やらない善より、やる偽善。思い出すあの時の事 | Yoshi's blog"Swing the Rod and Stick"

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Drumと釣りが好き。
それは自分の生きた証。

「やらない善より、やる偽善」


最近僅かながらにゴミ拾いと清掃活動を始めた身分ですので、このフレーズは常に頭に置いています

では、本題に移ります

実は前回、淀川清掃活動の事を書いた時には明るい記事を書きたかったので、触れなかった事案がありました。


前回記事はこちらです。
↓↓



実はあの日、他の参加者の方が何処の誰か知らん人に言われたらしいです。


「自己満や」って。


言われた彼の大人の対応で揉め事は起こらなかった。



それを聞いて、世の中にはこんなある意味凄まじい神経の持ち主がいるのかと思いました。



僕はゴミ拾いしててそんな事言われた事は現在のところは無いですが、何故か今になって似たような事がそういえば過去にあったなって思い出しました。







あれは今から8年前、2011年

東日本大震災の時でした。


あの地震の起きた翌日3月12日、僕は当時の所属バンドのスタジオ練習とバンド仲間のライブを観に行く予定がありました。


前代未聞の大災害に世の中は情報が錯綜し大混乱に陥り、日本各地で自粛ムードが起こった時代背景もありました。


そんな雰囲気でしたからスタジオをキャンセルしたバンドも相次ぎ、僕のバンドはキャンセルはしなかったものの、練習っていう空気には全くなりませんでした。



この後はその足で友達の出るライブハウスに向かい、そのライブに関しては事前に友達から連絡が届いていました。


その内容は「今日はチャリティーライブに差し替える」でした。


いくら約束とはいえライブに行く気を無くしていた僕ではありましたが、それで少し行く気になれましたし、ライブハウスの対応は素晴らしいと思いました。


僕はそのライブに行った事で湧き上がる感情が出ました。


自分もチャリティーライブに出たい。



その舞台に立って少しでも貢献したい。



音楽をプレイする者として自然に思いました。




ただ本当の事を言うとその頃、プライベートで重い失恋をしたという恥ずかしい背景がありまして、チャリティーライブに出る自分をその人に観てもらいたい、知って貰いたいっていう色目があったのは事実です。

ただ、それを差し置いても出る意味はあると考えていました。


そんな頃、自分のバンドは一件ライブを抱えておりそのライブはチャリティーでは無かったのですが、別件でチャリティー参加依頼が届きました。


僕はこのライブに出ようという提案を一番に所属バンドにしましたが、断られてしまいました。


理由は、そのライブが「バンドの次に繋がるのか」を考えれば決して強いライブではありませんでした。


チャリティーという体制は取っていますが、出演陣が内輪であり、内輪で行うチャリティーライブであった事は間違いなかったからです。


ただ、その内輪って言うのは僕の先輩の主催ライブでした。その先輩と界隈が大好きなので僕が出たい理由は自分の感情的な部分が強かったのは事実ですが、所属バンドに対しては


「そうじゃないだろう…」って気持ちも当然ありました。



結局、所属バンドでの出演は破断になりました。


でも、僕がそこに立ちたい気持ちは変わらなかった。



所属バンドには悪いなと思いながらも、自分が出たい気持ちは抑えられなかったため自分主導で1日限りのバンドを結成しチャリティー出演を決めました。



数日後、このチャリティー会場となるライブハウスに遊びに行った時にマスターやそこによく来ているプロアーティストの方などと例のチャリティーライブの話をしていました。



そこでそのプロアーティストが言った。


「募金だけしてたらええねん」


チャリティーライブなんか、偽善者の行動やって言われました。



実際その人は固定ファンも多く、音楽で生計を立てている方でしたし、これは聞くべき話だと思っていました。


内容はもう8年前の事ですので詳細には覚えていないのですが、僕も自分のバンドを置いて出ようとしている分、後ろめたさを感じてるのは事実でしたのでその話の内容は自分に当てはまる話ではありました。



だからこの場ではちゃんと話を聞きました。



でも同時に思ってました。


「それって悪い事なんか?」


人それぞれ考え方があるのは分かるけど


嫌なら自分がやらなければ良いだけの事。


やろうとしてる人に言っちゃ駄目だろ。


そう思っていたけど自信を持って言えなかった。


熱を込めて話して下さりましたし。




確かに僕がチャリティーに出たい理由は偽善と言えば偽善だ。


チャリティーの舞台を利用して失恋したあの人にチャリティーに出た事を知って貰いたい、自分を見直して貰いたい。



その思いがあったのは事実だから。



だけど自分の発信手段で貢献する事には変わりないだろ。


それの何が悪いのって思う気持ちもありましたが、自分では善悪の判別は出来ず後日、こんな事があったって主催の先輩に相談しました。返事はシンプルかつ力強かった。



「偽善でええねん」




当たり前だが、主催の先輩の方がただの演者のボクよりリスクを背負ってる。


だから尚、この言葉が1番刺さった。




実は、ボクが批判を受けたのはこの件だけでは無かった。


この間、諸事情で所属バンドは崩壊危機に瀕しており、チャリティーがどうというよりバンドを置いてこのライブに出る事を批判されました。



また、当時はバンドの事ばかり考える生活で定職にも付いていなかった為、知らん人を助ける前にまず自分の事をやれという批判も受けました。



もう過去の事だからぶつける相手もいないし、当時言えなかったから仕方ない。


だけど今同じ状況ならこう言ってる。




 



うん。

行動してから言え。






偽善ですが、何もしなかった人よりかは貢献しました。



ちゃんとこの後、赤十字に主催の方がこのライブの売り上げを入金して下さりまして、写真の拡散も行いました。



確かに、この後は別件で色々ありましたけど…


それでも、チャリティーに出た事は後悔していない。



8年経った今もです。





で、ここでボクの回想は終わって現代に戻ります



ゴミ拾いが自己満だって言った人よ。


何も知らんでしょ?



清掃活動やゴミ拾いって誰でも出来るけど楽じゃないよ。


個人で少し拾うぐらいならともかく、規模が大きくなれば役所、自治体等との連携も必要になる


街中では歩行者、自転車、車に気をつけながらやらないといけないし

河川敷なんて自費でライフジャケットを用意して下さる方もおられます。


ボクは主催した事無いからこれ以上は語れないけど、頭が下がりますよ。


そんな人に向かって「自己満」ってか。






うん。自己満やで。

その瞬間、ゴミが無くなる事で心が満たされます。





ゴミ減って嫌な思いする人居ます?

うん。居ないよね。


つーか全ての物事って何でも自己満なんだけど。


良い事をしてる人に向かっての「自己満やん」って



そっくりそのまま刺さってますやん。






アンタのその腐った言動も自己満やで。





叩きっぱなしってのは嫌だからもう終わります。


だから1つだけ言いたい



申し訳なかったって気持ちがあるなら動けば良いだけです。


人間やり直せない事は無いから。



 
って自分にも伝える。


俺は失敗したらすぐ引き摺るから(笑)


 



長々と駄文にお付き合い頂き、最後までお読み頂きありがとうございます。