哲学を日々修めてゆくということは、人生哲学を日々修めながら、己が人生を大道につなげてゆくということである。


 人類史における一人一人の哲人には、かけがえのない道の智慧が輝いており、これを一つ一つ発見して見性してゆくことで、己が人生の法悦が極まってゆくのである。


 どのような環境に置かれようとも、日々、倦まず弛まず、真理を修め、思索してゆけば、自ずから、法悦の言霊が、光の言霊となって生まれてゆくであろう。


 これを日々貯めてゆくことである。日々、法悦を、智慧として、自らの心の蔵に貯めてゆくことである。

 

 そして、自らが蓄えた真理の光明をもって、人々を照らし、世の中を照らしてゆこうとすることである。


 日々是好日である。日々是平常心である。日々是不動心である。

 

 どのようなことがあっても、コツコツと哲学を修め、真理を貯めてゆけば、自然に道は拓けてゆくのである。自然に大道に出てゆくのである。


 故に、光を掲げよ。さすれば、闇は消える。真理を掲げよ。さすれば、迷いは消える。大道に出でよ。さすれば、人生は安定してゆく。心は不動心に貫かれてゆく。そして、確かな智慧が刻印されて、遺ってゆくのである。


 このように、哲人の人生というものは、法灯を掲げることにこそ意義があるのである。

 

 故に、日々、人生哲学に志し、道を修めてゆけば、その徳の光明によって、自らを導きながら、さらに、多くの人々を導きつづけてゆけるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

  by 天川貴之

(JDR総合研究所・代表)

 

 


 


 人間学を修めてゆくということは、一生の課題である。人間学を倦まず弛まず修めることを通じて己が天命を知るということは、最高の自己実現なのである。


 そのようにして、自己の本分を知り、自己内奥の生命を知り、唯一無二の個性の声を知り、これを己が本性に基づいて表現してゆくことこそ、「大道に入る」ということである。


 真なる「中道」ということは、自己の本分、自己の個性的天分を自覚することでもある。それはまた、自己にとって、元々輝いている天然自然の大道に入るということでもあろう。


 日々、真理を修め、日々、自己の内奥の宝を掘り下げて、それを磨き出し、その過程において、利他的自己実現をしてゆくことこそ、天命の実現である。


 大宇宙の大道に則って、天然自然の理に則って、真理を回転させてゆくことこそ、真理の大道を歩むということであり、真理の生命につながるということであり、真理を実践してゆくということである。


 般若の智慧とは、自己内奥の宝塔より無限無数に湧出してゆく光の真理のことでもある。そうして無限に湧き出でてきた真理、叡智をもとに、日々の思索を重ね、真理の教養を積み重ね、己が人格を練ってゆくことが大切なのである。


 真なる哲学とは、自己の人生生活を真に活かすことである。そうして人生に真の悦びをもたらし、自他共に生かし、利し、天道を実現してゆくことこそが、真なる「中道」なのである。


 この「中道」の中においてこそ真なる智慧が輝き、それは、瞑想の内に、無限に湧出してゆくのである。

 

 

 

 

 

 

 

  by 天川貴之

(JDR総合研究所・代表)

 

 


 


 よくよく自分自身の置かれた地点を見つめて、その中に、いかなる真理が発見出来るかということを、常に考えてゆくことである。


 たとえ、それがどのような人生の真実であっても、決して無駄になることはない。その中から真理を発見するためにこそ、倦まず弛まず教養を積み、道を修めてゆくのである。

 

 そうすれば、人生で起こったことは、全て、宝石のように輝く真理へと昇華されてゆくのである。


 このように、人生の糧というものを積み重ねて、吸収し、実践していった時に、人生の蔵の中に数多くの徳の光明が積まれていることが分かるであろう。

 

 この徳の光明を、学徳として積んでゆくことこそ、真に人生を切り拓いてゆく要である。


 自己の人生において生じる一つ一つの物事を、真理によって道をつけてゆけば、あちらこちらにも、人生の光明が輝いて観えることであろう。


 例えば、一つの恋歌であっても、決して無駄な煩悩ではない。それは、昇華された愛の芸術である。美しい心情の結露である。このように、どのようなことにも、その奥には背景があるものなのである。


 人生を様々に洞察するためには、真理の灯明が要るのである。その真理の灯明をもって人生を照らしてゆけば、あらゆる闇は消えるのである。光の真理のみが顕われるのである。


 様々な道を修めつつ、人生を洞察してゆけば、あちらにもこちらにも光の真理が輝いているものなのである。


 故に、コツコツと真理を洞察しながら、人生に道をつけてゆけばよいのである。さすれば、自然に、徳の光の浮力によって、あなた方の人生は、天上の実在そのものとなってゆくであろう。


 徳の味わいというものは深いものである。それは、綴られた文字と共に、永遠となるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

  by 天川貴之

(JDR総合研究所・代表)