そう母に言われた事がある。

 

母には感謝してる事も沢山あるけど、分かり合えない事も沢山ある。

 

歳をとって、親を反面教師にこうはなりたくないと思っていたはずが似たようなところもあるなぁと反省する事もあるけど、冒頭の言葉は圧倒的な相手への理解する意思のなさを感じてとても寂しかった。

 

他人に優しいと言われると表面的にはそうかもしれない。

でも他人だからと一線引いて、相手に合わせたり自分の意見を通す必要がないと判断したり、深く関わるつもりがないから問題提起なんでする必要ないわけで、お互い適度な距離感で好印象で過ごせることを優先するから、上っ面だけ優しく見えるのを「他人に優しい」と評価され、信頼してたり、距離が近かったり、大切な人間だからこそ本音で話したり理解してほしかったりする自分の強い思いを伝えたら「身内に厳しい」と言われる。

 

身内だったら何でもありじゃないし、身内だからこそ指摘する事もある。

 

あなただって他所の子にいきなり厳しく自分の主観で物事押し付けないでしょう?

ごくごく当たり前だと思いますよ。

 

だから僕は自分をこう思ってる。

自分にだけじゃなくて自分の周りの人間にも、身内とか他人とか関係なくルール守って付き合って、その約束事破るならそれ相応の対応します、誰であれ。

ただしあまり縁のない人にはそんなに言わない代わりにお付き合いは控えさせていただきますってタイプかな。

 

まぁ褒められたもんじゃない事は同じか。

身内だけ贔屓して不公平なことを平気で正義と言える人にはなりたくないと思ってます。

エンターテイメントとかやってれば、当然ながら自分をアピールするのは大事です。

日本人は謙虚なのが美徳と言われるけれど、謙虚すぎては伝わらないし、目にも留まらない。

 

黙って待っていてはチャンスは訪れないから、自分から手を挙げて見つけてもらえるようにアピールするのは大切です。

 

自分たちの強み、魅力、見て欲しいところを分かりやすく主張するのはいい事だと思います。

 

とはいえ出来もしないことを出来るようにいうとか、アピールだけはするけど中身を充実させる努力をしないのはよろしく無いですよね。

 

自分の身の丈を低く見積もるとアピールは弱くなるし、自分を過大評価すればアピールばっかりで中身が伴わなくなる。

 

そのバランスって難しい。

 

期待させたら期待に応える努力をする。

少し大きめに話を盛ったら、それが実現できるように頑張る。

それくらいがちょうどいいのかなぁって思ってます。

 

 

その昔、大きな夢を語るわりに前回の練習から全く練習してこないバンドメンバーがいてすごく悩んだ事があります。

当時もう社会に出て、練習やライブができるように早朝から仕事して早めに上がれる仕事を選んで、週3回の練習は30分前にはスタジオ入りして取り組んでた自分には、プロになりたいと夢を語るわりに仕事もせずに1時間以上平気で遅刻してきて、前回やったことも覚えてなくて、思い出すためにまた時間使って結局思い出した頃には練習が終わるような内容で、「スタジオ代かして」とか言われるのが苦痛で、バンドの人気はあったんだけど結局ライブの後に大喧嘩して解散した思い出があるので、同じ方を向けてないとグループってしんどいよなって思うんですが、そのときに最後にそいつらが「いつかもっと自分がレベルアップしたらまた一緒にやりたい」とか言われたのが本当に腹立たしくて。

 

なら何故今やらない?

そのまま変わらずに未来になったら出来るとでも?

 

結局その後彼らの名前は一度も聞かなかったし、僕と同じ側で戦ったメンバーとはその後も縁があって何かと一緒になる事が多かったわけで、アピールはするけど努力はしない人ってのはこちらのモチベがやられるって思いました。

 

 

アピールばっかり強い人とか、周りを下げる人とか、マイナスな動きをする人の動きってどうしても目立つので、そう言うのを見かけると自分のモチベがすぐに下がってしまうのは良く無いと思うので、頑張ってる人とか真面目に取り組んで正しい事をしようとしている人の姿を見たり、結果を出している人の声を聞いて自分を奮い立たせる方が、絶対的に自分にとってプラスだなぁと思います。

 

悪い方に引っ張られそうになったら、頑張ってる人を見習おうと思います。

人にはそれぞれ立場があるので時には身勝手な主張も必要なのは分かっていますが、目に余る内容に当てられてモヤっとしているところです。

 

うちのグループでルール違反をして、陰で仲間を悪く言って、世話になった人を裏切って、契約内容も守れずに自分の主張をした人がいたのですが、揉めるのも面倒なので契約不履行のペナルティーを付けない代わりにそもそも契約そのものをしてなかったことにしてあげたのですが、周囲には物事を逆に伝えて契約が無かったことにするから金は渡さんと言われたとか言いふらす人がいたんですね。

実際には契約そのままだとペナルティーの方が大きい内容なのに。

そればかりじゃなくて本当に色々と事実と違う、いや寧ろ事実を全て逆の意味に、自分が被害者に見えるように偽って勝手な事を言って、更には本来絶対言ってはいけない内部事情もベラベラしゃべって、配信まで使って勝手な言い分撒き散らしてこちらの不利益になるような事をした人が、今度は自分が都合悪いこと言われたとか変な情報に惑わされないで欲しいとか言っているのを見て、なんともやりきれない気持ちです。

 

取り巻きの皆さんはその人の言うこと真に受けちゃうんだろうけど、上記のような事実がある立場から言うと「同じようなことする人が何を言ってるの?」と思うばかりで、非常にモヤモヤする。

 

僕らに喧嘩売って、何も知らない人に偽りの情報で被害者ヅラして擦り寄って、それで人間関係引っ掻き回しておいて、その後もその人と絡む人は誰かしら常に矛先にされてて、昨日仲良かった人間が今日は敵みたいなことばかりやってて、結局誰かを悪者にして自分をよく見せてる人とは本当に関わりたくない。

 

そんな人が自分のしてきたことブーメランで跳ね返ってきたら今度は有る事無い事言われても聞かないでって・・・

 

有る事無い事言って周り巻き込んでる人が言いますかね?

 

で、そんな人同士がお互いに勝手な言い分ぶつけ合ってるのを見るとさらに印象悪いので、毅然とした態度で無視して正解だったなぁと思うわけですが、こちらは過去に被害被っているのでやっぱり面白くないんですね。

 

冷静に見たら誰の周りでトラブルが起きて、常に誰が中心にいるかで一番の問題点がどこだか分かりそうなものだけど、甘やかしちゃう人が多いんですね。

 

嘘と偽りだらけの内容を例えば僕らがずっと喋らないとでも思ってるんでしょうか?守秘義務とか関係ないって自分で言ってましたけど、だったらそれはこちらも同様に適用ですよね?まぁそんな非常識なことわざわざ開示しませんけど、そう言うことしてしまう人ってなんなんですかね?

 

きっと自分が言われたら名誉毀損とか言っちゃうのでしょうが、そもそも事実でもない事を言って回ってこちらの名誉を貶めて名誉を毀損してるのは当の本人なんですよね。

 

同じ土俵に降りていくのが面倒なだけで、いつまでもやるならこちらは法的に闘うだけなんで警告はしたのですけど、人の名誉は軽んじるくせに自分のことは必死に守ろうとする姿勢ってのは腹立たしいのです。

 

どの口が言うてんねん!

自分のしたこと考えてから言いなさい。

 

組織に属すときにルール守れなかった張本人が組織論など振りかざさないで欲しいですよね。

 

契約云々以前に、組織に関わるときに守らなきゃいけない守秘義務すら守れない輩が、自分の情報バラされそうになったら必死で誤魔化しにかかる姿はとても滑稽で、権利とか正義を主張するなら、自分も相手の権利と正義を尊重しなければならない事がわかってない人が、偉そうに色々言っているのはどうなのかなぁと

 

やっぱりモヤモヤするわけです。

誰だって都合の良い話は好きですよね。

僕も自分の都合いいように物事進めたいと思ったりします。

 

商売やって色んな人と話をしていると、自分に都合の良い話を持ってきて気を引こうとする人にたくさん出くわします。

 

僕にとって都合の良い条件に聞こえることを言ってくる人がいたら、僕は先に相手のメリットが何かを考えます。

 

自分にメリットが無いのに、誰かのメリットのために損してまで動ける人ってなかなかいませんよね?

相手にとって何かしら得るものがあるからこちらに都合が良いことを持ちかけてくるんですから、その原動力が何かを見極められないと結果的には自分にとって都合の悪いことになったりする事があって、その結果自分だけでなく周りにまで迷惑をかけてしまったりするのは大きな意味ではデメリットになっちゃうからです。

 

もちろん相手のメリットと言っても様々で、嬉しさとか充実感とか、名誉や見栄なんてメリットもありますし、気を引きたいとか自分が満足したいとか、具体的に何かが手に入るわけではない場合もあれば、物や金銭といった明確な形でのメリットもあります。

 

僕は商売をして利益を出すことを仕事としている以上、お店では金銭的な売り上げというメリットは追求しないと、お店もお客さんのくる場所も自分の生活も守れないので、最低限の金額は料金として設定しますし、商品やサービスを提供してそれを得ることがメリットになるわけですが、それだけ追求したら当然値段は高くなってしまいます。

 

だけど自分の得るメリットと同じくらい相手が得るメリットも大切だと思うんですね。

 

僕が提供する¥1,000のサービスに相手がそれ以上の価値を感じてもらえるように努力する事で、対価として支払った以上のメリットになると考えています。

 

お金だけじゃなくて、人間関係ってそういう方が優しいし、お互いに信頼し合えると思うんですよね。

 

自分のメリットばかり要求して、それに対してこちらが得るものが見合わない事ばかり主張する人だときっと上手くいかないし、そういう人を自分の仲間には紹介できないですもんね。

 

マーブルがライブするときにいつも言い聞かせるのですが、お客様は例え無銭の現場でも時間を使って交通費を使って会いにきてくださる。だからその対価以上の価値のあるステージをしようね・・・って話です。

来てよかった、お金使ったけどその甲斐があった、時間かけた以上に価値があったと思ってもらえる事をしたいなぁと。

 

自分たち目線で、これをやるためにこれだけの予算が掛かってこれだけの利益がないと困るから幾らにしようって理由で値段設定すると、提供するものの価値を無視した自分の都合の金額設定になってしまい、相手が何を求めているのかを見失いがちです。

 

提供する商品価値といただく対価のバランスは本当に気を遣うし、人の義理や人情もそうですが相手の気持ちに応える対応や結果が釣り合った、バランスの取れた関係性ってのを大切に、自分にばっかり都合いい事言って、相手のメリット損ねることのない人間でありたいと思ってたりします。

 

でもその裏返しで、相手のメリットばっかりで自分に何も得られないような話を警戒してしまうからなんだと思います。

 

だってそれじゃぁ僕だけじゃなくて僕の周りにも損させますからね。

自分だけじゃなくて自分を支えてくれるみんなと、みんなの居場所を守るのは僕のやらなきゃならない一番の仕事なので。

日本にはそう言う人が多いと思います。

なぜ?それは日本の文化による影響もあると思いますし、比較的自由な国だからだとも思います。

宗教についてのイメージもあるかな。

 

皆さんにとっての宗教のイメージってどんなですかね?

 

僕は住職やってるから仏教徒で僧侶ってことになるけど、自分自身で仏教の教えに従って厳しく自分を・・・とは考えていません。

でも、思うところはあって、タイトルのような「自分は無宗教だ」と言う人には是非聞いて欲しいことがあるんです。

 

別に否定しませんよ。

無宗教だと思っていてもいいと思います。

でも頭ごなしに「宗教」を一括りに考えてはいませんかね?

 

世界には色んな宗教があって日本にも比較的たくさんのものが入ってきてます。

日本古来の宗教は神道だと思いますが、ざっくり全てのものに神が宿るというかたくさん神様がいて色んな神話なんかもあったりして、今の世の中だと現実離れしてることも多いし、それは仏教もキリスト教もイスラム教も一緒だと思うんですね。

 

で、そう言う昔話みたいなのとか、教義とか、ルールとか、非科学的だったりすることとか、今の文明の中ではちょっと理解し難い内容に拒否感を感じる人もいると思います。

 

そう言った内容は、歴史を遡ってその教えが説かれた時代背景が影響しているわけで、現代の認識とはズレるかも知れないけど、そう言う細かい部分よりも僕は皆さんにその目的を見つめてほしいと思っています。

 

 

いろいろ話すと長くなりすぎちゃうので、全て省略して自分が思う結論から言って仕舞えば、宗教っていうのは自分達が生きていく上での「道標」なんじゃないかなって思ってます。

時代に合わない部分は現代に置き換えて、当時どう言う状況だったからそう言う教えになったのかを考えれば、それが必要だった理由もわかるのではないでしょうか。

 

真っ暗な何も見えない場所では自分自身はどこに向かって歩いているのかすら判断できませんよね?

道標というのはその進む方向を照らしてくれる大切な灯火です。

 

本質としてはそうなんですけど、だからこそ権力者や一部の人間が悪用すればとんでもない報告に人々を導けてしまうのも事実なので、宗教が理由で争いが怒ったりもします。

でも、本当はそうじゃなくて、生きている我々がよりよく生きるために協調して必要があれば自我も抑えて、危害のあるものからは自分たちを守るべく、つまりは自分だけじゃなくて皆んなが幸せになれたらいいねっていうのが願いなのではないかと思っています。

 

だから自分は僧侶であることを有り難く思っていますし、他宗教、他宗派だからといって頭ごなしに否定しようとも思わない。

でも、その教えを誰かの利のためとか、他の人を陥れる口実にしたりだとかするような物は許容できないなぁと考えています。

 

我々は普段気に留めることもなく様々な宗教的な文化に接して、それが当たり前だと思って生活していますし、それを全て排除したら世の中の秩序だって崩壊しかねません。

今の日本は一応法治国家と言われますが、その法律だって人々がなるべく平等に、悪いことをした人が得する世の中にならないように、みんなで守るべきルールを形にした物ですよね?その大元は宗教の教えです。

国や文化によって法律が違うのと一緒で、収容によっても教えは違いますが、どれも人々の暮らしを守るためのものじゃないですか。

 

だから何かしらの宗教、教えを尊重して生きることは何ら恥ずべきことではありません。

むしろよりよく生きる為の、優しく生きるための大切なよりどころだと思うんですね。

 

自分のところの教えを押し付けるつもりもありませんし、それぞれに出会いがあると思うので、良い教えに導かれてより充実した日々が送れれば皆んな幸せになれるんじゃないかなぁって思っています。

 

もちろん自分とこの教えは素晴らしいと思うし、お勧めしたい気持ちもありますが、それだって解釈や導く人などによっては悪いものになりかねません。

だからそれぞれがきちんとそれぞれの教えの本質的な願いに目を向けて気づいて生きることが大切だと思っています。

 

無宗教でもいい。でもそういう優しい教えにも耳を傾けて受け入れる気持ちを持っていて欲しいなと、そしてその願いに気付けたら教えというものを受け止めてみても良いかなって思ってもらえたら嬉しいです。

 

そう思った時は誰かのせいにしたくなりますよね。

 

環境のせいとか、権力のせいとか、他人の身勝手のせいとか・・・自分は間違ってないはずなのに結果が伴わないって思うと、どうしても自分以外に原因があるって思いたくなります。

 

自分もそうです。

 

でも、それを放置したらずっと上手くいかない。

だから自分は放置しないようにしています。

 

上手くいかない原因が自分の力の及ばない事柄であっても、自分ができることをすることで状況を改善できたりもします。

最悪の状況を少しマシにできたりします。

それは酷いねと自分の正義に同意してくれる仲間が見つかったりします。

逆に時間の無駄になるなら手を引くこともあります。

 

どんな時でも、上手くいかなくたってそれはそれで、自分がどんな選択をするかでその先の未来は自分で選べる事があるんじゃないかと思います。

不可抗力と思われる事だって、その時に自分がどう対応するかで別のことに影響したり、普段からの自分の思考や決断を間違えないようにしたりすることに役立ったり、何も考えずに諦めて上手くいかないと嘆くよりは生産性がある考え方をしようと心がけています。

 

結果、その行動は悪手だったりもしますが、それは次に同じことをしない、状況を悪化させないための経験として自分に残ります。

 

シンプルに、自分がしてはいけないことを消去法で消していくと、何もしないことが正しくないと思えることが多々あります。

何もしない・・・解決しない・・・解決のために使う時間と労力に見合わないし、解決しなくても良いや、と思えないことだったら行動を起こすべきと考えるようにしています。

 

上手くいかないことは多いけど、自分が行動することで解決することも多いから、ただ嘆くだけにはならないようにと、そんな事を言い聞かせているので、そんなに悲観的にならないで頑張れるんだと思っています。

 

 

今の世の中は、弱ってる人に触れないように、弱い自分を許してあげましょうとか、あなたのせいじゃないんだからとか、優しく、優しくして、守って、許容してってのが正しいみたいな雰囲気になってるけど、それで周りが気を遣って腫れ物に触るようにして、本当の解決になっているとは思えないんですよね。

 

僕は事業始めて1・2年の時に色々と詐欺やら横領にもあって、追い詰められてお金もなくて、そんな時に医者に鬱ですねって薬まで出されたことがあるけど、自分で鬱だと思ったことは一度もありません。

むしろ勝手に鬱だなんて診断してその心の病気のせいにして仕方ないじゃんって言われたことに違和感しか感じなかったんですね。

 

病気のせいにすれば、周りは同情してくれるし、悪いのは自分じゃないしって逃げることは出来ても、問題は何も解決しないから、鬱を理由に他のことが出来なくなるのも許容されるくらいなら、そんな病名は必要ないって思って常に別の解決策を試し続けて今に至ってます。

 

まぁ疲れますけど、しんどいですけど、嫌になっちゃうこともありますけど、そう言う感想を持てるのって自分が何か動いてる証拠でもあるし、逃げてない証拠だと思えば、決して悪いものではありません。

 

友人は山に登って命の危険すら感じる環境に身を晒して、そこで生きてるって実感するって言ってたけど、自分の場合はそういう上手くいかないことに抗いつつしんどいなぁって思う時こそ生きてるからこその感覚だなって思ったりします。

 

しんどいこと、辛いことがあるからこそ、解放された喜びとか、ちょっとしたラッキーも感じるし、人の幸せなんてのは比較でしか感じられないのですから、辛いことから比較すれば楽しいことも幸せなことも感じられて、それこそが生きてる実感なのかなって思ってたりします。

Combi-2でイベントとかやるようにはなったけど、レゲエもヒップホップもバンドも

それぞれが自分たちのジャンルに囚われて、だけどこんな田舎で狭い世界に閉じこもって

もっと色んな音楽や人々に接して垣根を超えた広い仲間の輪を広げて欲しくて・・・

そんな時にいつもの常連だけでダラダラやってるイベントに遊びに来た一般のかわい子ちゃん2人。

 

その瞬間にダラっとしてた店内の連中が、急に張り切ってDJブースに集合!

「Hey!そこのお姉さん〜!」って始まって、店内の雰囲気が激変。

一瞬呆れた後に思ったのは、ジャンルとか関係なく女の子の力ってすげーなって事。

男って単純って気持ちも大きかったけど、その後みんなが楽しそうにしてるの見て

こうしてジャンル関係なく音楽繋いでくれるきっかけになれる存在があったらいいなぁって思ったのがきっかけで

すごく不純かもしれないけれど、女の子の力がこういうバラバラの関係を纏められるのではないかと思って

閃いたのが当時流行ってた「アイドル」

 

ちょうど僕が音楽やってて、当時のスタッフがダンスの先生で、

その子の教え子たちをCombi-でってことで鏡を設置したけど、その先生の古巣に「喧嘩売るのか?」って言われて

出来なくなりましたって話で、折角投資した鏡が無駄になっちゃうかもって途方に暮れてた時だったのもあって

彼に「俺たちでアイドル作ったらよくない?」って閃きだけで提案したのが最初。

 

スタッフ「いやいや、絶対メンバー集まらないでしょ!」

スタッフ「そもそもアイドルとか知ってるの?」

僕「ん?全然知らない」

スタッフ「できるわけないじゃん」

僕「でもアイドルなら音楽のジャンル関係ない!」

スタッフ「それはそうだけどどうやってやるの?」

僕「ここは音楽の店だから、音楽繋げられるなら変なプライドなんていらない」

スタッフ「まぁ、やれたら面白そうだけど・・・無理でしょ」

僕「ならとりあえず募集出して、メンバー集まったら考えよう!」

スタッフ「集まらないと思いますよw」

僕「3ヶ月待て!」

 

とかそんなやりとりだった気がします。

 

ちょうどアニソンが好きな人たちが集まってイベントも始まったタイミング、

最初に彼らに評価してもらえるようにオリジナルもないからアニソンとかカバーして

順次色んなジャンルの曲もカバーして、Combi-でやってるジャンルを超えた企画を立ち上げて

みんなに違う音楽を知ってもらって、それぞれの楽しさも知ってもらえる橋渡しになってくれたらと

そこから初めて徐々に色んな人を巻き込んでコンビを中心にジャンル超えた音楽の集まりができて

大きな流れができないかなぁって考えてるうちに、あれよあれよで応募があって

その中でも特に気持ちが強そうだった3人に絞って立ち上げることになったマーブル。

 

面接して写真も撮って、初顔合わせで本日結成します!って言ったのが2012年の1月末

 

本当にやることになっちゃったって思いながらもワクワクしつつ、でも知らないことだらけ

当時全盛期だったAKBのメンバーすら分からない自分がどうやってやればいいのかと

スタッフと色んなアイドルの動画を見て研究してみたり、周囲の人にどんな曲がいいか相談したり

自分がバンドやってきた経験で大切にしてきたことを伝えて、とにかくステージに立つ上で

最低限のクオリティーだけは出したいとか、色々悩みながら毎日のようにレッスンして歌練して

3月3日の初ステージまで必死に動いて、周りのみんなにも協力してもらって始まったマーブル。

 

今考えてもなんて無茶なこと始めたんだろうって思うんですけど、その最初のステージのあと

「回り出した車輪は止めるわけにはいかないし、頑張ってくださいね」って言われた仲間の言葉に

強烈な責任感を感じて突っ張って続けてきた10年でした。

 

当初、自分の思いが強すぎたのもあるし、引っ張っていく経験値も不足してたし、

オリジナル曲があるわけでもなくて、予算もなくて・・・当時一番苦しかった時期だから。

それでもお金はなくても少しでも形にしようって思いつつみんなに助けられて続けてこれました。

 

ライブで入場料設定したら「金取るのか?」って言われるくらい無銭が当たり前だった時代

遊びじゃないんだしって思っても、なかなか人も集まらず、それでも支えてくれる人たちがいて

色々否定されながらもルール作りして、それはお客さんだけじゃなくてグループの中のルールもそうで

どうしても厳しくしてしまいがちでメンバーとぶつかったりしながらやってきたけど、

常に決めてたことは「頑張ってる人、正直に努力してる人が損することのないグループ」にするってこと。

 

練習をサボるとか、ステージをズル休みするとかはもってのほか、自分の意見を通すために

他のメンバーの意思が尊重されないような意見とか、自分のことばかりで気持ちがファンに向いてない事とか

そういうのはダメだってルールと、他がこうだからではなくて先ずは自分たちがやれることをやって

お客様に評価していただいて納得していただけるステージを出来ることが最初にやるべきことだと

そこが僕が運営するグループの最低限のルールとして設定してやってきました。

 

アイドルとして有名になりたいとかチヤホヤされたいとかそういう欲の前に、アイドルとして与える側の人間に

なってもらいたいって気持ちが強すぎて、メンバーの欲求を満たしてあげようとか考えられなかったし

できないことが目につきすぎて、良いところを褒めて伸ばしてあげることも出来なかった自分もいて

現状で満足するな、もっと上を見ろってそればっかりで厳しい要求しかしない時期もあったので

どうしてもギクシャクした時期もあったりしたのは、今考えると反省するべき点だったとも思っています。

 

そんな中で桜庭という存在があって、この子は面接の時に本当にアイドルやれるのか不安だったくらい普通の子だったけど

「自分がステージからもらった笑顔を、今度は与える側になりたい」って言葉と「根性だけはあります!」って言葉の通り

なかなか評価されない中でも直向きに、ずっと僕の言葉を信じて頑張ってくれたのが、ここまでこれた中でも大きいのです。

 

そして桜庭が一人になった後に入ってくれた望月がいて、この二人がマーブルを支えてくれたからこそ今のマーブルがある。

 

客さんも呼べず、なかなかファンも増えない中でも頑張ってステージを続けて努力して、

そんな二人が一生懸命やってくれたおかげで、カバー曲でもマーブルっぽいねって言ってもらえるようになったことで、

逆に彼女たちのイメージがカバー曲では申し訳ない気持ちが芽生えて、オリジナル曲だけでステージがしたいと思えた。

 

辛い時期を二人で支えてくれたお礼も兼ねてご褒美に作ったオリジナルがきっかけになって

マーブルが自分たちの曲で勝負できるようになって一気に世界が変わったんじゃないかと思っています。

 

結局、そこから色んな勝負事にも出てみたり、負けた悔しさがバネになってみたり、人数の暴力には勝てないと思い知ったり

色んな仲間が増えて、その数だけ別れもあって、都度色々と思うこともあったけど、

その時間をメンバーとして支えてくれた子達がいて今まで繋いでこれたバトンだと思っています。

 

そして10年を迎えたその日に望月と一緒にマーブルに名前を連ねてくれる聖彩が、まだ1年7ヶ月だと本人は言いますが

このまだ若いメンバーが今一番力をつけて成長してくれていることこそがマーブルの宝だと思っています。

入った時期じゃない、今、一生懸命にマーブルとして活動してくれる彼女がいなければ、

マーブルは10年を迎えることはできませんでした。

 

臆病で人見知りな子が多いマーブルの中でも特に臆病かもしれない聖彩ですが、

皆さんに支えられて少しずつ自信をつけて、これからもっともって成長してくれる存在だと思っています。

望月と聖彩がこれからもっと輝けるように、その基盤にマーブルの活動があったと言ってもらえるような

これからの活動を目指して、11年目のマーブルは進んでいきたいと思っています。

 

というよりは、Twitterだと長くなってしまいそうな事とか、

確かにブログの方が気軽に書けるんですよね。

 

何年も放置した挙句に急にまたやってみようかなと思うあたり

分裂してる性格なのかもしれません。

 

今更こんな記事読む人いるのかは疑問ですが、独り言書くには

フォロワーのいるTwitterよりもむしろこちらの方がちょうどいいかもですね。

 

もともと言いたい事を短くまとめるのはあまり得意じゃないし

短くしすぎて誤解されることも多い性格です。

 

Combi-のブログというよりは独り言の記録として使っていこうと思います。

 

 

で、記事を整理してて懐かしいことがいっぱい。

つい読んでしまったりして時間ばかり過ぎるのですが、

ほとんど消しました。

 

どうしても消しづらいのだけいくつか残したけど、最初勢いよく消したので

大事な記事も消したかもw

 

マーブルのブログはもう動かしてないので放置なんだけど

マーブル10周年とか色々あって独り言言いたいなぁと思った上で

あまりTwitterで呟くと迷惑かけるかもなので見る人少なそうなこちらで

ぶつぶつやろうかという悪巧みです。

 

有益な情報とかあまりないと思うのですが・・・

まぁぼちぼちやっていきます。

そうなんです。
過去最高を記録した去年のBBQでも30k
今年は全部で50kのお肉を準備してしまいました。

全部で4日もあるので大丈夫かなって。


と言う事で15日軽音学部主催のBBQは
午後からゆっくり始めて夜の7時半以降に
マーブルのメンバーとバンドでの対決を行ないます!
マーブルとバンドで一緒にやるの以外にも
時間があればマーブルのステージもやりたいですね。
ステージのみのご参加は1D付きの1,000円です。
通常のBBQ参加は3,500円です。
女性は2,500円。
お酒を飲まない人は500円ディスカウントします。

そして16日夜9時より17日夜9時までの24時間耐久BBQ
こちらは無駄に長い時間、いつ来ていつ帰ってくれても構いませんが
参加費1,000円で、標準のお肉セットをお付けしますので
自由にくつろぐなり騒ぐなりしてもらいながらお好きな時に
必要なだけお肉を購入しながら楽しんで下さい。
ちなみにソフトドリンク200円、お酒300円と
激安でのご提供ですよ!!

最後は18日のマーブル・メイプルBBQ
参加費は15日と一緒で3,500円
お昼からはじめて夕方まで、ゲストもお迎えしながら
ステージを挟んでのBBQです。

マーブルのメンバーもBBQ参加しますので、
みんなで楽しくBBQやりましょう。





遅くなってしまいましたが8日のライブ、
Combi-2としても一大イベントでしたが、
先ずはご来場頂いた全てのお客様、
そして出演の3名様と関係者の方々
全ての皆さんにお礼申し上げます。

遠く遠方からもお越しいただいた方も居られ
皆さんが作り上げてくれたお店の空気は
とても素晴らしい良い空間になったと思います。

いつもは見慣れた自分のお店の景色のはず
でしたが、異空間に迷い込んだかのような
素晴らしい時間をご一緒させて頂きました。

ライブでは瞬きや息をするのも忘れる位の
素晴らしい演奏と歌を聴かさせて頂きました。

お越しいただいたみなさんの心に残る一日で
ありましたら幸せに思います。

ライブが終わって油断したのか、少し体調を
崩してしまいましたが、気持ちを切り替え
またこれからも頑張って参りますので
今後ともCombi-2を宜しくお願い致します。