Ahの備忘録…滑走路編 -6ページ目

Ahの備忘録…滑走路編

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2010年 6月



13回目入院

11回目抗がん剤投与 (ジェムザール + プラトシン)


腎臓に負担のかかる抗がん剤は、蓄尿して、腎機能が正常かみてから

投与します。 そして水分をいっぱい補給して(点滴)利尿効果をたかめ

どんどん排出させます。

体中まわって、がん細胞攻撃した抗がん剤は、役目終えたら腎臓負担

なくすため、早く出ちまえよって事でしょう。


10時間近く点滴するときもあるから、うんざりだろうなあ。

弱音ひとつはかない、主人はたいしたもんだわ。


もう入院も300日越えた。

ずっくら嫌になったと、さすがに言ったけど。

人にあたったりしない、結構看護師さんたちには、好かれてる模様。


2010年 4月


12回目入院

10回目の抗がん剤投与  (シスプラチン + イリノテカン)


今回も週1回3週で3回に分けて投与。


ステージ Ⅳの 肺癌(扁平上皮癌)終末期

(すでに、腰骨と気管に転移)とわかり、

化学療法を始めてから丁度1年がたちました。


今まで出なかった副作用?なのかどうかわかしませんが、

声が擦れてきました。

蒸気が出る機械?抱えて管?くわえる毎日でした。




長男は無事4回生に進級できました。


娘も大阪で暫く居候生活。

同居のオバちゃんに、挨拶、礼儀作法習ってから、

NSC養成所通い。


チビちゃんも志望校受かり、元気に学校行ってます。



さあ、これからどうやって生活していこうか???

娘の学資保険も使いきり、蓄えも底が見えてきた。


寿司屋を辞め、現在私一人で居酒屋をしてます。

長男と長女は、仕送り無しで自分らで頑張って生活してくれている。



毎月10万づつの赤字がず~っと続いてる。

このままの状態だとあと2年で、我が家の預貯金は0になる予定。

チビちゃんが高校卒業するまで、ふんばらにゃならんのだ。



昼間パートに出ようか思ったが、50近いオバハン雇ってくれるとこないし・・

シルバー人材にはまだ早いし・・


そこで今、昼間喫茶店しようか思案中。

1日コーヒー15杯売ればなんとかなるかな??

でも夜2~3人しかお客こないのに・・

せいぜい5人くらい客くれば上等」か?

山奥の過疎地帯の田舎で、現在町に1件しか喫茶店がない。

でもビールもお酒も出してる。


喫茶店という名の飲み屋?  田舎はどこもこんな感じ?かな?


うちも昼喫茶、夜居酒屋で攻めるか?二毛作営業ってやつ。


主人は好きにせえやって言ってくれてる。



急に寒くなってきました。


年越せるかなあ~?なんて、去年言ってましたが、

今年も年こせそうな気がします。風邪→肺炎に注意せねばね。


2010年 1月


最初はチビちゃんが高校卒業(現在高1)するまで生きてらないだろうなあ~

なんて言ってましたが、癌は進行するばかり・・

年越せるかな~??って、話てたら年こせました(笑)

現状維持を目標にしてる訳でして。


9回目の入院8回目の抗がん剤投与の予定が、白血球の数値が悪く

1週間ほど入院して、なにもせず退院(トホホ・・)

仕切りなおしです。


1月後半


10回目の入院

8回目の抗がん剤投与(シスプラチン + イリノテカン)

週1回投与を3回、3週間で3回の投与。



背骨にも癌があったから、白血球をつくる力が半減されちゃってるんだろうね。


久々に美容院へいって髪の毛をスパってきってきました。

ショートボブ?っての、美容師さんには、「滝川クリステル風にしてください」

って注文したんですが、顔がついていけず、苦笑されるだけでした!



入院する前に、友達4家族夫婦で温泉旅行に行く。

例のジジババどもだ。なにかと気を使ってくれる。

ありがたいことです。主人が入院中も、「お~いドライブいくぞ~」

「飯食いにいくぞ~」って気晴らしになるから?と誘ってくれます。




3月


11回目入院

9回目抗がん剤投与 (シスプラチン + イリノテカン)


前回とおなじ、3回に分けての投与・・

の予定でしたが、3回目のとき白血球が下がってしまい、2回で終了。

だんだん体力が落ちてきてるのだろうな。

糖尿病でも、家にいる時は何でも好きなものたべてるし、お酒(焼酎)も飲んでます。

全く普通。誰が見ても末期癌患者なんて思わんわ。


3月はチビちゃんの高校入試、娘のNSC面接。

大阪で住む所探さなければならんし、もうメチャメチャ忙しかった。


私と仲良しの爺さんがいたのですが、大変お世話になりっぱなしのまま、2年前

他界されました。

その未亡人が去年の3月突然現れ、「生前主人がお世話になりました」と挨拶に

きたのよ。びっくり!!

色々話してて、娘が大阪に行くこと等話してたら、「まだアパート決まって

なかったら、私ね大阪にマンション借りてあるから、そこから吉本通いなさい。地下鉄で

すぐだし、歩いても30分くらいよ。

留守番のオバちゃん住んでるけど、いいでしょ?」


主人のことで、アパート探す時間もなく、娘に任せるつもりでしたが・・

仕送り出来ないから、自分でバイトして家賃払ってく娘です。


もう願ってもないことです。右も左もわからん大都会で誰も知らないとこで

どうしようってな時に、身元引受人付きの居候、

着替えもってけばいいだけの引越しで済みました。しかも只!!

なれて一人暮らししたくなったら、ゆっくりアパート探せばいいし、とも言ってくれた。


未亡人とは以前1度お見かけしただけで、まともに話ししたのは今回が初めてでした。

初めてなのに、簡単に「うちのマンションに住めばいいわよ~」って言う未亡人も

そういないだろうし、「あらじゃ、遠慮なく」ってホイホイ受ける私みたいなのも珍しいかな。


私は、いきなり現れたとき「生前、うちの主人と何かあったんじゃないでしょうね~?」って 変なかんぐりで、怒鳴り込んできたのかと思いましたわ(笑)


生前はこの爺さんと清く正しく(笑)?遊んでたのに、今は未亡人にお世話になってます。