ヨガと仏教。
どちらもインドがルーツです。
お寺の閑静なお堂で『寺ヨガ』がおこなわれることがあります。
今まで、高野山、仁和寺、建仁寺など夫婦で沢山の『寺ヨガ』に参加し、素晴らしいヨガの場を味わってきました。
(大阪、源光寺。山本俊朗先生)
ヨガは仏教と親和性がありますが、異なる宗教です。
ヒンドゥー教の修行法として、ヨガはインドで誕生しました。
現代の日本で実践されているヨガは宗教的側面がだいぶん薄れています。健康法的、フィットネス的に広まっていますが、ヨガの起源やヨガ哲学はヒンドゥー教と深い繋がりがあります。
インド数千年の歴史の中で、バラモン教など多様な信仰や習慣が融合して発展した宗教、『ヒンドゥー教』
ヒンドゥー教は特定の教祖や経典を持ちません。
ヒンドゥー教の三大神の一柱、シヴァ神がヨガの創始者とされ、『バガヴァッド・ギーター』などの聖典にもヨガの教えが記されています。
(『バガヴァッド・ギーター』、1980年代のヨガ教本)
ひるがえって、仏教は
紀元前5世紀頃、釈迦(ゴータマ・シッダールタ)が開いた教えです。仏教・キリスト教・イスラム教で世界三大宗教と言われています。
ある早朝、京都の禅寺の『掃除の会』に参加しました。
(京都、妙心寺退蔵院。哲也)
西洋だと掃除はたんなる仕事かもしれません。
労働 lavor
スレイブ(奴隷) slave
この二つの英語は、同じ語源です。
罪を犯したアダムとイブが楽園を追われ、恥と労働が始まった、と旧約聖書にあるように、
『労働は苦役であり、苦役はできれば無ければ良い』
という考えはキリスト教的です。
優劣はありませんが、
仏教、禅寺では労働について違う捉え方をしています。
例えば掃除は、
心身を整えるものであり、誰かのために心を込めて行う大切な行為。
修行の一つです。
早朝の『掃除の会』では、僧侶とご一緒に石庭の落ち葉を丁寧に取り除き、砂利をならしました。
そして砂紋を丁寧に描いていきました。
「心が乱れていると線が真っ直ぐに引けない」
と松山大耕副住職のお言葉。
考えれば考えるほど曲がっていく(笑)
(別の日の妙心寺退蔵院にて。松山大耕副住職を囲んで)
ヨガにも同様の考え方があります。
ヨガの八つの指針『八支則』。
そのうち二つ目は『ニヤマ』(勧め)。
ニヤマの五つの勧めの一つに『サウチャ』があります。
サウチャは『浄化・清浄』を意味し、掃除も含まれます。心身の清浄はヨガ哲学です。
広いお寺を掃除するうち、次第に無心になりました。
(砂紋を描いています)
掃除が終わった後、心地良い達成感がありました。
朝日に輝く枯山水。
妙心寺 退蔵院『陰陽の庭』にて。
落ち葉一枚ありません。静かに調和した世界。
左手前、苔の島の向こうが私のラインです。
(京都、妙心寺の山門。日本最大の禅寺とも言われます。退蔵院を含む46の塔頭があります)
ヨガと宗教について触れてみました。
心と体と身の回りが清浄でありますように。
(由香)
*以前ヨガ関連HPに寄稿した内容の再掲です。






