それにしても、寒い。
ここ数週間ほど、例年にないほどの異常な寒さに震えあがっていた。
九州では、寒いといってもめったに平地で雪が降ることはない。
ところが、ここ数日、天気予報通り雪模様の日が続いたのである。
もちろん、北陸や東北地方のように何メートルも積もるようなことはないが、空を見上げると、低くたちこめた
雲から柔らかな雪がはらはらと落ちてくるのだった。
雪のちらつく様を見ると、それだけで寒さが倍増して感じられるのはなぜなのだろう。
さて、先日、たまたま用があって福岡に出かけた。
電車で熊本を出るときは、天気は曇りで雪は降っていなかったのだが、福岡に近づくにつれ車窓の外の景色は
変わり始めたのである。
乗車してからずっと本を読んでいたので、外は見ていなかったのに、なぜか窓の外の暗さと白さに気が付いた。
窓際の席に座ったお隣のお客さんが、窓に目を向ける気配を感じたからなのかもしれない。
思わず、私は周りの皆と全く同じ方向を見ていた。
窓の外では、雪が斜めに流れている。
背景に見える田畑は一面真っ白だ。
空と地面の境目がわからなくなった景色は、本当に珍しかった。
静かな車内だったが、後ろに座った方の「ほう。」というため息が聞こえた。
その日の夜、熊本に帰ってからも寒さは続いていた。
時折舞い落ちる雪は、積もるほどにはなっていなかった。
だが、寒さは夜になるといっそう厳しさを増してきている。
駅からの道すがら、私は、迎えに来てくれた主人と娘と話をした。
「福岡は、雪で真っ白だったよ。」
「熊本は、そこまでなかったよね。」
「うん。でも、寒かった。」
「今も寒いね。車の暖房、もっと効けばいいのに。」
・・・・・・
家に戻ると、なんと寒いこと。
背中にホッカイロを入れていたのだが、部分的に熱いだけで、身体は自然に震えてしまうのだった。
すぐに、リビングの暖房の温度を28度、床に引いたホットカーペットは最高温度に設定したのだけれど、
これがなかなか効かない。
厚手の上着を重ね着して、カーペットに座り込み、背を丸くする。
「寒すぎる。早くエアコン効かないかなぁ。」と私。
「周りが寒すぎるから、なかなか暖まらないんよ。」娘が答える。
「あったかい飲み物欲しー。」
「あったかい飲み物ー。」
「紅茶、くれー。」と主人。
三人で顔を見合わせるが、誰もカーペットから離れようとしない。
娘と顔を見合わせながら、いつものごとく、どちらが立つのかお互い思案している。
「紅茶欲しいよねぇ。」と娘のダメ押し。
・・・うーん、今回も、負けた。負けてしまった。
渋々立ち上がり、寒い冷たい台所に行って、ポットに紅茶を用意する。
立つのも嫌な寒さって、いったいどれ程なの・・・。
震えながら暖かい紅茶を飲むと、お腹の中からジンと熱さが伝わってきて、少しずつ寒さに耐えられるように
なってきた。
一緒につまんだ甘いチョコレートが、ちょっとではあるが気持ちを暖かくする。
主人は、紅茶をあっという間に飲み終えると、ソファの背によりかかってつぶやいた。
「あー、こたつがいい。こたつだと、きーっと温かいよぉ。」
「えー、こたつ?」
「うん。こたつがいいよ。今、良いの出てるでしょ。買おうよ。」
「えー・・・。こたつ入ったら、きっと動くのがもっとヤになるよ。」
「電気代だって、きっと安上がりだよ。」
「こたつで、寝ちゃうって。こたつに入ったら、私絶対動けないから、その時は、紅茶入れてくれる?」
「ちぃ(娘)がいれてくれるよ。」
・・・・・
娘は、まぁどちらでもいいようで、主人と私のいつもの会話を、興味なく聞き流しているだけだ。
寒くなると、いつも「こたつをどうしよう」という話が持ち上がっては、そのまま終わってしまうので、
もう慣れっこになっているのだろう。
私は、こたつに、怖い思い出がある。
ちょうど高校3年生で受験勉強にやっきになっていた時だ。
実家の居間には、掘りごたつがあった。
練炭で暖をとるそれは、とてもとても暖かかった思い出がある。
エンジ色の綿の入った厚手の大きな掛布団は柔らかく、私は、夜、こたつを離れて勉強することが
できずにいた。
肩まですっぽり布団に埋まり、顔だけ出して問題を解く。
夜遅くまでやっていると、うとうとと眠くなり、そのまま気が付いたら朝、なんていう日も多かった。
ところが、数週間そんなこたつでの勉強を続けていたら、体調がひどく悪くなってしまったのである。
学校で授業を受けていると、教壇や先生が揺らいで見える。
まるで船酔いしたような眩暈さえするような毎日。
座っても立っても一向に良くならない。
しまいには、吐き気までする始末。
・・・一体、どうしちゃったんだろう。
「きっと、勉強のし過ぎでおかしくなっちゃったんだぁ。私にしては、ちょっと頑張っちゃってるもんねぇ。」
なんて、能天気なことを考えていたのは大きな間違いだったことに、ある日、ハッと気が付いた。
一酸化中毒じゃ?
・・・ちょっと考えれば、すぐに分かったはずなのに、こたつの気持ちよさの前で、そんな考えが頭に
浮かばなかったのである。
練炭をガンガン焚いているこたつの中で生活するようなものだもの。
今考えても恐ろしい。
大事に至らなくてよかった、としかいいようがないではないか。
昔の隙間だらけの建てつけの悪い部屋で、めちゃくちゃ換気がよかったことに感謝するだけである。
こうして、私は難を逃れたのだ。
今の「電気」ごたつでは、一酸化炭素中毒になるはずもない。
(わかっているんです。)
しかし、なんだか今でもあのフラフラは、私のトラウマになってしまっているのである。
だから、軽く「こたつを買おうよ。」と言われても、ねぇ。
なかなか暖まらないリビングのエアコンに、恨めしく目を上げながらひとりごつ。
「あぁあ、早く春になんないかなぁ。」
あと、1か月。がまん。がまん。