哲学的な古典的書物であっても、或いは、宗教的な教えであっても、その他の様々な伝承であっても、何を信じ、何を疑うかの批判的判別能力、選択能力を磨いてゆくことは大切である。
疑いながら、思索と学問を積み重ねてゆく内に、真実の発見があり、発明があり、進歩があることも事実である。
ただ単に、盲信して、名前に執われるだけであるならば、或いは、権威に執われるだけであるならば、そこに学問的進歩は止まってしまうとも言えるであろう。
真に信頼すべきことの根本は、自己信頼であり、自己信頼の根本は、倦まず弛まず学問を積み、思索しつづける主体性にこそあるである。
このように、独立自尊の主体性を持ちつづけて、学問に励みつづけることこそ、大切な自我であり、その自我の奥にある所の真なる自己の実現であると言えるのである。
真理真実を押し進めて、文化文明を発展させてゆくことこそ、自己の内なる良心、理性の根本である。自らの良識というものの磨き方を、真実の学問に則って進歩向上させてゆくことこそが大切なのである。
何ものも絶対的と思わず、相対的と思い、これに対して、批判精神をもって自説を練ってゆく精神も、真なる学問、及び、哲学の要である。
何事においても、矛盾は、統一の前提である。疑問は、進歩統合の前提である。
このように、常に己が批判的判別選択能力を磨きながら、進歩向上させてゆくことこそ、学問の本質なのである。
by 天川貴之
(JDR総合研究所・代表)