今日はお昼過ぎから、同人誌「対角線」3号の合評会を書斎「輪」で開催。
わたしを入れて7人。
奥の大きなテーブルにピッタリの人数。
女性3人、男性4人。
美男美女ばかりで写真撮りましたが、ウソがバレては困りますので上げません。
楽しく刺激的な約3時間でした。
わたし以外の6人はすべて性格のいい人ばかり。
妻が茶菓子の世話をしてくれて助かりました。
みんなうれしげな様子で帰って行かれました。
次回はまた来年です。
わかりやすくて困る「詩」の話。↓
神戸新聞文化欄に紹介されている短歌集『精神はもっと猫背』がおもしろい。

「もし今後この世に生まれてくるとして背の順に並ぶ覚悟はあるか」
「酔っ払いの繰り言は無視されつつも祈りのようにしつこくつづく」
「病院で治らない箇所を治すため居酒屋という闇医者に行く」
「終電の窓から見える故郷には家庭すなわち修羅場がずらり」
「ぬいぐるみの顔を踏むのはぬいぐるみに顔を踏まれるよりも寂しい」
いいですねえ!
この本、図書館には架蔵されていない。
買うしかないか。
この人の作品には、こんなのもあるようです。
「天からは祈りに見えていましたか 咳き込んでいただけなのですが」
「二日酔いでゲーテを読めば自分にはもったいないほど高貴な吐き気」
「『たすけて』とサインを出している捕手に首を振って投げ込むスライダー」
素晴らしいですね。
西宮図書館のわたしのページを開いてみて驚いた。
いつも借り出されている『コーヒーカップの耳』が一冊も出ていない(ほかの市では数冊借り出されているが)。
その代わりに口頭詩集『ライオンの顔』と『きよのパーティ』が借り出されている。
こんな本を借りる人は誰だろう?
不思議だ。
昨日、福祉センター筋を歩いた時のこと。
おっ!と思った。
福祉センターの前のサツキの植木が短く剪定されていたのです。
以前は繁りすぎていて、ここにある「平和非核都市宣言」の碑が見えにくかったのです。
そのこと『宮っ子』9月号の「街角小景」に書きました。
お役所さん、これを読んで対処してくださったんですね。
そういえば、最近、ここも改修されています。
染殿橋の親柱です。
以前はこうでした。
危なっかしいですね。
これも「街角小景」5月号に「哀れな染殿橋」と題して書いたのです。
これが今、こうなってます。
わたしが書いた記事が貢献しているのですね。ありがたいことです。
そういえば、もっと前にこんなことがありました。
昨年春のことです。
「街角小景」の記事のために撮った写真です。
用海小学校の百葉箱です。
ボロボロになっていて、いまにも崩れ落ちそう。
このことを記事にしようと思いました。
こんな記事を書きました。
《 ~消えゆく百葉箱~
用海小学校校舎南側の庭にある百葉箱です。哀れな姿です。
「ひゃくようばこ」あるいは「ひゃくようそう」と読みます。
どこの小学校にもあった百葉箱が消えゆく運命になっています。
小学校に普及したのは昭和28年に「理科教育振興法」が制定され、29年に「理科教育のための設備の基準に関する細目を定める省令」で「百葉箱」が明示されたことによります。事実上設置が義務付けられ、補助金が出たのでした。
しかし時代が移り変わり理科教育の時間が減り、敷地の狭い学校が増えたことなどから次第に使われなくなりました。平成4年の省令改正では「百葉箱」の記述が消え、設置が義務ではなくなりました。
ということで、この写真の、今にも崩れそうなおんぼろの百葉箱も修理されることなく消えて行く運命なのでしょう。もしかしたらこの記事が載るころには撤去されているかも知れません。 (今村)》
ところがやはり、気になってこの原稿を当時の学校長にお見せしました。
すると教育委員会に相談されたのでしょう、「ちょっとお待ちください」とストップがかかったのでした。
学校としては具合悪かったのですね。
後日、きれいに撤去されました。
なのでこの原稿はボツになってしまいました。
まあ、お役には立ったので良かったかなと思っています。
もっと前にも同じようなことがありましたが、略します。
小さなコラム記事ですが「街角小景」は地域に貢献しているのですね。
昨日。
久しぶりの人、I・Kさん。あれ?わたしと同じイニシャルだ。そうだったのか。
ひざの手術をして三週間入院していたと。
このI・Kさん、「喫茶・輪」の初期から終りまでパートに来てくださった人。
「輪」の歴史をよく知る人でもある。
実はわたしは、妻よりも前からこの人を知っていた。
元々、米屋をしていた時のお得意さん、若き人妻だった。
ほかのレストランに勤めておられたのを、うちが喫茶店をする時にスカウトしたのだ。
今日も、昔からの思い出話をしたことだった。
あっちこっちに妻も一緒に小旅行したことなど。
膝が長く痛かったのだが、このほど思い切って手術を受けられた。
そして、今日は「乗れるようになった」といって自転車でやってきてくださった。
「良かった良かった」と言ったことだった。
彼女も「お互いにまだまだ頑張ろうね」と。
そして、「病院に『恒子抄』を持って行っていて、読んでたんやけど、いいねえ」と言う。
4年前に100部だけ作った詩集のこと。
あれは誰が読んでも面白い詩集だ。
来年、続編を作るのが楽しみ。
神戸元町まで行ってきました。
第60回「名筆研究会展」。
以前は県民ホールだったのですが、昨年から「アートホール」での開催。
これは駅から近くて助かります。
今日は初日、そして早くに行きましたので、まだ来場者は少なかったです。
「名筆研究会」の創始者、村上翔雲師の「書」。
この中の、これに注目。
伊丹三樹彦の俳句。
「天界に待つひと増えて沙羅の花」。
最近のわたしに響く俳句です。
現名筆代表、六車明峰さんの書。
「神名」です。
これは足立巻一先生の詩「神名」から。
大きさは150センチ×180センチと立派な書です。
これは珍しい。一人一字ずつ、四人の書家による合同作品。
これは圓尾裕子さんの「平和」。
谷川俊太郎の詩からです。
今回谷川俊太郎の詩をモチーフにした作品が三点ありました。
テーマは「和」だったのですが。
これは、昔「火曜日」の同人だった佐土原夏江さんの詩「夜更け」から。
谷本直子さんの作品です。大きさは、65センチ×150センチが二枚。
佐土原さん、お元気かな?一年ほど前にブログを辞められたので近況が分かりません。
会場の様子です。
「名筆研究会」の書は、単に美しく整っているという書ではありません。
皆さん個性的に書いておられます。
だから、退屈しません。
書かれている言葉も、古典ではなく、現代の詩です。
書と詩のコラボレーションといってもいいような多彩な風景が楽しめます。
元町駅のすぐそばです。行ってみて下さい。
今日のさくらFMの「cafe@さくら通り」の「ポエポエポエジー」のコーナーでは、短歌が紹介されました。
しかしわたしには現代短歌は解りません。
とてもついて行けません。
頭が爆発してしまいそうです。
「桟橋で愛しあってもかまわない頑固な汚れにザブがあるから」
AIさんに訊くと、もっともらしく解説して下さいました。
なるほどと思わないでもありませんが、やはりわたしは心から納得できません。
頭が固いんですね。いや悪いのか。もう今さらどうにもなりませんが。
コーナーの冒頭で、先週のわたしのコーナーで取り上げた詩集、『桃の花 少女のように ふっくらと』の著者、田中章子さんからのメッセージが紹介されました。
ありがたかったですね。
田中さん、ありがとうございます。
今日の神戸新聞「追想メモリアル」のページです。
左上に木割大雄さんの記事。
「輪」にとって正に一期一会の人だった。
「また来たい」と言っておられたが。
この記事の中に《幼少時に体験した西宮の空襲だった。》とある。
<鯉のぼり見上げて語る火の記憶>。
「輪」からのお帰りに「駅までお送りします」と車でお送りしたのだが、途中、「ここで下ろしてください」と言われたのが、与古道町あたり。
子どもの頃に過ごしたところとのことで「ちょっと歩きます」と、懐かしんでおられたのだった。
そこでもちょっとしたエピソードがあったのだが、それはまた…。
心よりご冥福をお祈りいたします。
『完本コーヒーカップの耳』 (今村欣史著) 「これを読んで泣けない人と結婚してはならない」(宮崎修二朗翁談)。
『触媒のうた』 (今村欣史著) 驚きの文学史秘話満載。