ボーヴォワール19 | コラム・インテリジェンス

コラム・インテリジェンス

透き通るような…心が…ほしい

「フロイトが明らかにしたとおり、〈正常な〉性活動なるものは存在しない。性活動は常に〈倒錯的〉なのである。」

(「老い」シモーヌ・ド・ボーヴォワール)

 

そもそもに、〈正常な〉精神とは?

なにが正常でなにが尋常ではないのでしょう?

 

ソローによると19世紀に産業革命が浸透し始めると、

それまで蒸気機関車などは見たことも聞いたこともなかった農民たちの中には、それまでのどかであった自分たちの田園風景を横切る車両騒音と煙によって、精神に異常をきたす者が続出したそうです。

 

「この鉄の馬は、雷鳴のような鼻息をあらゆる丘にこだまさせ、四肢で地面を揺るがせ、鼻孔から火と煙を吐き出すのです」

(「ウォールデン 森の生活」ヘンリー・D・ソロー)

 

「ソロー 23」

https://ameblo.jp/column-antithesis/entry-12507736679.html

 

騒音によって精神に異常をきたしてしまう人々が尋常ではなく、

騒音に慣れてしまい何も感じなくなった人々が正常であるなどと

どうしていえるのでしょう。

 

我々はもはや正常な人類ですらなく、そのことに気づきもしない

愚かで尋常でもなく、醜い生命体へと変容してしまっているのかも知れません。

 

「性と生命力と活動とは不可分に結合しているのであるから、リピドー(性的欲望)の消滅という欠落は他の欠落をもたらす。

 欲望が消滅すると、ときとして心情そのものまで鈍化する。」

(「老い」シモーヌ・ド・ボーヴォワール)

 

はたしてそうなのでしょうか。

僕はリピドーの減少は多少実感しても許されるけど、未だ消滅という状態には陥った経験がないので何とも言えません。

 

が、リピドーの減少を実感しても、他の活動とか感性、心情等々をも減少しているとは思えないのです。

 

いや、むしろリピドーの減少が、鷹揚力、知的探究欲、行動活動意欲を増幅させているような気もしないでもないのです。

 

「女性は男性と比較して、加齢と老いによるリピドー(性的欲望)の減少は見られないが、

 年取った男性が性的関係を持つ相手を見つけられるほどには、年取った女性は、その相手が見つかり難くなっていくという現実がある。

 しかしながら女性の場合は性衝動も減少しているのではなく、抑圧されているだけであるということは病理学が示してくれる。

 加齢と老いに立ち向かう多くの女性にとって、この欲求不満は苦悩である。

 なぜなら、彼女たちはいぜんとしてリピドー(性的欲望)に悩ませれているからなのであある。

 彼女たちはふつう若いころからの習慣となっている手淫によって欲望をしずめる。

 その手法はじつに様々であるが、ある婦人科医が私に語ったところによると、日夜この習慣に浸っている70歳の婦人は、なんとかそれを治療してほしいと彼に懇願したという。」

(「老い」シモーヌ・ド・ボーヴォワール)

 

個々の女性たちがかかえている苦悩は様々であるけど、その苦悩のいくつかは病理学的に、生理学的に、自然科学的に観れば、苦悩すべきことでもないという事実が解消してくれるのかも知れません。

 

なので老婦人の苦悩も婦人科医からみれば、苦悩するようなものではなく、むしろそのことに苦悩すること自体が彼女の苦悩を引き起こしているだけであるということになってしまうようです。