ただ生きる/エティカ 4 | コラム・インテリジェンス

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透き通るような…心が…ほしい

余命宣告を

2、3か月~9,10か月と

伝えられていなかったら、

 

極端な体調の低下も、

なんでだろうなどと

気になっていたのかも知れませんが、

 

宣告を受けていたおかげで、

体調が悪いのもアタリマエ、

 

なんでだろうもなにもなく、

多くの物事も極々アタリマエとして

とらえることができるようになっているような

気もしないでもないのです。

 

「『よく生きる』ことにはけっして還元されてはならない『ただ生きること』を歓待するために、〈非在〉のエティカ(倫理)の在り処を何度でも想い描くことをこころみたいと思う。」

(〈非在〉のエティカ/東京大学出版会)

 

「よく生きる」ことを目指せば

肩っ苦しく重たくなります。

 

「ただ生きること」を思考すれば、

心は軽く前向きな姿勢になれる

ような気もしないでもないのです。

 

「人は弱いときにはじめて本当の強さを得る」

(〈非在〉のエティカ/東京大学出版会)

 

僕は持病とガンで体がボロボロとなり、

心筋梗塞により呼吸も苦しく、

脳動脈瘤と脳梗塞からは頭痛を余儀なくされて、

 

はじめて感謝の気持ちと謙遜こそが、

自分の心を落ち着かせる

最大のアイテムとなることに気づかされました。

 

傲慢・わがまま・唯我独尊などと

形容されてきた僕にとっては、

 

感謝と謙遜は真逆の心象ではありますが、

なるべく、できるかぎり、

この気持ちを持ち続けたいと思っています。

 

感謝と謙遜を抱き続けると、

不思議に、心が安らぎ、

なによりも自分を清浄化できるような

気もしないでもないのです。

 

自分の心の平安、清浄、清廉潔白こそ、

僕が常に目指してきたものであり、

それが最強であると気づかされた

余命宣告は、僕にとっては、

ありがたいものであったようにも

思われなくもないのです。

 

「ひとの生きるさまをみて、その生きざまから、みずからの生き方の指標をつくる。」

(〈非在〉のエティカ/東京大学出版会)

 

哲学の定義についての一案です。

生涯で直接会える人の人数は限られています。

しかしながら賢人本人の著作を読んでいけば、

多くの賢人との出会いがそこにうまれ、

その多岐にわたる生きざまから、

みずからのチョイスの数も幅も拡がり、

多くの視野、広い視野で、

みずからの生き方の指標をつくることが

可能となるのかも知れません。

 

「あるいはそれによってみずからの生に新たな目覚めが生まれ、智慧が授けられてゆくのを待つ。」

(〈非在〉のエティカ/東京大学出版会)

 

哲学とは、賢人の著作を読み漁り、

社会の裏表も経験しまくり、

それらによって自らの生の、

新たな指標が更新され続け、

やがては叡智が授けられることを

信じて疑わないということのような

気もしないでもないのです。