寂しくなる。


さ、残りの「犯罪者」(下)、読んでしまおう!