コラム・インテリジェンス -29ページ目

コラム・インテリジェンス

透き通るような心が…ほしい…。

長年、お世話になった読者のかた数名に、

日頃、僕の身の回りのお世話を

していただいている方々に

使用していただいている

コラム・インテリジェンスのロゴ入り

ボールペン(ジェットストリーム3色)、

ポロシャツ(ユニセックス/要サイズ明記)、

スポーツタオル(今治)、

折り畳める保冷バッグ(エコバッグ仕様)等々を、

先着順にてプレゼントしたいと思います。

 

ご希望の品(複数選択可)を明記のうえ、

贈答先(ご自宅、コンビニ受取、郵便局留め)を

ご指定頂ければ随時発送いたします。

アタリマエに送料含め代金は一切不要です。

 

ただし、当コラムへの読者登録済みのかたで、

尚且、双方の安全性確保のため、

双方匿名で品物をお送りするには、

クロネコヤマトの匿名希望サービスを

利用する以外の方法が見つかりませんでした。

 

そして当該サービスを利用するには、

当コラムの「LINE友だち追加」を

タップしていただく必要もあるそうです。

 

僕の本意ではないのですが、

僕自身「公式LINE」なるものも

よくわかりませんが、僕自身が絶大なる信頼を

おいている事情通?によれば、

この方法がベストであるそうです。

また、お申込み時のLINEには、

アメーバ・ブログでのハンドル・ネームを

御記載ください。

何卒、宜しくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友だち追加

そもそも、ニュースとは、

「鮮度と同時に

多くの人々が関心をもつ事象」

であるとするならば、

 

現行の有様は、さほどの鮮度も

認められず、ましてや、多くの人々が

関心をもっているのかどうかさえ、

危うい状況にあるのかとも思われます。

 

これは良いことなのか悪いことなのか

などの議論はともかく、少なくとも、

マスメディア全体の、マスメディアに

関わる人々全体の質が低下しているということは、

まったく疑いの余地もないほどの劣化率

であるような気もしないでもないのです。

 

国民全体のクォーリティーが低下すれば、

ニュースのクォーリティーも劣化する。

 

ニュースの劣化はそのまま

国民全体のレベルの低下を表象してしまう

といっても過言ではないのか過言であるのか、

そもそも、このコラムの劣化低下は

すっかりすっきり棚に上げてのお話

ということになるのかも知れません。

 

「最も貴重で一番頼りになるのは、不幸にあるとき役に立ち、助けとなる言葉であるといわれているが、それは友人にもあてはまる。」

(プルタルコス「モラリア」)

 

自分が、不幸にある友人に対して、

最も貴重で一番頼りになる言葉を、

プレゼントできる人間であるのか。

 

そこを目指すことに切磋琢磨、

努力研鑽することで、各年代において、

確実にそれなりの友人ができるということは、

僕の超拙い経験上においても

不思議と確信にちかいものを

得られているようにも考えられます。

 

自己磨き、自己向上への努力と研鑽ありきで、

そのレベルとそのスキルに見合った友人は

得ることも可能であり、自己研鑽なき者は、

それなりの友人ともよべぬような知人どまりの

人間関係しか構築できぬものとも

思われなくもないのです。

 

「立派な人は、自分自身にかかわるのと同じ仕方で、友にもかかわる。なぜなら、友とは、別の自己でもあるのだから。」

(アリストテレス「ニコマコス倫理学」)

 

現代社会を見回してみれば、

街中の群衆を見回してみても、

しっかりとした友人関係、

きちっとした人間関係を築けている人は、

少ないようにも思われます。

 

これはそもそも自己研鑽が中途半端であるため、

その人間関係もそれなりにペラペラと薄い、

中途半端な知人だけに留まってしまっているから

であるとも考えられなくもないのです。

 

友人知人集団の雰囲気、様子、

友人知人関係の雰囲気、様子を観察すれば、

その人のおおよその人格、品格、知性レベルが

判明してしまうような気さえ

しないでもないのです。

 

「それというのも、はかない夢の出てくる門は二つあって、一方は角張って刺々しく、一方は磨き上げた美しい象牙でできている。磨き切って美しくも優しい象牙でできた門を通って出て来た夢は、実現せぬ有様と甘い言葉で、人を欺くが、角々しくも整えた門を出てきた夢は、人が夢を見た時に、それを事実として実現させる。」

(ホメロス「オデッセイア」)

 

苦しく辛い、

孤独で耐えがたい努力と研鑽の道を

歩んで出て来た人間の夢と希望は、

素晴らしい友とともに実現するが、

 

生ぬるく心地良い、気楽で楽しい道を

歩んで出て来たような人間の夢は、

儚くも欺き、低能な友たちとともに、

破局と苦悩と不幸への道へと

導いていく、ということでも

あるのかも知れません。

横道から急に飛び出してくるような人、

歩きたばこ、運転中のスマホ等々、

人間として最低限度の

ルールさえ守れない人は、

 

犯罪者でなくても、

老若男女を問わずに、

 

N3分類とやらに該当するのかも知れない、

ということに気づかされたような気も

しないでもないのです。

 

「N3(類型)とは、対人関係が稚拙で、非社会的な行動傾向にある少年の分類のこと。能力的には、平均と障害の間にある『境界知能』に該当する。」

 

「境界知能」の非行少年増加

── TBS news Dig ──

https://newsdig.tbs.co.jp/

 

当該情報によれば、いまや日本人の

7人に1人といわれるこの

境界知能N3類型の人々と

それ以外の人々の関係がギクシャク

しているのかとも考えられます。

 

7人の内6人が

足を投げ出してなどいないのに、

7人に1人くらいの割合で、

足を投げ出している人がいる。

 

7人の内1人くらいが、

マトモな挨拶もできない

というのが現実で、たまたま

7人のうちの1人に遭遇してしまった人々が、

社会に対して不満足を訴えるのも同情とともに

賛意をもしめしたくなるような気も

しないでもないのです。

 

「友情の力は徳と同じで、ほとんど不可能とされることでも解決することができる。」

(カルキディウス「書簡」京都大学学術出版会)

 

相手がどう思っていたのかは知らないけど、

僕が彼または彼女に友情を感じていた場合、

ほとんど不可能とされたことでも

可能としてきた経験は多々あります。

 

友情も恋愛と同じで、愛されることよりも、

愛することで奉仕という得徳感、

達成感も至福も得られるような

気もしないでもないのです。

 

「忌憚(きたん)ない物言いをするのを遠慮して尻込みしてしまうような人物は、正しい心をもつ人々のあいだで真の友人とは認められない。」

(ポリュピオス「歴史」京都大学学術出版会)

 

そこまでの概念であるとは

考えませんけど、

忌憚(きたん)ないつまりは

遠慮のない意見を

聞かせてくれない人は、

正しい心をもつ人々つまりは

友好的であろうとする人あるいは

なんの魂胆もなく、むしろ美徳から、

友好というまごころを

差し出そうとしている人々からみれば、

なんとも残念な人である、と、

悲嘆させられる人である、と、

見捨てられても文句はいえない、と

いうことであるのかも知れません。

 

「友人になってもらうと同時に追従者になってもらうことはできない。」

(プルタルコス「ポキオン/英雄伝」)

 

真の友情には追従してはならない

という掟もあるのかも知れません。

 

友人、知人には、僕と違う意見を

想起してもらいたい。

 

友人、知人は、僕の述べる提起する案件に、

僕とは違う視点で物申すというスタンスで

立ちはだかって頂きたい。

 

そうでないと、僕にとっての友人、知人の

価値が、真価が、損なわれてしまうようにも

思われなくもないのです。

 

人は一人では生きていけない。だからこそ、

友人、知人には、もう一人の僕として、

一人の僕より二人の僕として、

違った視点、論点を見出してほしいとも

考えているような気もしないでもないのです。

 

追従する人は、

こちらのポジションと力が変化すれば、

追従する人の友愛度までも変化する。

 

「逆境にある人間に友だちなどは存在しない。」

(エウリピデス「ヘラクレス」)