こまりです。
最近、Facebookでのお友達申請のあった人のプロフィール拝見すると
「メッセージなしで申請しちゃいますが宜しくです。」
とありました。
で、案の定、メッセなし申請ですわ。
はあ~、こういう人もいるんだなあ、と。
コマツ、新しい価値観との出会いでした≧(´▽`)≦
「メッセージなしで申請しちゃいます」と宣言しているのでメッセなしでも許される、というのがこの人の考え方ね。
でもね、
送った相手の
プロフィールには
「お友達申請にはメッセージをお願いします」
ってあるわけで。
もう、最初っからズレズレですわ。
やっぱり
SNSの言葉選びって結構その人の本質が出るなあ。
上記の申請、削除しちゃったので
もう見てないと思うけど(しかもブログやし。)
メッセなし申請の君へ。
「メッセなしで申請しちゃ」ってもOKな人と繋がってね~。
私はNO.thank youです。
最近思う。
コナン君は「真実はいつもひとつ!」っていうけどさ。
それも真実なんだろうけど。
真実の解釈はいくつもあるから
人ってややこしいんだなあ。
私の生まれた家。
私が生まれた頃。
両親と
私のひいばあさんがいました。
私が生まれたのと丁度入れ違うかのように
ひいじいちゃんが亡くなったそうです。
当時
曾祖父、曾祖母
両親
子ども(私)
という家族構成。
後になって
この家族構成に疑問を抱くことになります。
「家」って、そこに生まれた人間にとっては
それがすべてであり
「普通」になる。
特に子供にとっては
よその「家」と比べようもないので。
とにかく私はこういうキャストの「家」に生まれました。
初めての子どもということもあってか
親も教育には力を入れたかったのか、
「マンガ・日本の歴史」や「童話全集」や「かずとことば」シリーズなどの本がたくさんあったのを覚えています。
身体が弱くて外遊びもあまり好きではなかったし、幼稚園も度々休んでいた私はそれらの本を読むことで多くの時間を過ごしていました。小学校に上がる前には殆ど一通り読んでいました。(内容が全部理解できていたかどうかは別として)
本を読んでいる時間は
私にとっては
静かで
自由な時間だったように思います。
家族については
特に母親との関係については
人生の早い段階から
葛藤があったと思います。
しかし、長年そのことに
気が付かなかったふりをしていました。
ふりをしている間に
自分でもよくわからなくなっていました。
思春期ぐらいから30代半ばぐらいまで
母親は
「尊敬「すべき」存在」
「感謝「すべき」存在」
「従う「べき」存在」
でした。
そうではない、ということに
少しづつ気がつき始めたのがつい最近。
蓋をしてしまった感情にもう一度光をあてて
見直す、向き合うためにも
まだまだ
ちいさかったころの自分については
書こうと思います。
自分史。の更新は毎月9の倍数の日と私の誕生日「16」の日12:00に行う予定です。