「要援護者」だったことが他人を「ケア」することに与える影響 | ギャン父、毒母からの解放。アラフォーからの自分生き直しブログ

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自分の言葉で自己表現し、今と未来をより良く生きていきたい。回復途上ですが相談援助のお仕事もしています。書くこと話すこと…対話を通して人生の課題と向き合うお手伝いがしたい。ゆっくりまったり生きづらさから回復しながら生きてゆくのもいいもんだ♪

「ケア」する人をケアしたい

現役ソーシャルワーカーCo.mariです!


前回は「ケア」を仕事に選んだ訳について少しだけ書きました。

自分が「要援護者」だったということに触れました。

「要援護者」であるということはとっても漠然としてします。

どのような「援護」が必要であったかはさておき。


「過去につらい経験をしたからこそ、同じ経験をした人を元気にしたい」

そんな理由でケアを仕事として選ぶ人も沢山いると思います。

私もその一人です。


この「過去のつらい経験」、これは強みになります。

しかし同時に弱みにもなります。


このことをしっかり心に留めておかないと

「ケア」を仕事として続けるのがしんどくなることがあります。


私も何度かこのしんどさに見舞われたことがあります。

これからも見舞われると思います。


「過去のつらい経験」がもろ刃の刃であることは

10代、20代の頃には少し分かりにくいかもしれません。


でも、このことを実感する時がやがて訪れます。

その時、目をそらさずに向き合うことで

「ケア」する人として大きく成長できると思います。