【かつては各家庭にあった日本語ワードプロセッサ】
童子さんの家で日本語ワードプロセッサを使って文書を打ち込んでいるびわ坊です。
びわ 「童子ちゃんのワープロ、大きくてカッコいいなー」
やまはちゃん「これ、パソコンにもなるワープロなんだって」
びわ 「ゲームとかもできるー?」
童子さん 「昔のゲームだけど、パソコン用に作られた多くのゲームができるわよ」
【ワープロ専用機とパソコンの合体マシン】
猫山総合高校の新聞部が1990年代にワープロ専用機を使って発行していた校内新聞の文書データのフロッピーディスクが学校で発見されて、何とかデータを読み出せないかと童子さんが頼まれました。
新聞部では当時、ワープロ専用機の「書院」を使っていたので、そのデータを読んでパソコンのワープロソフト用のデータとして保存できる、ワープロ書院とDOS/Vパソコンの合体マシン「書院パソコン」(1992年:シャープ)を引っ張り出してきて、新聞部がかつて発行していた校内新聞のフロッピーディスクを読み込んで、パソコンのワープロ用にデータ変換をしています。
【書院パソコン】
1970年代後半から2000年頃まで使われた、日本語ワードプロセッサ専用機の人気機種、シャープの書院とIBM PC互換32ビットパソコンを一体化した「書院パソコン」です。
当時はカラー液晶が非常に高価だったので、ディスプレイは16階調白黒液晶です。
日本語ワープロの書院がPCソフトとして内蔵されているのではなく、日本語ワードプロセッサ専用機の書院にパソコンの基盤を別に組み込んだものです。
なので、ワープロとパソコンを同時に起動してデータをやり取りをすることはできず、ワープロで作った文書を保存したらパソコンに切り替えて保存したデータを利用するという使い方になってしまい、今のマイクロソフト オフィスのようにウインドウ間でデータをコピー&ペーストして使うようなことはできませんでした。
高品位プリンタ内蔵のパソコンとして見れば、そんなに悪いものではなかったのですが、1990年代はまだワープロ専用機を利用する方が多く、ワープロとして使うのであれば専用機の方を選ぶでしょうし、パソコンとして使いたい方は、当時日本で最も普及していたNECのPC-9801シリーズを選んだでしょうから、商品としては成功したものとは言えなかったようです。
時々キワモノパソコンとしてX(旧Twitter)でも話題になるPCですが、90年代前半まではパソコンよりも、ワープロの方が家庭に普及していた時代でした。