3年前の春、2014年5月に胸のリンパ節と脳に転移のあることが分かった。
胸のリンパ節は、2012年の春に腫瘍マーカが急上昇したときと同じ場所で
いわゆる再増大だった。脳のほうは新たな転移だった。
一度目の増悪の時はXelox+Bevを一次治療として。3年前の増悪の時は
Folfiri+Bevを二次治療として行って、どちらもCRを得ている。

治癒切除不能大腸がんをmCRC (metastatic colorectal cancer)というらしいんだけれど
2016年の日経メディカルにこんなのがあった。

これはmCRC患者に対する化学療法のチャート
(日経メディカル2016/10/20の記事より)
mCRC_CT.png
出典:Van Cutsem E, et al. Ann Oncol 2016;27(8):1386-142

ボクのように、BRAF変異型とわかっている場合は、一次治療で3剤併用の化学療法を
標準としているようだ。3剤併用とは、Folfoxiri(FP+L-OHP+CPT-11)のこと。
治癒切除不能でなくとも、分子標的薬を合わせて切除に向けて治療するようだ。
ボクの時とは時代が違う。
これに加えて、二次治療として分子標的薬の選択肢も増えている。

ボクの場合は、胸のリンパ節はともかく、脳への転移が命取りになりえるので
もう一度転院して、脳神経外科の診察を受けることにした。
第一希望はもちろん、ずっと治療をしてくれていた、がんセンタなのだけれど
脳神経外科と消化器内科の紹介を、同時に受けられるかまだ分からないので
どこになるのか決まっていない。ケースワーカーさんと相談中。

なぜ今になって急に転院を考えているのかというと、それは「嫌な予感」から。
左手の変な感覚と、たまに起きる回転性の眩暈がそう感じさせる。
この嫌な予感が結構あたるんだ。

3年前に、今の病院に転院したときは、緩和を考えていて、通院の便利さを
優先したのだけれど、軽快してこれほど生きるとは考えていなかった。
いままでお世話になりました。

進めた終活の巻き戻しも、もちろん急がないといけない。

 

アフリベルセプトの添付文書を探していると、アイリーアというキーワードでは
眼の疾患に関する文書しかヒットしない…また誤ったのか…夢でも見たか…。

薬品には一般名(薬剤名)と商品名があるので、一般名のアフリベルセプトで検索。
ザルトラップという、聞いたことのない薬品の添付文書を発見した。
抗悪性腫瘍剤/VEGF阻害剤とあり、薬価収載が2017年5月。間違いない。
リンク ー> ザルトラップ添付文書 PDF
※スマホやタブレットだとDLされちゃうかも。

ぼくの知っている範囲で、大腸がんの治療に使われる分子標的治療薬はこんな感じで


ベバシズマブ(商品名:アバスチン)
VEGF阻害剤
薬価収載:2007年6月

セツキシマブ(商品名:アービタックス)
EGFR阻害剤
薬価収載:2008年9月

パニツムマブ(商品名:ベクティビクス)
EGFR阻害剤
薬価収載:2010年6月

レゴラフェニブ(商品名:スチバーガー)
キナーゼ阻害剤
薬価収載:2013年5月

ラムシルマブ(商品名:サイラムザ)
VEGFRー2阻害剤
薬価収載:2015年5月

アフリベルセプト ベータ(商品名:ザルトラップ)
VEGF阻害剤
薬価収載:2017年5月

このうちセツキシマブとパニツブマブ・レゴラフェニブにはサードラインのレジメンに
単剤投与もあるらしい。他は化学療法との併用。
またどれも「術後補助化学療法としての有効性及び安全性は確立していない」と、ある。
普通に考えれば、治癒切除不能例の専用なんだ。

ボクが、治療を打ち切った時期と承認が重なるラムシルマブについては、記事も報文も
ほぼ初見で、臨床試験の結果などは見たことがない。
ボクの知識は、維持療法についてのCAIRO3試験あたりでストップしてる。
もしも、不幸にしてまた治療を再開するとすれば、ラムシルマブだと思うので、いろいろ
調べてみようと考えている。

謎の多いセツキシマブにも興味がある。臨床試験を行うたびに結果がちぐはぐになる薬。
2014年6月に発見した、2度目の脳転移治療の時、抗がん剤治療の再導入では
同意書をFolfiri+Cmabで作ったのに、いざ入院すると治療はFolfiri+BV療法だったことがあって
その時の説明では「あなたに効かない可能性が高いので、前に奏功したBVにします」だった。
この時初めて、抗がん剤治療の効果予測因子について知った。RASとかRAFとか。
今はそこら辺を読み漁ってる。

不思議な薬セツキシマブ。


最後の徹底的治療を決意して、2013年に社会から落ちこぼれて以来
久しぶりの盆休みは、雨に祟られたおかげで自転車にはほとんど乗れなかったけれど
受託業務が大いに捗った。これで一安心。

現在、無治療でいるせいか、癌を自覚することが少ないせいか
医療情報に疎くなっているようだ。
前に、アフリベルセプトに関するWCGCでのレヴュについて書いたけれど
WCGC2017は2月の開催で、その3ヶ月後の5月に、アフリベルセプトは
日本でも承認されたようだ。臨床例が公開されるのはまだ先になるだろうけれど
既に新薬の恩恵に浴している人もいるのだと思う。

分子標的薬というと、ボクが真っ先に思い浮かべるのはもちろん
長く世話になったベバシズマブだけれど、それを除くと
ゲフィニチブ(商品名:イレッサ)。これは肺ガンの薬。
なぜ肺ガンの薬が印象深いかというと、それは薬害だと言う報道のせい。
ゲフィニチブは世界で初めて日本で承認されて、当初は夢の新薬って言われてた。
臨床例が増えるにつれて、深刻な副作用が明らかになり、死亡例も増えた。
結局、裁判にまで発展したのだけど「添付文書の記載不備」という判決。
それでも「米国では承認が取り消された」だの「使用しているのは日本だけ」だの
いまだに薬害だと主張する人も多いみたいだ。
ゲフィニチブは、東洋人に特異的に高い効果をもたらすことが分かっているので
欧米で消極的だったり、否定的な事は、ボクには当たり前に感じられる。

この騒動は2002年の承認後すぐに始まって、2011年の第一審判決でピークに。
その後、最高裁判決がでた2013年頃までメディアでは、あたかも「薬害」のように
報じられていた。
そんな中、2012年5月、ボクは治癒切除不能な転移をきたして
分子標的薬の適応となった。この時はXELOX+ベバシズマブ(商品名:アバスチン)だった。
イレッサのことが頭にあって「非常によく効くか副作用で死ぬか」と複雑な気持ちだったのを
今でもよく覚えている。

さて、飯を食って、仕事の支度をしないといけないので
続きはまた今度。
仕事って響き。ナンカイイナ。

もう8月がくる。
辛かったことや悲しかったことは、なぜかこれまで8月に集中して起きた。
今年はどうだろうか。

この時期というと、ASCOで行われた発表が医療系の
雑誌に訳文が掲載されたり、解説が掲載されたりする。
ASCOではないがWCGCに気になったレヴュが。

アフリベルセプト(商品名:アイリーア)がBRAF変異型やRAS野生型患者で
より明らかな有効性を示唆する試験結果が発表された。
これは、二次治療の臨床試験で、L-OHPの治療歴のある患者に
Folfiri+アフリベルセプトとFolfiri+プラセボを投与し治療効果を比較した
第III相試験VELOURの成績を解析した結果、明らかになった。(WCGC2017)
と、ある。

ボクの場合、KRAS野生型・BRAF変異型で分子標的薬の選択は
ベバシズマブ以外になく、耐性形成するより前に副作用がひどく
使用休止となっている。
2年前の11月のことだ。その時点では
レゴラフェニブとTAS-102という選択肢が残っていたが
主治医は「お勧めしない」と言った。
このとき、既にボクの頭にあった転移性腫瘍は消失していて
縦隔のリンパ節も縮小を維持していたことと、何より
レゴラフェニブとTAS-102の治療実績がよくないことが理由だった。
ともかく「再増悪したら改めて考えましょう」ということになり
以来ボクは、体力を回復し、QOLを少しでも改善する事に努めてきた。

幸いなことに現在では、かなり体力も回復し、左脚のビッコも
杖を使わなくとも転ぶようなことはなくなった。
もしも今後、再度増悪することがあっても、最初から成績が悪いと
分かっている治療薬ではなく、ボクの遺伝子タイプでは特に
より効果が高いと評価された薬剤を使えるかもしれない。
先のWCGC2017でのレヴュでは、そういうことを言っている。
第III相試験で有効だったのだから、早ければ3ヶ月、遅くとも1年で
保険収載され、標準的な二次治療となるのではないか。

先月からまた、外に勤めに出始めた。
製造工場で軽作業をしている。午後およそ5時間なのだけど
室温が非常に高いので、なかなかキツい。
おり悪く、本業の方にも急に仕事が入って、なかなかキツい。
汗だくでヨロヨロ帰宅すると直ぐに、風呂に入る。
風呂から出ると急いで酒を飲んで、晩飯を食い寝る。
翌朝、三時頃起き出してワークステーションを起動。
モデリングや製図をしたりして、一段落すると朝飯を食い再び寝る。
次に目が覚めると、出勤時間だ。

忙しくはあるけれど、さしてストレスなく、この四週間過ごせた。
これがいつまでも続くと良いな。

早いもので、原発巣摘出から丸8年たつ。
およそ10日後の日曜日に退院してこの時は、治ったものだと確信していた。
当時は自営で設計業を生業にしていたので、一刻も早く退院して
最前線に戻るべく、まだ痛みの取れないうちに硬膜外麻酔を抜いてもらい
3日で普通食に戻した。
全周性の腸閉塞で、減圧のために2ヶ月以上の間、絶飲食を続けたことと
ひどい痛みを抑えるために使用した、大量の医療用麻薬のせいで
まっすぐ歩くことも難しかったことを覚えている。

8月には術後補助化学療法を始め、その副作用の強さから
さらに治癒の確信を深めた。しかし不幸なことに
抗がん剤は本体を痛めつけただけで、翌2010年1月に転移を確認した。

2009年4月
腸閉塞で救急搬送 大腸がんの診断

2009年7月
横行結腸肝弯にある腫瘍と側方リンパ節を摘出(右半結腸切除)
術後TS-1療法

2010年1月
両肺に転移性腫瘍を確認

2010年6月
肝臓に転移性腫瘍を確認

2010年8月
肝部分切除
術後Xeloda療法

2011年2月
両肺部分切除
術後Xelox療法開始

2012年2月
CA19-9が高値上昇
PETーCT画像診断で縦隔リンパ節の腫脹を確認
治癒切除不能と判断されXelox+VB療法開始

2012年7月
手足の軽い麻痺
頭部MRIで右小脳に転移性病変を確認

2012年8月
放射線治療を実施

2012年9月
右小脳の転移性病変消失
縦隔リンパ節の腫脹消失

2014年6月
右大脳頭頂部に転移性病変を確認
縦隔リンパ節が再度腫脹

2014年7月
放射線治療を実施
施術後Folfiri+VB療法

2014年10月
右大脳頭頂部の転移性病変が消失
CRを得たと判断
以降、無増悪生存

2015年11月
右脚麻痺・高血圧症などによりQOLがひどく低下
化学療法を含む全ての治療を休止

ざっと書き出してみると、なかなかの物だ。
標準治療だけで生き延びてきた。
「お前は運がいい」と友人たちは口々に言うが、ぼくはこう思う
本当に運のいいやつは癌になどならない。