Ahの備忘録…滑走路編 -7ページ目

Ahの備忘録…滑走路編

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2009年 12月 


8回目の入院

7回目の抗がん剤投与 (シスプラチン + イリノテカン)



足の痺れがずっと続いているらしい。

正座をした後のビリビリといた感じ???

それが24時間続いてるのだ。

靴下をはいても、ルーズソックスのようにゆるゆるでないと

痛くかんじるので、履き口?をハサミで切ってボロボロにして

履いてます。そうとう年季のはいった靴下に見える(笑)



大晦日ぎりぎりに退院できました。


春から入退院を繰り返して、193日間の入院でした(まだまだ入院です)

終身型の入院保険には入ってましたが(1日1万円)、

同じ病気だと続けて120日しか出ません。

あと180日経つと又でますが・・・・

ガン保険には入ってません。


退院するとき、「ダイちゃん、あと3月以降まで生きててくれないと

保険出ないからね!!」って釘さしときましたわ。



今年のお正月は、主人が入院して以来、はじめて家族5人が揃いました。


長男は大学4年に進級できるのか?工学部の2割は留年してますねえ・・

なんて学校説明会で聞いていたので、やきもきしてました。


長女は、大学は行かず、大阪いくと決めてました。

大阪NSC(吉本の、お笑い芸人養成所)に入学です。

この子の学資保険は、NSCの入学金を除いて

長男の授業料と生活費で消えてしまいました。 ゴメンよ~



次男は高校入試を控えてました。

志望高いくには、あと80点足らないと先生に言われ、

何度も何度も3者面談しましたわ。

担任は、自分のクラスから、不合格者を出したくない?ですよね。

1ランク下の高校を何度薦められても、チビちゃん「僕受かるから

いいんです、落ちたら定時制いきます」

のんびり、おっとりスローなチビちゃん、ここぞとばかりは、運良く

合格しましたが・・・。

現在赤点4つもあり、進級できるか心配。

まあ元気に通ってるから、よしとしましょう。



そうそう、娘が吉本行くとなったとき、私はもうなんかワクワクして、

頑張れ~っていう気持ち大でした。

新入生500人にはビックリ、そのうちTV画面に出れるのは

よくて1人か2人でしょう。0の年もあるでしょう。

でも、夢を持つのは自由、持たさせてもらえて楽しみです。


長男には

「お母さん、母親だったら、娘が芸人になるっていったら、

止めるのが普通なんじゃないの~~~?」って言われましたわ(笑)



2009年  10月~11月


7回目入院

6回目抗がん剤投与


(シスプラチン + イリノテカン)


同じ時期に入院した、よう似た歳ばいの、似たような度合いの患者

何人かと仲良くなる。


同じ病気だし、手術できない抗がん剤してる、辛さ共有できる?、癌友っての??

同じ病棟に何十人と入院してるのだが、その中の2~3人とは特に親しく

させてもらってる。

「もって2年だなぁ~」とか、「俺の癌は6センチもあるんだぞ」とか

「癌そのもので死ぬより、風邪から肺炎おこしてアウトのほうが多いらしいな」

とあっけらかんと、喋ってる。


40歳代で、胃がんになり、数年後大腸がん、それから肝臓癌、

70歳代で肺癌になって現在入院してる、爺ちゃんもいる。

「もうワシは、これで終わりだけど、胃がんの手術してから

30年生かさせてもらったで、もうええんじゃ」と喋ってた。



一昔まえなら、身内で癌なんてなったら、本人はもとより、

他人様なんぞに号外ご法度だったよね。

なんとなく、忌み嫌われてるみたいで、言いっちゃいけない病名だったように思う。


4年前に亡くなった実家の父は、癌とわかって1年で逝ってしまったが、

自分が癌と気づいたのは、亡くなる3ヶ月位前だったようだ。


でも告知すること、知ることで、ずいぶん治療しやすくなったろうし、

いい傾向だと思う。

生存率も高くなったし、知るって大事なことだわ。


癌友?の一人が、「里芋堀りおいで~」と誘ってくれたので、

4組夫婦で、上庄里芋(ブランド芋です、検索してみて)堀り。

一人は未亡人です。ご主人がなくなって、まだ1ヶ月しかたってなかったけど、

「生前、お父さん(ご主人)と行くはずだったけど・・・私一人でも行くぅ~~」って

元気にきましたよ。


病人のオッサンたちは、休み休み見学しながら芋ほり。

私ら、オバハン連中「父ちゃんのためなら、え~んやこら~」

なんて言いながら、やっきになって掘った。10キロ入るダンボ-ルいっぱい

頂いてきた。

「来年も里芋掘りできるかのう~。みんな生きてような」

って言ってました。


足の親指以内の大きさの小さな小芋の煮っころがしがお勧めですよ。

ここらへんの人は「ちんころ煮」って言います(笑)

2009年 9月

6回目入院
5回目抗がん剤投与


(シスプラチン + ドセタキセル)


主人の友達が「あーさん何時退院するんや?今度帰ってきた時.調子良かったら皆で温泉温泉行くぞ!」


将棋板と碁石持って病室で一局打つヘボ将棋。体調悪ければ顔だけ見て帰る友達爺さん。
帰り際いつも枕の下にテレビカードを黙ってそっと置いてく。

皆さんホントに良くしてくれる。

退院する度イベントスケジュールがいっぱいで芸能人並やんけ(笑)
思い出作り??かな


温泉行ったり.宴会したり.バーベキューしたり…

この月は.「半年生きた記念じゃ!」とか言って.月見の会…だいたい飲んでドンチャン騒ぎパターン。
でもこの日は凄い満月で六人の還暦過ぎた(私以外)ジジババ達は満月にウットリ…。私が「皆で句会しよう.俳句を一句ね!」

皆ベロベロに酔っ払ってる(私以外)割には真剣に食いついてきた(笑)


お月見で
昔を語り
泣き笑い


この酒は
皆の笑顔を
飲む心


秋の夜の
友と呑む会
楽しいな


満月に
善き友頂き
感謝です


このススキ
この夜の想い
深いかな



月夜の長話しは.右手にビール.左手に焼鳥持って延々と続いたのだ。


何時も「あーさんホントに癌なんけ?何処が悪いんや??」
って言われる。
私も「ほやって~父ちゃん(主人)見た目なんも変わらんのやよ?」
でも癌細胞は確実に暴れてるので又入院なのだ。

「今度退院したら何するかの?
鍋パーティーにするか?」

ヘイヘイ!




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