哲学を日々修めてゆくということは、人生哲学を日々修めながら、己が人生を大道につなげてゆくということである。
人類史における一人一人の哲人には、かけがえのない道の智慧が輝いており、これを一つ一つ発見して見性してゆくことで、己が人生の法悦が極まってゆくのである。
どのような環境に置かれようとも、日々、倦まず弛まず、真理を修め、思索してゆけば、自ずから、法悦の言霊が、光の言霊となって生まれてゆくであろう。
これを日々貯めてゆくことである。日々、法悦を、智慧として、自らの心の蔵に貯めてゆくことである。
そして、自らが蓄えた真理の光明をもって、人々を照らし、世の中を照らしてゆこうとすることである。
日々是好日である。日々是平常心である。日々是不動心である。
どのようなことがあっても、コツコツと哲学を修め、真理を貯めてゆけば、自然に道は拓けてゆくのである。自然に大道に出てゆくのである。
故に、光を掲げよ。さすれば、闇は消える。真理を掲げよ。さすれば、迷いは消える。大道に出でよ。さすれば、人生は安定してゆく。心は不動心に貫かれてゆく。そして、確かな智慧が刻印されて、遺ってゆくのである。
このように、哲人の人生というものは、法灯を掲げることにこそ意義があるのである。
故に、日々、人生哲学に志し、道を修めてゆけば、その徳の光明によって、自らを導きながら、さらに、多くの人々を導きつづけてゆけるのである。
by 天川貴之
(JDR総合研究所・代表)