本当のことを知りたいのか
本当のことを知りたくないのか
本当の事に目を向けたいのか
本当の事に目を向けたくないのか
本当の自分という 姿 をみたいのか
本当の自分という 姿 をみたくないのか
あなたの 知りたい は
真実を知りたいのか
あなたの 都合に合うものを
聞きたいのか
真実を知るってことは
時に
あなたの
そうであってほしい
そうであるはずだ
という
エゴの願望に見合うものを知ることではありません
例えば
こんなお話
早くに逝った主人が
今も私を想っているか愛しているのか
知りたい
そう涙ながらに語る
年配の女性がいます
どれだけ
ご主人さんが 素晴らしいか
自分に尽くしてくれたかを語る
でも
亡くなったご主人さんは
五歳くらいの男の子のことを
強く 強く 想っている
罪悪感を含むこの思いは
この方にとって一番の 心残り です
でも
愛を知りたい
この女性には 男の子のお子さんはいません
成人した女の子のお子さんだけ
お互いが
全く異なるものを 持っていながら
異なるものを 求めている
彼女の想いは
ご主人さんへの
純粋な 愛 への問いではなく
自分は愛されていたのだろうか
ご主人さんが 生存していた時から
持っていた思い(不安)からのものであり
愛への疑いです
疑いが どう生まれたのか
そのままをお伝えすると
彼女は口を閉じてしまいました
後に知ったことですが
彼女は
ある昔 妻子在る方と恋に落ち
ご結婚されていたそうです
妻子を置いて出ていった
ご主人さんには
当時
小さな男の子のお子さんがいたそうです
愛って
どう思いますか
愛って
なんだと思いますか
ご主人さん
人間としての愛を 忘れていなかった
死後露呈する 真の思い
後悔であっても
罪悪感であっても
出来なかった事への 想いって
全くの真実です
まんま
真実です
それであって
エゴがどんなに
しおらしく みせようとしても
愛をうたおうとしても
愛です
と声高らかに叫んでも
真実と事実には叶いません
そんなお話です
あなたは
それでも
真実を知りたいと願いますか
それとも
都合の良い ことを なだめのように
聴きたいと願いますか
一過性の
本当ではないものにすがりながら
死んだ後に
ずっと
真実の自己になりたかった
という道にはいることを望みますか