先日、私の勤める専門学校の卒業式が行われた。
毎年、卒業式の日になると、いつもは馴染みのないかっちりしたスーツ姿の男の子(?)たちや、着物や袴で
着付けをした女の子(?)たちを前に、あぁ今日で本当にみんな卒業なんだ、と実感する。
昔ながらのスタイルを固持しているこの学校の卒業式は、形式にのっとって整然と滞りなく進められていく。
国歌斉唱や蛍の光は、学生さんたちにとっては少々窮屈な感じがするのではないか、と思う。
しかし、日頃やたらと元気よく笑い転げている彼らが神妙な面持ちで式典に臨む姿も、なかなか魅力的では
ある。
式典では、学生さんの座る席の後ろに保護者席が設けられている。
めったにお会いしない保護者の方々の顔もどこかしら緊張気味で、卒業式ならではの雰囲気が漂う。
こうして子どもさんたちの門出を祝うことは、どんなにかうれしいことだろう。
ただ、この卒業式の風景、私の中では何となく違和感がある。
今から30数年前大学を卒業したころ、卒業式にこれほど多くの保護者が参列するなど、見たことがなかった
からである。
「親が卒業式に来るなんて、ありえないし・・・」というのが、当時の「私の常識」だった。
多分、その頃の人たちは、同じような感覚の人が多かったのではないかと思う。
高校生ならまだしも、二十歳を過ぎた成人が親同伴で式に参列することは、ものすごく恥ずかしく思えた
のである。
入学式も感覚的には同じだった。
大学の入学式に出向く時、父が出かけるのに同じ方向だからと会場の近くまで並んで歩いてきたが、
「誰にも会いませんように。」とひたすら願った覚えがある。
今思い返すと、父も式を覗きたかったのではないか、なんて思うこともあるけれど。
こんな感じだったので、私は子どもの入学式や卒業式は、高校までしか参加したことがない。
主人も、「あほらし。」というので、そのままになってしまっていた。
子どもたちには、冗談で「出ようか。」なんて、声をかけたことがあるけれど、即座に「冗談でしょ。」
と返答されてしまった。
ところが、今の学校に就任した20年近く前、この話を職員室でしたら、「今はそうでもないよ」という話に
なったのである。
「学校の卒業式、保護者の方、見えるんですかねぇ。」
「え?見えるんじゃないですか?(当り前ですよ、という雰囲気)」
「えー、そうなんですか?」
「・・・なんで?」
「私、子どもの大学の卒業式なんて、出るつもりなかったから。」
「先生、今は違うみたいよ。私の知ってる専門学校なんて、保護者は全員出席するのが当たり前らしいし。」
「全員?」
「うん。そうですよ。ご両親揃っても多いみたい。」
「はぁ・・・そうなんですか。」
絶句、である。
そして、実際、当時の卒業式には沢山の保護者の方が参列なさり、子どもさんの門出を祝われたのだった。
集まられた保護者の方は、ほとんどがお母様だったが、中にはお父様やごきょうだいが来られているところも
あった。
学校としては嬉しいことであるけれど、私個人としては、何とも複雑な気持ちになってしまったことを
覚えている。
それから年々、卒業式を繰り返す度に、保護者の方の参加は増え続けているような気がする。
大学や専門学校の卒業式にこうして保護者の方が出席するようになったのはいつの頃からだろう。
私自身は、とうとう流れに逆らって、子どもたちの大学の入学式や卒業式はパスしてしまった。
だが、子どもの社会への旅立ちを思う親の気持ちや、親に見守られ、これから社会への第一歩を踏み出す
学生さんたちの晴れがましさを考えると、それはそれでアリかな、とも思う。
さて、先日の卒業式。
保護者席をどれだけ会場に並べようということになった。
少し多めにしておいた方が・・・、ということで卒業生さんの数の約2割増しの椅子を用意した。
ご両親で見えるところもあるかもしれないから、ということである。
いやいや、いくらなんでもこんなには見えないだろうに、と、私はひそかに思っていたのだが、予想に反し、
この保護者席、全て埋まってしまったのであった。
卒業式は、卒業生さんだけではなく、保護者の方にとっても、子どもが手元から巣立つ「卒業の式」
「区切りの式」なのかもしない。
卒業、本当におめでとう。