ソーシャルワーカーこまり。です。
丁度1年ぐらい前にちょっと愚痴っぽく書いてます(-_-;)
↓
わが町にソーシャルワークはあるのかいっ!
今年度はあまりガツガツせずに(⁈)
相談の中身やケース件数もマネジメントして徐々に相談支援事業所1本に絞っていきました。
居宅介護支援事業所を12月で閉めることにもしました。
途端に??なのかどうなのか
この1月から結構難しい相談が続きました。
例えば…
障害福祉サービスや地域支援事業などの現在の枠組みではどうしても解決しないニーズ
多職種、他機関の本気の(!)連携が必要なケース(相談支援専門員だけではお手上げ!)
特に教育、児童分野と協働が必要なケース
等々。
中には県を超えて調整が必要そうな相談まであり、
(結果そのケースは現在の居所の相談支援にもうちょっと頑張ってもらうようにしましたが…)
ずっとずっと前、相談支援が始まる前に
ケアマネジメントの私のお師匠様の研修を受けた時のこと
「地域支援事業の要綱は見直されるためにある!要綱になければ作ればいい。役に立たない要綱を見直しもしないのは行政の怠慢だ!」
と、言われていたのを思い出した。
本当にそんなにがっぷりよつで障害者福祉に取り組んでくれる市町村なんてあるの?
と疑っていましたが
今年度私のかかわったケースでは
二つの市町村が
取り組んでくれました。
私は県内外含めて10以上の市町の障害福祉担当とやりとりさせていただいているのですが、
地域支援事業の要綱の見直しをしてくださったり
地域課題として相談支援部会や地域自立支援協議会でガチで検討してくれたり
非常に嬉しく思っています。
他にも子どものことについて教育と福祉との合同の検討の場を持ってくれる市、
「これはどうなってるの?どうにかならないの?」と、課題を投げてみると
きちんと回答を頂ける市もあって
相談支援専門員も書類ばっかり作らされるんじゃなくて捨てたもんじゃないなあ、なんて思います。この地域は行政や自立支援協議会がちゃんと相談支援専門員に仕事をさせている地域だと思います。サービス等利用計画作成だけじゃない仕事を。
忙しい年度末ですがもうひと踏ん張り。
来年度からの要綱改正が整ったら
私の調整しなければならない仕事も増えるという
嬉しい悲鳴を上げています(^^♪
一方、
「わが町にソーシャルワークはあるのかいっ!」で
毒づいた地域は…
変わんない。ほんっとに変わらない!
個々の関係機関にはとても優秀な専門職やセンスのある相談員いたりするんですけどね。
地域として相談が育っていかない、仕組みが生まれない
つまりは相談支援専門員にサービス等利用計画作成「だけ」させている地域です。
御多分に漏れず、介護支援専門員には「居宅介護支援計画作成と給付管理と地域ケア会議の資料作り」だけさせている地域です。
計画作成も給付管理も結構ボリュームのある業務ですのでそれをするだけでも大変やし、ケアマネの中心業務ということはやってる人間なのでよくわかりますが…
つまりはケアマネに声をあげさせてない、あげても聞く耳持つ人がいない、地域を語る場がない。
地域課題って絶対出てくる。それにいち早く気が付くポジションにいるのは相談支援や居宅介護のケアマネなのにね。
個人練習しかしない吹奏楽部のようです。
全体を合わせて合奏する機会がないなんて、やりがいないじゃないですか。
あ、一年たった今も愚痴になっちゃいましたけど。
それだけ取り組み次第で地域って変わるということです。
相談の育たない土地では福祉からのアプローチではなく、別のルートからのアプローチが必要かもしれません。
それはそれで面白いかも。
こまり。です。
またまたブログを放置していました。
久しぶりに見てみると前回の記事に結構、いいねがついていて
読んでくださる方がいるのだなあと思い、嬉しくなりました。
↓前回のブログ記事はこちら。
新年だいぶ明けましたけど。
で、前回は実はアルコール摂取の課題があることをカミングアウトしましたが、
節酒、減酒は今でも続けることができています(^^♪
時期的に花粉症の季節なのでお酒を呑むと症状が酷くなり、大変です。体にとっても勿論、お酒は控えた方がいい時期なので納得して続けられるというのもタイミングが良かったです。
でも、ここ数年は
花粉症の薬で鼻炎の症状を抑えておいて
それでお酒を呑んでいました。
(真似、しないでください。花粉症のお薬の注意書きにも服用中はアルコールの摂取はしないで下さいと書いてあります。)
他にも見直したい生活習慣は山ほどあるのですが、今はこの一つが続くことで自分にOKを出そうと思います。
そして。もう一つ続けている重要なことがあります。
去年の10月からですが、ギャマノンに通い始めました。
ギャマノンとは病的ギャンブラーを家族に持ち、ギャンブルに振り回されたり、苦しんだりしている人たちの自助グループです。
両親は離婚してもう30年以上経っているので「今さら私がギャマノン?」とためらう気持ちもありましたが、父親のギャンブルに振り回されて怒りと悲しみでいっぱいだった過去からはあまり回復していないなあという気持ちもあり参加しています。
父親が現在はギャンブルをやめているか、どうかにかかわらず、この両親とどう向き合うか?という課題は
結局は一生、私についてまわる課題なのです。
家族を振り回して出て行った父親も年を重ね、治療や介護が必要な状態になる。
亡くなった時にはどうするのか?
その問題は毒親の母親も一緒です。
今は距離を取って実家に帰らない、電話もかけないを通しているのですが、
病気や介護の必要な時は必ず来るのです。
これからの私の人生をかけたとしてもこの両親を「許す」ことはできないかもしれない。
でも、向き合うことはできるかもしれない。
そして何よりも
私には怒りや悲しみから自由になって幸せを感じる権利がある。
その第一歩を
踏み出したところです。
またまたブログを放置していました。
久しぶりに見てみると前回の記事に結構、いいねがついていて
読んでくださる方がいるのだなあと思い、嬉しくなりました。
↓前回のブログ記事はこちら。
新年だいぶ明けましたけど。
で、前回は実はアルコール摂取の課題があることをカミングアウトしましたが、
節酒、減酒は今でも続けることができています(^^♪
時期的に花粉症の季節なのでお酒を呑むと症状が酷くなり、大変です。体にとっても勿論、お酒は控えた方がいい時期なので納得して続けられるというのもタイミングが良かったです。
でも、ここ数年は
花粉症の薬で鼻炎の症状を抑えておいて
それでお酒を呑んでいました。
(真似、しないでください。花粉症のお薬の注意書きにも服用中はアルコールの摂取はしないで下さいと書いてあります。)
他にも見直したい生活習慣は山ほどあるのですが、今はこの一つが続くことで自分にOKを出そうと思います。
そして。もう一つ続けている重要なことがあります。
去年の10月からですが、ギャマノンに通い始めました。
ギャマノンとは病的ギャンブラーを家族に持ち、ギャンブルに振り回されたり、苦しんだりしている人たちの自助グループです。
両親は離婚してもう30年以上経っているので「今さら私がギャマノン?」とためらう気持ちもありましたが、父親のギャンブルに振り回されて怒りと悲しみでいっぱいだった過去からはあまり回復していないなあという気持ちもあり参加しています。
父親が現在はギャンブルをやめているか、どうかにかかわらず、この両親とどう向き合うか?という課題は
結局は一生、私についてまわる課題なのです。
家族を振り回して出て行った父親も年を重ね、治療や介護が必要な状態になる。
亡くなった時にはどうするのか?
その問題は毒親の母親も一緒です。
今は距離を取って実家に帰らない、電話もかけないを通しているのですが、
病気や介護の必要な時は必ず来るのです。
これからの私の人生をかけたとしてもこの両親を「許す」ことはできないかもしれない。
でも、向き合うことはできるかもしれない。
そして何よりも
私には怒りや悲しみから自由になって幸せを感じる権利がある。
その第一歩を
踏み出したところです。
こまりです。
約1か月半ブログ放置してました。
前回のブログ。くだらなくも重要な出来事。
この記事を書いた後、さすがにこりゃ、いかんなあ、と思い、カウンセリングに通うことにしました。
仕事中になんぼ嫌いなおっさん相手でも逆切れて・・・
ちょっと自分のふかいところにあるトラウマや母親、父親との関係に触れることになり、
自分自身が揺らいでいます。
自分史を書きながら整理できたと思っていたのですが、自分で自覚していた以上に闇が深く、また親子関係に迫るとものすごい心にブレーキがかかることを体験しました。
カウンセリングって癒しとか心地よさを手に入れるだけではなくて
自分自身の人生の課題と向き合える力を得るためにする場合もあるので
結構しんどかったりもします。
そんなこんなの影響なのか12月半ばぐらいからめちゃくちゃネガティブです。
そしてちょっと自分史を書き進めるエネルギーも湧いてこないので
お休み中にしています。
ああ、自分、めんどくさい。(ほら、ネガティブやろ?(-_-;) )
こんなこまり。ですので例年のように「今年の目標!」とかいうテーマの記事も書かずにゆるゆると日々過ごしておりました。
でも、「今年の目標」ないわけではないのです。
実はいっぱいある( *´艸`)
備忘録として一つ目標を。
「お酒を呑まなくてもいい自分になる」
ということです。
ということは今までお酒がなくてはならなかった自分がいるのです。
ここ3~4年ほどの生活は
一年365日中、360日はお酒を呑んでいました。
呑まない日は健康診断前日(めっちゃ我慢して)か、高熱が出て寝込んだ日。
まず仕事帰りにスーパーで500mlの金麦とかクリアアサヒを2本購入。
帰宅後、夕飯を作りながらまず1缶。
夕飯中に1缶。
それで足りない日はコンビニにGO!。
休日は午後4時になるのを待ちかねてまず1缶(本当は2時ぐらいから呑みたい)合計4~5本(500ml)
完全に「お酒を呑むのが当たり前」の習慣になっていました。美味しいとか、お疲れさんとかそんな感じではなく、当たり前の習慣になっています。
重篤なアルコール依存症の人と比べたら量も飲み方も問題ない、って思うかもしれませんが自分で「習慣になってる」というところに薄々危機感を感じていたのです。
ひいじいちゃんは大量飲酒がもとで肝臓悪くして死にました。
じいちゃんは完全にアルコール依存症で教科書どおり、50代前半、アルコール依存症患者の平均寿命で死にました。
父親はギャンブル依存症です。
実は…自分史にもまだ書いていなかったのですが、母方の親戚にも大量飲酒が原因の脳血管障害で亡くなった母親の叔父がいたり、その叔父の息子(母親の従兄弟)もかなりの大酒飲みです。
結構私は依存症のサラブレッドかもしれない…。
気付かないふりはもうできないなと思いました。
でも、
思い切って「断酒します!」とも宣言できない自分がいる。
「お酒を呑むのは金曜日と土曜日の週2日にする」
ということにこのお正月からしています。
実際は曜日はズレていますが、週2日の飲酒というのはいまのところ続いています。
でも、やっぱりめちゃくちゃ意識しているのです。
「今日はお酒を呑める(呑めない)」ということを。
努力して「減酒」している状態です。
いつか、「あ、そういえば3か月ほどお酒飲んでないや。」ってなればいいなあと思うのですがまだまだ道は遠いようです。
いっそのこと断酒しちゃえ!という自分もいます。
さてさてどうなる事やら、です。
約1か月半ブログ放置してました。
前回のブログ。くだらなくも重要な出来事。
この記事を書いた後、さすがにこりゃ、いかんなあ、と思い、カウンセリングに通うことにしました。
仕事中になんぼ嫌いなおっさん相手でも逆切れて・・・
ちょっと自分のふかいところにあるトラウマや母親、父親との関係に触れることになり、
自分自身が揺らいでいます。
自分史を書きながら整理できたと思っていたのですが、自分で自覚していた以上に闇が深く、また親子関係に迫るとものすごい心にブレーキがかかることを体験しました。
カウンセリングって癒しとか心地よさを手に入れるだけではなくて
自分自身の人生の課題と向き合える力を得るためにする場合もあるので
結構しんどかったりもします。
そんなこんなの影響なのか12月半ばぐらいからめちゃくちゃネガティブです。
そしてちょっと自分史を書き進めるエネルギーも湧いてこないので
お休み中にしています。
ああ、自分、めんどくさい。(ほら、ネガティブやろ?(-_-;) )
こんなこまり。ですので例年のように「今年の目標!」とかいうテーマの記事も書かずにゆるゆると日々過ごしておりました。
でも、「今年の目標」ないわけではないのです。
実はいっぱいある( *´艸`)
備忘録として一つ目標を。
「お酒を呑まなくてもいい自分になる」
ということです。
ということは今までお酒がなくてはならなかった自分がいるのです。
ここ3~4年ほどの生活は
一年365日中、360日はお酒を呑んでいました。
呑まない日は健康診断前日(めっちゃ我慢して)か、高熱が出て寝込んだ日。
まず仕事帰りにスーパーで500mlの金麦とかクリアアサヒを2本購入。
帰宅後、夕飯を作りながらまず1缶。
夕飯中に1缶。
それで足りない日はコンビニにGO!。
休日は午後4時になるのを待ちかねてまず1缶(本当は2時ぐらいから呑みたい)合計4~5本(500ml)
完全に「お酒を呑むのが当たり前」の習慣になっていました。美味しいとか、お疲れさんとかそんな感じではなく、当たり前の習慣になっています。
重篤なアルコール依存症の人と比べたら量も飲み方も問題ない、って思うかもしれませんが自分で「習慣になってる」というところに薄々危機感を感じていたのです。
ひいじいちゃんは大量飲酒がもとで肝臓悪くして死にました。
じいちゃんは完全にアルコール依存症で教科書どおり、50代前半、アルコール依存症患者の平均寿命で死にました。
父親はギャンブル依存症です。
実は…自分史にもまだ書いていなかったのですが、母方の親戚にも大量飲酒が原因の脳血管障害で亡くなった母親の叔父がいたり、その叔父の息子(母親の従兄弟)もかなりの大酒飲みです。
結構私は依存症のサラブレッドかもしれない…。
気付かないふりはもうできないなと思いました。
でも、
思い切って「断酒します!」とも宣言できない自分がいる。
「お酒を呑むのは金曜日と土曜日の週2日にする」
ということにこのお正月からしています。
実際は曜日はズレていますが、週2日の飲酒というのはいまのところ続いています。
でも、やっぱりめちゃくちゃ意識しているのです。
「今日はお酒を呑める(呑めない)」ということを。
努力して「減酒」している状態です。
いつか、「あ、そういえば3か月ほどお酒飲んでないや。」ってなればいいなあと思うのですがまだまだ道は遠いようです。
いっそのこと断酒しちゃえ!という自分もいます。
さてさてどうなる事やら、です。
こまりです。
12月も中盤に差し掛かり。今年一年を振り返っています。
丁度、今日、ちょっとしたハプニング?トラブル?をおこしてしまいました。
それは…
初老のおっさんを逆切れさせた
…。
ちょっと仕事柄やり取りのある、同業者のような人なんですが、私はもともとその人の話の持ってきかたや振る舞いが大嫌いでした。
必要最低限、支障ないようにふるまっていたつもりなのですがとうとう今日、キレられてしまいました。
とにかく私のものの言い方にやさしさのかけらもなく、共同しようという気も見られない。食って掛かるような言動に自分も話しにくいと思っていたが今日は我慢ならない。友好的な自分がこんなに腹が立つのはお前の態度が悪いからだ。あんたはソーシャルワーカーだからそんな態度をとるもんじゃない、もっと友好的な態度をとるべきだ。そうしないとあなたのためによろしくない、分かったか?」
というのがおっさんの言い分でした。
今日はクライエントも、他の事業所さんもいなかったもんで
私も売り言葉に買い言葉で
「そのセリフ、そっくりそのままあんたに帰してやるわー!あんたの方こそ一方的で上から「してあげてる」っていう態度が気にくわなかったんじゃー。説教しにきたんかー!」
と、返してしまった。
おっさんもキレたけど、私もキレてしまった。
なんという泥仕合。
キレながらでも思った。
あ~、こりゃ、全然伝わらないわ~。
おっさんに伝わっていたのは
私の態度の悪さ(おっさんに対して)と友好的でない態度(おっさんに対して)だけ。
結構重要な調整もケア会議も沢山行ってきたのにそれらはこの瞬間、どうでもよいことになっていた。
無駄にエネルギー消耗したな。
実は「おっさんをキレさせた」というのは
今年なんと、これで3回目。
だいたい似たような大嫌いなおっさんに同じような言動でキレられている。
(ソーシャルワーカーのプライドをかけて。相手はクライエントではない。)
毒父の呪いか??
数年前、自分の母親と自分の苦しい関係を再現させるようなクライエントを数人立て続けに担当して
とうとう潰れてしまったことがある。
今、思い返してもあれは結構大きな危機だったと思う。
今回は父親との葛藤の再現なのかな?
父親と同じくらいの年齢で大嫌いなタイプのおっさん(説教臭い、押し付けがましい、人の言うことを聞かない、上から目線、決めつけた態度、正してやろうオーラ満載、「良いことしてやったから感謝して」オーラも満載)を相手にすると嫌だなあを通り越して怒りが湧いてくる、という自覚はある。そして横柄な(むしろおっさんを軽蔑した)態度をとっていることも自覚はしている。
でも、コントロールできないんだよね。横柄と軽蔑な態度を。
今日後から冷静に考えて振り返ったのは
無駄なエネルギー使ってしまった、ということ
そして
自分の父親との葛藤の反映だとすれば、赤の他人にそれを投影して喧嘩吹っ掛けてもそりゃ、吹っ掛けられた人は迷惑だよなあ、ということ。
自分の湧いてくる怒りや反発心をやり過ごす手はないもんかなあ。
12月も中盤に差し掛かり。今年一年を振り返っています。
丁度、今日、ちょっとしたハプニング?トラブル?をおこしてしまいました。
それは…
初老のおっさんを逆切れさせた
…。
ちょっと仕事柄やり取りのある、同業者のような人なんですが、私はもともとその人の話の持ってきかたや振る舞いが大嫌いでした。
必要最低限、支障ないようにふるまっていたつもりなのですがとうとう今日、キレられてしまいました。
とにかく私のものの言い方にやさしさのかけらもなく、共同しようという気も見られない。食って掛かるような言動に自分も話しにくいと思っていたが今日は我慢ならない。友好的な自分がこんなに腹が立つのはお前の態度が悪いからだ。あんたはソーシャルワーカーだからそんな態度をとるもんじゃない、もっと友好的な態度をとるべきだ。そうしないとあなたのためによろしくない、分かったか?」
というのがおっさんの言い分でした。
今日はクライエントも、他の事業所さんもいなかったもんで
私も売り言葉に買い言葉で
「そのセリフ、そっくりそのままあんたに帰してやるわー!あんたの方こそ一方的で上から「してあげてる」っていう態度が気にくわなかったんじゃー。説教しにきたんかー!」
と、返してしまった。
おっさんもキレたけど、私もキレてしまった。
なんという泥仕合。
キレながらでも思った。
あ~、こりゃ、全然伝わらないわ~。
おっさんに伝わっていたのは
私の態度の悪さ(おっさんに対して)と友好的でない態度(おっさんに対して)だけ。
結構重要な調整もケア会議も沢山行ってきたのにそれらはこの瞬間、どうでもよいことになっていた。
無駄にエネルギー消耗したな。
実は「おっさんをキレさせた」というのは
今年なんと、これで3回目。
だいたい似たような大嫌いなおっさんに同じような言動でキレられている。
(ソーシャルワーカーのプライドをかけて。相手はクライエントではない。)
毒父の呪いか??
数年前、自分の母親と自分の苦しい関係を再現させるようなクライエントを数人立て続けに担当して
とうとう潰れてしまったことがある。
今、思い返してもあれは結構大きな危機だったと思う。
今回は父親との葛藤の再現なのかな?
父親と同じくらいの年齢で大嫌いなタイプのおっさん(説教臭い、押し付けがましい、人の言うことを聞かない、上から目線、決めつけた態度、正してやろうオーラ満載、「良いことしてやったから感謝して」オーラも満載)を相手にすると嫌だなあを通り越して怒りが湧いてくる、という自覚はある。そして横柄な(むしろおっさんを軽蔑した)態度をとっていることも自覚はしている。
でも、コントロールできないんだよね。横柄と軽蔑な態度を。
今日後から冷静に考えて振り返ったのは
無駄なエネルギー使ってしまった、ということ
そして
自分の父親との葛藤の反映だとすれば、赤の他人にそれを投影して喧嘩吹っ掛けてもそりゃ、吹っ掛けられた人は迷惑だよなあ、ということ。
自分の湧いてくる怒りや反発心をやり過ごす手はないもんかなあ。
ソーシャルワーカーこまりです。
事業所を一つ閉鎖してみました(ーー;)
(サラッと言うな!)
居宅介護支援事業所を今年末、つまり今月末で閉所することにしました。
理由は色々あります。
理由その① もう一つの事業、相談支援事業/障害児相談支援事業のウエイトが大きく膨らんできたこと
有り難いことなのか?複雑な所なのですが、児童の相談がものすごく増えています。
そして制度改正によりモニタリングの頻度や加算要件などにも変更があり、受け持ち件数が増えなくても月当たりの対応件数は増加します。単純に考えても業務量増加です。
理由その② 居宅介護支援事業所の管理者要件が変わった事
経過措置はありますが、管理者は主任介護支援専門員でなければならないとなりました。
私の実務経験では経過措置期間内に主任ケアマネを取得するのは不可能です。
だったら主任ケアマネを管理者として雇用すればいいではないか、となります。
確かにそれはそうなのですが、脆弱な法人で主任ケアマネを雇い続ける経済的な「体力」がうちにあるのか…?となれば、経営者として自信がありません。
それに関連して、私自身がこの「介護支援専門員」という資格を更新し続けることがしんどくなったというのがあります。
専門研修Ⅰまでは何とか受講済です。来年Ⅱ(更新研修)を受講すれば介護支援専門員の資格は継続できるのですが…。
研修の内容や期間、課題、受講料など時間とお金と労力と…エネルギーをかけて取り組みたいものではありません。(これはあくまで私の個人的な想いです。)
ざっくりいうとこの二つが今回閉所を決断した主な理由です。
今回よく考えたのは、経営者として制度との付き合い方です。
事業を起こす、実施するということは制度の枠組みの中でどう相談援助を行っていくか、ということです。
制度には守られている部分もあり、また、制約される部分もある。
そんな制度とどう付き合っていくのか、その中で何を行うのか、行わないのか
決めていかねばなりません。
私は「ケアマネジメント」という手法、考え方で相談援助を続けて行きたい。
これは事業として、制度としてのケアマネジメントとは少し違っています。イコールではありません。
居宅介護支援事業所で介護支援専門員としての相談業務はしないことになりましたが
ケアマネジメントは続けます。
1人で株式立ち上げて細々と相談なんかせずに
児童デイサービスとか介護保険でも通所や訪問系も運営して、人を雇って事業を回していくのが社会的ニーズにも対応した経営者なんだろうとは思います。
色んな相談を受け、地域の実情を見聞きするにつけても、一人でコトコトするよりは誰かと組んで、例えばNPO法人なんかにしてきちんと組織で社会に対応できた方がいいのかもしれない、と何度も思いました。
でも、今の私の実力では
これが精一杯。
私一人でできる事の限界です。
いつか、本気で人と組んで社会問題に立ち向かえる日が来るのか?
組みたいと思う人に出会えるのか?
そこはまだ未知数です。
事業所を一つ閉鎖してみました(ーー;)
(サラッと言うな!)
居宅介護支援事業所を今年末、つまり今月末で閉所することにしました。
理由は色々あります。
理由その① もう一つの事業、相談支援事業/障害児相談支援事業のウエイトが大きく膨らんできたこと
有り難いことなのか?複雑な所なのですが、児童の相談がものすごく増えています。
そして制度改正によりモニタリングの頻度や加算要件などにも変更があり、受け持ち件数が増えなくても月当たりの対応件数は増加します。単純に考えても業務量増加です。
理由その② 居宅介護支援事業所の管理者要件が変わった事
経過措置はありますが、管理者は主任介護支援専門員でなければならないとなりました。
私の実務経験では経過措置期間内に主任ケアマネを取得するのは不可能です。
だったら主任ケアマネを管理者として雇用すればいいではないか、となります。
確かにそれはそうなのですが、脆弱な法人で主任ケアマネを雇い続ける経済的な「体力」がうちにあるのか…?となれば、経営者として自信がありません。
それに関連して、私自身がこの「介護支援専門員」という資格を更新し続けることがしんどくなったというのがあります。
専門研修Ⅰまでは何とか受講済です。来年Ⅱ(更新研修)を受講すれば介護支援専門員の資格は継続できるのですが…。
研修の内容や期間、課題、受講料など時間とお金と労力と…エネルギーをかけて取り組みたいものではありません。(これはあくまで私の個人的な想いです。)
ざっくりいうとこの二つが今回閉所を決断した主な理由です。
今回よく考えたのは、経営者として制度との付き合い方です。
事業を起こす、実施するということは制度の枠組みの中でどう相談援助を行っていくか、ということです。
制度には守られている部分もあり、また、制約される部分もある。
そんな制度とどう付き合っていくのか、その中で何を行うのか、行わないのか
決めていかねばなりません。
私は「ケアマネジメント」という手法、考え方で相談援助を続けて行きたい。
これは事業として、制度としてのケアマネジメントとは少し違っています。イコールではありません。
居宅介護支援事業所で介護支援専門員としての相談業務はしないことになりましたが
ケアマネジメントは続けます。
1人で株式立ち上げて細々と相談なんかせずに
児童デイサービスとか介護保険でも通所や訪問系も運営して、人を雇って事業を回していくのが社会的ニーズにも対応した経営者なんだろうとは思います。
色んな相談を受け、地域の実情を見聞きするにつけても、一人でコトコトするよりは誰かと組んで、例えばNPO法人なんかにしてきちんと組織で社会に対応できた方がいいのかもしれない、と何度も思いました。
でも、今の私の実力では
これが精一杯。
私一人でできる事の限界です。
いつか、本気で人と組んで社会問題に立ち向かえる日が来るのか?
組みたいと思う人に出会えるのか?
そこはまだ未知数です。