小説家が綴った一冊のエッセイであっても、自らの人生経験の中において、その作家が文学で培った智慧が結晶しているものである。
文学を味わうということは、幅の広い人生の奥行きを味わうということでもある。それはまた、楽しみでもある。多くの作家の方の人生の作品に出会うということは、人生の楽しみを増やすということでもあるのである。
またそれは、人生訓としても、一人一人の作家の実人生で培った哲学であり、実人生の告白であり、実人生の文学である。このように、小説やエッセイを通して、一人一人の人生を味わってゆくと、人生を何倍も生きることが出来るのである。
作家が、自らの著書の中で、人生のエッセンスを本に抽出してあるのであるから、それを学び、糧とすることは、「善く生きる」ことにつながるのである。
美学というものは、哲学にだけあるのではない。様々な小説やエッセイの中で、様々な芸術が展開されているのである。
人生という芸術の場において、一つ一つの芸術作品を味わってゆくという営みは、実人生を善く生きるための糧を得られる生きがいとなってゆくのである。
作家が綴る活字の一行一行の中に刻印されてゆく人生の告白小説、告白エッセイは、活字の味わいと同時に、そこには思想の味わいもあるものである。
さらに、作家が綴った一行一行に詩歌を見出す人は、小説やエッセイの一行一行の中に、活字の美しさや豊かさを発見することであろう。
活字によって創造された実人生を、書物や映画などにして集大成された作品は、それに触れる多くの人々の人生を、様々な面から豊かにして、底支えするのである。
天川貴之
(JDR総合研究所・代表)