ギャン父、毒母からの解放。アラフォーからの自分生き直しブログ -78ページ目

ギャン父、毒母からの解放。アラフォーからの自分生き直しブログ

自分の言葉で自己表現し、今と未来をより良く生きていきたい。回復途上ですが相談援助のお仕事もしています。書くこと話すこと…対話を通して人生の課題と向き合うお手伝いがしたい。ゆっくりまったり生きづらさから回復しながら生きてゆくのもいいもんだ♪

「ケア」する人をケアしたい。

現役ソーシャルワーカーCo.mariです。


大阪で開催された研修に行ってきました。

昨年10月に二日間、この2月に二日間

合計4日。

参加費4万円の研修です。


県が主催の研修は県が研修予算を組んでいるので無料のことが多いです。

また、仕事をするために業務命令で事業所が参加費を出してくれることも多いので

「ケア」業界の研修は参加費が実質「タダ」の場合が多いです。


研修は「腕を上げるために稽古をつけてもらう」場です。

時間、ヤル気、お金がかかるのが常です。

私も研修企画に参画することがありますが、開催までの準備や

調整、交渉などで人のエネルギーが結構必要です。


タダの研修だからクオリティが低いとか、高額だからいいという単純な比較はできませんが、

自分で日程調整をし、旅費と参加費を工面し、場合によったら参加のためのレポートや課題

提出をする、そのエネルギーをかけてでも参加したい、参加してよかったという研修に

数多く出会いたいものです。


今回私が参加した研修は・・・

参加費4万円と交通費、日程調整の手間をかけた以上のものが得られました!


腕を上げるために

皆さんはどのような取り組みをしていますか?






「ケア」する人をケアしたい


現役ソーシャルワーカーCo.mariです。




私はソーシャルワーカー同志や他職種との事例検討が大好物です。


皆さんは事例検討やケアカンファレンスは現場でされていますか?




それぞれの現場や職種で事例検討やカンファレンスの位置づけが違うと思います。




「そんなことをする時間がない」


「そもそも、『検討』なんて、必要ない。十分やれている。」


「事例検討、したいけど方法がわからない」


「自分はやりたいと思うけど、人が集まらない」


「やったけど、何を『検討』したいのかよくわからなかった」




こんな声が聞こえてくることもあります。


実際私もこんなことを言われた経験、言った経験があります。




でも、日々の支援を客観的に見ることはとても大事なことで


意識して行わないと、せっかくの成長の種が


日々の業務の中に埋もれていってしまいます。




ぜひ、事例検討の機会を持って下さい。




わりと、相談援助系、医療系の現場では事例検討は浸透しつつあるのかなあ、という印象なのですが、


保育や介護の現場ではあまり馴染みがないかもしれません。


でも、他職種連携は「ケア」の現場ではどんどん進んでいます。


ケアを必要とする人に必要なケアを届けるためにケアの検討は必要不可欠です。




「ケアマネージャー」(中央法規出版)というケアマネさん向けの専門雑誌があります。


この中にも事例検討について毎回掲載されていますので


ケアマネでなくても、事例検討に興味のある方はご覧になってみてください。



「ケア」する人をケアしたい

現役ソーシャルワーカーCo.mariです!


前回は「ケア」を仕事に選んだ訳について少しだけ書きました。

自分が「要援護者」だったということに触れました。

「要援護者」であるということはとっても漠然としてします。

どのような「援護」が必要であったかはさておき。


「過去につらい経験をしたからこそ、同じ経験をした人を元気にしたい」

そんな理由でケアを仕事として選ぶ人も沢山いると思います。

私もその一人です。


この「過去のつらい経験」、これは強みになります。

しかし同時に弱みにもなります。


このことをしっかり心に留めておかないと

「ケア」を仕事として続けるのがしんどくなることがあります。


私も何度かこのしんどさに見舞われたことがあります。

これからも見舞われると思います。


「過去のつらい経験」がもろ刃の刃であることは

10代、20代の頃には少し分かりにくいかもしれません。


でも、このことを実感する時がやがて訪れます。

その時、目をそらさずに向き合うことで

「ケア」する人として大きく成長できると思います。



「ケア」する人をケアしたい

現役ソーシャルワーカーCo.mariです!


「なぜ、ケアを仕事として選んだのか?」

このことはこの仕事を始めるにも、続けていくのにもとても重要な問いです。

でも、そのことをつい忘れてしまうことがあります。


そんな、理由はない

ただ、なんとなく

人から勧められたから

それしかなかったから


そんな答えもあるかもしれません。

この問いに正解はありません。

また、最初の理由がいつまでも続くわけでもありません。


でも、

時々「なぜこの仕事を選んだのか?」

と自分自身に問いかけることが必要だと思います。


この問いの中に

人に対する自分自身の考え方が「ギュッ」と詰まっているかもしれません。


私は…

話せば長くなるのですが、(たいていの人は話せば長くなるエピソードを持ってますよね(^_^.) 私もです。)

自分自身が「福祉」の対象者、つまり、よく教科書に出てくる言葉でいえば、「要援護者」だったからです。

だからと言って「私は要援護者です」なんて、人にわざわざ言ったりしたことはないんですけどね。

あまり幸せだったとは言えない小、中、高校生時代を送りました。

私のような「不幸」な思いをする人が減ったらいいのに、「不幸」な生い立ちがあっても、希望をもって人が生きていくためのお手伝いができればいいのに、と漠然と思っていました。

それが「人をケアする」を仕事にしたい、と思った最初の動機です。

それからずいぶんと時が経ちました。


今、この仕事を続けている理由は少し違ってきています。


あなたの「人をケアする」を仕事に選んだ理由は何ですか?

どうもです。

ケアする人をケアしたい、対人援助職を応援したい、Co.mariです。

やっと、ブログを始めることができました。

 

私自身も対人援助職、バリバリの現役です。

日々、心をすり減らしながら仕事をしています。

この仕事が好き、面白い、もっと深く知りたい、等

人の生活に興味があって自分の支援を高めていきたいと思っています。

 

この「対人援助」の業界の現状はどうでしょう。

熱意あるものが続けられない

善意と我慢で成り立っている

専門性も知識も関係なく、「実務経験」だけが尊重されている

そんな現実はないでしょうか?

 

自分自身の資質向上も含めて、対人援助職が

「質の高い支援を長く続けていける」にはどうすればよいか、

また、頑張る対人援助職が少しでも元気になって、明日からの業務に向かうためにはどうすればよいか、

日々、探求し続けていくブログにしたいと思います。

 

このブログを読んだ人が少しでも元気になって

「明日も頑張ろう!」と思えるような元気を発信できるブログにしようと思っています。