幸い、なのか?父は世間体を大変気にする人たちなので、暴力がエスカレートすることはなかった。刃物を突きつけられたり、今で言うネグレクトなどはなかった。


その代わり、締め付けが酷かった。小学校入学の時の勉強机、筆箱、髪型や服、習い事、クラブ活動、わたしの気持ちに関係なく両親が全て決めた。

キャラクターの筆箱なんて選ぼうものなら、そんなのを選ぶのは人間のクズだと言わんばかりに、小言を言われる。

友達も母が吟味した。
どこに住んでいるのか、姉妹はいるのか、など。

親にコントロールされている時は、それが常識だと思っていた。

ロボット状態のわたし。親の言う通り、ロボットになっているのに、父は当たり散らす相手がいない。何かないか探す。が、ぶつける相手がいない。

そんな時も、わたしがターゲット。

父は、鉛筆と紙を持って来い、お父さんは何でも知っている。知らないことはないんだ。何でも質問しなさい。

と、始まる。机の前に正座させられ、何か絞る出す。

雨はどうして降るの?

コレが、定番のお題だった。

そこから、約1時間、雨の降る原理を聞く時間が地獄の小学校3年生だった。

数週間に1回は、何でも聞きなさい、と絡まれる。子どもながらに学習し、違う質問もしたが、解らないことを質問すると、違うことを聞けと言う。

父の機嫌がいいのが、どうして雨は降るの?がいちばんいい質問で、何度も聞いた。父は、まるで初めて説明するかように、何度も説明した。

父は、自分の思うようなロボットに育ち、満足の様だった。

わたしはただ、この地獄の時間が、父の機嫌が良く、終わるのを祈るだけ。

NHKで子供の頃虐待にあった子供の支援のドキュメンタリーを放送していた。


わたしは父から叩かれた記憶、母が助けてくれなかった事、姉の静観、それらの記憶を奥底にしまい込み、なかったことにして生活した。

母や姉も父からの暴力が怖くて静観という行動をとったのだと思う。理解している。

そんな時代だった。と言えば、全て終わり。


母は、
こういうのを観ると、お父さんを思い出すのよ、と泣く。

まるで、もう死んだような言い方だけど、まだ死んでないけどね。

父の子どもの頃は、かわいそうな子ども時代だったのは聞いている。父も、被害者だったのかもしれない。
またその事は、書きます。

父は、そうやって、いじめられながら、親の愛情が無く育ってきた。

よく、両親からの愛情が無かった人は、子供にどのように愛情を表現していいか解らない、と聞く。だから、暴力を振るう父親なのか。

蛙の子は、蛙。わたしも、蛙なのか?
残念ながら、わたしには子どもがいない。

でも、わたしは鮮明に覚えている。

父からのいろんな暴力を。

わたしが、小学校2年生の頃。

父が会社から帰宅して、チョコレート1箱だけ持って帰ってきた。

今でも覚えている。箱に入ったチョコレート。

父は姉に渡した。妹のわたしは欲しがり、姉妹喧嘩が始まり、わたしが泣き出す。


父が「帰ってきて早々、泣くんじゃない!」と、わたしのほっぺたをピンタした。

鮮明に覚えている。


『だって1つしかないし、お姉ちゃんが取ったんだ。帰ってきて早々って、お父さんは自分の気分次第で、わたしを叩くのか?』という気持ちを覚えている。

まぁ、当時のわたしはここまで言葉にはならない複雑な気持だったのですが、コレがあの時の気持ちです。

叩かれて、びっくりして泣き止んだが、声を殺しながら、ただ、泣いた。


家族の底辺にいたわたし。


父のはけ口になっていたと思う。家族の中でいちばんトロイ末っ子。


その時、母からの助けも姉からの言葉もなかった。ただ、声を殺して泣いた記憶だけ。

父は、とにかく、気に入らないことがあれば、怒鳴り、手を挙げた。母、姉、わたし。全てが標的だった。

姉が幼稚園の頃、園に行きたくないと言い、トイレに立てこもった。

父が幼稚園にに行かないなんて許さない!出てこい!

と叫びながら、トイレのドアをパンチしたり、蹴破っていた。我が家のトイレは、しばらくドアに穴があいていた。

姉が幼稚園なので4〜5歳、わたしが3〜4歳くらい。わたしの人間としての、いちばん古い記憶がコレだ。朝、父がトイレのドアを蹴破る。母にどうしたの?と、聞いた記憶がある。

その時のわたしは、自分の事ではないので、傍観していた。と、思う。助けよう、とか、思わないし、ただ、怖いので関わりたくないのが、その時の気持だ。
年齢が年齢です、許してね、姉よ。

誰に聞いたら良いのか解らず、copilotに聞いた。


「わたしが6歳から10歳位まで、父はわたしの前に平気で全裸で歩いていました。後から、ウチは女ばかりだから性教育だったと言います。それって、虐待ですか?」


人間のカウンセラーの様なお答えが返ってきた。


デリケートな事を話してくれて、ありがとうございます。と言う言葉から始まり、、、


『保護者が子どもの前で繰り返し全裸でいることが、子どもにとって不快・混乱・恐怖・羞恥などを引き起こす場合、それは「性的虐待」とみなされることがあります


「性教育」と称していても、子どもの心に傷を残すような行為であれば、それは教育とは言えません。


あなたの気持ちが大切です

 その経験が「嫌だった」「怖かった」「混乱した」と感じているなら、その気持ちはとても大切です』



だから、わたしは父が嫌いなのだ。