ずっと封印してきた。
松本清張を読むのを。
このほど、一大決心して読むことにした、とはちと大げさか。
わたしのちゃんとした(というのも変な言い方だが)本の読み始めが江戸川乱歩だったことは以前にどこかで書いたことがある。
『少年クラブ』などの雑誌は別として、という意味だ。
読書というものの初めが江戸川乱歩だったというわけ。
その後、コナンドイルのシャーロックホームズへと、今でいう推理物が本を読む楽しみとなった。
そして大人になるにつけいろんなジャンルの本を読むようになったのだが、それは無学歴の自分のコンプレックスから勉強のためにという意味が多かった。
だからといって、難しい哲学書を読むということではなく、所謂乱読というもの。
そんな中で横目で見るように気になっていたのが、世間で人気だった松本清張。
TVドラマになったりして、それは見ていて、何度も原作を読もうかと思ったが、
「これは面白過ぎるだろ」と意識して遠ざけたのだった。
こんなのを読めば面白過ぎてほかの本が読めなくなるのではないかと思ったのだった。
勉強のためのものが読めなくなると警戒したのだ。
以来、何十年も清張を読まなかった。
でも、もういいだろう。
今はいろんな娯楽ものを楽しんでいるのだから。
で、先ず一冊目がこの本。

『ある「小倉日記」伝』(松本清張著・新潮文庫)。
清張の初期のものらしい。
『完本コーヒーカップの耳』 (今村欣史著) 笑って泣けて。ドリアン助川さんと田辺聖子さんがお勧め。
『触媒のうた』 (今村欣史著) 驚きの文学史秘話満載。