喫茶店の書斎から

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コーヒーカップの耳

今日の神戸新聞、詩の部、特選と入選第一作。神戸新聞さん、記事拝借お許しを。

いずれも「詩」がモチーフの詩。

特に入選第一作目の「恋文」に注目。

詩集は古書店で買うものが面白いですね。

わたしも初心の頃に書いた「古本」というのがあるのですが、

その第一行目が「小さな古本屋で求めた達治の詩集」というものでした。

 

古本には物語が秘められています。時をポ~ンっと飛び越えてのドラマがあったりして。

 

今日は短歌の部に知人の名前が。特選に豊原清明さん。入選に清水祐明さん、広瀬賢一さん、芝本正宜さん。

そして川柳に島村美津子さん。《究極の毒は戦争だと思う》。

 

『完本コーヒーカップの耳』 (今村欣史著) 「これを読んで泣けない人と結婚してはならない」(宮崎修二朗翁談)。

 

 『触媒のうた』 (今村欣史著) 驚きの文学史秘話満載。

 

 

ドリアン助川さんの『動物哲学物語 ナイス実存』を読み終えた。

 

 

20話あるのだが、それぞれ動物が主人公。

ドリアンさんは動物好き。知識も豊富。

前作の『動物哲学物語 確かなリスの不確かさ』もそうだったが、「へ~?」と思うことを教えてもらった。

但し、わたしは哲学に関しての教養がないので、大きなテーマ「哲学」に関しては何も言えない。

でも「哲学」の空気感は味わえた。

全体を覆っているものが哲学の世界なのだから。

しかし、ドリアンさんの説く哲学物語には、生々しいところもあるが、着地点は優しさである。

ハラハラドキドキしながら読んでも、最後は救いにつながる。

 

そして、わたしがドリさんの小説に感心するのは、比喩の素晴らしさ。

詩人の必須条件であろう。

ドリさんは詩も書かれて、そこには当然素晴らしい比喩が散りばめられているのだが、

小説にもいっぱい出てきて楽しめる。

 

今回の本にもいっぱいだ。

 

「マツカサトカゲ」の巻から。《人間でいうなら、ランドセルを背負った小学生をいきなり産むような荒行でしょうか。》

 

「タスマニアデビル」の巻から。《つぶらな瞳は蜘蛛の巣に宿った輝く水滴のよう。》

 

「フクロモモンガ」から、《黒雲母のようなその目はすぐに涙でいっぱいになりました。》

 

「ハリモグラ」から、《大地から逆さになったビックリマーク「!」の群れが突き出ているような風景に…》

 

「クオッカ」から、《育て方を間違えたのではないか、お乳に笑えない成分が入っていたのではないかと…》

 

「オランウータン」から、《ぼくは歩きだしたばかりの赤ん坊のように左右に揺れながら…》

 

同じく「オランウータン」から、《だれかに話したいことがイチジクの実のようにたくさんあったのです。》

 

「ジュゴン」から、《涙は透明だから海中で見えなくなるはずなのに、なぜか夏の日の陽炎のようなわずかな揺らぎとなって漂うのです。》

 

「インドスイギュウ」から、《父親の頭には、三日月が空から降りてきたような、巨大で鋭い二本の角がありました。》

 

「インドサイ」から、《頭の中は、噴火するはずのないヒマラヤ連峰から無数の噴石が飛んできたような状態になりました。》

 

「ヒマラヤタール」から、《なんと高い山々の連なりなのだろう。頂があんなにギザギザ尖って、まるで空に斬りつけているかのようだ。空は痛くないのだろうか。》

 

同じく「ヒマラヤタール」から、《青空が溶けて落ちてきたようなブルーポピーの花々にうっとりしたこともありました。》

 

どうでしょうか、これでごく一部ですが、なんとバラエティーに富んでいることか!

哲学的で抽象的な言葉も多いのだが、こうしたくっきりと眼に見える比喩が散りばめられていて、ページをめくって読み進めることが楽しくなる。ワクワク感があるのだ。

 

ドリアンさん、もう次の本を準備なさっているのでしょうが、また楽しませて下さい。

ありがとうございました。

 

こちらからドリアンさんの歌声が聴けます。

 

 

『完本コーヒーカップの耳』 (今村欣史著) ドリアン助川さん激賞の本。

 

6月30日。

最も古い友人の六ちゃん(六馬仁君)が旅立ってしまって、わたしは心の身ぐるみをはがされたような気持ちになった。

それから、ぼちぼちと彼の思い出を書き留めていた。

途中、ほかに心を奪われることがあったりして中断しながらだったが、このほどざっと書き上げた。

400字詰め原稿にして20枚。

プリントして、六ちゃんの夫人に郵送した。

仏前に備えて下さいと記して。

六ちゃんの家族の知らない話もたくさんある。

 

内容の項目だけをここに挙げておく。

 

「つきあいの始まり」

「怒った顔を見たことがない」

「ドライブに」

「大学のこと」

「ブルーグラス」

「喫茶店のこと」

「再びブルーグラス」

「さらにブルーグラス」

「西宮へ」

「動画撮影」

「新型コロナ」

「もう一度ブルーグラス」

 

やっぱり、寂しい。寂しくて仕方ない。

孫のkohにラインした。

「僕に読ませたい本はありますか?」と。

返ってきたのは、

「オススメは伊坂幸太郎かな?『オーデュボンの祈り』とか」。

 

ということで図書館からお借りしました。

早速読み始めましたが、わたしにはどうも…、という感じ。

30ページほど読んだところでkohに、

「これ、僕にはちょっと向いてないと思えてきた。このあと、面白くなるの?」

koh「面白くなると思うけどね」。

そのあと、50ページまで読んだが、

「アカン、僕には馴染めないわ」と送ると、

「うわ~ん」と泣いている吹き出しのある絵が送られてきた。

 

せっかくkohが薦めてくれた本だったが、もうこれ以上は読めない。

残念。

伊坂幸太郎の文体はやはり若い人向きかな?

しかも内容も現実性のない想像上の物語。

わたしの読書傾向とは大いに違う。

 

そういえば、kohが小学生の時に書いた小説は「命の船」というSFだった。

あれは良かった。

 

『完本コーヒーカップの耳』 (今村欣史著) 「これを読んで泣けない人と結婚してはならない」(宮崎修二朗翁談)。

 

 『触媒のうた』 (今村欣史著) 驚きの文学史秘話満載。

 

 

 

7月28日に放送された「コーヒーカップの耳に聞く」のYouTubeです。

 

 

番組を聴いて頂いた上に、YouTubeでもお聴きいただいているようでありがたいです。

順調に再生回数が伸びているようです。

 

今回は著名詩人ではなく、日常に材を求めて書かれた詩を主に取り上げています。

市井の詩人、四人の詩集から何篇かを、パーソナリティの久保さんと二人で朗読しました。

さすがにプロ、久保さんの朗読は見事です。

 

①朝倉裕子詩集『雷が鳴っている』(朝倉裕子著・編集工房ノア刊)。

②奥田和子詩集『九十歳の夢』(奥田和子著・編集工房ノア刊)。

③宮地智子詩集『エプロン日和』(宮地智子著・編集工房ノア刊)。

④丸田礼子詩集『まなざしの向こうへ』(丸田礼子著・砂子屋書房刊)。

 

この四冊の詩集はどれも変な作為がなく、誠実に書かれていて好感が持てます。

これから詩を書いてみようかなという人には良き導きの詩集だと思います。

 

 

これまでの「コーヒーカップの耳に聞く」のラインアップ。

 

 

 

今朝の神戸新聞、三田版です。神戸新聞さん、記事拝借お許しを。

三田は詩に熱心なんですね。

神戸新聞も協力的で。

神戸新聞の北摂総局にそういう伝統があるのかな?

 

三好達治のことが書かれています。

子ども時代に5年ほどを三田で過ごしたと。

 

その三好の直筆ハガキがあります。

「どうか元気に勉強して下さい」とあります。

この記事にピッタリの言葉ですね。

 

詩のことをわたしがおしゃべりしてます。

 

【 わたしは誰だろ? 】

 

自転車で図書館までいってきた。

 

いつもは被らない帽子とサングラスで。

 

 

途中の浜脇地区で、別々に二人の婦人から挨拶された。

 

わたしが自転車だからか、声はかけられずに、会釈だけ。

 

しかし、わたしの全く知らない人。

 

でも、会釈はお返ししておきました。

 

浜脇地区には、この顔の人がおられるのだろうか?

 

きっとそうだろう。

 

だれだろ?

 

 

先日のラジオでのおしゃべり。

 

 

うれしいハガキが届いた。

先日の「さくらFM」で読ませてもらった詩集の著者のお一人。

 

こういうのをいただくとこちらが嬉しくなります。

 

また次も、喜んでもらえる番組にしたいなと思います。

 

四人の詩集を紹介しましたが、この中のお一人でした。↓

 

 

 

『完本コーヒーカップの耳』 (今村欣史著) 「これを読んで泣けない人と結婚してはならない」(宮崎修二朗翁談)。

 

 『触媒のうた』 (今村欣史著) 驚きの文学史秘話満載。

 

 

【 大阪はよいところなり橋の雨 岸本水府 】

 

『川柳にみる大阪』(昭和60年刊)を読んでいる。

 


おもしろし。
著者、藤沢桓夫・橘高薫風共著。

 

昔の川柳は面白いですねえ。そしておかしく、ちょっと哀しい。