こんにちは あおしゆうです

 

この頃 熱いけれど

 

私は 今日も 通所して blogを

 

書いています

 

今 私は 方向転換していこうとしています

 

これまで 悩みや 辛さを

 

書いてきて

 

この 解決への 道には

 

サポート的な 信頼がないと 先は無い

 

そんな 気がします

 

あわれにも 私は いつの間にか

 

傷などは 解消していて

 

いつまでも 同じようには いかない日々に

 

とっても  悪戦苦闘しています

 

そんな中で いつも 相談している

 

相談役になってくれている

 

所長さんには とっても お世話になっているし

 

いつも 相変わらずの 毎日を

 

大事に している のですが

 

おおよそが 私がなぜ B型事業所に

 

通っているのか?

 

いつから 病気の状態を 抜けたのか?

 

ここからの 私の 方向的には

 

もう 当事者の 苦しみを 書いても

 

どうしようもない事に ぶち当たりました

 

今後は 支援者さん 支援員さん

 

そのほか 支援機関と 病院に

 

向けた blogを書く というのが

 

ようやく 新しい風として 舞い込んできています

 

なにぶん 勉強とか 心理学ができるわけでもない

 

ただの 当事者の 体験談も

 

ある日 気づいたのです

 

特別なんだって・・・・

 

そこから 本当に 語り掛ける

 

対象を 変えても それに 意味はあるのか?

 

それに 簡単ではない それこそ

 

今 走り書きのように 伝えるより もっと

 

考えなければいけない

 

それでも 私は 舵を切ったのです

 

なので ある意味 高次的な 脳の回復と

 

その訓練は 必要と 判断し

 

そこから 繋がる とか 繋げる何がができれば

 

それでいいと 思いっています

 

多分 統合失調症って ポピュラーで

 

100人に一人は いる 病気です

 

精神科という 病院ができて 治るというのが

 

今の 医学ですが

 

どこを 治していいのか どこに アプローチしていいのか

 

とっても 病気の時は それこそ 当事者として

 

これまでの 1000通ぐらいの 記事が

 

私の回復には 必要でした

 

けれど その先には 私の病気は 軽くなっていて

 

治っていく そんな いただきに立っています

 

そして 毎日の中に 自分で できる

 

簡単な 心のケアや 

 

それこそ ごく 普通に 一日の中 リフレッシュできる

 

そのような なんでもない 日も 送れるようになり

 

そして 脳の 機能が 回復というよりは

 

使っていなかった ところが 伸びている

 

自然治癒などが あると 最近は 感じています

 

補っている というのかな?

 

きっと 大事なのは 心ではないと 気が付くと

 

いままでの 感覚から とっても

 

投げ出されている 放り込まれている

 

現実の 時間が あるのです

 

今 私は B型事業所 カラフルラットに 通所しているのですが

 

その時間 とっても 社会からは 外れています

 

これも 国の事業として 成り立っている

 

そこへ 通所しているとは

 

無駄に 時間を使っている そう 思うようになりました

 

けれど きっと 今の 私が

 

時間の無駄という ことを 思っているのは

 

時間的にでも 待遇的にもではなく

 

実力を 使わない 力のいらない 仕事に

 

没頭して 過ぎて行った 時間の事を 言っています

 

そうですね・・・

 

これまでは 相談し 対処し できるようになる

 

その 流れるような 仕事に

 

私は 何も 無い という 結果を

 

常に 心のどこかでありました

 

その時から blogを書く とか

 

クリエイトな作業をし 主張したのですが

 

当然 焼いている 焼ききっている 燃えている

 

ギラギラと どこか 傷つける

 

そんな 心に中には 悪魔がいました

 

そして それは コミュニケーションにも

 

影響するのです

 

なので 当然だと思っていたことを

 

改めて 向かいなおすと

 

無駄だったことが いっぱいありました

 

前に 努力は損をしている という 記事を書いては

 

どうしようもない 気持ちを 書いていて

 

そして 結果を 出せなかったのです

 

今 私が 治していきたいとか

 

向かっていきたい事は 社会との 接点です

 

これまで 病人の中で 病気である 時を

 

書くことを 主としていて

 

そこに なにも 解決というものが 無かったことに

 

ようやっく 気づきました

 

なので これから 私は どうしたらいいのだろうと

 

とっても 悩んだのですが

 

これからも 変らないなら

 

とっても もったいない と 思ったとき

 

私は この 環境が 特別である 意味を 

 

見つけたのです

 

それが 私の体験は 特別だということです

 

それぞれに 病気になっている 人の中で

 

どうしてか 私は その中でいることに

 

徹していたことに ちょっと 馬鹿だなって

 

私を 痛く 窮屈にすることが あり

 

そして 私は 私の体験として 唯一無二だということ

 

そこからの blogは こんなものではない

 

そう 考えが 変ってきました

 

今 私の出来ることが 今後の

 

当事者の 考えの 一つの答えとなるならば

 

私は 統合失調症など 歌っていられなくなりました

 

そして 厳しい 現実の 本当に 必要な事を

 

目指し始めたのです

 

そこからの 眺めは いいのもですよ

 

これまで頭に おっくうや 苦しさ しんどさを

 

抱えて生きていた そこからの

 

アプローチは 確かに 自分には 大事でした

 

そして そこからの 回復も

 

まさか ここまで 治るなんてって

 

大喜びしていた時

 

1000通からの また 使命の様なものを 感じているのです

 

これは 大事な事である

 

そう言える 時 私は 私が 特別であるという

 

主張をすること

 

始まり そして 新たなステージを 行くことになりました

 

これまで 病気である ことから

 

障害や 妨げになっている事 妨害とか 逆に

 

責められる そして 腑に落ちない 事が

 

ある といことに 必死でしたが

 

その 気持が 何を もたらしているのか 

 

余裕は 無かったです

 

自分に 余裕は なかったのですよ

 

きっと 辛かった と 思います

 

どういうわけか 頭の ごく 普通に働く時

 

どこでもいる ただの おばさんでもある

 

きっと すれ違う人は 私が 障害者であることなど

 

気が付かないでしょう

 

知らないふりして 緊張するより

 

私は 伝えようとしています

 

きっと ここから 始まる blogは

 

急を要する 事のない

 

私自身の 回復から できる

 

ポイントなどを 伝えることとなるようですが

 

どうしてか 回復は 早く

 

そして 加速しています

 

これまで 多くの問題に 答えてきたって

 

思っていたけれど

 

そうでもなかったですね

 

はっきり言えば 統合失調症は

 

陰性症状と 陽性症状がある

 

とだけが 正しい事です

 

お薬で治る 

 

それが 一番の 回復と

 

社会へまた 出られる 鍵です

 

私は今 わけあって

 

今後 3年は 今と変わらない 生活を

 

キープする ことが 義務でもある

 

そこからの 話しでしか

 

主治医は 言ってくれませんし

 

厳しいのは 私のためでもあるのです

 

統合失調症という 精神病は

 

とっても 重い 病気です

 

私は 仕事も 家庭も 家族も 子供も

 

どうしても 手に入らなかった

 

闘病時は 入退院しかないのです

 

そして 40歳を過ぎて

 

平穏であります

 

その時間 時間としては 20年

 

闘病となり そして 回復すると

 

普通になれる時となりました

 

これが 正しいのですよ

 

何も そして 努力も 時間も お金も

 

とっても あっぷあっぷして 

 

溺れそうなぐらい もがいていても

 

その時は 来るのです

 

それが 回復期です

 

私は 心の中で もし 今

 

何も変われなかったら この先は どうしたらいいの?

 

そう とんでもなく

 

身もふたもない ことを 平気で 話していました

 

それが 能力的に 欠けている 欠損でもある

 

思考回路です

 

きっと 精神病とか 統合失調症とかを

 

対応する 支援員さんの 低姿勢が

 

ある意味 とっても アクロバティックで

 

ありえない コミュニケーションだとしても

 

私には 天使の様な 対応であり

 

それに よって 解放されると 思っていましたし

 

実際 どんどん 良くなりました

 

けれど 気が付くと

 

普通に 暮らすのには 必要ない 対応でもあります

 

そこが 好きで そういう 仕事がしていたい

 

そう思うのであれば

 

それも 一つでしょう

 

私自身も 今 私のために

 

周りの方に 対応するなら

 

とっても 優しく する と 思います

 

それで 気が 楽になる 

 

そして 問題を 解決できる

 

そうなることを 病院とか お医者さん

 

医療従事者は 知っているのです

 

自分の勝手では 誰も癒せないし

 

誰も助けられない

 

そう 私は 気づいた時

 

私には すでに 自分のスタイルが ありました

 

それは 誰かの真似でもなく

 

挑戦でもなく

 

ただ これまでの 経験が 経験からの

 

対応です

 

なので それが 私のスキル ということです

 

きっと ちょっと前は

 

自分のために 周りがいる そこから

 

私が なにも 出来ていないと 責めていた

 

その時間は 本当に 辛かったし

 

きっと まだまだ 迷走は 必要だったけれど

 

今になって はっきりと 言えるのは

 

優しさを 大事に

 

必要な分だけ 届ける ということ

 

ありすぎても なさすぎても できない

 

ものは ある意味 

 

高次脳機能を 使っている 日々でもあります

 

人は 考えだけではないし 努力だけではない

 

コミュニケーションを とっている

 

無意識や 潜在意識ですね

 

そして 自分らしくいないと 生きれない

 

そんな 競争や 奮闘の中で

 

精神病とは まさに その 真骨頂です

 

そして 上手くいかないと 人生に

 

影響します

 

私は 今 統合失調症を 抱えているのですが

 

そうではない 方々と 一緒に

 

仕事をしています

 

これだけでも 良い方へ行ったと

 

私を 自負していたのですが

 

そう 先には まだまだ 先が ありそうです

 

今 私は この B型事業所 カラフルラットで

 

自分のためではない 人のために 何ができるかを

 

とっても 大事にしています

 

ある意味 精神科漬けの日々は

 

私に できる ことを くれなかった分

 

私の コミュニケーションの 主体は

 

精神科の スタイルと なっています

 

それが 嫌だったけれど

 

そうではないというのは

 

もう 自分の わがままも

 

そして 自分の我も

 

そして 自分の 無いものねだりも

 

終えているのですよ

 

そこから 改めて 環境配慮していただいて

 

今の この blogを 書いています

 

私は 伝える事をしていた

 

そこには 確かに 無償の 努力です

 

そんな結果としても

 

自分の 答は 

 

能力の開花と 自分のスキル という

 

ごく普通に ある 現象です

 

専門的に というより 体験談でしかないことも

 

積もり積もれば 自分のためになる

 

次に 思ったのは

 

伝えること と 変らないようで

 

そうでもない 解決を 繰り返すことだと

 

思っています

 

いつまでも 同じところには いられなかった

 

そう もう 新しい風は 始まりを 告げていたのです

 

また 少しづつ 統合失調症

 

精神病について

 

書き出す時 これは 有益である という

 

ものする 意欲が あります

 

きっと カラフルラットは 変らなくても

 

私は 今

 

なんでもなく 自分流を 貫いていける

 

貫くことが できる

 

ちょっと 違うのは

 

体験的に 病気であったことと

 

その 支援者さんは 体験していなくても

 

理解があった事

 

そこの 違いが 私を

 

まだ 引きずりますが

 

それでも また お目にかかれたら

 

嬉しいです

 

こんなにも ある意味 つき放つように

 

道を 切り替えたのでして

 

きっと 大事なものを 見えていないと

 

思う時もありましたが

 

私は 統合失調症の 患者が 人間であるように

 

支援者さんも 人間である ことを

 

どこかで 伝えることが できますよう

 

努力していきたいと 思います

 

こんなものでも どこかの

 

誰かの 役に立てるなら 嬉しい限りです

 

ここまで読んでいただき

 

ありがとうございました。

 

 

こんにちは あおしゆうです

 

なんだか 闘病している けれど

 

ゆるゆると 時間は 経って行きました

 

いま 闘病20年でもあり

 

そして 病気は だんだんと 

 

もともとの 自分のスキルが

 

帰ってくる きっと まだ 人間初心者ですね

 

私は 最近になって 反抗期を 終えました

 

長かったです 小学 5年生の時には

 

もう反抗期でしたので 圧倒的に

 

私は 社会に適応できていなかったって

 

思います ごく普通に 今の

 

社会と 自分のについて 考える

 

そういう日が 来た時 40歳ですね

 

なんだか 狐につままれた って 思うけれど

 

そう それが 私の 反抗期の生んだ

 

いっぱいの 思いです

 

なので ひとより 苦しんだのですが

 

当然 持病でもある 統合失調症の 暴れる 時も

 

苦しかったです

 

なにぶん 本人には 不本意な ことが 巻き起こるので

 

責任などは 無いです すべて 病気です

 

な ことで 見れば

 

なんでもない 病気ですが

 

この 20年という闘病は

 

恋するも 結婚するも 子供を持つも

 

すべてが 病気により 叶わなかったです

 

な 障害者である その 保護は

 

必要な 事でもありました

 

けれど 当時17歳で 発病する時

 

そんな 結果など 何も 見えないし

 

そうなるなんて 思ってもいなかった

 

治るとは 惨いものでもあるけれど

 

治らなければ  もっと 悲惨です

 

これまで 統合失調症で 全てを失う

 

分裂病と 呼ばれた時の 無残が

 

出会う 方 ひとりひとりの

 

闘病歴も 出られない 状態も

 

私は 傍で見てきました

 

病棟から 出られない そして 家族もいない

 

私だって そうなったかもしれない と

 

そうなるかもしれない と

 

悲劇人のように 自分の不幸せを 言っても

 

実際 治らない とは 惨いです

 

運よく 治っていく 治る時

 

私は ひとりで 歩むことになり

 

時間と 回復は 本当に 幸せでもあります

 

な 経験から 

 

良くなって そして 解放される 

 

私は 良い例ですね

 

で・・・そこから どうも 自分は

 

自分でも 申し子のように

 

blogを書いています

 

今回は 失敗したことを 書こうと 思います

 

それは 美意識 と スキンケア です

 

当時から ピアカウンセラーになりたい

 

そして 実務としては ファイシャルエステを 施術すること

 

そう 決めていて

 

化粧品の セールスを 考えていたころ

 

今 この五年前 以前の

 

30歳あたりで スキンケアを 頑張っていましたし

 

化粧品の 購入にも お金をかけ

 

習う事で 必死でした

 

それでも 10年もして 今の生活になる時には

 

誰も 誰もいなかったのです

 

それは きっと 叶わないけれど

 

そして 不向きだったって

 

心のどこかで 思っていました

 

あの時 出会う人が 病気の人の

 

ましてや 治らない 方

 

というので 心で 助けたい という思いから

 

スキンケアを 初めても

 

簡単ではない というのが 教訓です

 

今 医療でも メイクや スキンケアが

 

気分を変える ということで

 

取り入れているとか 専門職の人とか

 

習う事もできる という ことが あります

 

なんだか 私の考えていたことに

 

関心のある方って いたのではないか

 

って その当時の すべてが

 

無駄に終わっても 

 

時代は いちまつ あったかもしれない

 

職業でもある

 

なので やってみて 不正解でも

 

やってみて 経験となる と いうことと

 

奇麗になる ということの プロセスが

 

やり終えて もう やる気のない 私には

 

解っている 内部の 仕組み

 

化粧品が 売る 売れる という仕組みを

 

体験して 判断したことでもある

 

無駄だったって 思います

 

けれど 多くの 障害者が

 

奇麗でいたいって 思うのも

 

支えるべきだって 思います

 

私は 結局 合わなかったのと

 

そこまでの 資金は無い ことで

 

辞めましたが

 

今 当時 こんな 障害者でも

 

きらびやかな にぎやかな プレゼンに参加し

 

なんか 友達いなくて どんなことも 気が向かない

 

そして ただ 顔を 奇麗にするだけという

 

単純で 女性の 悩みとか 終わらない戦いとかと

 

いっぱいの 経験をしました

 

そこから 人に会うことも どこかえ出かけることも

 

そして 目的に進むことも

 

すべてが 苦しくとも 楽しかったのです

 

な 活動をしていて 当時から ピアカウンセラーを

 

考えていました それに 一番 女の子をした時でもあります

 

失敗なのは 私が 施術に 興味関心が無い 無かった

 

ということで 終わった事でもあります

 

けれど もう一つ 経験となったのは

 

美的意識がある だけで

 

動ける 働ける というのが

 

こんな 障害者でも できる という

 

まあ マルチまがいでも 自分で 生きれると

 

思える 勧誘なのかもしれないけれど

 

確かな 道があったのです

 

そこから どうするかを 考えが足らなかったということと

 

まだ 30歳 ぐらいでは 何もできない

 

それは 普通レベルだと 思っています

 

働くだけに 時間が過ぎる ということのない

 

闘病時 フリー な 楽しみ要素と

 

不安な 毎日がありました

 

停滞期の時に どれだけ の 経験をして

 

どれだけ 失敗に終わるか

 

それが まだ 守られるなら

 

もっと 支援の手を伸ばす ことが

 

確かに 欲しいものです

 

私は アイデアマンではない

 

どっちかというと 努力型です

 

ものすごく 自分ができる人であるとか

 

まったくなく ひたむきな 努力が

 

毎日の ルーティンに あります

 

失敗だって いっぱいある

 

そして 優しいとか 楽しいとかに

 

お金をつぎ込む ことも 経験として あると

 

現実の方が 楽しくなったものです

 

そして 治ることにした 治したいと思い

 

努力した時には 周りがありました

 

支援や 支援機関と 通所

 

それだけの人ですが 案外 幸せです

 

本当に やりたいこと

 

見えなかった 自分の好きと スキル

 

ある意味 追い続けてきたことが

 

良かったようです

 

悲しみが 襲う時 いつも そこには

 

治らない人がいました

 

けれど それも ある そうであることも

 

私は 突き放すことを 覚えなければいけない

 

そう 感じている

 

そう 思っている 

 

そう 思わなければならない

 

きっと 私の 一番苦手で 一番 弱いところですね

 

けれど ある日から

 

家族!

 

って 思っている 私の気持ちが

 

素直になって 家族!って 思う

 

そのように 捉えて生きれるようになりました

 

それは 割り切っていると 思う事も

 

込々です

 

障害は 半端ない 病気です

 

それこそ 無理な人生です

 

そこが 精神病であると なお 辛いことも

 

辛いと言えない

 

そんな 思いが 笑顔でいる 私の心に

 

言うのです

 

家族!

 

自分を 投じる 

 

自分に出来る事をする

 

そして 普通とか 障害とか 関係無い知識を得る

 

いま 42歳で まだまだ ですが

 

嘘偽りが あった 20代30代の つけが

 

きつく 残っています

 

家族!

 

そう でなくても そうであっても

 

私は ただ 自分の道を 行くのです

 

ここまで読んでいただき

 

ありがとうございました。

こんにちは あおしゆうです

 

統合失調症 という 精神病の 当事者です

 

なかなか 珍しいと 思う方もいるかと 思いますが

 

100人に 一人の割合で いる病気でもあります

 

なぜ 知らない とか 珍しいと思うのは

 

これまで 統合失調症は 分裂病と 呼ばれていて

 

隔離したり 病院からは 出られない 

 

そのような 酷い ものです

 

けれど 発展し 原因が 解ると

 

薬で 治る という 現実があります

 

そう 治るのです

 

けれど お薬は 必要ですし

 

通院と 経過が 経たないと 治らない

 

社会とは ちょっと 接点の失う

 

闘病することになります

 

私自身は 17歳で 発病し

 

入退院が 20年あります

 

それぐらいは かかりますし 治るには

 

お医者さんとの 関係性もあります

 

とりわけ 思春期や 20代 前半で 多く発病する病気です

 

実際 症状として

 

幻覚妄想幻聴 とありますが これは 陽性症状であり

 

陰性症状は おっくう 意欲の低下 能力の低下 判断力の低下

 

いろいろと 苦しむ 症状は 人によりますが

 

それでも それは 症状でしかなく

 

そこの 状態を 薬で 補える ので

 

治る という事が 言えます

 

けれど 主治医にしか 解らない ということと

 

どれだけ 頑張っても 治らない 人がいる

 

私は 治るとか 治すとか

 

すべて メンタルの問題として 捉えていて

 

それこそ 自分次第 などなど

 

無理な 頑張りをしていました

 

自分を 追い込んで そして 治るんだ!

 

という 心から どうしても 病気であることと

 

治療することに 頑固にも 頑張る しかない!

 

と 私は 根っこっから 捉えていたのですが

 

いやはや そうではないと 最近になって

 

闘病と 現実に ようやく すり合わせが できたところでもあります

 

それは 調子が 悪くなる ことも

 

かえりみない という 姿勢が 悪かったという

 

教訓と そして 治る時には 

 

自分のできる事は そう 無かったという

 

努力に 見合わない 現実です

 

きっと 闘病だし 入退院として 時がたつと

 

私も 頑固になります

 

そうなってしまう 傾向は 強かったですが

 

今 当時の 事を 思うと

 

楽なことを 楽しむことも

 

幸せなことに 没頭するのも

 

いろんな できないというのは

 

理想を 追い求め そして できなければどうしようもない!

 

などの 苦しい選択をしたことで

 

苦しい 道が 行く先にはありました

 

という この 体験は 堂々としているけれど

 

実際は どこにも いけないとか

 

どこにも 通用しないとか

 

精神世界の中で 孤立しましたし どこも なにも

 

いく所など 無かったです

 

それでも 毎日は あります

 

なので 当然 進歩 進化し そして 病気に伏せるのです

 

というのが 頑張りだけでは 治らないというのも

 

これまで 諦めるな とか 頑張るしかないとか

 

努力しかないということを 書いてきた 結果

 

今 とっても しあわせである 事に 酔いしれていました

 

そんな 終わりから なにも みいだせないでいたけれど

 

そこから さらに 私は 得るものが あったのです

 

さくっと 言うと

 

能力に 目覚める そして 自分らしく 自分のできることがあればいい

 

など ごく 普通です

 

けれど ここへ来るまでは 相当な 頑張りがあります

 

なにぶん 統合失調症は ずっと あるし

 

精神障害でもあるために 自分でも 見えないことが いっぱい

 

ありました

 

そして 治る時には 自分という殻を 破らなければいけなかった

 

大人になる ということです

 

そこに 強いエネルギーが 必要なのと

 

変る時 変れる という 覚悟が無くては

 

頑張るとか 努力するとか から その先の

 

上手いことやる という 道が 見えなかったです

 

これは 私の体験であって

 

全てではないけれど

 

今 自分の道を 振り返り なにも無かった とか

 

どんな記憶も 辛いに 勝つものは 無かったです

 

その 辛いに 私は 力任せに 進んだのです

 

結果 丸くなって それこそ

 

自分に似合った 行動と 進歩が できる

 

そんな 収穫は ありました

 

というので 努力型 というのかな?

 

そういう 一面は あります

 

けれど そうではない人には それなりの その人の

 

やり方と そして 頑張りがある

 

そこに 私は 寛容になれて そして このような

 

blogを書くようになりました

 

今の 私のスキルは 能力に目覚めてから

 

すっごく 自由に 生きる時でもある

 

そう なると 不安とか 何か 誰かがいなければとか

 

そうなる 方が 普通でしょうけれど

 

一つ 精神的に 苦しんだ 当事者からすると

 

生きる力がある限り 途絶えることは無い

 

そう 決定的に 徹底的に

 

自分の 内面にある のです

 

な 強さは やはり 頑張ったからかと 思っていたのですが

 

そうではなかったのです

 

小さな喜び 小さな 世界の 確立

 

小さな  ことで 話す 時

 

いつも いつもできなかった

 

会話というものに 自分のあるがまま

 

そこから 仕事という 内側の世界で

 

どこまで 回復できるかは

 

努力では 何も ならなかったです

 

そういうことに 気が付いてからは

 

どうしてか 頑張るという力がある 私は

 

自分に 助けられたのです

 

なので 否定してもいいし そして また

 

同じでもいい という 天秤が

 

私の中で できていたのです

 

ということも いろんな 接点と 今の

 

SNSなどの 配信ができる 手軽さに

 

とっても 楽になったこともあり

 

今は 充実している そう ちょっと 落ち着きました

 

で 努力ではできなかったこと

 

それは 人を 動かすことです

 

強く そして 頑張ればいい という 私のスタイルは

 

どこか 損をしている とか

 

解っていない とか そして 理解できない という

 

粗が 出てきました

 

いつもいつも 熱血という人には 付き合いたくはない

 

そうなっていた 周りに 気が付いてからは

 

合わせる ということを し始めました

 

けれど そこに 行きたい時

 

成長無くしては たどり着けないのです

 

それも 確かに 病気なことで ままならないとか

 

足りないことも多いですが

 

イメージとして 子供が 繭の中で

 

どんどん 大人になる

 

大人として 繭の中から出てくる

 

そう 自分の先は イメージで こびりついていました

 

そこにいくのに 大分時間と 力と 容量と いろんな

 

栄養とか 休息 もろもろに ありました

 

という 時が 努力の先には あったのです

 

今 それで 良かったんだって 思う時

 

柔軟性のない 自分であったことで

 

どこまでも 力技 で 振り切ったことも

 

実際は 人それぞれでいいのではないか

 

そう 改めて 思い返しい そして

 

人には 人の 考えがある と

 

頭と 心に 止めておく そんな 心も

 

芽生えてきました

 

「これでよかった・・・・」

 

そう 私は 思う時

 

いつも 努力があったのです

 

けれど 決して そうではない 道がある

 

私は ちょっと 損をした と

 

思うのも きっと 自分をもっと 大事にできたらなって

 

頭ごなしに これは やるんだ!

 

という 中を 突き進んだのですよ

 

なんか きっと 私には 何もない どころか

 

それこそ 頑固であった って 

 

とうとう 繭の中から 出てきました

 

その姿が 今 鏡に映ると

 

とっても 奇麗だなって思う 目つきを するようになっていて

 

鏡を 磨きながら 朝を 大事に

 

「この しあわせものめ!」

 

って 鼻っ面 ぱしっと 叩いて

 

起きるのです

 

毎日 気が付けば 幸せであること

 

回復に 初めて 辛くない 日を 感じました

 

きっと 損したし 回り道だし

 

理解できないこともあり そして

 

伝えることはした!

 

って 焦っていたのでしょう

 

それが いつまでも いつまでも 続いたのは

 

ちょっと 無駄かもしれなかったです

 

こんな 統合失調症の 患者として

 

治る時は 来る

 

その時に 自信がないととか やっている 成果が見えないととか

 

自分を支える 手だてのないままでは

 

先ヘは 進めなかったです

 

それは 現実的に 自分の ために

 

自分の 経験とか 成果とか その先の 

 

楽しみ コニュニティーや コミュニケーション

 

という 接点ですね

 

無いとなると そうとう しんどいです

 

私は ここまで いろんな 経過をつかんで

 

その先の 自分のスキルとして

 

ある 仕事も そして ルーティンも

 

ある意味 それだけの 力があって

 

といっていいです

 

実際 私の 尊敬する 統合失調症の患者さんは

 

短歌を すっごく 真剣に していて

 

「私は 天才なのよ!」

 

って 言い切っていますね それも そうですよ

 

ぱかぱか 書ける っていうぐらいですから

 

そうとう です

 

本当に天才なのかもしれない

 

けれど 時代ですね 

 

治らない まだまだ メカニズムが 解っていない中

 

闘病されて とっても 病気の状態もあります

 

などなど 天才というのは ある意味 合っているのんですよ

 

けれど 人は 自分に向いていて

 

そして やっていられるほど 仕事なら できる のも

 

天才ですよ

 

今 私には 支援者さんが いろんな 関わりの中で

 

お仕事を されている

 

その 現場に 当事者でいて それでも

 

仕事しては 当然の 時間を している

 

ある時は とっても 悔しかったし

 

ある時は とっても 自分が むなしかった

 

そう と 自分を 追い込んだのも

 

損したなって 思います な

 

時間と 経過とか 進歩とか

 

どんなことがあっても 

 

17歳の時 ある意味 天才であった

 

ということで 丸くなるのです

 

自分に そういう 目指す 方がいて

 

その blogとか SNSとかで 知る

 

それが あれば もっと 楽になるのに

 

といっても 実際には 回復するとか

 

完治するとかは 2000年からしかない という

 

現場と 現実を 味わってきました

 

それに その年で 発病とは

 

とっても 神秘的でもあります

 

なので いかなる時も 情報は無い

 

そして まだまだ アンダーグラウンド

 

今 42歳!

 

な・・・時に やるべきことが ある

 

そう 気付ているのです

 

普通に ごく 普通に 生きること

 

きっと できないって いんどいって

 

いっぱいあるでしょうし 

 

今の 情報の中では

 

これ以上は 危険とか やるべきことではない

 

回避しようとか ちょっと 休もうとか

 

とにかく 危険は とっても解る!

 

な 促し方でもあります

 

というのも 良くなって どうやってよくなったか?

 

という 情報は 少ないのです

 

それに 病気的には 主治医や お医者さんが

 

解っている 治るんだ って もう国が

 

外へ出るように 進めている

 

そんな 今なのに これした方がいいよ

 

っていう 情報が 無いのです

 

きっと 支えられない のは 当事者同士です

 

もろとも 海に沈む そんな

 

力のない そして 社会的にも 何もできない

 

そんな 力のなさを 私は 味わってきました

 

私には 私には 何も 信頼も そしてスキルも 経験も無い

 

そう 嘆いている 時に

 

努力だけで やってきた その 時は

 

今を 想像できなかった

 

そうなんです 本当にそうなんです

 

今 ようやく 楽になる 楽にする

 

そして 先を見ている 見える ところまで上り詰めた

 

な 経験を 書くことも

 

そして 苦しくても 前向きに なる こと

 

いつの間にか 私は 自分の体形が太っていても

 

仕事とは 関係無い

 

って 幸せにも そういう メンタルです

 

小さなことを 集めるには 苦労するけれど

 

ハードルは 低くして

 

そして ノルマを 作り

 

ただ 通所するとか 仕事をするだけでは

 

できない 自分の時間を 大事にした結果

 

今があるのです

 

努力とは 強いですよ

 

けれど 出来なくなるってなると 弱いです

 

こんな道しか 作れなかったなって

 

損している

 

今 私の 直面していることは

 

普通の 健常者さんと 何も変わらない 悩みだと

 

思っています

 

一緒にされては 困る って 

 

そう 障害者が 同じではないでしょうと 

 

言われるかもしれないけれど

 

回復し 常に 薬も飲んで 

 

いつかは 幸せになりたいって 思っていたところが

 

どうしてか 朝 起きると

 

「この しあわせものめ!」

 

と 鼻っ面 ぴんって 叩く

 

そんな 毎日が 私の ルーティンです

 

何か 闇は 去っていった

 

そして 仕事や 自分のために 生きること

 

そこから 出会う人と

 

過ぎてゆく時間

 

なんだか 病気を 忘れます

 

そう 今は そうしている かな?

 

これまでは とっても 大事な自分を

 

大事にしすぎたね・・・って

 

言えるし そこから 主体として

 

私は 主人公ではない としていくことができて

 

案外 自由にしている

 

いま 言えることが 何であるか

 

また また 皆様と 同じ 目線で

 

そして 自分の情報として

 

ピアカウンセラーは 終わらない気がします

 

当時 5年前に blogを始めて

 

この5年で 出し切った感がある

 

その時が とっても 良かったなって

 

今は どうしてか 成果とか 対価とか

 

それこそ 仕事になっている

 

その 5年の blogは 消してしまおうかと

 

思いもした そして 辛かった 

 

けれど 今 できることがある

 

そこには まだ 目ざわりではない 過去を

 

しょっている のも ありですね・・・・

 

そうな 今を 今日は 書きました

 

なんだか しばらくの間に また

 

タイピングが 板についたなって

 

思う中で もう 最初っからって 

 

もう リセットなんて 無理なんだ!

 

ってなる 自分の 豪に

 

とっても ぎくしゃくし とってもナイーブであり

 

とっても 辛くもあるけれど

 

ここから 話していく自分には

 

見えている 景色に 良い事がある

 

その時を 進むことで 自分は 楽になる

 

そんな なんでもない とりわけ 何があるわけでもない

 

きっと そんな先に 思っている

 

何かが 私には 見えている

 

これまで ピアカウンセラーとして 記事を

 

書かなければ 今の自分はない

 

そんな になるって 思っていなかった

 

正直 思ってなかった けれど

 

じわじわと 私は この病気に勝つことで

 

私は 何をしていたのだろう・・・・

 

って 思い返せるとき

 

ああ・・・そうだった・・・

 

って いくつもの キーワードが あるのです

 

時として 時間は 私を 強くしたけれど

 

努力を 常に 使うために

 

通所と 主治医 そして 薬と 支援者さんと

 

その中にいるから 出来た事でもあります

 

その中とは とっても 小さいですし

 

本当に どうなるかんて 解らない

 

けれど 人の中で 人になる

 

その 端っこでも ちょっとでも

 

人と会うこと 仕事とは 言えなくても

 

仕事にすること その時は とっても 見えないけれど

 

確実に 治る その 支援があること

 

そんな中では 自分次第

 

そうなるのですし そういう 経過を ちゃんと

 

責任を取ってくれる 事業所もある

 

きっと そんなもの 慈善事業だ!って

 

そう そうだと 思うのも 仕方ない!

 

それが 本当なのだから

 

自分は 障害者として いることで

 

どこか 辛さを 言えるし 出せる

 

その 矛先の 事業なんて 不親切

 

そんなものですよ 

 

けれど そこで 自分が 治るって 気づくと

 

案外 事業所は 病院は

 

それまでの ギプスのように 思い

 

外れると それは それで 辛いことが さらにある

 

そんな リハビリの 連続です

 

それは 身体的に 無事だとしても

 

心の 傷も 身体に影響する

 

当たり前の 病気です

 

よくある 100人に 一人はいる 病気です

 

精神病って何なのか?

 

それは 確かに 天才であったとしか言えないけれど

 

発病する 不運は しょいこむことは無い

 

楽に そして 楽になれる時

 

意外にも 私は 仕事したいって 

 

思いました

 

こんな 記事が できること

 

ピアカウンセラーとして 今度は

 

責任を 感じるぐらいの ことを したい

 

そうなる そう思う時って

 

もう この悲しみを ずっと続けている人に

 

どれだけ 救える ことかと

 

ピアながらに 思っています

 

ただの blogが 私には 過去の私の

 

苦しみを 訴えることのように

 

ただ ただ 生きた

 

これは 治るから できると 不安にも

 

治るんだ!て だけだった

 

な 自分でも 無理だって 思っていた

 

その 現実からの 快進撃でもあるのです

 

ある日 きっと 出会う事

 

それが 主治医の 一言

 

「治ります」

 

とだけ・・・・

 

そうなれることと そこからの 時間は

 

私が 当時の スローガンである

 

「しあわせになること」

 

その 気持で良かったって 思いました

 

こんな 記事ですが

 

どうか お役に立てることと 思っています

 

ここまで読んでいただき

 

ありがとうございました。