Ahの備忘録…滑走路編 -5ページ目

Ahの備忘録…滑走路編

ブログの説明を入力します。

2010年 10月


16回目入院

14回目 抗がん剤投与 TS-1


飲む抗がん剤です。

いままで、点滴でしてきた抗がん剤、効き目がなくなって

きたのでしょうか? 打つ手無し??


2週間ほどで、退院して、現在は週1回のペースで通院です。


家にいてくれると楽です。

たくさんの薬をのみ、日々過ごしていますが、相も変わらず普通です。


すぐ疲れやすいので、ちょこちょこ動いては、休んでまた動く・・



例の癌友たちと、今年も里芋掘りができました。

「来年はむりだろうなあ~~」なんて言いながらも、やんややんやと

楽しい一時を過ごすことができました。


主人は毎朝起きると、今日も目が醒めれた・目が開いたと

思うそうです。



毎日毎日、今日を生きている事に感謝してるって。


私はまだまだ「、動けるうちは生きててもらわにゃ困るんやよ。

でも、ようよう動けなくなったら、さっさと逝ってよ。

つらい姿みるのやだからね」って、毒舌?はくと、

笑いながら「延命治療せんでもいいからな・・」って。



この強い精神力はどこから来てるのだろう。

逆の立場になったら、私だったら、もう怖くて、不安で、誰かにあたって、

なんで自分だけ、なんで・・・って、ひがんじゃうわ。


主人もそういう思いも心の片隅に置いてあるとは思う。

でもそれを全て受け止め、普通にしてる。


至らない奥さんでゴメンよ。


でも、大ちゃんがいなくなっても、自分一人で生きてくため、

安心してもらえるため、私は、やるよ・・



2010年 8月 



15回目 入院 

13回目 抗がん剤投与 (アクプラ + パクリタクセル)


お盆は主人の兄弟家族が我が家に集まり賑やかでした。


義姉夫婦、二人の弟夫婦にそれぞれ子供二人。

うちが3人なので総勢17人、2年前に義姉の息子(甥っ子)が結婚し

子供が一人できたので、主人の兄弟家族だけで総勢19人になります。


お盆と正月位しかなかなか集まれないので、本家の嫁としては

ここぞとばかりハッスルしちゃいます。


私の兄弟は3人ですが、まあ普通です(笑)

主人の兄弟は皆なかがよくて、なんかドラマ見てるみたいな感じ。


できの悪い?長男(主人)を、兄貴兄貴と敬うし・・


何年も家あけて、京都、大阪、東京と渡世人のように渡り歩いてた主人。

(フーテンの寅さんみたいよ・笑)

私と子供つれて故郷に帰ることになった時、

Ahちゃんが、福井に来てくれるならって、築150年のオンボロ家の

台所とお風呂とトイレ改築してくれました。

義姉夫婦がですよ。 信じられなかったです。

してやった、してやったなんて、一言もいわんし、出してやった金返せなんて

未だに言いません。


店を出すのにも大変な援助してくれました。

ありがたいことです。


主人の病気の事も心配して、どこそこの梅エキスとか、なんとか酵素とか、

ア○○スク?とかもってきてくれました。

藁おもすがる思い?で祈祷しだか霊媒師だかのもよせてもらいました。

私はいっさいお金は出してませんが・・


私の身体のことも気をつかってくれます。

厳しくて優しい義姉です。物腰が穏やかで、見習いたいところいっぱいです。


2010年 7月


14回目入院

12回目抗がん剤投与 (ネダプラチン(アクプラ) + パクリタキセル)


白血球が下がらない前に、外泊しようと打ったその週の土曜日外泊してきた。

ところが、家について「やっぱ家が一番だなあ~」なんて言ってるのも

つかの間、なにやら身体の節々が痛くなってきたらしい。


初めての抗がん剤投与から1年以上打ち続け、足の痺れ(痛み?)

は消えないらしい。でもずっと我慢してきている。



ところが今回の抗がん剤かなりきついようだった。

「だめだ、我慢できん、やっぱ病院戻るわ」と言って、

夜遅く、病院へ戻っていった。それから5日ほど、微熱と関節痛で

ベットの上でじっとしていた。

よほど副作用がきつかったようだ。


調べてみると、最初のほうに受けてた、パクリタキセル(タキソール)、カルボプラチン、シスプラチン・・などは、相当副作用のきつい毒性の強い薬のようだ。


よう耐えて打ち続けてきてたなあ~

「癌がくたばるのが先か、俺がくたばるのが先かだの・・」ってさ。