鳥取県の詩人、渡部兼直さんから最近贈って頂いた詩集『かなカナ』から「桃の園に寄す」です。
渡部さんは鳥取県の詩界を長くリードして来られた人です。たしか地元の新聞の詩欄の選者も務めておられたかと。
氏と知り合いになったのは、『コーヒーカップの耳』をお読み頂いてより。ことのほか面白がって下さったのだった。もう11年も前である。以来、新しい本を出版される度に贈って下さる。いつも宝石のように美しい本だ。といってもきらびやかという意味ではない。シンプルな装丁でありながら、清らかな透明感があるのだ。
「桃の園に寄す」
地球はホテルにすぎない
時間は旅人である
帰つてくる旅人はひとりもゐない
夢のひととき
桃の園に宴す
桃の明かりに眼くらみ
桃のにほひに息つまる
盃に花びら浮かべ
山菜をテンプラにす
夕暮なのか暁なのか
酔うてますますなまこさえ
くれなゐにほふをみな
おもかげに立つ
桃の花のいのちもらつて桃子かな
詩集の巻頭詩です。
渡部さんとは何度かお会いしましたが、お酒をこよなく愛す人。そして、色っぽい人です。さぞお若いころは女性におもてになったかと想像します。それが詩にも表れています。何とも色っぽく、しかし、ただそれだけではないものを秘めています。これの次の次の詩は「ひろしまの雨」という題の、軽やかな言葉運びなのに重いテーマを秘めた詩です。
上の詩でもお分かりのように歴史的かな遣いをする人です。古典の教養も深い人。
もう長くお会いしていません。鳥取ですからねえ。けど、また会いたいなあ。私を見つけると、遠くからでも手をふって特別の笑顔を下さる人です。