どうにかしてコーヒーを美味しくいれる | 社会のマンホール

社会のマンホール

コーヒーカラー代表 仲山卯月 兼
恵比寿横丁流し パリなかやま
によるブログ

ここ10年くらいはコーヒーの味がわかるようになってきた。
うまい、とか、なんか苦いだけだな、とか。

嗜好品なわけで、健康上はマズかろうとコーヒーの効能は変わらないのかな?
しかしマズいコーヒーは飲みたくない。
タールのように濃い場合とくに。

じぶんで入れる場合、蒸らしがどの程度重要なのかよくわからないが
とりあえず、蒸らしています。
どの程度の時間蒸らすのか、また、どの程度蒸らすのか、
滴るほど蒸らすのか、それを蒸らしと呼ぶのか、
もはや村氏の範疇を超えてるんじゃないのか、など
考えながら毎日、二回三回、多い時は四回蒸らしている。
たまに蒸らさない。

たまに村氏ぱなしにしてしまうことがある。
これがまた、シックでマッドな味になったりすることがあるのだから
コーヒーはわからない。

村氏の話はこのくらいにしておこうか。

蒸らしなんかより、まず
豆である。
粉より豆で扱うほうが、珈琲は長持ちする。香りや味が。
そういうことを知ってから豆で買うことにして、
ミルというガーガーうるっさい道具を使うことにした。

この道具にも設定が何段階かあって、
豆を轢く細かさを調整できるようになっている。

またこれが迷いを生む。
あらすぎると、木のくずみたいな
麦茶の中身みたいになり、色も味も薄いコーヒーが落ちてくる。
逆に細かすぎると
ろ紙上でチョコみたいになってしまい落ちてこないほどだ。
バリスタとしては
豆の質との兼ね合いを考えて、適切に設定しなければならない。

次に注ぎ方だ。珈琲の美味さと
これは関係あるのかどうかもわからない。
ただ、手注ぎドリップをうたう喫茶店などで
口の細い、縦長のヤカンでコーヒーを入れているのを見ると
あれでないと、やはりいまいちなんじゃないか、など勘ぐってしまう。

ミルに続いて、あの口の細長いヤカンを買おうか、
買えば解決するのか、逡巡する。
しかし
いちいちそのためにアレを?ばかばかしい。
細くお湯を注ぐことが重要なのだ。
太い口のヤカンでは細く注ぐことが難しい。

そこで私は編み出した。
ヤカンの注ぎ口に笛がついてる、
この笛、つまりフタを閉じてドリップするというアイデアを!

どうだろう。ちょぼちょぼでるじゃないか?
これでいい。
味の変化は相変わらずワカラナイ!