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↑去年の成績通知

 

 

Tac答練は、試験委員に目を通され、意図的に回避されているような気がする。会計答練でのIFRSリースの出題がTacテキストの176頁からだと仮にすると、本番での出題は1頁ずらした175頁からの出題だった。


税務は、たしかにカバーすべき分量が多いが、淡々と論点を潰していけば、本番で変化球が飛んでくることがないので、努力の成果が反映されやすい。チャンス科目。


職倫は、要注意科目。最後の落とし穴。

原則と阻害要因とセーフガードを覚えただけでは足りない。

上の成績表は前年のものだが、インサイダー取引その他諸々を落としたことで足切りに遭っている。試験最終日の最終科目で1時間の科目だが、気を緩めないで欲しい。

でもtwitterで人の成績見ると、職倫はみんなBかAですね…落とし穴でもなんでもないのかもしれません…得意な人は他科目に資源投入して下さい。

今年の成績表も請求してみるのでそれはまた後日。

 

普段から実務で六法や基準をこまめに引いている人はもう合格の素養があると思う。

法人時代、六法を引いたことがなかったツケが自分は回ってきた。

勉強時間も、250h弱。スタディプラスで頻繁に更新してる人は300h〜400h。

初年度から全力でやれば良かったが、それが出来なかったことも含めて実力。

 

試験に長く関わってきて思うのは、試験は本当に自信の醸成にとってよろしくない。どうしても人と比べてしまうから。自分より良い点数の人と比べては落ち込み、自分より低い点数の人と比べて歪な自信を付ける。そんなことに意味はなく、自分の成長だけに目を向ければいいのだが、試験という競争が無理やり周囲の状況を伺う姿勢を強いてくる。こんな試験からはさっさと足を洗ってしまうに限る。

 

↑使用教材とその有用性(Aがとても役に立った)。

 

まず講義は会計の講義のみ聴くことにした。他の講義は去年聴いて意味がないと感じたので聴いていない。

聴いたことがない人でも経営以外は聴く必要ないと思う。

会計は六法を読む上で考え方を知りたいと思い聴講した。

おととしは2、3回目で退屈なのでやめたが、今年はなぜか割と楽しく聴けた。(個別の退職給付は簿外債務の計上を容認してるとか)

講師は優れた会計士なんだろうなというのは伝わってくるが、図解などの板書なしで口頭で済ますスタイルはなんとかして欲しかった。

これはTACの講師全般に言えるが、本業の片手間でやってる手抜き感がすごい。

答練も改訂されず過年度の使いまわしだったり(会計)、過去問の文言ちょっと変えただけだったり(IT)。

あと監査答練は行数で機械的に採点してるっぽい。中身関係なく3行書いたら3点とか。

税務の講師だけは例外で熱意がすごい。答練は多少使いまわしあるものの毎年新作。ただ講義が何言っているか分からない。

今年から始まるCPAの方が熱量が大きくて良さそう。けど答練が各自やって下さいスタイルらしいので注意が必要。

 

テキストと六法を車の両輪に見立てて読んだ。片っぽだけだと退屈なので。両者を行ったり来たりしながら読み進めた。

①会計は、六法メインで、テキストと講義の最後に配られるチェックリストを補助とした。チェックリストの各論点を全て人に説明できるようにとの講師のお言葉だったが、その域には達しなかった。

②監査は、テキストメインでたまに法規集に立ち返る感じ。講義は触りだけ聴き、そこで重要性ランクみたいな話をしていたのでそれの上位から順になるべく指針の手続を覚えるように励んだ。

今思えば、財務諸表監査の実務をちゃんと読むだけでも、本番のグループ監査と弁護士確認の箇所は書けた。

③税務は、コントレさまさま。長々とTACの講義を聴かなくてもコントレを解いて短い解説を聴けば法人税は大丈夫。

本番の受取配当金はコントレのおかげで多分取れた。

④経営は、テキストが分かり易いという評判だったが、個人的には全然そう思えず、ITのイメージも掴めないので市販本も読んでみたがよく分からず終いだった。去年の本番でもボンヤリしたことを聞かれボンヤリ答えたし、今年の本番はそもそもITっぽさがなかった気がするがいずれにせよ選択肢方式なので大崩れはしないのではないだろうか。

困ったら分掌・承認・照合・アクセスコントロールのどれかにあてはまると考えておいた。

財務分析はどんなやり方でも大丈夫と思う。答練だけでも平気な印象。

⑤職倫は、前年までの5原則・5阻害要因の文言だけ抑えて突撃するスタイルを改めた。

テキストの全論点と原則・阻害要因の紐付きを確認した。

独立性の指針は一見分量があるが、○○は○○の阻害要因を生じる、という箇所だけピックアップして読めばよい。

本番では倫理規則の中の、阻害される基本原則の確認が甘く、最終問題を落とした。


最後に答練について。今年はじめて生で受けた。郵送を待っている時間がもったいなく、早めに解いて回転させたかったため。

自分の位置確認にも役立った。毎回成績は平均を上回っており、税務に関しては常にAだったので負けてはいないという安心感を得た。

試験馴れするメリットもあったかもしれない。

今年からだと思うが、答練の教室は連日満員でサブ教室が用意される程だった。

空いてるサブ教室の方で受けた。

皆んな法人で疲弊しているだろうに日曜日に学校来るなんて凄い。法人にいてJ3の初回を逃すと、仕事が増えてますます勉強時間が減る泥沼。

学校に来る元気も時間もないという人は相当追い込む必要があるのでは。

答練は保険の意味合いが強いと思う。

全然的中しないけど、万が一そこから出ると死んでしまうのでやる感じ。

結局最後のほうは答練の回転に終始してしまったが、手段に過ぎないので、時間を割くならテキストや基準にした方が良かったように今は思う。


追記:計算テクニック講座も全部聴いて、計算テキストの例題も回した。

効果があったかと言われれば微妙。本番の連結はぶっ飛んでいたので。

 

これでやっと試験と名の付くものから解放される。ようやく。長かった。

合格率を7割に戻してくれないと厳しいと思っていたので、7割を切望していた。

結果7割には戻らなかったけど、受かれてよかった。

 

振り返りの前に愚痴を。

対協会。合格率下げ過ぎ。

合格率低下の要因は、TACの税務講師の話によれば、医学部不祥事の煽りを受けて、協会が下駄を取っ払ったこと。

 

対ネットの過年度合格者。自分を美化し過ぎ。

やれ受験生のレベル低下だの、やれ俺の時は2週間前に勉強すれば受かっただの。

速さ×時間=距離だと、かかった時間が長くなった要因は走る速さが遅くなったこととは限らなくて、距離が長くなったことかもしれない。

合格率の低下は受験生のレベルの低下とは限らなくて、下駄がなくなったからかもしれない。

 

2021年4月2日午前9:00

修了考査合格

良かったー安堵。

今日は論文式の結果発表があったね。

自分も当時ムチャクチャ苦労したはずなのに、月日が経つとなんか楽に受かったような気がしてしまう。

喉元過ぎれば熱さを忘れるというか、

楽に受かった(という妄想の)自分と、苦労している受験生を比較して優越感に浸ってしまいそうになる。

ファイナル考査過年度合格者がネットでイキッってるのもこれと同じなので鬱陶しい。

ファイナル考査の場合はさらに、一昔前はザル試験だったのでそもそもの土俵が違うのだが、その辺は自分が受かってから

また書くことにする。

 

表題の映画を観た。ジョディ・フォスター主演。

パソコンがでっかくて時代を感じたなぁ。今はコンピュータも飛躍的に進歩して宇宙開発もそれに比例しているんだろうか。

自分の専門分野では誰にも負けないという自負が見えて、理系の研究職ってカッコイイ。

営業に徹せず、研究に没頭したくもない自分のような人間にはやはり会計士が合っていたのかと思う。

夢を追うのはやめろと散々予算を削っておいて、いざ宇宙とコンタクトが実現すると成果をかっさらおうとする上長の存在がリアル。

鼻っ柱の強そうなジョディさん、もっと口出せば良かったのに。

宇宙に出発する上長に「神を信じる者は報われるんじゃなかったの?」と言い返したのは良かった。

なんやかんやあってベガ星人とコンタクト出来たジョディ。

ベガ星人がお父さんの姿でジョディに優しくするから泣けた。けど、ジョディが自分でこれは現実じゃないって我に返るからこっちも慌てて居住まいを正した。

ベガ星人とコンタクトしたんだけど、地球時間では1秒しか経ってなくて記録も残ってないので妄想癖扱いされるジョディ。

政府の高官に過ちを認めろと詰め寄られるも、それは出来ないと突っぱねるジョディ。

この辺は自己啓発的に重要と感じた。自分の感じたものってのは絶対的に正しくて、それを他人が否定する権利はないってことを肝に銘じておいたほうがいい。自分が寒いと感じたら他の人がどんなに暑いといっても寒い。

ラスト、宇宙人を信じるかと問われたマシュー・マコノヒー(インターステラーの人!)は彼女を信じると返した。

他の大勢が信じてくれなくても、自分と大切な人が信じてくれればそれでいいという巧い締め方ですね。

 

この映画は、科学VS宗教という壮大なテーマを一貫して掲げていた。宗教はね、私含め普通の日本人には馴染みの薄い概念であり、なかなか入り込めない。

話は逸れるが、以下のような記事をNumberで見た。

サッカーでチャンスボールを外した場合、日本人選手はチームメイトに謝る。一方、外国人選手は神と対話し、その後何事もなかったかのようにプレーを続けるらしい。

ここに宗教が関係していて、外国人選手は自分の宗教・信仰心を持っているから、自分のミスは自分と神との間の問題であってそこに他者は介入しないとのこと。

するとね、謝らない外国人は自分を持っていて優れていると早合点しそうだけど、これは優劣じゃなくて文化の違いだよね多分。

日本にいる場合は謝ったほうが丸く収まるし謝ったほうがいいでしょう。

だけど、その時、ああ自分はダメなんだ~って内向きになるんじゃなくて次どうすればミスを繰り返さずに済むか考えることが重要ってことを念頭に置いておく。

それにはギリギリのバランスが要求される気がする。

さきのジョディが政府高官に詰め寄られた場面も、記録はないと認めるか?→Yes、思い過ごしであった可能性を認めるか?→Yes、じゃあ全面的に間違いと認めるか?→No,I can't

Because I felt.と続くと勝手に思ってるが最後の最後、自分に嘘をつくことは出来ないとジョディは言っている。

まぁ向こうの国は、これを認めちゃうとすごい賠償金を負わされるってのもあるだろうが。

下手に出ると際限なく侵略してくる人って現実にいるから本当に注意したい。