
『禍福はゼロサム』(石飛敏郎著・非売品)。
添えられたメッセージがユニーク。その一部。
《歌誌「六甲」に在籍しております、石飛敏郎と申します。(略)「六甲」代表の田岡弘子氏よりのお申し付けの通りに「今村欣史」様に不躾ながらお送り申し上げます。》
これは心して読まねば、と思って全作品を読ませていただきました。
石飛氏は81歳になられる。
短歌を始めたのは病気療養中、昭和39年25歳の時。
それから現在のコロナ禍までの歌が、選ばれて586首収められている。
《ボツにした1692首に未練たらたらでしたが。》とある。
長年作ってこられて、これが初めての歌集のようです。
読ませていただいて、わたしは面白かった。
いくつか紹介しましょう。
昭和51年37歳《父逝きてこの三年に弟の嫁が子を生み妹が子を産む》
軽快感の中に人生が。
平成21年70歳《門灯を一つ夜道しつけたまま老いたる二人寄り添ひて住む》
これも人生。雰囲気がじんわりと。
平成23年72歳《職退きて思ひつくまま家事すれば妻は上司か指示が飛びくる》
ユーモラス。姿が見えるよう。
こんなページもあります。

ご自身が年賀状に彫られた版画のカット。
上手いもんですねえ。
平成26年75歳《「石飛」を「飛(と)びさん」と呼ぶ友がゐる田舎の親友会社の心友》《凡そは「石飛さん」で「飛びさん」と呼んでくれるは近しい関係》《われの家の囲ひに沿へる飛び石は妻の歩幅を尺度にしたり》
日常の気息が伝わります。
平成26年75歳《アル中で命ちぢめし弟は日本酒幾樽空にしたるや》
これは身につまされます。
平成29年78歳《ジャンケンのチョキの形は平和(ピース)なり握りこぶしにいつも負けるが》
この着想は素晴らしいですねえ。
そしてこの着想も、
平成29年78歳《人間のなべて滅べる核のあと地球は自転をやめるだらうか》
ドキッとさせられます。
そしてこれ。
平成30年79歳

面白し。だれもが考えそうなことですが…。
総じて難しい歌はないです。庶民的。
いいですねえ、短歌をやる人は。人生の節々で、さっと詠んで記録できる。
このような一冊に仕上げれば、きっちりと足跡が残って。人生の展開図のような。
そしてこの人のこの歌集のいいところは、「世に問う」という姿勢がないということ。
奇を衒うというような作品もない。
本を手に取った時、わたしは正直、素人っぽい装幀だなと感じた。表題の字もご自分のもの(字は上手ですけどね)。
自分と、身の回りの人だけのものというわけだ。
だから「非売品」。
そんな貴重なものをお贈りいただいたのだ。
石飛さん、ありがとうございました。