フェミニズム14 | コラム・インテリジェンス

コラム・インテリジェンス

透き通るような心が…ほしい…。

 大学病院の主治医が女医、

 歯科医が女医で担当ケアマネも女性、

 デイリハの担当も女性理学療法士、

 

 女性の社会進出を実感、

 女性にこれだけお世話になっていれば、

 ファミニズムに関心を抱くのは

 アタリマエといえばアタリマエのことのようです。

 

 フランス前期フェミニズム

 ジョルジュ・サンド

 

 フランス中期フェミニズム

 ボーヴォワール

 

「恋とは、われわれの魂の最も純粋な部分が

未知のものに向かっていだく聖なる憧れである」

(ジョルジュ・サンド「薔薇色の雲」)                                              

 

「ジョルジュ・サンド ショパン~マルクス」

https://ameblo.jp/column-antithesis/entry-12534122209.html

 

「フロイトが明らかにしたとおり、〈正常な〉性活動なるものは存在しない。性活動は常に〈倒錯的〉なのである。」

(「老い」シモーヌ・ド・ボーヴォワール)

 

「ボーヴォワール19」

https://ameblo.jp/column-antithesis/entry-12636859566.html

 

 二人の思想の根底には、

 プラトンによるディオティマの教えが

 共通して流れているということに着目すべきであるようです。

 

「知の豊富な者が知の貧しき者に知を分け与えること、

それが性交であり美でありイデアとなる。」

(神託伝道主・巫女ディオティマ「饗宴」プラトン)

 

「アウレリウスの独り言 35」

https://ameblo.jp/column-antithesis/entry-12561424255.html

 

 それでもフェミニズムの平等思想は実現していない。

 

「次世代にジェンダーを再生産するという点で、家族はジェンダーの核心である。

 これまでみてきたように、わたしたちの社会で典型的な家族生活は、女性にとっても子どもにとっても正義に適っていない。」

(「正義・ジェンダー・家族」スーザン・M・オーキン)

 

 現代社会においての

 家族という概念自体を

 見直さなければいけない時期に

 差し掛かっているようにも思われます。

 

 真の資本主義を実践しながら、

 真の正義も守り抜こうとするのなら、

 

 現在の僕が置かれているような家族、

 つまりは夫婦でも親子でもない家族形態、

 

 介護するパーソンと

 介護されるパーソン。

 

 両者が極めて資本主義的に結び付いてはいるけれど、

 そこに愛も性も快楽も、思いやりも慈しみも

 力関係さえ存在する構造をもつ家族的形態。

 

 しかも、その構造的合理性により、

 介護されるパーソンは僕一人ですけど、

 介護するパーソンは数名という融通性、

 

 この新しい形態こそ、

 新しい家族形態であり、

 現時点で僕なりに可能な、

 正義・ジェンダー・家族の実践であるとも

 納得できるようにも思われます。