「自省録」というものは、様々な分野の本を読んで感化を受けたものの中から、それらに対して自ら主体的に思索して、真理を育んでゆくという営みである。
まずは、「心のノート」として、自らの心の軌跡をつづってゆくことである。己が心の想念を客観化してゆくことである。
そのようにして文章に起こすことによって、自己の問題意識を探究してゆくことである。そして、理性の言語となしてゆくことである。
日々、自らの理性の声を言葉にして、それを自分自身で確認してゆくことである。思索における主体性を持って、己が理性の声の軌跡を明確にしてゆくべきである。
人間は、日々、何かを感じて、思索しているのである。その内容を言語化して、遺してゆくことである。
さすれば、自省録そのものが、哲学として、文学として、人々の智慧の糧となることもある。また、その方が、素直な自分自身の魂の生地の言霊として、かえって、人々の心に響いてゆくこともあるのである。
故に、自分自身の魂の生地に忠実に、言葉を、思想を、紡いでゆくべきである。全ての方が、常に自分自身の言葉をこそ持つべきである。
その折に、確かにインスピレーションも自然に臨むであろう。しかし、まずは、自分自身が何を感じ、何を考えてゆくかということが大切なのである。それでこそ、インスピレーションもまた活きるのである。
何よりも、まず自分自身が何を感じ、何を考えるかということをこそ言語化して、それを人々に伝えるということが大切なのである。
天川貴之
(JDR総合研究所・代表)