カレーが好きな方、カレーを食べようと思っている方、ごめんなさい。ココで離脱してください。






父が老健に入所して3ヶ月位で、トイレから臭ってくる父の尿の匂いが消えた。


今、6ヶ月目。


未だに、出来ないことがある。


カレーを食べる事。


父の便の処理を初めてした時。廊下に柔らかいものが点々と落ち、足にも付いていてトイレも風呂場も大変だった。下着も全て捨てた。


わたしは、そのつもりは無くても、嘔吐いてしまい、止まらなかった。父が傷つくから我慢だと思いつつも、止まらなかった。マスクをしても、駄目だった。


母に全てやらせる訳にはいかず、頑張って処理した。


カレーは、初めて父の便を処理して以降、食べていない。大好きなカレーを断ってちょうど1年経つ。


未だに、食べる事が出来ない。


父は日本手ぬぐいを食事中に使っていた。食べる時にこぼすので首からかける、口を拭く、その手ぬぐいで鼻をかむ。

母は、そのまま、洗濯機に入れる。鼻水もこびり付いている米も、一緒に洗うのだ。


夏に家では汗をかくので、首に引っ掛けて手ぬぐいを使って汗を拭いでいたが、もう、使えない。使いたくない。父を連想させるので、向こう何年か、何十年か、この先永遠にか、使えないだろうな。


とにかく、父を連想させるものは全て拒否。

小学校5年生の時だと思う。体操の上下は白の体操着と、紺のPパンだった。紺のPパンは、色が色なので汚れは解らないし、ゴムが伸びれば母がキツく入れ替えてくれた。


問題は、白の上着。

首がゴムになっているので、汚れは目立つし、いちばん嫌だったのは、首のゴムが伸びてビロンビロンのヨレヨレになる事。


あまりにも、自分の体操着がひどいので1枚買って欲しいと母に頼んだことがある。


母の答えが


「うちは貧乏だから、そんな余裕はないのよ」


何も言えなくなった。

心の中で、コレは、必要なものなのに、と思ったことはおぼえている。


わたしは、自分であれが欲しい、これが 欲しいとは、空気を読んで言わない子どもだったと思う。なので、次女だし、お下りは当たり前。新しいものを買って もらった記憶は、数回しかない。

中学校に上がってから、お年玉でレコードを買った時の喜びはとても覚えている。


だから、うちは、貧乏だと思い、買って欲しい、とか駄々をごねた記憶はない。姉もそうだったと思う。姉が買ってくれと言うのを見ていればわたしも真似して買って攻撃をしていたと思う。


母が言いたかった事は、今になれば、判る。ポンポン買わないで、よく考えてお金を使いなさいと。お金は、大事、と。


でも、


母の一言は、大きかった。


そして、傷ついた。


今のわたしは、、、


父は老健に入所中で、肩の荷が少し軽い。が、悩みはいろいろとある。


父の精神の不安定な時が6月頃からあった。施設から家に電話をかけて来て、調子が悪いから面会に来いと、呼びつける。

どうも、向精神薬を減らしたり施設でしていた様子。

顔を見れば判るが、ここ2週間くらいは、落ち着いてきたようだ。


母は、一人でわたしがみている。

身の回りの事は、自分で出来る。ただ、痴呆が進んでいる。


デイケアに行ったら負けだ、とでも思っている様だ。ご近所への見栄。行ったら、可哀想な存在になる様だ。自分がその様に思っているのだろう。


でも、痴呆は進む。


わたしだって、母をに対して優しくは、したい。けれど、母の同じ事の繰り返しや、変なプライドの高さ、自分のやったことを忘れてわたしのせいにする、など。

こんな小さな事だけど、積み重ねだ。

始めのうちは、右から左に流せても、積み重ねると我慢出来ない時がある。


そんな時は、小さい声でおまじないを唱える。「相手は、老人。痴呆の老人。相手にするだけ損」と。


おまじないを唱えると同時に、一人では無理だと、思う。


もう、お気に入りの姉は、死んだんですよ、お母さん。


わたししかいません。


どうか、プライドは、そこそこに。

デイケアを使いませんか?そんなに、拒否しないで下さい。


涙が出てくる。


まだ、家にいる時、父が珍しくテレビを観ていた。


テレビにアフリカ系のタレントさんが、ベラベラの日本語を喋ってテレビに出ていた。

父はそれを見て、「なんで朝っぱらから〇〇ンボ(差別用語)がテレビに出てるんだ」と、言いました。


また、マラソンや、駅伝を観ていると「〇〇ンボが走ってる」と、わざわざ言う人です。


そんな父が、わたしは大嫌いです。


施設に入っても、スタッフの方たちは、日本人ばかりではありません。


だから、嫌われる

父に面会に行くと、不満ばかり言う。


ご飯が不味い。コレは、言われると思っていた。濃い味で、醤油をどくどく刺身にかけていた父。コーヒーも砂糖をティースプーン4杯入れていた。


面会時に、甘いものを補うしかない。


一番ひどいのは、順番。

いつも待たされる。トイレに行きたくても、一人では行かれないので、順番の一番最後だと不満を言う。


あー、父はそういう人だな、と思った。

以前デイサービスで、風呂の順番が1番ならば気持ちよかったと言っていたし、送迎が1番ならばご機嫌だった。


もう、帰りたいと言っている。


勘弁してくれ、という気持ちと、閉じ込める罪悪感が私の心の中で渦巻いている。