喫茶店の書斎から

喫茶店の書斎から

コーヒーカップの耳

今読んでいる本だが、なかなかいい本だ。

 

 

北畠八穂の『鬼を飼うゴロ』。

 

耳の中に小さな鬼を住まわせている少年が主人公。

 

児童文学だが、低学年にはちょっと難しい?いや、難しくはないけど、260ページもあって字が小さくて長編だから取っつきが悪いかも。

 

 

でも本好きの高学年の子どもなら大いにのめり込むだろう。

80歳を超えるわたしが読んでも面白いのだから。

単に面白いだけではなく、社会性もある良い本だ。

但し、古い。1971年発行だ。

今の時代なら使われない言葉も出てくる。

 

 

 

 

 

『完本コーヒーカップの耳』 ドリアン助川さんと田辺聖子さんが絶賛の作物。面白うてやがて哀しき喫茶店。

 

 『触媒のうた』 兵庫県の、いや日本文学界への遺産。楽しい文学史秘話が満載。

こんな電話がかかってきましたが。




「杉山平一さんを偲んで」という木津川計さんがNHKの「ラジオエッセイ」で話されたCDだが。

昨日、杉山先生のご息女、H美さんにお返ししたので今はない。

しかし、音声をわたしのPCに取り込ませてもらっているので、いつでも聴ける。

これが素晴らしい。

余裕が出来たら文字化したいと思っている。

約8分ほどなので、それほど手数はかからないかと思う。

プリントにするが、もし欲しい人があればお送りします。お申し出ください。

 

『完本コーヒーカップの耳』 ドリアン助川さんと田辺聖子さんが絶賛の作物。面白うてやがて哀しき喫茶店。

 

 『触媒のうた』 兵庫県の、いや日本文学界への遺産。楽しい文学史秘話が満載。

先日、わたしの書棚から14年ぶりに見つかった木津川計さんによる「杉山平一先生追悼」のラジオ放送のCDです。

 

 

その時、杉山家にお返ししたいと先生のご息女のH美さんに電話をしたのだが、「近々、お近くに行きますので」とおっしゃってくださった。

 

そして今日、来てくださった。

 

久しぶりにお会いして、お元気そうで良かった。

 

元「喫茶・輪」、現在「書斎・輪」に入ってもらって一緒にコーヒーを飲みながら、杉山先生の昔話などお聞きした。

 

先生がお亡くなりになる半年前に、先生とH美さんがお座りになったカウンター席で。

 

懐かしかった。

 

先生の奥様は、先生の詩集は読んでおられたようだが、そのことについて先生に話をなさることは(遠慮して)「なかったように思います」と。

またご自分も、映画の話はよくしたが、文学や詩についてはあまり話さなかったと。「今になって思えば、もっともっと話を聞いておけばよかったと思います」と。

 

近くにいると、先生の偉大さがよくはわからないものなんですね。

家では普通の夫であり、お父さんなのだ。

でも、たまにテレビに出ることがあれば見ていましたと。

 

杉山詩の朗読   久保直子さんによる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『完本コーヒーカップの耳』 ドリアン助川さんと田辺聖子さんが絶賛の作物。面白うてやがて哀しき喫茶店。

 

 『触媒のうた』 兵庫県の、いや日本文学界への遺産。楽しい文学史秘話が満載。

 

 

 

今朝の神戸新聞文芸。

 

 

特選の三行詩も素晴らしいが、わたしは入選一作目の「私の呼び名」に目が留まった。

 

「ひとし」と「きんちゃん」が出てくる。

どちらもわたしに縁が深い。

 

そのうちの「きんちゃん」はわたしの名前だ。

 

昔はホントにたくさんの人から「きんちゃん」と呼ばれたものだった。

 

子どもの頃、近所のミノルさんというアチャコの物まねが得意だったお兄ちゃんは「米屋のきんちゃんつかまったあ♬」と言いながらわたしを抱きすくめたりしたことがあった。

 

そんなころの幼友達はもちろんのこと、学校時代は級友の多くも「きんちゃん」と呼んだ。

「きんちゃん」は呼びやすいのだろう。

中学三年の時の担任教諭が椿本金之助先生だった。

その先生も「きんちゃん」と呼ばれていたのを思い出す。

 

わたしを「きんちゃん」と呼んだのは幼友達、級友の他にも近所のおじちゃんおばちゃんたち。

 

さらには米屋をしていた時のお得意さんのおばちゃんたち。

これはもちろんわたしがまだ若い時。わたしが米屋の経営者になったのは、17歳のとき。恐らく日本で最も若い米穀店主だった。

 

ほかにも、わたしが「きんちゃん」と呼ばれているのを見て、それほど親しくなくても「きんちゃん」と呼ぶ人が出てきたり。

 

さらにわたしが大人になってからだが、近所の子どもたちがわたしのことを「きんちゃん」と呼ぶようになった。

その子どもたちの親がわたしを「きんちゃん」と呼ぶので、それを真似てのこと。

たまたまそれを聞いたお母さんが「あんたがきんちゃんと呼んだらあきません」とあわてておられたことがあった。

でもその子どもたちはその後も「きんちゃん」だった。

 

とにかく多くの人から呼ばれたものだった。

 

しかし、齢を重ねるにしたがって「きんちゃん」と呼ばれることが徐々に少なくなり、今ではもうほとんど呼ばれることがなくなった。

わずかに近所のわたしより少し上の一人二人が呼んで下さる。

 

そして親戚の従姉妹の一人。

 

あの人たちは、みんなみんないったいどこへ行ってしまったのだろうか。

 

なんだか淋しい。

 

 

 

 

 

 

『完本コーヒーカップの耳』 ドリアン助川さんと田辺聖子さんが絶賛の作物。面白うてやがて哀しき喫茶店。

 

 『触媒のうた』 兵庫県の、いや日本文学界への遺産。楽しい文学史秘話が満載。

 

【 友咲さん 】

 

今朝の神戸新聞「子ども新聞まなびー」に面白い記事。

神戸新聞さん、記事拝借お許しを。

 

 

爬虫類が大好きな子。

トカゲを大切に育てている、だって。

 

あ、わたしが興味を持ったのはその話ではなく、この子の名前だ。

「金野友咲」さんという。

この「友咲」に驚いた。

 

わたしの孫の一人と同じだ‼️と思ったのだが、ちょっと違った。

孫は「咲友」と書いて「さと」と読む。女の子だ。但し、苗字はわたしと同じではないので念のため。

 

親は同じ思いを込めておられるのかな?

「咲くは笑顔にも通じる」という思い。

 

 

咲友の話は、このドリアン助川さんの話にも出てくる。

 

『九十歳の夢』(奥田和子著・編集工房ノア)を読ませてもらった。

 

 

驚くなかれ、装画・杉山平一である。

羨ましいではないか。

 

この人の詩集は以前にも読ませて頂いていた。

今回のは少し老境(失礼)が進まれたのかな、といった感じ。

 

現在の心境などに交えて、昔の、主に子どものころのことを書いた作品が多い。

それほど特別のことが書かれているわけではない。

軽い墨絵のようなタッチで淡々と描かれている。

 

例えばこれ。

「墓掃除」

 

そしてこれ。

「足もみ」。

 「先生の名は坂本しげこという」、この一行がいいなあ。

 

そして「老いる」。

 

「大騒ぎせんでよろし」と、やはり老境が進んでおられるのだ。

 

全部読ませて頂いて思うことは、総じてご自分の経てきた道をゆっくりと振り返り、眺めているという風情。

心地よい読後感だった。

 

奥田様、ありがとうございました。

 

 

 

『完本コーヒーカップの耳』 ドリアン助川さんと田辺聖子さんが絶賛の作物。面白うてやがて哀しき喫茶店。

 

 『触媒のうた』 兵庫県の、いや日本文学界への遺産。楽しい文学史秘話が満載。

 

 

「宮っ子」用海版主催の公民館講座「野鳥観察会」だった。

 

 

阪神香櫨園駅に集合。夙川公園を海へ向かって歩いての観察。

 

講師は日本野鳥の会の内山裕之さんと西宮自然保護協会事務局長の大谷洋子さん。

 

朝、家を出る時は冷たいみぞれが降っていて、中止かな?とも思ったのだが、集合場所の香櫨園駅に行くと、十数人が集まっておられて、10時に出発。

 

 

 

 

夙川堤には梅も咲いていた。

 

 

夙川川尻まで、いろんな野鳥を見つけながら、講師の解説を聞く。

 

 

少々寒かったが勉強させてもらった。

そしてよく歩いた。約7000歩。

 

 

 

 

 

 

『完本コーヒーカップの耳』 ドリアン助川さんと田辺聖子さんが絶賛の作物。面白うてやがて哀しき喫茶店。

 

 『触媒のうた』 兵庫県の、いや日本文学界への遺産。楽しい文学史秘話が満載。