あのね・・6 | Ahの備忘録…滑走路編

Ahの備忘録…滑走路編

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2009年  10月~11月


7回目入院

6回目抗がん剤投与


(シスプラチン + イリノテカン)


同じ時期に入院した、よう似た歳ばいの、似たような度合いの患者

何人かと仲良くなる。


同じ病気だし、手術できない抗がん剤してる、辛さ共有できる?、癌友っての??

同じ病棟に何十人と入院してるのだが、その中の2~3人とは特に親しく

させてもらってる。

「もって2年だなぁ~」とか、「俺の癌は6センチもあるんだぞ」とか

「癌そのもので死ぬより、風邪から肺炎おこしてアウトのほうが多いらしいな」

とあっけらかんと、喋ってる。


40歳代で、胃がんになり、数年後大腸がん、それから肝臓癌、

70歳代で肺癌になって現在入院してる、爺ちゃんもいる。

「もうワシは、これで終わりだけど、胃がんの手術してから

30年生かさせてもらったで、もうええんじゃ」と喋ってた。



一昔まえなら、身内で癌なんてなったら、本人はもとより、

他人様なんぞに号外ご法度だったよね。

なんとなく、忌み嫌われてるみたいで、言いっちゃいけない病名だったように思う。


4年前に亡くなった実家の父は、癌とわかって1年で逝ってしまったが、

自分が癌と気づいたのは、亡くなる3ヶ月位前だったようだ。


でも告知すること、知ることで、ずいぶん治療しやすくなったろうし、

いい傾向だと思う。

生存率も高くなったし、知るって大事なことだわ。


癌友?の一人が、「里芋堀りおいで~」と誘ってくれたので、

4組夫婦で、上庄里芋(ブランド芋です、検索してみて)堀り。

一人は未亡人です。ご主人がなくなって、まだ1ヶ月しかたってなかったけど、

「生前、お父さん(ご主人)と行くはずだったけど・・・私一人でも行くぅ~~」って

元気にきましたよ。


病人のオッサンたちは、休み休み見学しながら芋ほり。

私ら、オバハン連中「父ちゃんのためなら、え~んやこら~」

なんて言いながら、やっきになって掘った。10キロ入るダンボ-ルいっぱい

頂いてきた。

「来年も里芋掘りできるかのう~。みんな生きてような」

って言ってました。


足の親指以内の大きさの小さな小芋の煮っころがしがお勧めですよ。

ここらへんの人は「ちんころ煮」って言います(笑)