こんにちは あおしゆうです
この頃 熱いけれど
私は 今日も 通所して blogを
書いています
今 私は 方向転換していこうとしています
これまで 悩みや 辛さを
書いてきて
この 解決への 道には
サポート的な 信頼がないと 先は無い
そんな 気がします
あわれにも 私は いつの間にか
傷などは 解消していて
いつまでも 同じようには いかない日々に
とっても 悪戦苦闘しています
そんな中で いつも 相談している
相談役になってくれている
所長さんには とっても お世話になっているし
いつも 相変わらずの 毎日を
大事に している のですが
おおよそが 私がなぜ B型事業所に
通っているのか?
いつから 病気の状態を 抜けたのか?
ここからの 私の 方向的には
もう 当事者の 苦しみを 書いても
どうしようもない事に ぶち当たりました
今後は 支援者さん 支援員さん
そのほか 支援機関と 病院に
向けた blogを書く というのが
ようやく 新しい風として 舞い込んできています
なにぶん 勉強とか 心理学ができるわけでもない
ただの 当事者の 体験談も
ある日 気づいたのです
特別なんだって・・・・
そこから 本当に 語り掛ける
対象を 変えても それに 意味はあるのか?
それに 簡単ではない それこそ
今 走り書きのように 伝えるより もっと
考えなければいけない
それでも 私は 舵を切ったのです
なので ある意味 高次的な 脳の回復と
その訓練は 必要と 判断し
そこから 繋がる とか 繋げる何がができれば
それでいいと 思いっています
多分 統合失調症って ポピュラーで
100人に一人は いる 病気です
精神科という 病院ができて 治るというのが
今の 医学ですが
どこを 治していいのか どこに アプローチしていいのか
とっても 病気の時は それこそ 当事者として
これまでの 1000通ぐらいの 記事が
私の回復には 必要でした
けれど その先には 私の病気は 軽くなっていて
治っていく そんな いただきに立っています
そして 毎日の中に 自分で できる
簡単な 心のケアや
それこそ ごく 普通に 一日の中 リフレッシュできる
そのような なんでもない 日も 送れるようになり
そして 脳の 機能が 回復というよりは
使っていなかった ところが 伸びている
自然治癒などが あると 最近は 感じています
補っている というのかな?
きっと 大事なのは 心ではないと 気が付くと
いままでの 感覚から とっても
投げ出されている 放り込まれている
現実の 時間が あるのです
今 私は B型事業所 カラフルラットに 通所しているのですが
その時間 とっても 社会からは 外れています
これも 国の事業として 成り立っている
そこへ 通所しているとは
無駄に 時間を使っている そう 思うようになりました
けれど きっと 今の 私が
時間の無駄という ことを 思っているのは
時間的にでも 待遇的にもではなく
実力を 使わない 力のいらない 仕事に
没頭して 過ぎて行った 時間の事を 言っています
そうですね・・・
これまでは 相談し 対処し できるようになる
その 流れるような 仕事に
私は 何も 無い という 結果を
常に 心のどこかでありました
その時から blogを書く とか
クリエイトな作業をし 主張したのですが
当然 焼いている 焼ききっている 燃えている
ギラギラと どこか 傷つける
そんな 心に中には 悪魔がいました
そして それは コミュニケーションにも
影響するのです
なので 当然だと思っていたことを
改めて 向かいなおすと
無駄だったことが いっぱいありました
前に 努力は損をしている という 記事を書いては
どうしようもない 気持ちを 書いていて
そして 結果を 出せなかったのです
今 私が 治していきたいとか
向かっていきたい事は 社会との 接点です
これまで 病人の中で 病気である 時を
書くことを 主としていて
そこに なにも 解決というものが 無かったことに
ようやっく 気づきました
なので これから 私は どうしたらいいのだろうと
とっても 悩んだのですが
これからも 変らないなら
とっても もったいない と 思ったとき
私は この 環境が 特別である 意味を
見つけたのです
それが 私の体験は 特別だということです
それぞれに 病気になっている 人の中で
どうしてか 私は その中でいることに
徹していたことに ちょっと 馬鹿だなって
私を 痛く 窮屈にすることが あり
そして 私は 私の体験として 唯一無二だということ
そこからの blogは こんなものではない
そう 考えが 変ってきました
今 私の出来ることが 今後の
当事者の 考えの 一つの答えとなるならば
私は 統合失調症など 歌っていられなくなりました
そして 厳しい 現実の 本当に 必要な事を
目指し始めたのです
そこからの 眺めは いいのもですよ
これまで頭に おっくうや 苦しさ しんどさを
抱えて生きていた そこからの
アプローチは 確かに 自分には 大事でした
そして そこからの 回復も
まさか ここまで 治るなんてって
大喜びしていた時
1000通からの また 使命の様なものを 感じているのです
これは 大事な事である
そう言える 時 私は 私が 特別であるという
主張をすること
始まり そして 新たなステージを 行くことになりました
これまで 病気である ことから
障害や 妨げになっている事 妨害とか 逆に
責められる そして 腑に落ちない 事が
ある といことに 必死でしたが
その 気持が 何を もたらしているのか
余裕は 無かったです
自分に 余裕は なかったのですよ
きっと 辛かった と 思います
どういうわけか 頭の ごく 普通に働く時
どこでもいる ただの おばさんでもある
きっと すれ違う人は 私が 障害者であることなど
気が付かないでしょう
知らないふりして 緊張するより
私は 伝えようとしています
きっと ここから 始まる blogは
急を要する 事のない
私自身の 回復から できる
ポイントなどを 伝えることとなるようですが
どうしてか 回復は 早く
そして 加速しています
これまで 多くの問題に 答えてきたって
思っていたけれど
そうでもなかったですね
はっきり言えば 統合失調症は
陰性症状と 陽性症状がある
とだけが 正しい事です
お薬で治る
それが 一番の 回復と
社会へまた 出られる 鍵です
私は今 わけあって
今後 3年は 今と変わらない 生活を
キープする ことが 義務でもある
そこからの 話しでしか
主治医は 言ってくれませんし
厳しいのは 私のためでもあるのです
統合失調症という 精神病は
とっても 重い 病気です
私は 仕事も 家庭も 家族も 子供も
どうしても 手に入らなかった
闘病時は 入退院しかないのです
そして 40歳を過ぎて
平穏であります
その時間 時間としては 20年
闘病となり そして 回復すると
普通になれる時となりました
これが 正しいのですよ
何も そして 努力も 時間も お金も
とっても あっぷあっぷして
溺れそうなぐらい もがいていても
その時は 来るのです
それが 回復期です
私は 心の中で もし 今
何も変われなかったら この先は どうしたらいいの?
そう とんでもなく
身もふたもない ことを 平気で 話していました
それが 能力的に 欠けている 欠損でもある
思考回路です
きっと 精神病とか 統合失調症とかを
対応する 支援員さんの 低姿勢が
ある意味 とっても アクロバティックで
ありえない コミュニケーションだとしても
私には 天使の様な 対応であり
それに よって 解放されると 思っていましたし
実際 どんどん 良くなりました
けれど 気が付くと
普通に 暮らすのには 必要ない 対応でもあります
そこが 好きで そういう 仕事がしていたい
そう思うのであれば
それも 一つでしょう
私自身も 今 私のために
周りの方に 対応するなら
とっても 優しく する と 思います
それで 気が 楽になる
そして 問題を 解決できる
そうなることを 病院とか お医者さん
医療従事者は 知っているのです
自分の勝手では 誰も癒せないし
誰も助けられない
そう 私は 気づいた時
私には すでに 自分のスタイルが ありました
それは 誰かの真似でもなく
挑戦でもなく
ただ これまでの 経験が 経験からの
対応です
なので それが 私のスキル ということです
きっと ちょっと前は
自分のために 周りがいる そこから
私が なにも 出来ていないと 責めていた
その時間は 本当に 辛かったし
きっと まだまだ 迷走は 必要だったけれど
今になって はっきりと 言えるのは
優しさを 大事に
必要な分だけ 届ける ということ
ありすぎても なさすぎても できない
ものは ある意味
高次脳機能を 使っている 日々でもあります
人は 考えだけではないし 努力だけではない
コミュニケーションを とっている
無意識や 潜在意識ですね
そして 自分らしくいないと 生きれない
そんな 競争や 奮闘の中で
精神病とは まさに その 真骨頂です
そして 上手くいかないと 人生に
影響します
私は 今 統合失調症を 抱えているのですが
そうではない 方々と 一緒に
仕事をしています
これだけでも 良い方へ行ったと
私を 自負していたのですが
そう 先には まだまだ 先が ありそうです
今 私は この B型事業所 カラフルラットで
自分のためではない 人のために 何ができるかを
とっても 大事にしています
ある意味 精神科漬けの日々は
私に できる ことを くれなかった分
私の コミュニケーションの 主体は
精神科の スタイルと なっています
それが 嫌だったけれど
そうではないというのは
もう 自分の わがままも
そして 自分の我も
そして 自分の 無いものねだりも
終えているのですよ
そこから 改めて 環境配慮していただいて
今の この blogを 書いています
私は 伝える事をしていた
そこには 確かに 無償の 努力です
そんな結果としても
自分の 答は
能力の開花と 自分のスキル という
ごく普通に ある 現象です
専門的に というより 体験談でしかないことも
積もり積もれば 自分のためになる
次に 思ったのは
伝えること と 変らないようで
そうでもない 解決を 繰り返すことだと
思っています
いつまでも 同じところには いられなかった
そう もう 新しい風は 始まりを 告げていたのです
また 少しづつ 統合失調症
精神病について
書き出す時 これは 有益である という
ものする 意欲が あります
きっと カラフルラットは 変らなくても
私は 今
なんでもなく 自分流を 貫いていける
貫くことが できる
ちょっと 違うのは
体験的に 病気であったことと
その 支援者さんは 体験していなくても
理解があった事
そこの 違いが 私を
まだ 引きずりますが
それでも また お目にかかれたら
嬉しいです
こんなにも ある意味 つき放つように
道を 切り替えたのでして
きっと 大事なものを 見えていないと
思う時もありましたが
私は 統合失調症の 患者が 人間であるように
支援者さんも 人間である ことを
どこかで 伝えることが できますよう
努力していきたいと 思います
こんなものでも どこかの
誰かの 役に立てるなら 嬉しい限りです
ここまで読んでいただき
ありがとうございました。