インターネットと広告と空と珈琲と -9ページ目

拝啓タイガーマスク殿

漫画タイガーマスクの主人公・伊達直人を名乗る贈り物が
昨年末以降、全国の児童養護施設などに相次いで届けられ、
「社会現象」の様相を帯びてきた。
Yahoo!ニュース
-------------------

そんなニュースが年を空けてから、メディアを賑わせているようですね。

僕はあまりテレビを見ないので、
騒動が広まりきって初めてそのニュースを目にしました。

同時多発的に、今回のような出来事が起きるなんて・・・
僕はうがった見方しかできないので、
街角のパチンコ屋で「タイガーマスクの新台登場!」という看板を見るたびに、
一連の騒動は昨年末に発売されたタイガーマスクのパチンコ台のPRプロモーションに違いない、
と思っているのですが、
発売元の三共はそれを否定しているようですね。

真相は分かりませんが、
仮にこれが三共のプロモーションだったとして、
「人騒がせだ」って思う人がいるかも知れませんが、僕はこの発想が好きです。

誰もいやな気持ちにならないし、PRの成果としても十二分。
タイガーマスクという過去のアイコンの情報鮮度は上がり、
その情報に接触してうける印象もきっとポジティブ。

バラエティタレントの恋愛騒動にかこつけて、
商品のPRをかけるより、ずっと秀逸じゃないでしょうか。

兎にも角にも。
事件や事故、くたびれた政治家や芸能人の話題ばかりではなく、
今回のような明るいニュースがメディアに広がるのは、とてもいいですね。

欲しいものを最短で手に入れる方法

知人に「欲しいものリスト」を作っている人がいます。
その名の通り、欲しいものをリスト化しているんです。

そしてつい先日、彼が会社から表彰されたお祝いにと、
リストの中にあったものを、メンバーからプレゼントされました。

この話のポイントは、彼は「欲しいものリスト」を奥さんにシェアしていて、
奥さんは、彼の部下にその内容をシェアしていた点。
仮に「欲しいものリスト」を、本人しか見る事がない秘密の日記か何かに
こっそり記しているだけだったら、
それを手に入れる日は、もっと先だったに違いありません。


そんなことを、考えていたら、
ふと、学生時代に付き合っていた彼女がよく言っていた言葉を思い出しました。


夢を実現させる方法は、次の3つ。
---------------
1.強く想うこと
2.少しでもいいから行動に移すこと
3.そのことを人に話すこと
---------------

「この3つさえ守っていれば、大抵のことは実現するし、
実際、自分はこの方法で、いくつもの夢を実現させて来た」

狂信的な語調で熱弁するので、ちょっと引き気味に聞いていたのですが
今になって思うと、すごくシンプルで本質を付いた方法論だと思います。

特にこの中でも、「人に話す」という行為が重要なんだと思います。


手に入れたいもの、実現したいことは、
得てして、自分の現在地とは距離があるものです。

だからこそ、
人と人とのネットワークによって、最短距離でそれにアクセスする手段を手に入れたり、
人類の集合知とも言える経験則によって、それに近づく術を学んだり、
自分だけで取ることができる以上の選択肢が、誰かの協力を得ることで生み出されるんです。

これは「他力本願」という意味ではなくて、
「他人の協力を引き寄せる働きかけを自発的にする」というイメージ。

他人との関わり合いという意味において、
人間関係が希薄な時代と称さることもありますが、きっとそんなことはなくって。
携帯電話やソーシャルメディアという仕組みによって、
人と人とが簡単に繋がれて、簡単に個人が発信できる時代になったと感じています。

言うなれば、誰もが自分の行動一つで、昔では考えられないような人間関係を構築し、
また誰かが構築した人間関係に簡単にアクセスできる。

だからこそ「人に話す」と言う行為。
つまり、自分から発信して、外部性に接続するという行為がより重要な意味を持っているんです。

ちょっと小難しい話になってしまいましたが、
今回の趣旨を極シンプルに言うと、
「欲しいものリスト」をつくって、周りに発信するだけで、
誕生日に希望したものが貰える可能性は、確実にあがるということ。

僕も今度ゆっくりと「欲しいものリスト2011」を作ってみようと思います。

メンマ

ラーメンに入っている「メンマ」
あれがタケノコから作られているって、昨日初めて知った。

いままで生きてきて、数え切れないほどのラーメンを食べてきて、
大抵のラーメンにはメンマが入っていて、
当然のように、僕はそれを口に含んで、
消化した、メンマの一部は、分子レベルまで分解されて、
僕の身体の構成要素になっているかも知れない。

それなのに、その正体を知らずに、身体の中に入れ続けていたなんて。
文明社会の恐ろしいこと。

もちろん「メンマが何なのか」という疑問は過去何度か脳裏をよぎったことはあったけれど
そのたびに「この食感は、きっとキノコの仲間だろう、うん。」
と、勝手に自分の中で整理していたので、真理に辿り着くまでに27年かかった。

まだまだ知らないことだらけだな、世界。


さてさて。
遅ればせながら、新年が明けました。

太陽が地球の周りを一回転するスピードって早いんな。
あと50回くらい、太陽がくるくるしたら、
自分の意識が地上から消失するって考えると、人生もそんなに悠長なものではないね。

2010年は、色々あったようで、何もなかったような、そんな1年。
きっとあれだ、色々なことやものに追いかけられて、逃げるように走り続けて、
気が付いたら、1年経っていたような感じ。
自発的に、こうだ!と決めて動いていかないと、意識が経験や記憶に残留しないんだろうな。

走りきった反動なのか、
年末年始は、典型的なお正月ライフ
(=無意味にダラダラと時間を弄ぶ様)を送っていた。

漫画を浴びるように読み、借りてきたDVDで映画を観て、
空いた時間は、お正月特番のテレビを、ただただ見つづける。

ホント無意味で空虚。

でも世の中、意味付けをもった行為だけで成立しているわけじゃない。
誰の目から見ても明らかで、
至極分かりやすい「意味のあること」なんて、限られている。


無意味なコトやモノに、ひとつひとつ意味を与えていける、
余裕と視野の広い思考が、情報と物資が溢れかえっている今の時代には必要なのかもね。

というわけで、2011年のはじまり、はじまり。