ザー、ザー・・・。
乗っている船が波の上を進む音しか聞こえない。
揺れがほとんど感じられない静かな海である。
目線の先には、海と空と空を覆いつくすように連なる雲。
時計を見るとまだ6時前だ。
東の空が白く明るくなり始めている。
日の出が近づく太平洋の朝である。
遠く大きく弧を描いて、水平線が続く。
遮るものなく広がる海なんて、今まで見たことがない。
一体どこまでこの海は続いているのだろう。
オレンジ色にひときわ輝く太陽が、水平線から登り始めた。
あまりの美しさに、思わず持っていたスマホのカメラを動画に切り替える。
ザー、ザー・・・。
船は、波の上をすべるように進んでいく。
「・・・きれいです・・・。」
・・・・・・
ひとりごとのようにつぶやく私。
横で、同じように海を眺めていた主人は、言葉もなくずっと日の出を見つめている。
私の住む熊本市は、東に遠く阿蘇の山々を仰ぐ平地にある。
また、西には金峰山(きんぼうざん)という標高665メートルの小高なカルデラ式の火山が連なっている。
大きな山が迫ってくるでもなく、広大な海が広がっている訳でもない。
盆地形のこの地は、夏は暑く冬は寒い、何とも住みにくい場所だ、という声も聞こえてくる。
しかしながら、生まれ育った故郷は、どんな環境であったとしても、愛着があるものだ。
家々の連なる街並みや、郊外に広がる田畑の変化にとんだ景色が私の生まれ故郷であり、その環境の中で
自分の「感覚」は形成されてきたのだと思う。
こんな熊本の地で育ったせいか、ものすごく高い山だとか、ずっと続く海だとかを見ると、背中がゾクゾク
したものだ。
修学旅行で、関東を訪れたとき、新幹線の車窓から見えた富士山に驚愕し、恐怖したことを思い出す。
迫って来る山の力に、私は当時、少なからず耐えられなかったのだと思う。
海も同じだ。
東シナ海を臨む天草西海岸で海を眺めながら、その広がる海に吸い込まれてしまうような恐ろしさを
覚えたものだ。
釣り好きの主人は、海を見ているだけでも幸せだと言っていたが、私はどうしてもそんな気持ちには
なれなかった。
クルーズの話が出たとき、どこかで躊躇した私がいたのは、そんな恐怖が気持ちの奥底にあったせい
かもしれない。
だが、そんな気持ちよりも、「大きな船に乗る」興味の方が勝っていたのだった。
かくして、私は船に乗り、広大な海を前にしていた。
不思議なことに、以前あれほど「怖く、恐ろしかった」という気持ちは全く感じなかった。
広がる海は、ただただ美しいだけだ。
大きく広がる海も空も、あまりに広大過ぎて、恐怖を通り越していた。
「海しかない。」と私。
「最高やん。すばらしい。」と主人が言う。
「すごいねぇ。」
・・・・・・
クルーズの間中、同じ会話を何度繰り返したことだろう。
水平線は、左右に行くほどわずかながら下がっていて、地球が丸いことを実感できる。
私たちは、本当は、こんなに大きな地球という星に生きていたのだ。
水平線の向こうから顔を出した太陽は、見る間にその輝きを増し、海と空にオレンジ色の光を広げた。
空に浮かんだ雲は、太陽の光を受けて赤色に染まっていく。
刻々と変化していく海と空。
ほんの数分もしないうちに、太陽は水平線から離れ、白く輝いた。
空は薄紫色から透明な空色に代わっていく。
海は静かに波打ち、深い深い藍色に染まっていた。
夜明けの景色などもう何年も見たことが無かったことに、逆に驚くばかりだ。
太陽は毎日上り、毎日沈んでいく。
水平線に、あるいは地平線に、山に街に、毎日、日の出があり日の入りがある。
こんな当たり前のことを、どうして気が付かなかったのだろう・・・。
先々週、夫婦2人で、大型客船『飛鳥供戮離ルーズに参加した。
函館出航、仙台・ひたちなかを経由し横浜までの3泊4日の船旅である。
クルーズなんて、60年以上生きてきたのに、全く「無縁の世界」と思っていた私だ。
時折テレビで放映される「豪華客船の旅」なんて番組を見ても、別世界という感覚でしか受け取ることは
できないでいた。
それが、突如、現実の出来事となったのである。
もちろん、お財布と相談しなければならないし、エイッという気合も必要だったが、夫婦の節目旅行
としては、なかなか魅力的な計画だった。
『飛鳥供戮蓮△箸砲く大きい。(全長が241m、幅が29.6m、先客定員960人、乗組員数545人、とのこと。)
乗客はいったんホテルに集合し、それから船の待つ港までバス数台で移動するのだが、受け付けは黒山の
人だかりである。
周りを見渡すと、ほとんどがご高齢のご夫婦やご家族のようだった。
若い人や子どもさんが乗るのは稀らしい。
バスが港に近づき、停留している船が見えてくると、ヒソヒソ声ではあるが、皆一様に興奮した様子で
会話が弾む。
「あれ、あれでしょ?」
「すごいね。」
「大きいわ~。まるでマンションのようですねぇ。」
・・・・・・
あちらこちらから聞こえてくる声。
本当に船というより大きなビルといった印象である。
私たちも、バスの窓越しに船を眺め、その大きさにびっくりしながら、写真を撮るばかり・・・。
物珍しさが前面に出た、「初めてさん」そのものなのだった。
「こんなに写真撮るのって、ちょっと、はずかしいね。」と私。
「いいんじゃ?みんな撮ってるし。」
・・・・・・
バスから降りると、主人は、私の持っているスマホを手に取り、船の全景を写した。
空は晴れているが、風が強く、乗船のためのタラップが揺れているのが見える。
「いらっしゃいませ。」
「飛鳥兇悗茲Δ海宗」
並んでいるスタッフさんが次々に声をかけた。
「記念のお写真をどうぞ。お二人ですか?・・・はい、こちらをご覧くださ~い。」(パチリ)と、
これは、カメラマンさんの声。
強風でぐちゃぐちゃになった髪をなびかせながら、私たちは写真を写して船内に入ったのだった。
さて、船内に入ると、状況は一変。
強風の音も聞こえず、船内には静かな音楽が流れ、目の前には、エントランスのステンドグラスの入った
高い円天井が広がっているのだった。
まるで別世界だ。
客室のある長いデッキの廊下のわきには、たくさんのドアが整然と並んでいる。
部屋はきれいで居心地がよさそうだ。
宅配便で送った大きなトランクも部屋に届いていて、私たちは小さな荷物を持っただけで、この客船に
乗り込むことができたのだった。
「なんだか、すごいね。ここって、とてもお船の中とは思えない。」と私。
「海じゃ~。」部屋に着くなり、デッキに出て主人が言う。
「あはは、船だもの。外は、海しかないわ~。」
・・・・・・
デッキに出ると、やはり強い風に押されて波がしらが立つのが見え、そして船全体がゆっくりと波とともに
上下しているのだった。
「結構揺れてますね。」
「なんちゃないよ、これくらい。釣り船は、もっとひどく揺れるよ。」
「え~、そうなの?私、絶対無理だわ。この揺れも、薬飲んでなかったら一発で船酔いするわ。」
「平気平気。大きな船だからさ、横揺れせん(しない)ように、ちゃんとスタビライザーが付いとるし。」
「ふうん。」
「小さい船だったら、もっとぐらんぐらん揺れてるよ。」
「ありがたいですねぇ。」
・・・・・・
出航セレモニーでは、地元の幼稚園児さんたちが可愛い「いか踊り」を披露してくれている。
そんな中、セレモニー用のデッキに集まった乗客たちは、シャンパンで乾杯しながら、函館港を後にした
のだった。
温帯低気圧になった台風が通過するのと船の航路が重なり合い、初日はずっと大波の中を航行すること
となった。
揺れないといっても、慣れない私は、傾きに足がとられるほどである。
しかしながら、スタッフさんたちは、まるで平気で何事もないように歩き、運び、そして私たちには笑顔を
向けるだけだった。
日頃ネクタイなどしない主人が、珍しく背広を着て、ドレスアップした私とディナーに赴く。
大きなホテルのレストランでのお食事のようだが、確かに床はゆっくりとローリングしている。
不思議な豪華な空間と、不思議な揺れの感覚。
お食事は美味しく、主人は、たった一杯のビールだったのに、酔いが回ったようだった。
こうして船の1日目が過ぎた。
ベッドでもふわりと上下する感覚に身をゆだねるうち、私は深い眠りに落ちた。
(追記)
大きな船は、穏やかな海であれば、全くと言っていいほど揺れは感じないように設計されているという
ことでした。
ただ、今回のクルーズ初日は、天候のせいで波が高く、結構大きな揺れを感じました。
ゆっくりと体が上下にローリングするような感覚です。
小さい頃から、乗り物酔いに悩まされていた私。
小学校低学年のころ、たった2停留所のバス移動で、吐いてしまっていたことを思い出します。
その後、歳をとるにつれて、だんだん慣れていくというか、鈍感になっていくというか・・・、乗り物にも
長時間乗れるようになりましたが、さすがに「酔い」は恐ろしい。
そのため、今回は、釣り好きの主人お勧めの、「1日1回飲むだけで酔いが抑えられ、眠くもならない」という
薬を飲みました。
効果は抜群。
どう考えても「これは酔うな」という状況だったにもかかわらず、全く、気分が悪くなることはありません
でした。
薬に感謝。
函館出航、仙台・ひたちなかを経由し横浜までの3泊4日の船旅である。
クルーズなんて、60年以上生きてきたのに、全く「無縁の世界」と思っていた私だ。
時折テレビで放映される「豪華客船の旅」なんて番組を見ても、別世界という感覚でしか受け取ることは
できないでいた。
それが、突如、現実の出来事となったのである。
もちろん、お財布と相談しなければならないし、エイッという気合も必要だったが、夫婦の節目旅行
としては、なかなか魅力的な計画だった。
『飛鳥供戮蓮△箸砲く大きい。(全長が241m、幅が29.6m、先客定員960人、乗組員数545人、とのこと。)
乗客はいったんホテルに集合し、それから船の待つ港までバス数台で移動するのだが、受け付けは黒山の
人だかりである。
周りを見渡すと、ほとんどがご高齢のご夫婦やご家族のようだった。
若い人や子どもさんが乗るのは稀らしい。
バスが港に近づき、停留している船が見えてくると、ヒソヒソ声ではあるが、皆一様に興奮した様子で
会話が弾む。
「あれ、あれでしょ?」
「すごいね。」
「大きいわ~。まるでマンションのようですねぇ。」
・・・・・・
あちらこちらから聞こえてくる声。
本当に船というより大きなビルといった印象である。
私たちも、バスの窓越しに船を眺め、その大きさにびっくりしながら、写真を撮るばかり・・・。
物珍しさが前面に出た、「初めてさん」そのものなのだった。
「こんなに写真撮るのって、ちょっと、はずかしいね。」と私。
「いいんじゃ?みんな撮ってるし。」
・・・・・・
バスから降りると、主人は、私の持っているスマホを手に取り、船の全景を写した。
空は晴れているが、風が強く、乗船のためのタラップが揺れているのが見える。
「いらっしゃいませ。」
「飛鳥兇悗茲Δ海宗」
並んでいるスタッフさんが次々に声をかけた。
「記念のお写真をどうぞ。お二人ですか?・・・はい、こちらをご覧くださ~い。」(パチリ)と、
これは、カメラマンさんの声。
強風でぐちゃぐちゃになった髪をなびかせながら、私たちは写真を写して船内に入ったのだった。
さて、船内に入ると、状況は一変。
強風の音も聞こえず、船内には静かな音楽が流れ、目の前には、エントランスのステンドグラスの入った
高い円天井が広がっているのだった。
まるで別世界だ。
客室のある長いデッキの廊下のわきには、たくさんのドアが整然と並んでいる。
部屋はきれいで居心地がよさそうだ。
宅配便で送った大きなトランクも部屋に届いていて、私たちは小さな荷物を持っただけで、この客船に
乗り込むことができたのだった。
「なんだか、すごいね。ここって、とてもお船の中とは思えない。」と私。
「海じゃ~。」部屋に着くなり、デッキに出て主人が言う。
「あはは、船だもの。外は、海しかないわ~。」
・・・・・・
デッキに出ると、やはり強い風に押されて波がしらが立つのが見え、そして船全体がゆっくりと波とともに
上下しているのだった。
「結構揺れてますね。」
「なんちゃないよ、これくらい。釣り船は、もっとひどく揺れるよ。」
「え~、そうなの?私、絶対無理だわ。この揺れも、薬飲んでなかったら一発で船酔いするわ。」
「平気平気。大きな船だからさ、横揺れせん(しない)ように、ちゃんとスタビライザーが付いとるし。」
「ふうん。」
「小さい船だったら、もっとぐらんぐらん揺れてるよ。」
「ありがたいですねぇ。」
・・・・・・
出航セレモニーでは、地元の幼稚園児さんたちが可愛い「いか踊り」を披露してくれている。
そんな中、セレモニー用のデッキに集まった乗客たちは、シャンパンで乾杯しながら、函館港を後にした
のだった。
温帯低気圧になった台風が通過するのと船の航路が重なり合い、初日はずっと大波の中を航行すること
となった。
揺れないといっても、慣れない私は、傾きに足がとられるほどである。
しかしながら、スタッフさんたちは、まるで平気で何事もないように歩き、運び、そして私たちには笑顔を
向けるだけだった。
日頃ネクタイなどしない主人が、珍しく背広を着て、ドレスアップした私とディナーに赴く。
大きなホテルのレストランでのお食事のようだが、確かに床はゆっくりとローリングしている。
不思議な豪華な空間と、不思議な揺れの感覚。
お食事は美味しく、主人は、たった一杯のビールだったのに、酔いが回ったようだった。
こうして船の1日目が過ぎた。
ベッドでもふわりと上下する感覚に身をゆだねるうち、私は深い眠りに落ちた。
(追記)
大きな船は、穏やかな海であれば、全くと言っていいほど揺れは感じないように設計されているという
ことでした。
ただ、今回のクルーズ初日は、天候のせいで波が高く、結構大きな揺れを感じました。
ゆっくりと体が上下にローリングするような感覚です。
小さい頃から、乗り物酔いに悩まされていた私。
小学校低学年のころ、たった2停留所のバス移動で、吐いてしまっていたことを思い出します。
その後、歳をとるにつれて、だんだん慣れていくというか、鈍感になっていくというか・・・、乗り物にも
長時間乗れるようになりましたが、さすがに「酔い」は恐ろしい。
そのため、今回は、釣り好きの主人お勧めの、「1日1回飲むだけで酔いが抑えられ、眠くもならない」という
薬を飲みました。
効果は抜群。
どう考えても「これは酔うな」という状況だったにもかかわらず、全く、気分が悪くなることはありません
でした。
薬に感謝。
新婚旅行以来、初めて夫婦二人の旅をした。
結婚したのは昭和54年だから、実に37年ぶりである。
子どもの小さいころは、毎年夏に近場の県に足を延ばし、それなりの家族旅行を続けていた。
しかし、子どもたちが皆学校に上がり、それぞれの「用事」ができるようになってからは、次第に足が
遠のき、家族旅行も自然消滅してしまったのである。
子どもが独立してからは、お食事会やお祝い会で、皆で出かけることはあったが、夫婦のみで泊りがけの
旅行など、縁なく過ごしてきた。
「ねぇ。今度、クルーズに行こうよ。」
突然、主人が言い出したのは去年のことだ。
歳を重ね、仕事も一段落。
これから、老後に向けて新たな人生設計をしなければならない時期にきての、この話だった。
釣り好きな彼にとって、海の旅行が一番魅力的に映ったのだろう。
「え?」
「豪華客船なんて、いいじゃん。」
「え~・・・。豪華客船って・・・。どこ行くん?」
「どこでもいいよ。ホントは北欧なんかがいいけど、今はちょっとね。」
「日本がいい。」
「じゃ、そうしよう。クルーズ、調べようよ。亮太くん(義息子・旅行会社勤務)に、資料持ってきて
もらお。」
・・・・・・
と、あれよあれよという間に、話は具体的に進んでしまったのだった。
こうして、私たちは、仕事の合間を縫って、旅を計画した。
クルーズは、函館を出航し、仙台・ひたちなかを通り横浜まで向かうコースである。
熊本から福岡を経由し、空路函館まで行き、船に乗って、帰りは羽田から福岡まで飛行機、そして
新幹線で熊本まで帰る、という日本を縦断往復するという大移動・・・。
生まれてからずっと熊本周辺をウロウロしていた私にとっては、「大冒険」といった感じである。
旅行が近づくにつれて、いろいろと忙しい毎日を過ごしたが、何より気になったのは「お天気」だった。
テレビやネットで、すぐに目に入るのは天気予報である。
「お天気、大丈夫かな。台風来てるんじゃない?」と私。
「台風13号か。どうかな。」
「う~ん・・・。」
・・・・・・
予報では、函館に飛ぶ飛行機を追いかけるように台風が北上し、函館から船で南下するときに、ちょうど
台風と遭遇するということだった。
大きな船だが、大荒れの海で、大丈夫なのか。
というより、船は出るのか?
37年前の新婚旅行の時は、熊本から飛行機で大阪まで飛び、関西を旅した。
古都を巡る旅は、なかなか味があったが、なんと、1日目は台風が付いて来たのだった。
台風は、私たちの飛行機を追いかけるようにやって来て、そして夜は暴風のごうごうと言う音を響かせて、
その地を通り過ぎた。
台風一過、涼しくなった町並みは思い出に残るものとはなったが・・・。
まるで、デジャヴのような状況に、私は苦笑するしかなかった。
どうか、お天気が回復しますように・・・。
さて、結果からすると、今回、私たちは思わぬ「良い天気」に恵まれた。
函館から仙台までの航路では、さすがに大荒れの天気だったが、大きな船だったのでそれほどの揺れを
経験せずに済んだのも幸いだった。
台風は東北に近づくころには温帯低気圧と化し、勢力を低下させていたのである。
仙台に着いた時は、低気圧は海のかなたに去り、美しい青空が広がっていた。
その後寄港した常陸那珂も穏やかな天気となり、私たちは旅を十分に楽しんだ。
良い天気には、感謝するばかり
無事熊本に戻り、またいつもの日常が戻って来た。
非日常から日常への変化があまりに激しくて、帰って数日が経つのに、まだぼうとした日を過ごしている。
非日常の旅は、この淡々とした日常があるからこそ楽しめるのだろうな。
結婚したのは昭和54年だから、実に37年ぶりである。
子どもの小さいころは、毎年夏に近場の県に足を延ばし、それなりの家族旅行を続けていた。
しかし、子どもたちが皆学校に上がり、それぞれの「用事」ができるようになってからは、次第に足が
遠のき、家族旅行も自然消滅してしまったのである。
子どもが独立してからは、お食事会やお祝い会で、皆で出かけることはあったが、夫婦のみで泊りがけの
旅行など、縁なく過ごしてきた。
「ねぇ。今度、クルーズに行こうよ。」
突然、主人が言い出したのは去年のことだ。
歳を重ね、仕事も一段落。
これから、老後に向けて新たな人生設計をしなければならない時期にきての、この話だった。
釣り好きな彼にとって、海の旅行が一番魅力的に映ったのだろう。
「え?」
「豪華客船なんて、いいじゃん。」
「え~・・・。豪華客船って・・・。どこ行くん?」
「どこでもいいよ。ホントは北欧なんかがいいけど、今はちょっとね。」
「日本がいい。」
「じゃ、そうしよう。クルーズ、調べようよ。亮太くん(義息子・旅行会社勤務)に、資料持ってきて
もらお。」
・・・・・・
と、あれよあれよという間に、話は具体的に進んでしまったのだった。
こうして、私たちは、仕事の合間を縫って、旅を計画した。
クルーズは、函館を出航し、仙台・ひたちなかを通り横浜まで向かうコースである。
熊本から福岡を経由し、空路函館まで行き、船に乗って、帰りは羽田から福岡まで飛行機、そして
新幹線で熊本まで帰る、という日本を縦断往復するという大移動・・・。
生まれてからずっと熊本周辺をウロウロしていた私にとっては、「大冒険」といった感じである。
旅行が近づくにつれて、いろいろと忙しい毎日を過ごしたが、何より気になったのは「お天気」だった。
テレビやネットで、すぐに目に入るのは天気予報である。
「お天気、大丈夫かな。台風来てるんじゃない?」と私。
「台風13号か。どうかな。」
「う~ん・・・。」
・・・・・・
予報では、函館に飛ぶ飛行機を追いかけるように台風が北上し、函館から船で南下するときに、ちょうど
台風と遭遇するということだった。
大きな船だが、大荒れの海で、大丈夫なのか。
というより、船は出るのか?
37年前の新婚旅行の時は、熊本から飛行機で大阪まで飛び、関西を旅した。
古都を巡る旅は、なかなか味があったが、なんと、1日目は台風が付いて来たのだった。
台風は、私たちの飛行機を追いかけるようにやって来て、そして夜は暴風のごうごうと言う音を響かせて、
その地を通り過ぎた。
台風一過、涼しくなった町並みは思い出に残るものとはなったが・・・。
まるで、デジャヴのような状況に、私は苦笑するしかなかった。
どうか、お天気が回復しますように・・・。
さて、結果からすると、今回、私たちは思わぬ「良い天気」に恵まれた。
函館から仙台までの航路では、さすがに大荒れの天気だったが、大きな船だったのでそれほどの揺れを
経験せずに済んだのも幸いだった。
台風は東北に近づくころには温帯低気圧と化し、勢力を低下させていたのである。
仙台に着いた時は、低気圧は海のかなたに去り、美しい青空が広がっていた。
その後寄港した常陸那珂も穏やかな天気となり、私たちは旅を十分に楽しんだ。
良い天気には、感謝するばかり
無事熊本に戻り、またいつもの日常が戻って来た。
非日常から日常への変化があまりに激しくて、帰って数日が経つのに、まだぼうとした日を過ごしている。
非日常の旅は、この淡々とした日常があるからこそ楽しめるのだろうな。