You like me too much! -40ページ目

You like me too much!

nothing can come between us

 

 

 

 

 

・・・目は口ほどにものを言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動物たちは誰も

 

 

 

 

嘘をつきません

 

 

 

よって

誰もが

 

 

澄んだ瞳をしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お仕事の合間にほっと一息。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなりですが、

毒親か毒親じゃないかのチェックリスト、というのを拝読して

うちの毒母、毒父がどれほどあてはまるかやってみました。

(毒親であれば複数あてはまるそうです。)

 

 

 

 

※この話題にご興味ない方は読まない方がいいです、

そもそも毒親の理論とか内容は体験した人にしかわかりません。

残念ながらこの件だけは同胞にしか理解不能です。

 

普通に素敵なご家庭で育った方は毒関連の話を読まない方がいいと思います、

理解できないというより親や家族を悪く言うなんて!と嫌悪感を持つと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず毒母。

 

 

■感情が急激に変化する。 

■身体的な見た目を過剰に気にする。 

■批判や否定に過敏。 

■すぐにイライラする。

■向こう見ずな判断をする。 

■人間関係を維持できない、人間関係が浅いか、まがい物。

■自分のほうが優れていると思い込んでいる。

■他人を利用する。

■嫉妬深く、他人を貶める。

■感情と態度を制御できない。

■変化に順応できない。

■消極的で無力な人間を装い、大人としての責任を逃れる。

■悲観的またはネガティブな人生観。 

■善悪を軽視する。

■何度も嘘をついたり騙したりして他人を利用する。

■自分の利や快楽のために、人をたぶらかしたり策を弄したりして他人を操る

■他人への共感性に欠け、他人を傷つけることに罪悪感を覚えない。

■自分の言動が悪い結果に繋がることを予測したり、その経験から学ぶことができない。

 

 

複数どころかとんでもない数が当てはまりました。笑

 

 

 

 

次に毒父

 

 

■感情が急激に変化する。 

■批判や否定に過敏。 

■すぐにイライラする。 

■人間関係を維持できない、人間関係が浅いか、まがい物。

■実績や才能を誇張する。 

■自分のほうが優れていると思い込んでいる。

■傲慢または横柄な態度。 

■感情と態度を制御できない。

■皮肉屋で辛辣。

■善悪を軽視する。 

■他人に対して冷淡かつ冷笑的で、他人をないがしろにする。 

■極端に独善的。 

■他人への共感性に欠け、他人を傷つけることに罪悪感を覚えない。 

 

 

 

毒母より少しましか。笑

 

 

 

 

 

ちなみに妹のことを毒とは思っていませんが、

この親にしてこの子あり、特色が似ている面が多々あるので

いくつか当てはまります。

 

■身体的な見た目を過剰に気にする。

■すぐにイライラする。 

■向こう見ずな判断をする。 

■人間関係を維持できない、人間関係が浅いか、まがい物。

■会話を独占する。 

■感情と態度を制御できない。 

■ストレスにうまく対処できないか、変化に順応できない、またはその両方。

■他人への共感性に欠け、他人を傷つけることに罪悪感を覚えない。

■自分の言動が悪い結果に繋がることを予測したり、その経験から学ぶことができない。

 

 

 

 

 

 

 

3人とも当てはまらなかったのは犯罪絡みのものとあと少しだけ。

 

 

□犯罪行為など、警察沙汰を繰り返し起こす。 

□脅迫や詐欺などで他人の権利を繰り返し侵す。

□捨てられることを極度に恐れる。

□特別扱いを要求する。

□注目を得るために自殺をほのめかす、またはくわだてる。

□大げさに芝居がかった言動をする。

□えこひいきや絶対的な追従を期待する。

 

 

 

このあたりは該当しませんでした。

 

しかし当てはまらないならいいじゃないかとはなりませんね他が多すぎてw

 

 

 

 

 

 

 

この記事の中で一番響いたのはここでした。

 

 

 

「私やあなたを含め多くのサバイバーは時間とともに、

自分が本当の意味では家族に愛されていないという辛い現実を受け入れます。

しかしそれは、私たちが出来損ないの子ども、兄弟、あるいは、いとこだからではなく、

家族が愛情そのものを大切にしていないからです。

毒家族が価値を見出すのは愛情ではなく力なのです。」

 

 

 

 

 

そう、そうなんです、

毒父も毒母も妹も、

 

ワタシへの愛情がありません。

 

 

そこに気づくまで時間がかかりましたが

理解してからは気持ちが楽になりました。

 

 

あの人たちはワタシに愛情が持てない、

でもそれは自分が悪いからでも悪い人間だからでもなく

ただ彼らがそういった性質の人達だからなのです。

 

 

これを理解するまで紆余曲折、ホントに時間がかかりました。

愛情が深い自分には彼らのそういうところを一番理解ができなかったので・・

 

でも今は大丈夫です、そういう人間たちなんだ、とわかるので。

 

 

 

 

 

この辺の文章もほぼあてはまりますが

 

 

「母が本当は私を軽蔑していたのをいつも感じていましたし、

他の家族との扱いに差があるのを知っていました。

確かに、母に優しくされ気にかけられたこともありました。

効果的に相手を支配するにはそういった態度も必要です。

そのせいで私は母に愛されているかもしれないという希望にしがみつきましたが、

それでも心の奥底ではずっとわかっていました。

母の本当の気持ちは、表情や仕草、声のトーンに表れていましたから。

相手に本当に愛されていれば本能的にそれがわかるものですが、

私が母からの愛を感じることはありませんでした。」

 

 

 

 

ワタシの場合は、愛されてるかもしれないという希望にしがみつく

なんてことはしませんでしたね。

そんなもん、幼稚園くらいから感じ取ってましたし

妹が生まれて更に愛情が向けられていないことが顕著になりました。

 

君子危うきに近寄らず、じゃないですが

こういう理論を知らずになぜかちゃんと自分で防御していたんですね、

距離をとって生きてきて正解だったと思っています。

 

 

 

 

 

妹に関しては残念です、の一言。

 

本人が自分を振り返って猛省したり色々な事に気づいて

(宗教っぽい言い方になりますが)気づきってやつですよね、

自分以外の人の考え方やこの家独自のおかしな習慣や考え方に気づき

おかしいかも、と考えなおして書物を読んだり人と交流し

人の生き方や意見を聞いたり取り込んだりして

更に自分の悪いところを直していけば理想的ですが

なにせ自分からは何もしない人なので・・・無理かなと思います。

 

 

彼女もある意味被害者ですが

何も考えない、何も行動しないのは彼女自身の罪です。

 

 

ワタシは沢山愛情をかけてきたつもりですが

今振り返るとそれは何の意味もありませんでした。

彼女はワタシを利用することには長けていましたが

彼女もまた、毒母同様、ワタシに対して何の愛情もありませんでしたので。

 

 

 

 

最初に彼女が絶縁してきた時、

次に連絡をとってくるまでのあいだにうちの先住猫が死にました。

 

連絡をとってきてはじめてそのことを知ったわけですが

その間彼女が何かを心配することは一切ありませんでした。

 

自分は何かまずいことをしているかも?

くらいの認識はあるんだと思いますが

じゃあどうすればいいか、という考え方ができません。

 

 

つまりワタシが、

彼女の知らない期間に死んでこの世からいなくなったとしても

彼女は後から気づくことになるでしょう。

 

なにごとも事後に気づいて知ることになるのです。

 

 

今回彼女が絶縁してきてから既に七年。

結構な歳月です。

 

人なんてあっけなく死にます。

 

何年、何十年先かわかりませんが、

いつか何かのきっかけで連絡をとってきたときに

ワタシがもういない可能性もありますが

それも致し方ありません。

 

自分の事は心配して!心配して!私は大変なの!とアピールできても

彼女の辞書には「他者を心配する」という文字がないのですから。

 

 

 

 

 

 

毒は確実に連鎖します。

 

これだけははっきり言えます。

 

実は毒母の兄弟の子供たちもみなおかしな人間ばかりです。

かなりエキセントリック(良く言えばw)で

問題ばかり起こしている妙な性質の子供ばかりでした、

ワタシはいとこたちに会うのが苦痛でしたから。

 

普通の人はいないのか!!っていうくらい

おかしな性格のちょっと変わった子ばかりです、

超のつく進学校を出たのに結果ホストになった子もいますし

その子の兄貴は職を転々とし犯罪すれすれの事をしていましたから

今どうしてるかもわかりません。

 

毒母の一番上の兄貴の長女は

ワタシが連れられてその家に行くと

いきなりぎゅーっと抱き着いてきて離さないんです、

嫌がっても嫌がってもべったり抱き着いて離さないので

ワタシは怖くてその家に行くのも嫌になりましたね。笑

 

二番目の兄貴の長男はものすごい陰湿な性格で

いつも他の子をいじめていました。

そのくせ公の場で非難をうけると芝居がかかったことをはじめるのです。

 

なにかがおかしい。

 

ホント、なにか普通でない子供ばかりでした、いとこたち。

 

 

 

 

毒親に育てられた子供たちは

やはり何か歪んでしまいます。

 

そして知らない間に

自分たちがいつしか毒親になっているんですよ。

 

もちろんすべての人ではありません、

気づいて方向を修正して素敵な家族を作ってまともに生きられる方も

沢山います、が、やはり変な育て方をされると

そこから抜け出すのはなかなかどうして容易ではありません。

 

 

 

 

ワタシはワタシの回で断ち切ることができてよかったと思いますが・・・ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「運ってものは、力づくで自分の方へ向かせるものさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※シェリー・キャンベル著 髙瀨みどり訳『幸せになるには親を捨てるしかなかった』

からの再構成記事(ダイアモンドオンラインより)から文章の一部をお借りしております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

むかしむかし若い時に、ですが・・

 

 

 

 

 

 

 

 

お花屋さんでバイトしていたことがあります。

 

 

 

 

綺麗で楽しそうに見えるかもしれませんが、

実際の下働きはかなりの重労働です。

 

 

重たいものを運ぶのはもちろんのこと、

季節によっては冷たかったり寒かったり、

更に花は下処理が大変なので手がぼろぼろになりますし

売り物にできるように花を整えるのに時間を要します。

 

一日中バラのとげを切り落としてるだけで終わったり

鉢植えの植え替えだけひたすらやって腰痛になったり

ユリの花粉を落としてるだけで日が暮れたり、なんてことも。

(店舗の規模と扱ってる品物にもよりますが・・)

 

 

 

 

そんなきつい労働があっても

どうして耐えられるかというと

 

まずお花が好きということ、

そして段々色々な仕事を任せてもらえるようになると

やりがいが出てくるからだろうと思います。

 

 

お客さんの好みや目的を聞いて花束を作ったり

いけ込み(店舗やパーティ会場に出向いてその場で花をいける)など

クリエイティブな事ができるようになるので

そこからは自分のセンスが試されるからわくわくするし

ワタシにとっては本当に楽しかったです、きつくても。

 

 

リピートのお客さんが指名してくれるとホントに嬉しいんですよ。

この前の花束の色の合わせ方がすごく気に入ったから似たようなのを頼みたい、とか

いけこみ先の店舗の方が「あなたがまた来てくれる?」

なんていってくれるとやりがいがあって自信を持つことができました。

 

 

まあ意地悪な先輩がいて、お客さんとっちゃうとかねw

そんなんは日々、色々ありましたけど。笑

 

 

 

それでも出先から

店に戻ると花の香りが充満していて

 

それだけで幸せでした、花好きとしては。

 

 

 

 

動物の匂いや自然の草花などの香りは

ワタシにとってはどんな香料より優れているもので

 

人生になくてはならないものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうそう、これが言いたかった。

 

最近思うのですが

 

 

 

 

生きていると、

優しい人にもたくさん巡り合えますね。

 

 

 

世知辛い世の中だし、

 

世の中だけじゃなく、

ワタシの場合一番の基盤となるはずの家族(父、母、妹)が

とても冷たく、おのれの事以外には無関心な人間たちなので

なんだかな~と思う事が日常的に起こってしまうので

 

ついつい

 

人間なんてどうせみんな無機質で冷たいこんな考え方ばかりなんだろうな、

と思いがちですが

 

ちゃんと色々な人と出会って色々な人たちと話をして向き合ってみると

根が優しい人、心が温かい人、

思いやりがあったり他者の気持ちを汲み取ってくれる人など

素敵な人は沢山いるんだな、と気づかされます。

 

 

自分の直の周囲に冷酷な人たちしかいないと

全体がそうなんじゃないかという勘違いを起こしがちですが

 

世界は広い。

 

 

ちゃーんと優しかったり暖かい人は存在しているんだな、と

 

時々神様がそれに気づかせてくれます・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暖かい言葉をかけてくれる人たちに今日も感謝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小田急がなくなって

 

 

向こう側が見えてるのって今だけですね。

 

 

 

 

 

 

 

そのうち新しいビルが建つと見えなくなって

 

今後一生

二度と向こう側がここから見えることはなくなるんでしょう。

 

 

 

そう思うと

この景色も貴重です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みなさんは

 

「うまれかわり」

 

を信じますか。

 

 

 

 

まことしやかに色々な話が残っていますが

 

(3~4歳の子供が自分が過去に誰だったのか正確に話したりする)

 

 

 

都合がいいことに

これらの話は子供時代に限定されています。

 

 

 

大人になるにつれ前世の記憶がなくなって忘れてしまう、

っていうことなんですが

 

 

 

 

どうもワタシはこれ、

都合がいいなあと思ってしまうんですよ。

 

 

 

 

 

 

本当にうまれかわりがあるのなら

誰か身近な人が

 

「実は僕、2度目の人生はリンカーンだったんですよ」

 

「私は数年前までその角のタバコ屋のおばあちゃんでしたよ」

 

 

みたいに

しっかりエピソードを話せる人がいてもいいじゃないですか。

 

 

 

そんなの周囲で聞いたことがない。

 

 

 

 

 

 

子供の時は覚えてるけど大人になるにつれ忘れる

 

ってのが

都合よすぎて

 

 

 

本当にあるのなら

大人になってからでもすらすらと話してくれる人がいてもいいと思いません?

 

 

 

 

 

 

胎内でのことを赤ちゃんが覚えてて話し出す

ってのも時々聞きますが

 

 

そっちの方がまだ現実味がある。

 

 

だってお腹の中で既に臓器ができあがってるので

声が聞こえて記憶に残っていても全然不思議じゃないですからね。

 

 

 

 

うまれかわりについては

証明のしようがないし誰も真実はわからないし

 

仮にそういう話があって過去のできごとときっちり適合していたとしても

 

 

その話をした子供にワタシは出会ったことがないし

たいていの人はそんな話を直に聞いた体験はないですよね。

 

 

 

 

 

 

魂と肉体があって

 

魂みたいなものが存在するとして

 

 

 

それが肉体が朽ち果てた後に残っていて

その辺を漂っている

 

 

っていう感じの事は肌で感じることができますが

 

 

 

それも証明はできない。

 

 

 

 

しかし

証明はできなくても感じ取ることはできる気がしますが

 

それはそれで

いつかなくなるのか遠くに行ってしまうのかわかりませんが

 

 

消えてしまう感覚もわかります

 

 

 

ただ

じゃあそれらがまた生まれ変わって違う人になって戻ってくるのかというと

 

 

そんなのは肌で感じ取ったことは一度もないし

(自分が感じたことがないから世の中にない、とは言いませんが)

 

 

 

ワタシの感覚では

 

魂とか霊魂みたいなものがあったとしても

 

 

それらが違う人になってうまれかわって戻ってくる

 

 

とは

どうも思えないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生は一度きり

 

 

なんじゃないでしょうか。

 

 

 

 

 

だから今は今しかなく

 

今できることを今やっておかなければならんのです。

 

 

 

 

 

次はないかもしれないし

 

 

今見えてる景色はもう

 

明日にはなくなっているかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小籠包と

 

 

 

 

 

 

 

 

レタスチャーハン

 

 

 

 

 

 

 

 

ナイスチョイスでしょw

 

 

 

この二品ときたら

お茶はやっぱりウーロン茶ですよね。

 

 

 

ジャスミンティーも嫌いじゃなかったんですが

 

欧州に住んでいた時、近所でジャスミンティーしか手に入らなくて

毎日毎日同じのを飲んでたら飽きてしまいましたw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以前書いたかどうか忘れてしまいましたが

 

ワタシはHSPの中でもちょい複雑なHSS型HSP・・・

というやつを患っております、

患うって病気みたいですがw苦労してるという意味で。

 

(’※HSS型HSPとは外部からの刺激に対して非常に敏感なのに好奇心旺盛、

という矛盾を抱えた性質です)

 

 

 

 

大胆なのか繊細なのか、複雑で

あまり他人様に理解してもらえません。

 

 

 

家族ですらわかってないと思います、

(というかあの人たちはそもそもワタシに関心がないので無理ですがw)

 

近しい仲になってもわかりにくいんじゃないかなと思うと

友だちやつきあう人などには申し訳なくなります。

 

 

というより以前は自分がそうであるという事自体を

自分が一番わかってなかったので

 

誰よりも己が

何よりも己をわからなかったという・・笑

 

 

 

 

 

 

元来HSPの人っていうのは

 

ワタシに限らず皆さん共感力が非常に高いので

他の人の気持ちがわかりすぎるくらいわかってしまったりするわけですが

 

 

テレビなどで何か情報を見たり

なんならネットニュースを目で読んだりするだけで

当事者の心情がわかりすぎてしまい

 

一緒になって落ち込んだり涙したり激怒したりしてしまうので

必要以上に日常生活が疲れてしまうなんてこともありまして

自分で防衛策を練っておかないと大変なことになります。

 

 

朝ニュースをチェックして

「あ、今日は酷いニュースがあるぞ」とわかったら

 

その日はなるべくニュースを見ないようにします、

そうしないと何度も同じニュースが出てきた時に

その度に嫌な思いをするから。

 

 

 

 

 

 

 

おまけにHSS型は、

他人からは明るく元気だが落ち着いて行動していて

初対面でもすぐ打ち解けたりするし

大胆な行動をとったり好奇心旺盛に見える・・・

 

が実際はちょっと違うので誤解を受けて苦しむことになります。

 

 

 

ワタシが思うに、

HSS型の人は、同じHSS型の人を見つけるのが得意な気がします、

 

同じ匂いがする人をかぎ分けるのが上手らしくて

もしかしてこの方・・と気づくことがあります。

(著名人とかテレビに出ていて発言を聞いておやと思う事も)

 

 

 

でもなかなか巡り合うことは珍しいです、

 

HSS型HSPは国民全体の6%しかいないそうですから。

(HSP自体は全体の2割だそうです)

 

 

 

 

 

ワタシはとにかく、「高圧的な人」が苦手です。

(うちの場合、毒父のせいかもしれませんが)

 

なので高圧的な空気を漂わせてる人はすぐわかりますし

関わってしまったらこれはまずいとすぐ思って

どうすれば遠ざけられるかすぐ考えて離れるようにしています。

 

 

 

それから表面だけのつきあいをしてる人はすぐ見抜きます。

嘘もごまかしも見抜いてしまいます。

 

小さなリアクションや発言、

ちょっとしたしぐさ、

 

全部見ています。

 

裏があれば即わかりますし

騙そうとしてる人、誤魔化してる人、

策士はすぐ見抜きます。

 

 

 

平気でうそをつくタイプの人はワタシみたいな人が苦手なはずです。

見抜かれてしまうからです。

 

ぬかりがなくてするどいからあの人嫌だわ、

と思われてるはずだし

嘘つきな人は自分から徐々に離れていってくれますね。

やばい、ばれてしまう、って焦るんでしょう。

 

 

でも意図的に見抜こう見抜こうとしてるわけじゃありません、

ただ勘がよく鼻が利くだけなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

記者会見なんてちょろいもんです、

 

誰が嘘を言ってて

だれが本当の事を言ってる

 

なんてのはすぐわかります。

 

 

 

 

探偵業とかに向いてる気がするんだけど・・

 

誰かスカウトしてくださいw