「キャッチ22」に主演のアラン・アーキンは、
この数年、重鎮の老優としてひっぱりだこ。



ノーマン・ジュイソン監督の「アメリカ上陸作戦」の主演で
いきなりオスカー候補となる華々しい映画デビュー、


■The Russians Are Coming, the Russians Are Coming(1967)

てっきり喜劇系の人だと思っていたら、
オードリー・へプバーンの「暗くなるまで待って」では
気色の悪い粘着質の男を難なくこなし、


■Wait Until Dark(1967)

胸が苦しくなるほど切ない「愛すれど心さびしく」でも主演。
聾唖者のシリアスな胸に迫る芝居でまたもやオスカー候補。


■The Heart Is a Lonely Hunter(1968)

その変幻自在な演技派ぶりには驚かされる。

ただ、僕の印象は“無表情”で“地味”。



おそらくはその無表情が買われて主演したのが
バッド・ヨーキン監督版の「クルーゾー警部」。


■Glengarry Glen Ross(1992)

いつしか凡俗な作品の脇をつとめるようになったが、
ヅラをはずして一瞬驚かされたのが、
アル・パチーノ、ジャック・レモン主演の秀作「摩天楼を夢みて」、
ボヤキの多い、不動産会社のダレた営業マンのひとり。



このあたりから、また無表情を生かした演技派の持ち味を
ハゲ頭のまんまでジワジワと見せ始めて、



「リトル・ミス・サンシャイン」の口の悪いエロじじい役で、
見事オスカーの助演男優賞を獲得した。



脚本を読んで一発で気に入ったアラン・アーキンが、
「25ページ読むまでコメディとは気付かなかった」
と、監督に伝えたという、
スイスイスラスラと流れるようなテンポを持つシナリオは
超一級のセリフ劇として脚本賞まで獲得した。

これはもう絶品!!







●Little Miss Sunshine(2006・アメリカ)
監督:ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス

脚本:マイケル・アーント
音楽:マイケル・ダナ♪







・これは、今の僕のオールタイムベストで言うと、
ベスト3には入れておきたい1本。



ストーリーは、一言で言うなら他愛もない。
アリゾナに住む家族が、娘のために
一路カリフォルニアのミスコン会場へと向かうロードムービー。



ところがこの作品、どこにでもありそうな
ただのファミリーコメディなどではない。



どこかで心はすれ違っているし、
今ひとつまとまりのない間の悪い家族が、
たたみ掛けるような至難災厄に見舞われながら
必死の思いでオンボロワンボックスで旅する姿には
思わず泣き笑いさせられる。




旅する6人は…



自著の勝ち馬と負け犬の論理を説く「9段階プログラム」の
版権売却に人生を賭けている父親(グレッグ・キニア)



殺伐とした家族全員に気を配り、何とかバランスをとろうと
母の奥行きと妻の強さで立ち回る母親(トニー・コレット)



その息子、ニーチェ信者で空軍のテストパイロットになれるまで
誰とも口をきかないと誓い、すべてを筆談でこなす青年
(ポール・ダノ)



その妹がこの映画のヒロインでもあるミスコングランプリを夢見る
おデブな娘っ子(アビゲイル・ブレスリン)

母親の兄で、失恋の果てに自殺未遂を図り、失意のどん底にいる
ゲイのプルースト学者(スティーヴ・カレル)

もうひとりが、


俺はナチスと戦ったんだ!と豪語するアラン・アーキン扮する
麻薬依存症で、老人ホームから追放された問題ありのエロじいちゃん。



映画のプロットがおもしろい。



家の食卓、車の中と狭い空間での芝居が続く序盤から中盤、
動きの少ないシチュエーションをあえて選んでいるのに、
観る側がグイグイ引っ張られてしまうのは、
この6人のアンサンブル演技と、
軽妙なセリフをちりばめたシナリオのなせる技。



父親が何かにつけて口にする自己啓発プログラムの主題が
「人間には2種類の人間がいる。勝ち馬と負け犬だ」



実はこの何度も繰り返される“負け犬”というのが、
ストーリーのキーワード。



じいちゃんがミスコンに対して不安を抱いた孫娘に言う。
「負け犬ってぇのは、負けるのが怖くて、
最初っから何もやらないヤツのことだ」



かくして、
予測不可能な負け犬スレスレの家族たちの戦いが
胸を熱くさせながら展開する。



ここにあるのは、

ぶつかったアクシデント、ぶつけられた言葉に
家族ならではの気詰まりを抱えながらも、
苦し紛れだろうがなんだろうが、恥も外聞もなく
前向きに立ち向かおうとする大人と子供の姿であり、



いざという瞬間には、誰からともなく
間髪入れず気遣いの言葉をかけるという、
家族だからこその熱い情けをふるまい合うやさしき姿である。



そもそも間の悪さは人の常であり、この家族に限った事ではない。

誰しもその気を持ち合わせていながら、
口に出来ないがために後悔すること、
行動に出来ないがために後悔することはある。

むしろそちらの方が多いんじゃなかろうか?




そんなささやかな勇気を奮う呼吸を、
笑いの中にサラリと描いて見せた最高の1本。









★★★★★

採点基準:…5個が最高位でマーキングしています。…はの1/2です。





























・近所のMOVIXで先行ロードショーをやっていると息子が言うので
早速、第1作に引き続き一緒に観に行きました。



これはやっぱスゴいですネ、
かねてより、こと映画においては
アナログ至上主義を唱えるパイルでございますが、ハロウィン
ここまでの完成度になってくると、
VFX映画のもたらす“インパクト”は、やはり別物。



何度も絶賛してきたWETAスタジオの生みだすクオリティは
やはり世界一!顧客満足度ナンバーワン!



これぞ、まさに新世紀。






●Dawn of the Planet of the Apes(2014・アメリカ)
監督:マット・リーヴス
脚本:マーク・ホンバック リック・ジャッファ アマンダ・シルヴァー
音楽:マイケル・ジアッキーノ♪








・前作「猿の惑星:ジェネシス(創世記)」でキーワードとなっていた
裏切ったりしないという意味の“TRUST ME”の一語が
本作でも有効な形で使われている。



今回、頻繁に使われる言葉が“WAR”、
厄介なキーワードが追加されたわけだ。
しかしながら、これが物語をわかりやすくしていて
大きな指針となっている。



開巻と同時に展開する強烈なハンティングシーンが
前作の開巻部分に呼応していて、



人間が動物を狩るという図式から
猿が動物を狩るという図式になっているところが
今回のストーリーラインを如実に物語っている。



そして、ドラマの中心は
そんな猿社会のリーダーとなるシーザー(アンディ・サーキス)、
彼が作り上げた猿だけの社会と、
ウイルスにより死滅寸前の人間社会で生き残った
僅かな人間たち。



本作はある意味、地上で生きる者たちの縄張り争いの
ドラマとも言える。



それは、共存を説き、和平を口にしても、
一触即発の危機感を孕み、
僅かなほころびからたちどころに崩壊を招き、



そして、一滴の血が流れようものなら断絶を生み、
火蓋を切る報復の嵐は、容赦なく、醜い。





社会と言っても、
猿たちが山奥深い森林地帯に作った社会は
システムとして機能するルールがあるわけではなく、
まだ出来たてホヤホヤの原始的な独裁国家でしかない。



規則による統治が甘い社会であれば、
当然のように発生するのが、権力を求める輩の覇権闘争、
ここでは革命を引き起こす反乱分子の構造を
コバ(トビー・ケベル)という、不埒なひねくれ者の猿の
行動によって巧く描いている。



最初は見分けがつかなかったチンパンジーたちの風体が、
どんどん個々のキャラクターとして際立って行き、
最後は立ち姿ひとつで見分けられるようになってくる。



前作との違いは、笑顔に代表される五感の細やかな表情が
加味されているところ。

対する生き残った人間側を演じるのは、



「ホワイトハウス・ダウン」では悪役を演じていた
ジェイソン・クラークが、猿とのコネクターとして立ち回る
心ある人物を演じる。



息子役は、成長しすぎて一瞬気付かなかったが、
秀編「ザ・ロード」でも息子役だったコディ・スミット・マクフィー。



ジェイソン・クラークの恋人として登場するケリー・ラッセルは
好意的な視点で猿にも接する女性、
猿軍団とゴツイ男らばかりのこの作品に華を添える。

この人、なつかしやTVシリーズ「フェリシティの青春」のヒロイン、
イイ感じで齢を重ねてきましたナ。

そして



人間コミュニティのリーダーとして、
事態の悪化を防止するべく、インフラ整備に武力行使にと
忙しく動き回る人物がゲイリー・オールドマン。


善悪両面こなせるクセモノ俳優だけに、
最後までどっちに転ぶかわからないオーラを出し続ける。



舞台はサンフランシスコの一部に限定されているが、
そうとは思えないほど、
猿と人間双方のコミュニティにはメリハリがあって、
地球全体の縮図をイメージさせる。



オリジナルタイトルにある
「DAWN OF THE~」は、事の始動を指していて、
前作の「RISE OF THE~」が起源であるとすれば、
ドラマは始まったばかりである。



どう引き継がれていくのかは、旧作シリーズをなぞらえると
いくつかの予測が立つのだが、
今作では“家族”という、新たな味覚を織り込んだ。



父がいて、兄がいて弟がいて…
この流れからも
猿によるゴッドファーザー並みの大河ドラマとして
まだまだ紆余曲折が待ち受けていることは間違いない。



ぜひとも完結編まで、
このテンションでたどり着いてほしいシリーズ。












★★★★

採点基準:…5個が最高位でマーキングしています。…はの1/2です。
























・カンヌ審査員特別賞を獲得した「パパ/ずれてるゥ!」で
冴えない父親を演じたのはバック・ヘンリー。
俳優としてよりも脚本家として有名な人。



脚本作を中心に俳優業、
あるいはプロデュース、監督までこなす多芸多才な人物。



「卒業」の脚本で注目されて、マイク・ニコルズ監督と意気投合、
ベストセラーとなったジョセフ・へラーのブラックユーモア小説
「キャッチ22」の脚本に参加し、映画化を成功させた。



悲喜入り乱れた複雑でややこしい展開の風刺劇で、
当時、映画化困難な小説と言われていた「キャッチ22」を、
巧みな映像化へと導いた功労者でもある。

しかもこの作品、フロントインジェクション以外、
CGを全く使っていないのがスゴイ。



その「キャッチ22」は、
同時期の戦争風刺劇「M★A★S★H」とよく比較されて、
コメディという表記をよく見かけるが、これは大間違い。



ロバート・アルトマンのPOPな才気が炸裂した軍隊乱痴気騒ぎの
「M★A★S★H」とは、まったくポイントが異なる。



同じ軍隊風刺でも、テーマはもっとシリアスなところにあって、
戦場を舞台に、“常軌を逸する”ということが何なのかを、
どこまでもエスカレートさせて、兵士たちのさまざまな精神崩壊を描く。



この作品は、
チョッと衝撃度の高い内臓ボロリの目を背けたくなるシーンはあるし、
一瞬目を疑う、ボディチョッパーの切株ホラー並みの強烈シーンも登場する。

どっちかと言うと、
お笑い薄めのクレージーなヒューマンドラマと言い切ってしまいたい。



こんな浮き沈みの激しいストーリーに、娯楽の要素も詰め込み、
危険な独特のスパイスを効かせたバック・ヘンリーの叡智には
恐れ入る。



時間軸をバラバラにした構成や、
シニカルな幻夢がインサートされる展開は、
カート・ヴォネガット・Jrの「スローターハウス5」の
世界観に近い。








●CATCH-22(1970・アメリカ)
監督:マイク・ニコルズ
原作:ジョセフ・へラー 脚本:バック・ヘンリー
撮影:デヴィッド・ワトキン






・黒字に白抜きというシンプルなタイトルロールに
スタッフ、キャストの名前が出て、その真っ暗な画面に
時折、遠くで吠える犬の鳴き声や鳥のさえずりが
聴こえる…。



うっすらと島の稜線が浮かび、
いきなり轟々と唸る爆撃機のエンジン音が響き始める…



闇の静寂から覚めていくような流れのオープニングは、
狂気のドラマの混沌を物語る異様な迫力に満ちている。



「キャッチ22」は、
アメリカ軍の爆撃機が群舞する航空基地を舞台に
いつ終わるとも知れぬ出撃兵士たちの苦渋とジレンマを
ブラックな薄笑いの中で見せる異色作。



一刻も早く軍隊から逃げ出したいというストレスだらけの
ヨサリアン(アラン・アーキン)という爆撃手を中心に、



出撃を繰り返す辛苦を共有する同僚の兵士たちから、
ミリタリズムまみれの軍隊に巣食う戦争中毒症の連中まで、
軍隊に弄ばれる者たちの群像劇が繰り広げられる。



当時としてはかなりのオールスターキャストで、
バラエティにとんだ俳優がズラリと顔を揃える。



作品を語るより、この多彩な顔触れを見れば
いかにも、ややこしい映画の一端を
感じてもらえるはずだ。

圧倒的な存在感の、職業軍人の連隊長
マーチン・バルサム


その腰巾着で権威主義の申し子みたいな副官
バック・ヘンリー


軍事物資を利用して闇のブローカーとして
ビジネスを画策する中尉、ジョン・ヴォイト


間の悪そうな皮肉屋の作戦将校
リチャード・ベンジャミン


まともそうに見えて気の小さい従軍牧師
アンソニー・パーキンス


軍規の中に存在する“キャッチ22”の意味を説明する軍医
ジャック・ギルフォード


イタリアの娼婦と恋仲になるヨサリアンの同僚兵士
アーサー・ガーファンクル


彼に人生を説く老人が
名優マルセル・ダリオ


無愛想な巨漢の将軍、
オーソン・ウエルズ


将軍の秘書らしきセクシー将校
スザンヌ・ベントン



他にも

真面目で気のいい爆撃手、マーティン・シーン


何度撃墜されても生き残ってきたボブ・バラバン


夜間外出許可にこだわる爆撃手、チャールズ・グローディン


野戦病院の癒し専門看護婦、ポーラ・プレンティス


最前線に出たことのない少佐、ボブ・ニューハート


将軍にバカ呼ばわりされる娘婿、オースティン・ペンドルトン


激務ですっかりイカレてしまう操縦士、ピーター・ボナーツ


能天気な軍曹、ノーマン・フェル


…といった、芸達者なクセモノたちが
華麗なアンサンブルを繰り広げる。





いきなり主人公がナイフで刺されるという出だしからして、
そこで起こっていることは尋常ではない。



さて、タイトルのキャッチ22というのは何の事か?
これが、ストーリーのキーワードになっていて、



「頭がおかしい人間に、自分が正気かどうかなんてわからない。
自分が狂っているとわかるうちは正気だ」

という、頭の方で登場する軍医のセリフにあるように



軍隊が疑問を抱き、逃走を意識し始める兵士たちに
絶対服従を強いるために準備した
ヘリクツまがいの都合のいいルールの事である。



反戦以上に、そんな反体制の落とし穴を具体的に描いて見せた
奇妙奇天烈で思いもよらずヘビーな作品。

この独特な世界観は、好き嫌いがハッキリ分かれると思う。
それでいいんだ、
という監督マイク・ニコルズの確固たるスタンスは嬉しい。






★★★

採点基準:…5個が最高位でマーキングしています。…はの1/2です。






















・娘が失踪、行方不明、誘拐というモチーフから始まる作品は
ホラーやミステリー小説まで合わせると、欧米には数多くある。
息子のケースが少ないのも特徴。

消えるとなると、女性の方が緊迫感が増すからかも知れない。



「ロリマドンナ戦争」はその中では異色中の異色で、
偶然が生んだ勘違いをベースにドラマが動き出した。



ただ人が消える事態は危険水域に達しているために、
シリアスタッチで描かれるのがフツーだと思うが、



そこにシニカルな笑いを交えて見せた傑作に
「パパ/ずれてるゥ!」がある。

しかし、この邦題はひど過ぎますネ~ハロウィン


■MILOS FORMAN

「ブロンドの恋」というブラックコメディが認められて、
政情不和のチェコから渡米したミロス・フォアマン監督の
アメリカデビュー作。



この監督、
「カッコーの巣の上で」と「アマデウス」という
大ヒット舞台劇の映画化を2本も成功させて、
すっかり巨匠としてまつり上げられているが、



元々持っていた映像的なセンスの良さと
繊細な視点ゆえに生まれる冷めたスラップスティックが
凡百の映像作家との大きな違いなのに、
アメリカでは別人格みたいになってしまった感がある。



唯一、異彩を放ったのが、
ヒッピーと呼ばれる若者たちが、ひとつの文化を
生みだしていた70年代のアメリカが舞台の本作。








●Taking Off(1971・アメリカ)
監督:ミロス・フォアマン
脚本:ジョン・ガーレ ジャン・クロード・カリール
   ジョン・クライン &ミロス・フォアマン






・開巻と共に始まる歌手のオーディション風景が
リアルに70年代初頭の雑駁の時代を切り取りつつ、
一気に流れる映像と音楽の圧巻のセンスに
思わず見入ってしまう。



この導入部で勝負あったと言ってもいい。





ミュージックプロモ編集のひとつのスタイルが
完成度の高い形で既にこの時代に作られていたわけで、
しかも、その映像には思わずニッコリさせられる。



あらゆるPVで見てきた映像の原点、
そして「アナ雪」の原点ここにありである。



余談ながら、



なんとも似ていると思いきや、キャシー・べイツが
オーディション参加者のひとりとして歌っている。
プロフィールを調べたら、役名Bobo Bates、
これがエキストラ風ながら映画デビュー作らしい。



もうひとり、オーディション参加者として
実名で呼ばれるのが「サスペリア」の
ジェシカ・ハーパー。
こちらも映画デビュー作。





大御所ティナ・ターナーもクラブ歌手として登場する。
当時は、アイク&ティナ・ターナーで売り出し中の頃で
Goodbye So Longを披露。



既製のスコアをふんだんに盛り込んで、
トニー・ベネットやサミー・デイビス・ジュニアも
カバーした名曲♪Stranger in Paradiseが、
とんでもない形で、笑えるほどうまく使われている。



ま、こーやってなかなか本題に入れないくらい、
フォアマン監督のつかみと音楽を多用した感覚は絶品。




で、「パパ/ずれてるゥ!」は、
先記の通り、ティーンの娘の家出騒動を軸に、
親たちがズルズルのズブズブになる姿を
軽妙にスケッチしていくストーリー。



とはいえ、
スタイルのない変テコな映画である。



おおよそ緊張感のない流れの中で、
あらゆるギャップに翻弄される大人たちの気抜けな姿。



時代と人とのギャップ、親と子のギャップ、
世代間のギャップ、人と人とのギャップ、
引いては観客と映画のギャップをも誘発する
フォアマン流レトリックにあっさりやられる。



素人のインスタント俳優と地味目の俳優陣の
思いがけないコラボがイイ。
アマとプロが創り出す空々しい間合いが笑いを生む。



原題の「Taking Off」は、
一般的には「離陸する」ことを意味しているが、
ここでは、
ひねりを利かせて服を脱ぐ時に使う「take off」の
意味もうまくカブせている。

異国の賢者ミロス・フォアマンの本来の才気に触れられる
貴重な作品。









★★★★

採点基準:…5個が最高位でマーキングしています。…はの1/2です。

























・「ハードコアの夜」のHARDCOREは
映画の中に出てくる成人用ポルノ映画のことで、
よく使われるのが「×××」いわゆるトリプルXの表示。

古くは「キス・キス・キス」というラブリーな意味もあって、
手紙の末尾に使われる記号のひとつ。



この怪しげな暗号がそのままタイトルとして使われていたのが、
「ハードコアの夜」で気のいい娼婦を好演した
シーズン・ヒューブリーがヒロインを演じた「ロリマドンナ戦争」。
(原題「The Lolly-Madonna War ×××」)



この映画、小娘が失踪するというよりも、
嘘から出たまことみたいな展開で、
いないはずの小娘がいたことから厄介事に拍車が掛かって行く。


■JEFF BRIDGES

ロリマドンナという可愛い名前の娘から届いた
1枚のラブレターから、
ややこしいことになっていく顛末を描く
アメリカ中西部の片田舎を舞台にしたドラマ。




まるでコメディのような展開に聞こえるかも知れないが、
さにあらず、
タイトルにあるようにシリアスな「WAR」が展開する。

観た人誰もが面喰らうような
とんでもない野生のインパクトを放つ1本。








●The Lolly-Madonna War ××× (1973・アメリカ)
監督:リチャード・C・サラフィアン
原作:スー・グラフトン 同名小説
脚本:ロドニー・カースミス スー・グラフトン
音楽:フレッド・マーロウ♪




※この映画、ソフトそのものが無いので
UP画像も見ての通りカラー、モノクロ混成で乏しいです。
昔ビデオ録画した吹替版
(ロッド・スタイガー=富田耕生、ロバート・ライアン=大久保正信)を
何度か観た記憶だけで書いております。




・牧草地を挟んでいがみ合う2つの貧しき家族がいる。


■ROD STEIGER

ネイティヴアメリカンの血をひく頑固親父
ロッド・スタイガー一家の土地が、
税金滞納から競売に付されて、


■ROBERT RYAN

退役軍人で、いざとなれば武力行使も厭わない
お隣のロバート・ライアン一家に落札されたため
一気にキナ臭い空気が漂い始める…。



通り掛りの、C&Wのメッカ、ナッシュビルに向かう純朴そうな小娘が
1枚の安っぽいでっちあげラブレターのために、
この進歩や文化に縁遠いオッサンたちのいがみあいの餌食になる。

初老の演技派大御所2人が、子沢山の父親として
テネシーの片田舎で対立する構図は凄まじい。



ウチの豚を盗みやがってどんならん!取り返してこんかい!

おっしゃぁ!豚を取り返したついでに
密造酒の小屋をぶっ壊してやったれ!

むかつくわ!お!!隣の娘やんけ、襲うたれぃ!



コラ!お前んちの馬鹿息子どもが
ウチの娘をキズもんにしよったそうやないけ、
この落とし前をどないつけるねん!



なんやとコラ!

なんやとコラは、こっちのセリフじゃボケ!…



といった具合に、あっという間に
泥沼の中で首をつかみ合うような修羅場へと突入して行く。

夢果つる土地、土着の生き方しか選択肢のないいじけた人々、
どんだけ田舎なんだここはと言いたくなる。



ここに描かれるのは、

いかに人間が、
くだらない理由でやったやられたを繰り返し、
勝手に憎悪を積み上げて、それが怨恨へと変わり、
刃傷沙汰へと発展させてしまうかという
ミニマムサイズの戦争の図式である。



その「戦争」を煽りたてる駆け引きの工程は、
極めて浅はかな行為でありながらも、
厄介なのは、
互いに矢を放つ大義名分をかかげることである。


■TIMOTHY SCOTT

この映画がおもしろいのは、
そんな隣家同士の喧嘩を、最も原始的な家族というユニットの
ぎこちない戦闘として見せて、
人類が繰り返し続ける「戦争」の不毛を示唆していること。



先祖代々続く所有地を取り上げられる一家の長が、
先住民チェロキーインディアンの末裔であるところがポイントで、


■SCOTT WILSON

土足で入り込んで来た新興民族の白人連中が、
自分らの都合で勝手に作り出した法律や文明によって
聖なる土地を征服しようとすることが全く理解できない。



理解出来ないから、家長はこの土地を死に物狂いで守ろうとする。
蚊を追っ払う感覚で、略奪者たちに向かって引き金を引く。


■SEASON HUBLEY

まったく無関係のロリマドンナに仕立てられた若い娘にしても、
強姦される娘にしても、両家の言葉少ない母親たちにしても
女たちは、男たちの愚直な乱闘に成す術もなく巻き込まれて行く。


■KATHERINE SQUIRE

ミステリー作家として有名な原作者スー・グラフトン女史の
女性ならではの目線がとらえた「WAR」の姿は辛辣極まりない。



グラフトンは、絵本作家エドワード・ゴーリーの、
一見残酷な絵本
「ギャシュリークラムのちびっこたち または 遠出のあとで」に
刺激を受けた一人で、「アリバイのA」などの有名小説創作の
ヒントにしたという。



アルファベット順に、子供たちが死んでゆく
このブラックな大人の絵本の殺伐とした世界が、
当時のベトナム反戦とオーバーラップしながら、
映画「ロリマドンナ戦争」の背景として浮かび上がってくる。


■ED LAUTER

崩壊の危険な香りを放つ、干草と土埃と汗にまみれたような
むさくるしい作品である。

それゆえに可憐なシーズン・ヒューブリーの美しさは印象に残る。







★★★

採点基準:…5個が最高位でマーキングしています。…はの1/2です。