あのね・・3 | Ahの備忘録…滑走路編

Ahの備忘録…滑走路編

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2009年 5月


2回目入院

抗がん剤投与2回目 (カルボプラチン + パクリタクセル)


疲れてるのだろうから、もう毎日こんでもいいと、主人に言われた。

行く度にベット占領して昼寝しちゃう私。

泣きっ面に蜂で、自動車事故でもなったら大変だから。


「苦労かけて、すまんの・・」

自分の病気のことより、私や子供のことを心配するばかり。



初めての入院中は、私は毎晩のように泣いて枕を濡らしてました。

これからどうなるんだろう、どうしよう、どうしよう・・


1ヶ月も泣き続けてると、なんかもう開き直っちゃって・・

女って強い生き物だね。成るようにしか成らんのじゃと

思うと、どうにかなりそうに思えるのよ。


主人も「俺が死んでも、いつまでも泣いてるなよ、善い事あるかもしれんし、

好きなように、なんなとしてくれ」って。


こんな病気に成るなんて思ってもいなかったころは・・

「大ちゃん(主人の東京時代のあだな)死ぬなら60歳までに死んでよ。

61歳過ぎると、保険金ガタッと落ちて葬式代位しかないでの。

生きるなら、78歳以上生きて、年金払い込みの元取って長生きしててよ!」


主人は今62歳、ハイもう葬式代しかでません。癌保険にも入ってませんでした。


でも大金、手にすると変な男に騙され大金吸い取られ、ボロボロにされて

捨てられるのがオチだから、やたら持ってないほうがいいかもね(笑)。

(ああ~でもあるに越したことはないけど・・)



入院中は病人のように見えるけど(当たり前か・笑)退院してる時の主人は

とても重症患者に見えません。

しかし、免疫低下で抵抗力なくなってるので、マスクはかかせません。

風邪でも引きようなら、すぐ肺炎おこして、死に至るのです。


それでも掃除も洗濯もしてくれるし、ご飯ごしらえもしてくれる。

まあマメです。

草むしりしたり、剪定したりと、動いてないと嫌みたい。


ホントに癌末期なのかねえ?? こんなに元気なら初期か中期位に

しといてほしいよね