母が少し、不安定になった。


気持ちが、揺れ動いているのだろうと、今は思う。というか、そう、信じたい。


父を入所させて、帰りの車の中では、気持ちが楽になった。と、言っていた。


入所前は、もう着替えさせるのは、無理。入って貰いたい。入ったら、もう、出てこれないだろうな。とも言っていたので、解っているものだと思っていた。


が、父を励ます意味なのか?

早く帰ってきてね。待ってるわよ。と、言ったり。明日、この着替えを持っていく、下着足りないから。(もちろん、替えの下着は7組ほど持参してます)など、いきなり言い出す。

何で、電話をよこさないのか!と、すねていると思えば、父のものを片付け始めたり。私はさすがに、すぐに片付けることは出来ない。


母は、少し、いえ、だいぶ痴呆があるので、揺れ動いているのだと思うし、相手を気遣えないのだろう。

ここの所、酷くなっているのは、分かる。本人も、物忘れを分かっている。


当分は、面会する、という老夫婦に付き合うしか無い。



朝、私と母が起きたら、もう既に起きていた。母曰く「今日入所なのに、なんで早起きしないんだ」とでも言いたそうな、苦虫を噛んだ顔をしていたそうだ。


14時に施設に着けば良いので、昼を食べて、13時半に家を出る予定。


何時から起きていたか知らないが、父らしい朝です。


お昼は、マグロの刺身を食べて、予定通り出発。


入所はすんなりできた感じです。

見栄を張る人なので、グズることなくしていたようですが、担当の方が「他に何かありませんか」と、聞かれたので、父は不安になると左脇腹が痛いと言ってグズりま

す。と言うと、もう既に、痛いと言っているそうでした。


やっぱりな。


では、お願いしますと、丁寧に頭を下げて帰宅しました。


これで終わったわけではなく。


その後のフォローもある。


特養に申し込みを、市内回らなければいけない。市内で駄目なら、隣の市まで遠征する覚悟。



不安でたまらなくなると、神経痛が始まる父。


入所すると決めたが、不安でいっぱいの父。不安から来る神経痛で大騒ぎ。


薬を出せ、湿布を貼れ、ホカロンで温めろ。


薬は誰がいつ、持って来るのか?


知らない。


施設の公衆電話は、100円玉を使えるのか?


知らない。


相部屋の人はどんな人だ?


知らない。


そんな事ばかり聞いてくる。


気持ちはわかるけど、イラついてきた。


でも、入所する気持ちは変わらないようです。それだけでも、救い。


入所の意思を固めた父。


父を、入所させると決めた母。


支度をしていると、楢山節考という映画を思い出す。


これは、わたしの、罪悪感。


あんなんに嫌いな父に対して、優しくなる。施設で、父が困らないようにいろいろと考える。


下着、靴下を7セット用意し、名前を書く。父は、足がむくんでいる。そのせいで、通常の靴下が履けない。使い古した靴下を、大事に履いている。靴下探しも大変。

施設用に、靴下に名前を書ける物も売っているが、それではダメ。何とか7足揃え、白い布に名前を書き、それを糸で縫っていく。7足なので14枚縫う。


支度は私の仕事じゃない、なんて思っている母も、さすがに手伝ってくれた。


ボケてはいけないので、カレンダー、ノート、ペン、シャーペンなど。小さな書類袋に入れた。


家の電話、携帯番号、私の携帯番号を書いて、渡した。


さすがの父も、ありがとうと言った。

目尻に涙が見えた。


罪悪感。


老健施設に入所の承認が下りて、再度、意志の確認をしていると、やはり老人の気持ちは揺らぐ。


父は前立腺肥大症の病気があり、施設に入る為にはバルーンなるものを尿道に入れて、尿バッグを下げなければ、受け入れ出来ないという事でした。


訪問の看護師さんにも言われた事ですが、尿バッグを下げてくれれば、尿の色、量など、施設の方は管理しやすいと言われた。


父曰く、ソレは向こうの勝手な言い分だと言う。


いやいや、老健施設申し込みに回る前に、父にその条件は話して、了承していました。その時には、尿バッグを下げて生活しても良い。施設に入るほうが優先。と、確認をしたはずだが、都合の良い方に考える老人。


父の言い分は、今は自分でトイレに行って、管を使って排泄できているのに、生活レベルを落とすことはないと言うのが言い分。


同じ事を何度も何度も、説明することに嫌気が差してきた。


そこに姪(父とからすると孫)が、達者な口調で少し物事をオーバーに言って、父を言いくるめた。


ようやく、尿バッグを下げて生活することに同意して、先方に返事をする。


ようやく、入所する事になる。


が、、、つづく