また、実家に滞在する日々が始まり、、、



実家に着いた次の日に従妹がやって来た。


どうも、わたしが自宅に帰っていた時に、毎日の様に来ていた様だ。


母は、嫌気が差し、他に行って欲しいと思い、自分の妹、従妹からすれば、母親の妹(H叔母)の家を教えたそうだ。

やると思った。

母も、無責任。あの、従妹に「来なさい」なんて言おうものならばどうなるか、解るはずなんだけど、そこは認知が入っているから、解っていても、口から出る言葉とココロは裏腹なんです。


あの、従妹の事だから、何十年と会っていなくても平気で訪問する。


「教えてもらった、H叔母さんの所に行って来た、とただ報告に来たの」と言う。


子供かっ!?


「H叔母さんは、はじめアタシが分からなくて、びっくりしてた。お茶は出してくれたけどさ」と、従妹。お茶は出してくれた、の後に食べ物は出なかった、と言いたげ。に思えるのはワタシの経験値です。


やはり、喋ることも目的だけど、飲食も目的のひとつなんだ。どうも、この日、手ぶらで訪問したようです。


母が、今日は用事があると言っても、自分の喋りたいことだけ喋り、靴を脱ごうとする。あげてもらえないとなると、「居るの?随分と早く来たね」と、わたしの事を言う。


本当にイライラする。


数日後、道でばったり会ってしまったが、付いてこられると困るので、目線を合わせず通り過ぎてやった。

勿論、従妹はワタシに気付いていた。


意地悪なワタシ。


メロンを買ってきた。

食べごろと思い、冷蔵庫に入れた。

母がわたしにこう言った。


「アンタ、メロン食べたければ、切ればいいじゃない」

母が言う。


別にメロンの話をしていた訳でもないし、食べたいとも言っていない。

突然言われた。


意味が解らなかったので、スルーした。


(今日は少し肌寒い)

「アンタ、寒かったらストーブ付ければ?」と、言われた。

思わず、「ワタシ、寒いって言った?」と言ってしまった。


ここがワタシのいけない所。


母は、肌寒かったのだ。ストーブをつけて欲しかったのだ。


そして、母は、メロンが食べたかったのだ。

切って欲しかったのだ。


わたしは、単細胞で思った事を、ほぼ、言うタイプで、この言い回しが出来ない。




メロン食べたくない?


メロン食べようか?


少し寒いから、ストーブつけようか。


そう、素直に言ってくだされば、喜んで動きます。



姉は離婚しており、元夫は行方不明。子供は娘が二人(1号と2号)いる。

姉は、癌で59歳で亡くなった。


病が進行し、仕事を辞め、お金の面から、住んでいたマンションを賃貸にして収入を得て、自分は実家に住まわせて貰っていた。この時にだいぶ荷物は整理されているが、今も、姉の荷物は沢山ある。


亡くなってから4年。こうして母を見守りながら、実家で、毎日、姉の遺影におはようを言い、姉の鞄を眺め、姉の飾った造花を眺めて、思い出と一緒にいる。亡くなった人とのお別れってこうやって自分の中で噛み砕き、納得するものなんだと最近、ようやくわかった。

でも、まだ、思い出すと涙が出る。


そう、実家には両親のものだけではない。姉の荷物が沢山あるのだ〜


そんな、姉の荷物を片付けるのは、誰がやるべきなのか?


二人の子供だろうな。

普通は。

監督さんが娘さんに手を上げて、逮捕された件。

わたし、お子さんの気持が少し理解できるんです。


一家の父親。怖い存在が、お酒を飲み、ほろ酔いで、うるさいと怒鳴り、姉を突き飛ばす。

次は、自分だという気持ち。わたしが喧嘩したせいで、姉が暴力をふるわれた、罪悪感。


わたしも、そんな思い出がある。

父が母に手をあげ、怒鳴り散らす。興奮している父が怖い。泣き出すわたし。ただ、次に、怒鳴られないように、ぶたれないように、じっとしている。


あの恐怖は今でも忘れません。

こういうのを、トラウマっていうのかな?


ワタシの時代は、児童相談所とか、連絡するような時代ではなかったし、家庭内のことを警察は不介入の時代。


やりたい放題の父。


比較的、昭和世代には多いタイプだと思いますが、叩かれたことのない人だっている。

そんな家庭でも、なんやかんやあるとは思うけど、、、

羨ましい。

また、お昼の時間に従妹がやって来た。




おばさんいるぅ〜〜〜?

一生懸命、可愛い声を出してます、という声を出します。


わたしは、10センチほどドアを開けたら、従妹はグッとドアを開けて、入ろうとする。


チョット、待っててね、とわたし。

入って来たカラダが止まる。

もう一度、チョット、待っててね。と念押し。


母を呼びに行き、ほんの30秒ほど目を離した。


従妹は、しっかり玄関に入って来た。


だろうね。


母は、部屋に上げてあげなさいよ。と、言うが、これから昼ごはん。従妹にご昼飯を作ってやる気なんか無い。わたしは、眉間にしわを寄せた。


母は、玄関で従妹と話をしていた。

「明日は、あの子(わたしの事)帰って居ないから、明日来なさい」と従妹に言う母。全部聞こえてるから!


次の日、昼前に車で自宅に帰ろうと、角を曲がると、従妹がフラフラ〜と歩いていた。左に曲がれば、実家。真っ直ぐ行けば従妹の家。バックミラーで見ていたけれど、従妹の歩く足が遅すぎて見届けられなかった。もう、どっちでも良いです。


母には、わたしが家に帰る日を数日前から言っていても、母は忘れる。前日の夜に明日から一人ね〜、と言っていたのに、イザ、わたしが帰るときになれば、明日だと思っていた。と、寂しそうに言う母。

どんな人でも、母の寂しさを紛らわすのならば良い。従妹だって活用してやる。


どうぞ、鬼のいぬ間に上がり込んで喋って下さい。


ただ、困るのは、一度、家に上げると、また上げてもらえると思い、毎日のようにやって来ること。

従妹も凄いのが、すぐ脇でわたしが食事の支度をしていても、関係なく、キッチンに座りしゃべっていく。


こういう所ですよ、従妹さん。何かしてもらえると、当たり前のように思っている所。