先日、102歳という長寿で、
元気な身体が枯れて行くように、最期はその身体が
息をするのを「ただやめた」だけのように
静かにこの世を去った母。
最期まで、話は通じたし、耳も聞こえていて、
2日前には、自ら、見舞いに行った私たちを笑わすような軽口も言っていた。
もちろん、その歳から言っても、
そこまではベッドに臥すことはなかったのに、一週間ほどの軽い肺炎の末
ベッドに横たわっていたので、
「もうこれまでか」と、覚悟はしていた。
その亡くなる少し前に、
「なんだか、どうでも良いようなことばかり思い出す」と言っていた。
私は「あたしもよ!」と言うと、
「あら、あんたもそうなの?」と言っていた。
亡くなる前の「走馬灯」というのはよく聞くが、
誰だって、いつ死ぬかわからないわけで、
走馬灯のように、いろんなことを思い出す瞬間が
「死ぬ前触れ」なのかどうかわかるはずもなく。
「あんたもそうなの?」と言われれば
その「あんたも」という意味とは違うかもしれないが、
もしかしたら、同じなのかもしれない。
それで、今日、さっき、
思い出したのは、
もう50年以上も前、五反田のアパレルのメーカー問屋に勤めていた時
23〜4才だったと思うが、
神戸が本社のなかなかオシャレな会社で、
同僚達も、たとえば、一宮の繊維(はたや)会社の跡取り息子とか
甲府の繊維メーカーの次期社長が
修行のために勤務していたりした。
年頃は、中途で入った私とほぼ同じで
みんなオシャレな姿だったが、真面目に仕事をしていた。
なかで、1人、同い年だったが、
すでに妻帯していて、デパートと取り引きする課にいた男性だったが、
宴会などでは、「落語」をやったり芸達者だったことを覚えている。
たしか、仕事は
目指している「司法試験」に合格するまでと言っていたので、
退社後には猛勉強していたのだろう。
その人が、私に
「お婆さんになったあなたに会いたい」と言った。
「えっ?お婆さんって?」と、私はびっくりした。
彼曰く
「今こんなに面白い話をする人は、きっとお婆さんになっても面白いんだろうなと思った」と。
そんなことを言ったほうも、言ったことを忘れているとは思うが、
その言葉は何度も、
「絶対、お婆さんになったあなたに会いたい」と、
もちろんみんなの前で繰り返された。
言われたほうは、走馬灯にならなくとも覚えていた。
会社は、結婚を機に2年半くらいで辞めたので、
その後は、正真正銘「お婆さん」になった今でも
その人とは会っていない。
せっかく「お婆さん」になったのに、、だ。![]()
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亡くなった母は、よく「まだ60代くらいだと、つい思っちゃう」と自分のことを言っていた。
私も、自分が「お婆さん」なんだ!と言い聞かせないと
つい50〜60代の気分になってしまう。
身体のあちこちは、軋むし、シワシミタルミの三重唱なのに、、。![]()
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時々、あーあたし、お婆さんなんだ!と思うと、
その、、確か、、鈴木さんと言ったっけ、、
「お婆さんになったら会いたい」と言った人のことを思い出す。


