元京セラ名誉会長の稲盛和夫氏が述べられていたように、夢を実現するにあたっては、利他の心を持つことが大切である。人のため、世の中のためを念って、善き願望を持つことである。


 そのために、よくよく自らの願望の質を点検し、反省することである。何故なら、愛と利他の念いのある願望は、より素晴らしい成功をもたらし、それを持続させてゆくからである。


 その上で、その願望の実現に向けて、誰にも負けない努力を積み重ねてゆくことである。様々な周囲の情報に流されるのではなく、また、快楽に流されるのでもなく、弛みなき努力精進をしつづけて、自らの運命を創ってゆくことである。


 人生の善いことにも、悪いことにも、順境にも、逆境にも、全てに感謝して、ひたすらに善因を積んでゆくことである。周囲に振り回されず、泰然と、自分の道を、努力精進して歩みつづけ、徳を積んでゆくことである。


 「大いなる夢」を描いて、強烈な願望を持って、常に、その実現に向けて、潜在意識に到達するまで考え抜いて、誰にも負けない努力を、夢の実現、目標の達成に向けて為してゆくことである。


 「天は自ら助ける者を助ける」と云う。必ず天は、弛まぬ自助努力と、利他の心、利他の行に対して、協力して下さるのである。このように、「宇宙の法則」に則って生きることで、「宇宙の法則」が味方して下さるのである。


 大いなる夢の実現は、まさしく「愛に始まり、愛に終われ」である。これこそが、利他の王道であり、夢を実現する王道なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

    天川貴之

(JDR総合研究所・代表)

 

 


 


 様々なものすべてに意味があり、その意味の奥に、本質的真理があるのである。そのような本質的真理というものを発見してゆくのが哲学的営みである。


 故に、この地上のありとしあらゆるものは、哲学という営みによって意味を発見され、さらに、本質的真理へと高められてゆくものであると言えるのである。


 このように、人生にどんな意味があるのかということを発見することが哲学的営みである。こうした哲学がなければ、人生とは、あたかも無意味なものであるかの如く認識されるかもしれない。実際にそういう方もおられるであろう。


 しかし、私は、人生のすべてのものの中に、深い意味、深い真理を発見せざるを得ないのである。何故ならば、深く生きれば生きる程、私達の人生は、その本質的な意味を顕わし、響かせて下さるものであるからである。


 確かに、人生には、悲しみも苦しみもあろう。孤独も憂いもあろう。生老病死を始めとした苦悩もあることであろう。


 しかし、どのようなものの中にも意味を発見し、真理を発見してゆくことによって、人生のすべてを、哲学的な認識の力によって真理へと昇華し、達観することは出来るのではないだろうか。


 このように、あらゆるものの中に真理を発見する度ごとに、現象は真理となり、我々の生命は法そのものとなってゆくのである。


 故に、様々なものに意味を発見しながら、一つでも多くの発見を積み重ねてゆけばよいのである。人生の意義とは、このような真理の発見の量と質にあると言ってもよいかもしれない。


 このようにして発見された真理は、永遠の生命を持つものである。その時に、我々の人生は、生命は、はかない現象的な存在から、永遠不滅の真理となって昇華されてゆくのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

    天川貴之

(JDR総合研究所・代表)

 

 

 


 


 人間学誌「致知」のような雑誌から学ぶことも大切である。「致知」の中において、安岡正篤や森信三や中村天風などの哲人達の東洋哲学や人間学、また、儒教や老荘思想等に触れて、これを活学して、様々な徳を積んでゆくことも大切なのである。


 こうした「致知」において説かれている東洋哲学と、さらに、西洋哲学の両方が、バランスを取って融合されているような哲人であるということは、特に、新時代においては大切であろう。


 かの福澤諭吉の思想の中にも、西洋哲学・西洋思想のみではなくて、そこには東洋哲学や日本哲学もその根底に基本として流れているのである。また、大隈重信であっても、『東西文明の調和』という名著があるであろう。


 さらに、そのような哲学思想に加えて、幅広く様々な小説を読んでゆくこともまた人生の楽しみであり、人生の想像力を広げ、幅を創ってゆくことであろう。

 

 古今東西の人類の古典のみならず、幅広く小説を読む楽しみもあり、これもまた、文筆活動に活きてゆくことであろう。


 読書の楽しみと悦びは無限である。綴られて、創造された書物の数だけ、かけがえのない唯一無二の人生があり、世界があるのである。


 確かに、教養小説も大切であるが、たとえ娯楽小説であっても大切である。また、様々な作家によるエッセイも大切である。


 一人の作家が一冊の書を仕上げるのに、そこに、人生の一年以上の時間をかけて、自身の教養と才能をかけているのである。


 このように、文学の世界というものも深いし、広いのである。まさに、文章世界は無限でもある。一行一行の文章の中に、様々な光もあれば、豊かさもあるのである。


 一つ一つのストーリーの中に、無限の人生のストーリーの学びと経験があるのである。

 

 

 

 

 

 

    天川貴之

(JDR総合研究所・代表)